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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 前訴において相手方が虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔し勝訴の確定判決を取得したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求が許されないとされた事例

平成22年4月13日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
前訴において当事者が攻撃防御を尽くした事実認定上の争点等について,前訴判決と基本的には同一の証拠関係の下における証拠評価が異なった結果,異なる事実が認定されるに至ったにすぎないなど判示の事情の下においては,前訴における相手方の主張や供述が上記のような認定事実に反するというだけでは,前訴において相手方が虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔し勝訴の確定判決を取得したというには足りず,このことを理由として不法行為に基づく損害賠償請求をすることは許されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/107/080107_hanrei.pdf

上告代理人の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1 本件は,被上告人が,上告人に対し,上告人は被上告人に対して提起した損害賠償請求訴訟において虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔し,請求を一部認容する確定判決を詐取したなどと主張して,不法行為に基づく損害賠償等を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,平成元年3月6日,Aから,原判決別紙物件目録記載1の土地及び同土地上の同目録記載2の建物(以下「本件建物」といい,上記土地と併せて「本件土地建物」という。)を代金3200万円で買い受けた(以下「本件売買」という。)。

(2) 被上告人は,不動産仲介等を業とする会社であり,上告人とAとの間の本件売買を仲介した。Bは,被上告人の代表者であり,宅地建物取引主任者として,上記仲介の事務を処理した。
本件土地建物は市街化調整区域の指定がされた区域内にあり,上記仲介に際し上告人に交付された重要事項説明書には,「市街化調整区域の建築制限あり」等の記載があったが,その制限の具体的内容等についての記載はなかった。

(3) 上告人は,平成17年11月24日,被上告人に対し,本件土地建物は,市街化調整区域の指定がされた区域内にあり,都市計画法上,愛知県知事の許可を受けなければ本件建物に居住し,又はこれを建て替えることができない物件であったにもかかわらず,Bから事前にその旨の説明を受けなかったため,本件建物は居住及び建替えが可能な物件であると誤信し,これらの目的で本件土地建物を買い,その代金と当時の適正価格との差額相当額の損害等を受けたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟(「前訴」)を提起した。

前訴において,被上告人は,上告人が,都市計画法に基づく制限の具体的内容についてBから相応の説明を受けており,知人から市街化調整区域における建築制限の実態について話を聞き,これを知り得たこと,上告人には損害がないことなどを主張して,上告人の請求を争った。

(4) 前訴の控訴審は,平成19年4月27日言い渡した判決(「前訴判決」)において,被上告人は,本件土地建物については,都市計画法による建築制限があることを調査し,これを上告人に説明する義務があったところ,上記重要事項説明書の交付をもってその説明がされたということはできず,そのほかにもBがその説明をしたと認めるに足りず,被上告人のその余の主張も採用することができないとして,被上告人の不法行為責任を認め,上告人の請求の一部を認容すべきものとした。

(5) 被上告人は,前訴判決に対し上告及び上告受理の申立てをしたが,前訴判決は,同年9月20日,上告棄却及び上告不受理の決定により確定した。

(6) 上告人は,仮執行宣言付きの前訴判決に基づき,被上告人の預金債権に対する差押命令を得て,合計81万0496円を取り立てた。

3 原審は,次のとおり判示して,被上告人の請求を一部認容した。
上告人は,前訴において,

① 本件売買の仲介時の重要事項に関するBの説明内容や知人からも市街化調整区域内における建築制限の実態について話を聞いたことにつき,虚偽の供述等をした上,これを信用させるために,その後に本件建物を建て替えるつもりで行ったという公的機関とのやりとりに関しても虚偽の供述等をしたこと,

② 本件建物の建替えの意思の有無に関し,虚偽の供述等をしたこと,

③ 前訴の提起時には,本件土地建物を既に売却していたにもかかわらず,この事実に言及することなく,売却前の不動産登記簿謄本を提出したことなどが認められ,これらの事実を総合すれば,上告人は,市街化調整区域内においては権利制限があることを分かっていながら,居住目的で本件土地建物を購入し,17年間目的どおりの居住利益を享受し,損害がないにもかかわらず,いわゆるバブル期に購入した本件土地建物を資金需要があって売却した時に大幅に地価が下落していて譲渡損を被ったことから,その損害を回復するため,前訴を提起し,Bの説明義務違反により買うつもりもない物件を買わされて損害を被った旨の虚偽の主張立証を巧妙にして,前訴裁判所を欺罔し,勝訴の前訴判決を詐取し,これに基づき債権執行に及ぶなどしたものであるから,前訴の提起行為に始まる上告人の一連の行為は不法行為に当たるというべきである。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記2の事実関係によれば,本件訴訟は,前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をするものであるが,当事者間に確定判決が存在する場合に,その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として,その判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をすることは,確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから,原則として許されるべきではなく,当事者の一方が,相手方の権利を害する意図の下に,作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ,あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い,その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し,かつ,これを執行したなど,その行為が著しく正義に反し,確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って,許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和44年7月8日第三小法廷判決,最高裁平成10年9月10日第一小法廷判決)。

原審の上記判断は,前訴において当事者が攻撃防御を尽くした事実認定上の争点やその周辺事情について,前訴判決と異なる事実を認定し,これを前提に上告人が虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔したなどとして不法行為の成立を認めるものであるが,原判決の挙示する証拠やその説示するところによれば,原審は,前訴判決と基本的には同一の証拠関係の下における信用性判断その他の証拠の評価が異なった結果,前訴判決と異なる事実を認定するに至ったにすぎない。

しかし,前訴における上告人の主張や供述が上記のような原審の認定事実に反するというだけでは,上告人が前訴において虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔したというには足りない。

他に,上告人の前訴における行為が著しく正義に反し,前訴の確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情があることはうかがわれず,被上告人が上記損害賠償請求をすることは,前訴判決の既判力による法的安定性を著しく害するものであって,許されないものというべきである。

5 以上と異なる見解の下に被上告人の損害賠償請求の一部を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分に係る被上告人の控訴を棄却すべきである。