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会社の絵画等購入担当者の特別背任行為につき同社に絵画等を売却した会社の支配者が共同正犯とされた事例

 平成17年10月7日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
 甲社の絵画等購入担当者である乙らが,丙の依頼を受けて,甲社をして丙が支配する丁社から多数の絵画等を著しく不当な高額で購入させ,甲社に損害を生じさせた場合において,その取引の中心となった甲と丙の間に,それぞれが支配する会社の経営がひっ迫した状況にある中,互いに無担保で数十億円単位の融資をし合い,各支配に係る会社を維持していた関係があり,丙がそのような関係を利用して前記絵画等の取引を成立させたとみることができるなど判示の事情の下では,丙は,乙らの特別背任行為について共同加功をしたということができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/068/050068_hanrei.pdf

 所論にかんがみ,本件のいわゆる絵画事件に関する特別背任罪の共同正犯の成否について,職権で判断する。

 1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,以下の事実が認められる。

 (1) 本件各取引に至る経緯等
 ア 被告人は,昭和44年ころから,建設会社,警備保障会社,不動産会社等を経営するようになり,その傘下に,株式会社コスモス,株式会社ケー・ビー・エスびわ湖教育センター,株式会社関西新聞社,関西コミュニティ株式会社等多数の企業を擁するCTC(コスモ・タイガー・コーポレーションの略称)グループを形成し,自ら会長として,これら企業の人事権を握り,また,グループ全体の資金繰りを行い,各社に必要資金を供給するなどして,各社を実質的に支配,経営していた。CTCグループにおいては,平成元年12月当時,いわゆる街金融会社からの借入金が82億円余あり,さらに,平成2年1月から3月までの間に新規に約86億円を借り入れ,そのほかにも多額の借入れがあり,金利の支払に追われ資金繰りがひっ迫した状況にあった。

 イ 被告人は,経営権を支配していた雅叙園観光株式会社の経営が難航する中,平成元年1月中旬には,A が代表取締役を務める株式会社協和綜合開発研究所(「協和」)が,雅叙園観光に,284億円余の債権の支払を求める請求をしたことから,同社に対する他の債権者とも協議した上,同社の経営を A に引き継ぎ,従前簿外債務処理の関係で発生していた被告人の支配会社の債務も協和が肩代わりすることになった。他方,被告人の方でも,その保有するゴルフ場等の不動産開発プロジェクトの収益で A ないし協和を支援することとし,以後,被告人と Aは,随時相互に資金を融通し合う関係に立った。

 ウ A は,協和の代表取締役社長を務め,結婚式場,賃貸ビル及び駐車場等を経営する一方,銀座の土地の地上げに着手するなどし,昭和62年4月決算期までは比較的順調に事業を行っていたが,仕手筋の投資家集団に対する巨額の貸付金が焦げ付いて資金繰りに窮するようになり,また,前記のとおり被告人から雅叙園観光の経営を引き継ぐなどしたが,簿外債務の処理に追われ,頼みにしていた融資先からも融資を打ち切られ,更に資金繰りに窮するようになった。

 エ 平成元年8月,A は,伊藤萬株式会社(平成3年1月1日にイトマン株式会社と商号変更。以下「イトマン」という。)の代表取締役社長である B と知り合い,以後同人と急速に接近し,平成2年2月1日付けで,イトマン理事を委嘱されて社長室直轄の企画監理本部長に就任し,さらに,同年6月28日には同社常務取締役に就任した。また,A は,イトマンの100%出資の子会社として同月29日設立された絵画事業等を目的とする株式会社エムアイギャラリーの代表取締役にも就任した。そして,A は,イトマンにおいて,同社の絵画等美術品の仕入れ及び販売等の事業(「絵画事業」)や同社が行うゴルフ場の開発等不動産開発事業の企画,監理及び融資等に関する事業を統括するようになった。

 オ 前記イの経緯から,被告人のCTCグループと A の協和との間では,金利等の定めも担保の提供も無しに,数十億円単位で互いに資金を融通し合うようになり,平成元年3月から平成2年8月までになされたこのような融資の総額は,約200億円ないし300億円に上った。

 (2) 本件各取引
 ア 被告人は,イトマンの絵画事業を統括していた A に,平成2年2月22日ころから同年8月末ころまでの間,前後12回にわたり,イトマンが被告人の支配に係る関西コミュニティ等3社から絵画等合計186点を買い取るよう依頼した。
 イトマンの絵画事業については,同社代表取締役名古屋支店長等の地位にあったC が,A を補佐する立場にあったが,A,C の両名は,共に絵画等美術品の取引経験も専門知識も乏しかったため,イトマンの商品として高額の絵画等美術品を仕入れるに当たっては,その商品としての特質上,あらかじめその真がん及び価格の評価につき専門家の意見を徴するなどの措置を講じ,特に慎重に購入の可否を決すべきであるとともに,仕入原価をできる限り廉価とするなど仕入れに伴う無用な経費の支出を極力避け,同社に損害を加えることのないように同社のため誠実にその職務を遂行すべき任務を有していた。
 しかし,A は,前記のとおり,被告人との間で巨額の資金を融通し合うことなどを繰り返しており,A にとっては,被告人の資金が潤沢になれば自己の資金需要を満たすことが可能となり,逆に被告人の資金状況がひっ迫すれば,A 自身の資金繰りに大きな障害が生ずることから,イトマンが被告人から多額の利益を上乗せした価格で絵画を購入することは,被告人の利益を図るとともに,自己の利益を図ることにもなった。また,C には,イトマンの決算上の利益出しのために被告人の協力を得る必要などから,被告人に利益を得させようとの目的があった。そこで,A 及び C は,それぞれ,その任務に背き,被告人,A の利益を図る目的で,イトマンが関西コミュニティ等3社から前記絵画等を買い受けるに当たり,被告人側が申し出た売買代金価格が著しく不当に高額であり,その価格で購入すれば,イトマンに損害が生ずることを認識,認容しながら,あえて前記申出の金額のままの合計472億0410万円で買い取り,その結果,イトマンに約223億1000万円相当の財産上の損害を生じさせた。
 前記一連の取引の過程で,A 及び C は,監査法人の監査対策用に,形だけの鑑定評価書をとっておく目的で,被告人に対し,百貨店の鑑定評価書を提出するよう要請した。これに対し,被告人は,平成2年3月下旬ころ,かねて懇意にしていた西武百貨店塚新店課長の D の協力を得るなどして,前記の絵画のうち22点につき,価格評価書を作成し,イトマン大阪本社に提出した。これを受け取った A 及び C は,その装丁が貧弱な上,D 個人名義の価格評価書であったことから,被告人側に,体裁の整った西武百貨店名義の鑑定評価書を提出するよう求めた。そこで,被告人は,D に,西武百貨店の社印を押した豪華な鑑定評価書を作成するよう指示し,同人をして,同年4月11日ころから,前記取引に係る各絵画につき,順次鑑定評価書を作成させた。同鑑定評価書には,「株式会社西武百貨店関西」の印が冒捺され,西武百貨店が作成したような体裁とされた。評価額については,被告人の秘書役の指示に従い,絵画1点を除き,すべてイトマンへの売却額を超える額とされた。そして,同月下旬ころ,被告人側からイトマン大阪本社に,青色のカバーに入れた前記鑑定評価書が提出されたが,これを見た A が,体裁がよくないとして,再度,体裁を整えるよう要請したことから,被告人側は,表紙に金色で「鑑定評価書」と記載した緑色のカバーに変え,同年6月ころ,その体裁の鑑定評価書を提出し,その後も,取引に係る絵画等につき,後記イの分も含め,同様の鑑定評価書を各取引終了後に順次提出した。

 イ 被告人は,平成2年7月下旬ころ,A に対し,イトマンにおいて被告人側が提供する絵画25点を63億円で買うように依頼した。
 A と C は,当時,被告人において,エムアイギャラリーが金融会社から資金を借り入れられるように仲介していたことや,被告人の要請に応ずるとすればその借入金から支払わざるを得ないこと,また,イトマンに集中していた絵画の在庫を子会社に分散する必要があることなどから,エムアイギャラリーを買受け先とすることにした。

A と C は,エムアイギャラリーの代表取締役の地位にあり,同社に対し,前記同様の任務を有していたが,前同様の図利目的により,その任務に違背し,同社に損害が発生することを認識しながら,同社において,被告人の依頼に応ずることにしたものである。

エムアイギャラリーは,同月30日,金融会社から,被告人及び A を連帯保証人とし,イトマンの保証予約で100億円を借り入れ,同月31日,その借入金の中から63億円を,被告人の支配する会社に売買代金として支払った。前記絵画25点の百貨店における店頭表示価格は,合計約22億6000万円であり,これをエムアイギャラリーが,被告人が申し出たとおりの金額である合計63億円で買い取った結果,同社には約40億4000万円相当の損害が生じた。

 ウ 被告人は,前記ア,イの各取引により,イトマン及びエムアイギャラリーが財産上多額の損害を負うことを十分認識し,また,A 及び C が,そのような取引において,本件各売買契約の代金について被告人との間で減額等の交渉を全くせず被告人の言い値どおりに決めたこと,形だけの鑑定評価書を要求していたことなどから,A らがイトマン等に対する前記の任務に違背したものであることも十分認識していた。

 2 被告人は,特別背任罪の行為主体としての身分を有していないが,前記認定事実のとおり,A らにとって各取引を成立させることがその任務に違背するものであることや,本件各取引によりイトマンやエムアイギャラリーに損害が生ずることを十分に認識していたと認められる。また,本件各取引においてイトマンやエムアイギャラリー側の中心となった A と被告人は,共に支配する会社の経営がひっ迫した状況にある中,互いに無担保で数十億円単位の融資をし合い,両名の支配する会社がいずれもこれに依存するような関係にあったことから,A にとっては,被告人に取引上の便宜を図ることが自らの利益にもつながるという状況にあった。被告人は,そのような関係を利用して,本件各取引を成立させたとみることができ,また,取引の途中からは偽造の鑑定評価書を差し入れるといった不正な行為を行うなどもしている。
 【要旨】このようなことからすれば,本件において,被告人が,A らの特別背任行為について共同加功したと評価し得ることは明らかであり,被告人に特別背任罪の共同正犯の成立を認めた原判断は正当である。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号,平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。