子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利の濫用に当たるとされた事例
裁判要旨
婚姻中の父母のうち父に対して長男A,二男B及び長女Cを母に引き渡すよう命ずる審判を債務名義とするAの引渡しについての間接強制の申立ては,次の(1),(2)など判示の事情の下では,権利の濫用に当たる。
(1) 上記審判を債務名義とする引渡執行の際,B及びCが母に引き渡されたにもかかわらず,A(当時9歳3箇月)については,引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため,執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。
(2) 父及びその両親を拘束者,Aを被拘束者とする人身保護請求事件の審問期日において,A(当時9歳7箇月)は,母に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し,その人身保護請求は,Aが父等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて父等のもとにとどまっているとして棄却された。
(補足意見がある。)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/646/088646_hanrei.pdf
1 本件は,相手方が,その夫である抗告人に対し,両名の長男の引渡しを命ずる審判を債務名義として,間接強制の申立てをした事案である。
2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人と相手方は,平成19年6月に婚姻し,平成20年4月に長男を,平成22年10月に二男を,平成25年4月に長女をもうけた(以下,上記の子ら3名を併せて「本件子ら」という。)。
(2) 相手方は,平成27年12月,抗告人に対し,「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」という内容のメールを送信した。これを契機に,抗告人は,本件子らを連れて実家に転居し,現在まで相手方と別居している。
(3) 奈良家庭裁判所は,平成29年3月,相手方の申立てに基づき,本件子らの監護者を相手方と指定し,抗告人に対して本件子らの引渡しを命ずる審判(「本件審判」)をした。本件審判は,同年7月に確定した。
(4) 相手方は,平成29年7月,奈良地方裁判所執行官に対し,本件審判を債務名義として,本件子らの引渡執行の申立てをした。同執行官が,抗告人宅を訪問し,本件子らに対して相手方のもとへ行くよう促したところ,二男及び長女はこれに応じて相手方に引き渡されたが,長男は,相手方に引き渡されることを明確に拒絶して泣きじゃくり,呼吸困難に陥りそうになった。そのため,同執行官は,執行を続けると長男の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し,長男の引渡執行を不能として終了させた。
(5) 相手方は,平成29年8月,大阪地方裁判所に対し,抗告人及びその両親(「抗告人等」)を拘束者とし,長男を被拘束者とする人身保護請求をした。長男は,同年12月,その人身保護請求事件の審問期日において,二男や長女と離れて暮らすのは嫌だが,それでも抗告人等のもとでの生活を続けたい旨の陳述をした。同裁判所は,長男が十分な判断能力に基づいて抗告人等のもとで生活したいという強固な意思を明確に表示しており,その意思は抗告人等からの影響によるものではなく,長男が自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっていると認め,抗告人等による長男の監護は人身保護法及び人身保護規則にいう拘束に当たらないとして,相手方の上記請求を棄却する判決をした。この判決は,平成30年2月に確定した。
3 原審は,抗告人に対し,長男を相手方に引き渡すよう命ずるとともに,これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員を相手方に支払うよう命ずる間接強制決定をすべきものとした。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
子の引渡しを命ずる審判は,家庭裁判所が,子の監護に関する処分として,一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し,当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり,これにより子の引渡しを命ぜられた者は,子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ,子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ,合理的に必要と考えられる行為を行って,子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは,子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって,子の引渡しを命ずる審判がされた場合,当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは,直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。
しかしながら,本件においては,本件審判を債務名義とする引渡執行の際,二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず,長男(当時9歳3箇月)については,引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため,執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。また,人身保護請求事件の審問期日において,長男(当時9歳7箇月)は,相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し,その人身保護請求は,長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却された。
以上の経過からすれば,現時点において,長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は,具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において,本件審判を債務名義とする間接強制決定により,抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは,過酷な執行として許されないと解される。そうすると,このような決定を求める本件申立ては,権利の濫用に当たるというほかない。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,原々決定を取り消し,相手方の本件申立てを却下すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官山崎敏充の補足意見がある。