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行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することと憲法三九条

 平成8年11月18日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
行為当時の最高裁判所判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為であっても、これを処罰することは憲法三九条に違反しない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/144/050144_hanrei.pdf

地方公務員法三七条一項につき憲法二八条違反をいう点及び地方公務員法六一条四号につき憲法二八条、一八条、三一条違反をいう点は、当裁判所の判例最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁、最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)に徴して理由がなく、

行為当時の最高裁判所判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することが憲法三九条に違反する旨をいう点は、そのような行為であっても、これを処罰することが憲法の右規定に違反しないことは、当裁判所の判例最高裁昭和二五年四月二六日大法廷判決、最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決、最高裁昭和四九年五月二九日大法廷判決)の趣旨に徴して明らかであり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のような趣旨を判示したものではないから、前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

被告人本人の上告趣意のうち、地方公務員法三七条、六一条四号につき憲法二八条違反をいう点は、その理由がないことは前記のとおりであり、その余は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。 

●裁判官河合伸一の補足意見は、次のとおりである。
 私は、被告人の行為が、行為当時の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべきものであったとしても、そのような行為を処罰することが憲法に違反するものではないという法廷意見に同調するが、これに関連して、若干補足して述べておきたい。
判例、ことに最高裁判所が示した法解釈は、下級審裁判所に対し事実上の強い拘束力を及ぼしているのであり、国民も、それを前提として自己の行動を定めることが多いと思われる。この現実に照らすと、最高裁判所判例を信頼し、適法であると信じて行為した者を、事情の如何を問わずすべて処罰するとすることには問題があるといわざるを得ない。しかし、そこで問題にすべきは、所論のいうような行為後の判例の「遡及的適用」の許否ではなく、行為時の判例に対する国民の信頼の保護如何である。私は、判例を信頼し、それゆえに自己の行為が適法であると信じたことに相当な理由のある者については、犯罪を行う意思、すなわち、故意を欠くと解する余地があると考える。

もっとも、違法性の錯誤は故意を阻却しないというのが当審の判例であるが(最高裁昭和二三年七月一四日大法廷判決、最高裁昭和二五年一一月二八日第三小法廷判決)、私は、少なくとも右に述べた範囲ではこれを再検討すべきであり、そうすることによって、個々の事案に応じた適切な処理も可能となると考えるのである。
 この観点から本件をみると、被告人が犯行に及んだのは昭和四九年三月であるが、当時、地方公務員法の分野ではいわゆるB教組事件に関する最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決が当審の判例となってはいたものの、国家公務員法の分野ではいわゆるC警職法事件に関する最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決が出され、B教組事件判例の基本的な法理は明確に否定されて、同判例もいずれ変更されることが予想される状況にあったのであり、しかも、記録によれば、被告人は、このような事情を知ることができる状況にあり、かつ知った上であえて犯行に及んだものと認められるのである。したがって、本件は、被告人が故意を欠いていたと認める余地のない事案であるというべきである。
 このように、被告人は、私見によっても処罰を免れないのであり、被告人に地方公務員法違反の犯罪の成立を認めた原判決に誤りはなく、刑訴法四一一条一号に当たるとすることはできないのである。