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離婚した父母のうち子の親権者と定められた父が法律上監護権を有しない母に対し親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることが権利の濫用に当たるとされた事例

平成29年12月5日最高裁判所第三小法廷決定

子の引渡し仮処分命令申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件

裁判要旨    

離婚した父母のうち子の親権者と定められた父が法律上監護権を有しない母に対し親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることは,次の(1)~(3)など判示の事情の下においては,権利の濫用に当たる。

(1) 子が7歳であり,母は,父と別居してから4年以上,単独で子の監護に当たってきたものであって,母による上記監護が子の利益の観点から相当なものではないことの疎明がない。

(2) 母は,父を相手方として子の親権者の変更を求める調停を申し立てている。

(3) 父が,子の監護に関する処分としてではなく,親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求める合理的な理由を有することはうかがわれない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87288

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/288/087288_hanrei.pdf

1 本件は,離婚した父母のうちその長男(「長男」)の親権者と定められた父である抗告人が,法律上監護権を有しない母(「母」)を債務者とし,親権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として,長男の引渡しを求める仮処分命令の申立てをした事案である。

2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人と母は,平成22年9月,長男をもうけ,婚姻の届出をした。
(2) 母は,平成25年2月,長男を連れて抗告人と別居し,それ以降,単独で長男の監護に当たっている。
(3) 抗告人と母は,平成28年3月,長男の親権者を抗告人と定めて協議離婚をした。
(4) 母は,平成28年12月,東京家庭裁判所に対し,抗告人を相手方として,長男の親権者を母に変更することを求める調停の申立てをした。
(5) 抗告人は,平成29年4月,母を債務者として,本件申立てをした。

3 原審は,本件申立ての本案は,家事事件手続法別表第2の3の項所定の子の監護に関する処分の審判事件であり,民事訴訟の手続によることができないから,本件申立ては不適法であるとして却下すべきものとした。

4 しかしながら,離婚した父母のうち子の親権者と定められた一方は,民事訴訟の手続により,法律上監護権を有しない他方に対して親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができると解される(最高裁昭和35年3月15日第三小法廷判決,最高裁昭和45年5月22日第二小法廷判決)。
もっとも,親権を行う者は子の利益のために子の監護を行う権利を有する(民法820条)から,子の利益を害する親権の行使は,権利の濫用として許されない。
本件においては,長男が7歳であり,母は,抗告人と別居してから4年以上,単独で長男の監護に当たってきたものであって,母による上記監護が長男の利益の観点から相当なものではないことの疎明はない。そして,母は,抗告人を相手方として長男の親権者の変更を求める調停を申し立てているのであって,長男において,仮に抗告人に対し引き渡された後,その親権者を母に変更されて,母に対し引き渡されることになれば,短期間で養育環境を変えられ,その利益を著しく害されることになりかねない。他方,抗告人は,母を相手方とし,子の監護に関する処分として長男の引渡しを求める申立てをすることができるものと解され,上記申立てに係る手続においては,子の福祉に対する配慮が図られているところ(家事事件手続法65条等),抗告人が,子の監護に関する処分としてではなく,親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求める合理的な理由を有することはうかがわれない。
そうすると,上記の事情の下においては,抗告人が母に対して親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求めることは,権利の濫用に当たるというべきである。

5 以上によれば,本件申立ては却下すべきものであり,これと同旨の原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,原決定の結論に影響を及ぼさない事項についての違法をいうものにすぎず,採用することができない。