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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

公にされている処分基準の適用関係を示さずにされた建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分が,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠き,違法であるとされた事例

平成23年6月7日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの)10条1項2号及び3号に基づいてされた一級建築士免許取消処分の通知書において,処分の理由として,名宛人が,複数の建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,同項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,同項所定の複数の懲戒処分の中から処分内容を選択するための基準として多様な事例に対応すべくかなり複雑な内容を定めて公にされていた当時の建設省住宅局長通知による処分基準の適用関係が全く示されていないなど判示の事情の下では,名宛人において,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることができず,上記取消処分は,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠き,違法である。
(補足意見及び反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/379/081379_hanrei.pdf

 1 本件は,一級建築士として建築士事務所の管理建築士を務めていた上告人X1が,国土交通大臣から,建築士法(平成18年法律第92号による改正前のもの。以下同じ。)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分(「本件免許取消処分」)を受け,これに伴い,同事務所の開設者であった上告人X2(「上告会社」)が,北海道知事から,同法26条2項4号に基づく建築士事務所登録取消処分(「本件登録取消処分」)を受けたため,上告人らにおいて,本件免許取消処分は,公にされている処分基準の適用関係が理由として示されておらず,行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であり,これを前提とする本件登録取消処分も違法な処分であるなどとして,これらの各処分の取消しを求めている事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1) 上告人X1は,昭和56年に一級建築士免許を取得し,上告会社が開設する建築士事務所の管理建築士を務めていた。

 (2) 国土交通大臣は,上告人X1に対し,平成18年9月1日付けで,本件免許取消処分をした。その通知書には,処分の理由として,次のとおり記載されていた。
 「あなたは,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,北海道札幌市厚別区厚別中央▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区平岸▲条▲丁目▲,北海道札幌市北区北▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区北▲条西▲丁目▲番▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた。
 また,北海道札幌市東区北▲条東▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区豊平▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区月寒西▲条▲丁目▲番▲,北海道札幌市豊平区月寒中央通▲丁目▲番▲,北海道札幌市白石区南郷通▲丁目北▲を敷地とする建築物の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った。

このことは,建築士法第10条第1項第2号及び第3号に該当し,一級建築士に対し社会が期待している品位及び信用を著しく傷つけるものである。」

 (3) 北海道知事は,上告人X1に対し本件免許取消処分がされたことを受けて,上告会社に対し,平成18年9月26日付けで,本件登録取消処分をした。

 (4) 建築士法10条1項は,建築士が「この法律若しくは建築物の建築に関する他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき」(2号),「業務に関して不誠実な行為をしたとき」(3号)においては,免許を与えた国土交通大臣又は都道府県知事は,当該建築士に対する懲戒処分として,「戒告を与え,1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ,又は免許を取り消すことができる。」と定めている。
 本件免許取消処分がされた当時,建築士に対する上記懲戒処分については,意見公募の手続を経た上で,「建築士の処分等について」と題する通知(平成11年12月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設省住宅局長通知。平成19年6月20日廃止前のもの)において処分基準(「本件処分基準」)が定められ,これが公にされていた。本件処分基準によれば,その別表第1に従い,処分内容の決定を行うこととされており,上記別表第1の(2)は,建築士建築士法10条1項2号又は3号に該当するときは,「表2の懲戒事由に記載した行為に対応する処分ランクを基本に,表3に規定する情状に応じた加減を行ってランクを決定し,表4に従い処分内容を決定する。ただし,当該行為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じたとき(「結果が重大なとき」)は,業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とする。」と定めていた。また,上記別表第1の表2は,「違反設計」に対応する処分ランクを「6」とし,「不適当設計」に対応する処分ランクを「2~4」とし,「その他の不誠実行為」に対応する処分ランクを「1~4」とするなど,懲戒事由の類型ごとに処分ランクを定め,表3は,その処分ランクから,「過失に基づく行為であり,情状をくむべき場合」には1~3を減じ,「法違反の状態が長期にわたる場合」や「常習的に行っている場合」には3を加えるなど,情状等による処分ランクの加減方法を定め,表4は,このようにして決定された処分ランクが「2」の場合は「戒告」とし,「3」ないし「15」の場合はそれぞれ「業務停止1月未満」ないし「業務停止1年」とし,「16」の場合は「免許取消」とするなど,処分ランクに対応する処分等(文書注意を含む。)の内容を定めるとともに,複数の処分事由に該当する場合の処理について,「二以上の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為のランクに適宜加重したランクとする。ただし,同一の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる。」などと定めていた。

 (5) 上告人らは,本件訴訟の提起の段階で,本件免許取消処分の根拠は本件処分基準の別表第1の(2)本文であると理解していたが,被上告人国は,本件訴訟において,本件免許取消処分の根拠を,主位的に,同(2)ただし書であると主張し,予備的に,同(2)本文であると主張した。

 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,本件免許取消処分に行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法はなく,その余の違法事由も認められず,本件登録取消処分にも違法はないとして,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
 行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を示さなければならないとしている趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,更に進んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかにすることを要するものではないと解すべきである。国土交通大臣は,本件免許取消処分の通知書の中で具体的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,十分な理由が提示されていたといえる。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである。

この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消しのいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定められているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。

そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人X1が,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,その複雑な基準の下では,上告人X1において,上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものというべきである。

そして,上記のとおり本件免許取消処分が違法な処分として取消しを免れないものである以上,これを前提とする本件登録取消処分もまた違法な処分として取消しを免れないものというべきである。

 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取り消し,上告人らの請求をいずれも認容すべきである。