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日本放送協会の放送の受信についての契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合に発生する受信料債権の範囲

平成29年12月6日最高裁判所大法廷判決

裁判要旨    
1 放送法64条1項は,日本放送協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者に対しその放送の受信についての契約の締結を強制する旨を定めた規定であり,日本放送協会からの上記契約の申込みに対して上記の者が承諾をしない場合には,日本放送協会がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め,その判決の確定によって上記契約が成立する。

2 放送法64条1項は,同法に定められた日本放送協会の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の,日本放送協会の放送の受信についての契約の締結を強制する旨を定めたものとして,憲法13条,21条,29条に違反しない。

3 日本放送協会の放送の受信についての契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項を含む上記契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する。

4 日本放送協会の放送の受信についての契約に基づき発生する,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(上記契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は,上記契約成立時から進行する。
(1につき補足意見,1,2につき補足意見,1,3につき補足意見,1~4につき反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87281

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/281/087281_hanrei.pdf

第1 事案の概要

1 本件は,平成26年(オ)第1130号・同年(受)第1440号被上告人兼同年(受)第1441号上告人(以下「原告」という。)が,原告の放送を受信することのできる受信設備(以下,単に「受信設備」ということがある。)を設置していながら原告との間でその放送の受信についての契約(以下「受信契約」という。)を締結していない平成26年(オ)第1130号・同年(受)第1440号上告人兼同年(受)第1441号被上告人(以下「被告」という。)に対し,受信料の支払等を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等(公知の事実を含む。)は,次のとおりである。

(1) 放送法に基づく原告に係る制度の概要等
ア 原告は,放送法により設立された法人であり(同法16条),「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番組による国内基幹放送(中略)を行うとともに,放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い,あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うこと」(同法15条)を目的としている。

放送法施行前(以下「旧法下」という。)においては,我が国では,大正15年に社団法人日本放送協会が設立された後は,同協会のみが放送を行っていたところ,放送の受信設備(聴取無線電話)は,政府の監理統制する無線電話の一種として,無線電信法2条により,その設置に主務大臣の許可を要することとされていた。そして,放送用私設無線電話規則13条により,放送の受信設備の設置の許可を受けるためには,許可願書と共に放送施設者(社団法人日本放送協会)に対する聴取契約書を差し出さなければならないものとされていた。また,無線電信法には,許可なく無線電話等を設置した者に対する罰則規定も設けられていた。このような制度の下で,放送の受信設備を設置した者は,聴取契約に基づいて社団法人日本放送協会に聴取料を支払い,同協会は,聴取料を基本的な財源として放送事業を行っていた。
上記の無線電話の設置の許可基準は法定されておらず,また,放送事業は,政府の監督下に置かれ,番組内容についても,検閲等の取締りが行われていた。

ウ 昭和25年に,電波法,放送法及び電波監理委員会設置法が制定・施行されるとともに,無線電信法が廃止され,放送の受信設備の設置に許可を要しないこととなった。そして,放送法は,我が国における放送事業につき,「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的とする」(制定当時の放送法7条)公共放送事業者によるものと,それ以外の一般放送事業者(同法第3章。以下「民間放送事業者」という。)によるものとの二本立て体制を採ることとし,前者を,社団法人日本放送協会の財産をそのまま引き継いで同法により設立される特殊法人である原告に担わせることとして,原告の業務,運営体制等に関する規定(同法第2章)を設けた。なお,原告の目的,業務,運営体制等に関する規定については,その後数次の改正がされ,現在は,後記カのとおりとなっているが,公共の福祉のために放送を行うことが原告の基本的な目的とされ,その目的を達成するための業務内容が法定されていること,原告の最高意思決定機関として経営委員会が設けられ,その委員の任命方法,資格要件等につき後記カのような定めがあること,原告を代表しその業務を総理する会長は経営委員会により任命され,原告の重要業務の執行について審議する理事会等が設けられていること,原告の収支予算等,業務報告書及び財産目録等は内閣を経て国会に提出等されるものとなっていることなど,基本的なものは,制定当時から定められていた。
放送法制定の際の国会審議においては,このような二本立て体制を採ることにつき,政府委員から,「わが国の放送事業の事業形態を,全国津々浦々に至るまであまねく放送を聴取できるように放送設備を施設しまして,全国民の要望を満たすような放送番組を放送する任務を持ちます国民的な公共的な放送企業体と,個人の創意とくふうとにより自由闊達に放送文化を建設高揚する自由な事業としての文化放送企業体,いわゆる一般放送局または民間放送局というものでありますが,それとの二本建としまして,おのおのその長所を発揮するとともに,互いに他を啓蒙し,おのおのその欠点を補い,放送により国民が十分福祉を享受できるようにはかっているのでございます。」(昭和25年1月24日第7回国会衆議院電気通信委員会議録第1号20頁)などとする説明がされている。

エ 原告の事業運営の財源に関し,放送法は,原告の放送を受信することのできる受信設備を設置した者(以下「受信設備設置者」という。)が支払う受信料によって賄うこととして,「協会の標準放送(中略)を受信することのできる受信設備を設置した者は,協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」(制定当時の放送法32条1項本文)と規定し,原告が営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止した(同法9条3項,46条1項)。現行の放送法64条1項本文は,上記の制定当時の放送法32条1項本文の規定を引き継いだものである(以下,制定当時の放送法32条1項と現行の放送法64条1項とを区別せず「放送法64条1項」ということがある。)。放送法に,受信設備設置者は原告と受信契約を締結しなければならない旨の規定を設けることについて,同法制定の際の国会審議においては,政府委員から,「受信機の許可ということをはずしたのであります。そうなって参りますと,一方において無料の放送ができて来るということになると,日本放送協会がここに何らか法律的な根拠がなければ,その聴取料の徴収を継続して行くということが,おそらく不可能になるだろうということは予想されるのでありまして,ここに先ほどお話いたしましたように,強制的に国民と日本放送協会の間に,聴取契約を結ばなければならないという条項が必要になって来る。」(昭和25年2月2日第7回国会衆議院電気通信委員会議録第4号6頁)などとする説明がされている。

放送法は,昭和25年5月2日に公布され,一部の附則を除き同年6月1日から施行された。昭和26年9月には,民間放送事業者による放送(以下「民間放送」という。)が開始され,民間放送は広告収入等を財源として行われ,受信設備設置者は,民間放送事業者に対する金銭的な負担なく,民間放送を受信することができることとなった。

カ 原告の目的,業務,運営体制等に関する規定は,放送法制定後数次にわたり改正がされ,現在の原告の目的,業務,運営体制等の概要は,次のとおりである。

(ア) 前記アのとおり,原告は,あまねく日本全国において受信できるように国内基幹放送を行うことをその目的の一つとしており(放送法15条),総務大臣の認可を受けなければ,その基幹放送局若しくはその放送の業務を廃止し,又はその放送を12時間以上休止することができない(同法86条1項)。また,原告は,災害対策基本法における指定公共機関として,国等による防災計画の作成及び実施が円滑に行われるように協力する責務を有する(同法2条5号,6条,昭和37年総理府告示第26号)。
原告は,豊かで,かつ,良い放送番組による国内基幹放送を行うこともその目的としており(放送法15条),公衆の要望を満たすとともに文化水準の向上に寄与するように最大の努力を払うこと(同法81条1項1号),全国向けの放送番組のほか地方向けの放送番組を有するようにすること(同項2号),我が国の過去の優れた文化の保存並びに新たな文化の育成及び普及に役立つようにすること(同項3号)が求められている。そして,原告は,公衆の要望を知るために世論調査を行うことを義務付けられている(同条2項)。
原告の目的には,放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行うことも含まれ(放送法15条),原告は,放送及びその受信の進歩発達に必要な調査研究を行うことをその業務としている(同法20条1項3号)。
さらに,原告の目的には,国際放送等を行うことも含まれており(放送法15条),原告は,邦人向け国際放送及び外国人向け国際放送を行うことなどもその業務としている(同法20条1項4号,5号)。

(イ) 原告の運営体制については,経営に関する基本方針等の重要な意思決定等を行う機関である経営委員会が設けられ(放送法第3章第3節),その委員は,公共の福祉に関し公正な判断をすることができ,広い経験と知識を有する者のうちから,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命することとし,その選任については,教育,文化,科学,産業その他の各分野及び全国各地方が公平に代表されることを考慮しなければならないものとされ,政治的中立性及び特定の利害からの独立性を確保するための欠格事由が定められている(同法31条)。
原告を代表し,経営委員会の定めるところに従いその業務を総理する会長は,経営委員会がこれを任命するものとし,経営委員会の同意を得て会長が任命する副会長及び理事が置かれ(放送法51条,52条),これらの者によって理事会が構成され,理事会は,定款の定めるところにより,原告の重要業務の執行について審議する(同法50条)。また,役員の職務の執行を監査する監査委員会が設けられ(同法第3章第4節),監査委員は,経営委員会の委員の中から経営委員会により任命されることとなっている(同法42条)。

(ウ) 原告の財務及び会計については,原告は,毎事業年度の収支予算,事業計画及び資金計画,業務報告書並びに財産目録,貸借対照表及び損益計算書等の財務諸表を作成し,総務大臣に提出しなければならないものとされ,これらは,内閣を経て国会に提出等されることとなっている(放送法70条1項,2項,72条1項,2項,74条1項から3項まで)。

(エ) 原告の事業運営の基本的な財源は,前記エのとおり,受信設備設置者が受信契約に基づき支払う受信料(放送法64条)であり,原告は,営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止されている(同法20条4項,83条1項)。
受信料の月額は,国会が,原告の毎事業年度の収支予算を承認することによって定めるものとされている(放送法70条4項)。
原告は,受信契約の条項については,あらかじめ総務大臣の認可を受けなければならないものとされ(放送法64条3項),総務大臣は,受信契約条項の認可について電波監理審議会に諮問しなければならないものとされている(同法177条1項2号)。そして,放送法施行規則23条は,受信契約の条項には,少なくとも,受信契約の締結方法(1号),受信契約の単位(2号),受信料の徴収方法(3号),受信契約者の表示に関すること(4号),受信契約の解約及び受信契約者の名義又は住所変更の手続(5号),受信料の免除に関すること(6号),受信契約の締結を怠った場合及び受信料の支払を延滞した場合における受信料の追徴方法(7号),原告の免責事項及び責任事項(8号),契約条項の周知方法(9号)を定めるものと規定している。

キ 原告は,「日本放送協会放送受信規約」(以下「放送受信規約」という。)を策定し(放送法29条1項1号ヌにより,受信契約の条項は,経営委員会の議決事項とされている。),同法64条3項に従いあらかじめ総務大臣の認可を受けて,これを受信契約の条項として用いている。
放送受信規約には,次の内容の条項が含まれている(放送受信規約は,受信契約の種別,受信料額及びその支払方法の変更等による改定が重ねられており,本件に関わる時期において改定されているものについては,時期を区別して記載する。)。

(ア) 受信契約の種別(第1条)
① 平成17年4月1日から平成19年9月30日まで

受信設備のうち,衛星系によるテレビジョン放送を受信することのできるカラーテレビジョン受信設備を設置した者は,衛星カラー契約(衛星系及び地上系によるテレビジョン放送のカラー受信を含む受信契約)を締結しなければならない。

② 平成19年10月1日以降
受信設備のうち,衛星系によるテレビジョン放送を受信することのできるテレビジョン受信設備を設置した者は,衛星契約(衛星系及び地上系によるテレビジョン放送の受信についての受信契約)を締結しなければならない。

(イ) 受信料支払の義務(第5条)
受信契約者は,受信設備の設置の月から,1の受信契約につき,次の額の受信料(消費税及び地方消費税を含む。)を支払わなければならない。
① 平成17年4月1日から平成19年9月30日まで
衛星カラー契約については,訪問集金(口座振替等以外の方法による支払)では月額2340円。
② 平成19年10月1日から平成20年9月30日まで
衛星契約については,訪問集金では月額2340円。
③ 平成20年10月1日から平成24年9月30日まで
衛星契約については,月額2290円。
④ 平成24年10月1日以降
衛星契約については,継続振込その他の方法による支払(口座振替又はクレジットカード等継続払を除く。)では月額2220円。

(ウ) 受信料の支払方法(第6条)
受信料の支払は,次の各期に,当該期分を一括して行わなければならない。
 第1期 4月及び5月
 第2期 6月及び7月
 第3期 8月及び9月
 第4期 10月及び11月
 第5期 12月及び1月
 第6期 2月及び3月

放送法施行後60年以上にわたり,原告は,同法に基づき業務を行ってきたが,近時に至るまで,受信契約の締結に応じない者に対して本件訴訟におけるような強制的な手段に及ぶことはなく,受信設備設置者との間で任意に締結された受信契約に基づいて受信料を収受してきた。原告が推計し公表するところによれば,受信契約の契約率は,平成28年度末において約8割である。

(2) 被告による受信設備の設置等
被告は,平成18年3月22日以降,その住居に,原告の衛星系によるテレビジョン放送を受信することのできるカラーテレビジョン受信設備を設置している。
原告は,平成23年9月21日到達の書面により,被告に対し,受信契約の申込みをしたが,被告は,上記申込みに対して承諾をしていない。

3 原告の請求は,被告に対し,①主位的請求として,放送法64条1項により,原告による受信契約の申込みが被告に到達した時点で受信契約が成立したと主張して,受信設備設置の月の翌月である平成18年4月分から平成26年1月分までの受信料合計21万5640円の支払を求め,②予備的請求1として,被告は同項に基づき受信契約の締結義務を負うのにその履行を遅滞していると主張して,債務不履行に基づく損害賠償として上記同額の支払を求め,③予備的請求2として,被告は同項に基づき原告からの受信契約の申込みを承諾する義務があると主張して,当該承諾の意思表示をするよう求めるとともに,これにより成立する受信契約に基づく受信料として上記同額の支払を求め,④予備的請求3として,被告は受信契約を締結しないことにより,法律上の原因なく原告の損失により受信料相当額を利得していると主張して,不当利得返還請求として上記同額の支払を求めるものである。
これに対し,被告は,放送法64条1項は,訓示規定であって,受信設備設置者に原告との受信契約の締結を強制する規定ではないと主張し,仮に同項が受信設備設置者に原告との受信契約の締結を強制する規定であるとすれば,受信設備設置者の契約の自由,知る権利,財産権等を侵害し,憲法13条,21条,29条等に違反すると主張するほか,受信契約により発生する受信料債権の範囲を争うとともに,その一部につき時効消滅を主張して争っている。

第2 平成26年(オ)第1130号・同年(受)第1440号上告代理人の上告理由及び上告受理申立て理由第2の4並びに平成26年(受)第1441号上告代理人の上告受理申立て理由について

放送法64条1項の意義
(1)ア 放送は,憲法21条が規定する表現の自由の保障の下で,国民の知る権利を実質的に充足し,健全な民主主義の発達に寄与するものとして,国民に広く普及されるべきものである。放送法が,「放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすことを保障すること」,「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」及び「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」という原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを目的として(1条)制定されたのは,上記のような放送の意義を反映したものにほかならない。
上記の目的を実現するため,放送法は,前記のとおり,旧法下において社団法人日本放送協会のみが行っていた放送事業について,公共放送事業者と民間放送事業者とが,各々その長所を発揮するとともに,互いに他を啓もうし,各々その欠点を補い,放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく,二本立て体制を採ることとしたものである。そして,同法は,二本立て体制の一方を担う公共放送事業者として原告を設立することとし,その目的,業務,運営体制等を前記のように定め,原告を,民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体として性格付け,これに公共の福祉のための放送を行わせることとしたものである。
放送法が,前記のとおり,原告につき,営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止し(20条4項,83条1項),事業運営の財源を受信設備設置者から支払われる受信料によって賄うこととしているのは,原告が公共的性格を有することをその財源の面から特徴付けるものである。
すなわち,上記の財源についての仕組みは,特定の個人,団体又は国家機関等から財政面での支配や影響が原告に及ぶことのないようにし,現実に原告の放送を受信するか否かを問わず,受信設備を設置することにより原告の放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって,原告が上記の者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない。
原告の存立の意義及び原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨が,前記のとおり,国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的とし,そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするものであることに加え,前記のとおり,放送法の制定・施行に際しては,旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されるものとされていたことをも踏まえると,放送法64条1項は,原告の財政的基盤を確保するための法的に実効性のある手段として設けられたものと解されるのであり,法的強制力を持たない規定として定められたとみるのは困難である。
イ そして,放送法64条1項が,受信設備設置者は原告と「その放送の受信についての契約をしなければならない」と規定していることからすると,放送法は,受信料の支払義務を,受信設備を設置することのみによって発生させたり,原告から受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく,受信契約の締結,すなわち原告と受信設備設置者との間の合意によって発生させることとしたものであることは明らかといえる。これは,旧法下において放送の受信設備を設置した者が社団法人日本放送協会との間で聴取契約を締結して聴取料を支払っていたこととの連続性を企図したものとうかがわれるところ,前記のとおり,旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されることから,受信設備設置者に対し,原告との受信契約の締結を強制するための規定として放送法64条1項が設けられたものと解される。同法自体に受信契約の締結の強制を実現する具体的な手続は規定されていないが,民法上,法律行為を目的とする債務については裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる旨が規定されており(同法414条2項ただし書),放送法制定当時の民事訴訟法上,債務者に意思表示をすべきことを命ずる判決の確定をもって当該意思表示をしたものとみなす旨が規定されていたのであるから(同法736条。民事執行法174条1項本文と同旨),放送法64条1項の受信契約の締結の強制は,上記の民法及び民事訴訟法の各規定により実現されるものとして規定されたと解するのが相当である。
この点に関し,原告は,受信設備を設置しながら受信契約の締結に応じない者に対して原告が承諾の意思表示を命ずる判決を得なければ受信料を徴収することができないとすることは,迂遠な手続を強いるものであるとして,原告から受信設備設置者への受信契約の申込みが到達した時点で,あるいは遅くとも申込みの到達時から相当期間が経過した時点で,受信契約が成立する旨を主張する(主位的請求に係る主張)。
しかし,放送法による二本立て体制の下での公共放送を担う原告の財政的基盤を安定的に確保するためには,基本的には,原告が,受信設備設置者に対し,同法に定められた原告の目的,業務内容等を説明するなどして,受信契約の締結に理解が得られるように努め,これに応じて受信契約を締結する受信設備設置者に支えられて運営されていくことが望ましい。そして,現に,前記のとおり,同法施行後長期間にわたり,原告は,受信設備設置者から受信契約締結の承諾を得て受信料を収受してきたところ,それらの受信契約が双方の意思表示の合致により成立したものであることは明らかである。同法は,任意に受信契約を締結しない者について契約を成立させる方法につき特別な規定を設けていないのであるから,任意に受信契約を締結しない者との間においても,受信契約の成立には双方の意思表示の合致が必要というべきである。

ウ ところで,受信契約の締結を強制するに当たり,放送法には,その契約の内容が定められておらず,一方当事者たる原告が策定する放送受信規約によって定められることとなっている点は,問題となり得る。
しかし,受信契約の最も重要な要素である受信料額については,国会が原告の毎事業年度の収支予算を承認することによって定めるものとされ(放送法70条4項),また,受信契約の条項はあらかじめ総務大臣(同法制定当時においては電波監理委員会)の認可を受けなければならないものとされ(同法64条3項。同法制定当時においては32条3項),総務大臣は,その認可について電波監理審議会に諮問しなければならないものとされているのであって(同法177条1項2号),同法は,このようにして定まる受信契約の内容が,同法に定められた原告の目的にかなうものであることを予定していることは明らかである。同法には,受信契約の条項についての総務大臣の認可の基準を定めた規定がないとはいえ,前記のとおり,放送法施行規則23条が,受信契約の条項には,少なくとも,受信契約の締結方法,受信契約の単位,受信料の徴収方法等の事項を定めるものと規定しており,原告の策定した放送受信規約に,これらの事項に関する条項が明確に定められ,その内容が前記の受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なものであり,受信設備設置者間の公平が図られていることが求められる仕組みとなっている。また,上記以外の事項に関する条項は,適正・公平な受信料徴収のために必要なものに限られると解される。
本訴請求に関する放送受信規約の各条項(前記第1の2(1)キ)は,放送法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な範囲内のものといえる。

(2) 以上によると,放送法64条1項は,受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり,原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には,原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め,その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。

(3) 原告は,受信設備設置者が放送法64条1項に基づく受信契約の締結義務を受信設備設置後速やかに履行しないことは履行遅滞に当たるから,原告は受信設備設置者に対し受信料相当額の損害賠償を求めることができる旨を主張するが(予備的請求1に係る主張),後記のとおり,原告が策定し受信契約の内容としている放送受信規約によって受信契約の成立により受信設備の設置の月からの受信料債権が発生すると認められるのであるから,受信設備設置者が受信契約の締結を遅滞することにより原告に受信料相当額の損害が発生するとはいえない。また,放送法が受信契約の締結によって受信料の支払義務を発生させることとした以上,原告が受信設備設置者との間で受信契約を締結することを要しないで受信料を徴収することができるのに等しい結果となることを認めることは相当でない。

放送法64条1項の憲法適合性について
(1) 被告の論旨は,受信設備設置者に受信契約の締結を強制する放送法64条1項は,契約の自由,知る権利及び財産権等を侵害し,憲法13条,21条,29条に違反する旨をいう。その趣旨は,①受信設備を設置することが必ずしも原告の放送を受信することにはならないにもかかわらず,受信設備設置者が原告に対し必ず受信料を支払わなければならないとするのは不当であり,また,金銭的な負担なく受信することのできる民間放送を視聴する自由に対する制約にもなっている旨及び②受信料の支払義務を生じさせる受信契約の締結を強制し,かつ,その契約の内容は法定されておらず,原告が策定する放送受信規約によって定まる点で,契約自由の原則に反する旨をいうものと解される。
上記①は,放送法が,原告を存立させてその財政的基盤を受信設備設置者に負担させる受信料により確保するものとしていることが憲法上許容されるかという問題であり,上記②は,上記①が許容されるとした場合に,受信料を負担させるに当たって受信契約の締結強制という方法を採ることが憲法上許容されるかという問題であるといえる。

(2) 電波を用いて行われる放送は,電波が有限であって国際的に割り当てられた範囲内で公平かつ能率的にその利用を確保する必要などから,放送局も無線局の一つとしてその開設につき免許制とするなど(電波法4条参照),元来,国による一定の規律を要するものとされてきたといえる。前記のとおり,旧法下においては,我が国では,放送は,無線電信法中の無線電話の一種として規律されていたにすぎず,また,放送事業及び放送の受信は,行政権の広範な自由裁量によって監理統制されるものであったため,日本国憲法下において,このような状態を改めるべきこととなったが,具体的にいかなる制度を構築するのが適切であるかについては,憲法上一義的に定まるものではなく,憲法21条の趣旨を具体化する前記の放送法の目的を実現するのにふさわしい制度を,国会において検討して定めることとなり,そこには,その意味での立法裁量が認められてしかるべきであるといえる。
そして,公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において,前者を担うものとして原告を存立させ,これを民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体たらしめるためその財政的基盤を受信設備設置者に受信料を負担させることにより確保するものとした仕組みは,前記のとおり,憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され,その目的にかなう合理的なものであると解されるのであり,かつ,放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても,なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせないのであるから,これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは,明らかというべきである。このような制度の枠を離れて被告が受信設備を用いて放送を視聴する自由が憲法上保障されていると解することはできない。

(3) 放送法は,受信設備設置者に受信料を負担させる具体的な方法として,前記のとおり,受信料の支払義務は受信契約により発生するものとし,任意に受信契約を締結しない受信設備設置者については,最終的には,承諾の意思表示を命ずる判決の確定によって強制的に受信契約を成立させるものとしている。
受信料の支払義務を受信契約により発生させることとするのは,前記のとおり,原告が,基本的には,受信設備設置者の理解を得て,その負担により支えられて存立することが期待される事業体であることに沿うものであり,現に,放送法施行後長期間にわたり,原告が,任意に締結された受信契約に基づいて受信料を収受することによって存立し,同法の目的の達成のための業務を遂行してきたことからも,相当な方法であるといえる。
任意に受信契約を締結しない者に対してその締結を強制するに当たり,放送法には,締結を強制する契約の内容が定められておらず,一方当事者たる原告が策定する放送受信規約によってその内容が定められることとなっている点については,前記のとおり,同法が予定している受信契約の内容は,同法に定められた原告の目的にかなうものとして,受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なもので受信設備設置者間の公平が図られていることを要するものであり,放送法64条1項は,受信設備設置者に対し,上記のような内容の受信契約の締結を強制するにとどまると解されるから,前記の同法の目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内のものとして,憲法上許容されるというべきである。

(4) 以上によると,放送法64条1項は,同法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして,憲法13条,21条,29条に違反するものではないというべきである。
その余の上告理由は,違憲をいうが,その前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

3 以上によれば,所論の点に関する原審の判断は是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。

第3 平成26年(受)第1440号上告代理人の上告受理申立て理由第2の2について

1 論旨は,被告に対して受信契約の承諾の意思表示を命ずる判決が確定することにより受信契約が成立した場合に発生する受信料債権は,当該契約の成立時以降の分であり,受信設備の設置の月以降の分ではない旨をいうものである。

2 放送受信規約には,前記のとおり,受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項(第1の2(1)キ(イ))がある。前記のとおり,受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うものといえる。
したがって,上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。
所論の点に関する原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。

第4 平成26年(受)第1440号上告代理人の上告受理申立て理由第2の1について

1 受信料が月額又は6箇月若しくは12箇月前払額で定められ,その支払方法が2箇月ごとの各期に当該期分を一括して支払う方法又は6箇月分若しくは12箇月分を一括して前払する方法によるものとされている受信契約に基づく受信料債権の消滅時効期間は,民法169条により5年と解すべきであるところ(最高裁平成26年9月5日第二小法廷判決),論旨は,受信契約の成立によって,前記第3のとおり,受信設備設置の月以降の分の受信料債権が発生する場合,当該受信料債権の消滅時効は,受信契約上の本来の各履行期から進行し,本訴請求に係る受信料債権のうち一部については時効消滅している旨をいうものである。

消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ,受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから,受信契約が成立する前においては,原告は,受信料債権を行使することができないといえる。
この点,原告は,受信契約を締結していない受信設備設置者に対し,受信契約を締結するよう求めるとともに,これにより成立する受信契約に基づく受信料を請求することができることからすると,受信設備を設置しながら受信料を支払っていない者のうち,受信契約を締結している者については受信料債権が時効消滅する余地があり,受信契約を締結していない者についてはその余地がないということになるのは,不均衡であるようにも見える。しかし,通常は,受信設備設置者が原告に対し受信設備を設置した旨を通知しない限り,原告が受信設備設置者の存在を速やかに把握することは困難であると考えられ,他方,受信設備設置者は放送法64条1項により受信契約を締結する義務を負うのであるから,受信契約を締結していない者について,これを締結した者と異なり,受信料債権が時効消滅する余地がないのもやむを得ないというべきである。
したがって,受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は,受信契約成立時から進行するものと解するのが相当である。
所論の点に関する原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。

第5 結論
以上によれば,原告の請求のうち予備的請求2を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができるから,本件各上告を棄却することとする。
よって,裁判官木内道祥の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官岡部喜代子,同鬼丸かおるの各補足意見,裁判官小池裕,同菅野博之の補足意見がある。