最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

放送事業者等から放送番組のための取材を受けた者において,取材担当者の言動等によって当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,信頼したことが,法的保護の対象となるか

平成20年6月12日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
 1 放送事業者又は放送事業者が放送番組の制作に協力を依頼した関係業者から放送番組の素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならない。もっとも,当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,取材担当者が,そのことを認識した上で,取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により放送番組中で取り上げる旨説明し,その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは,取材対象者が上記のように期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得る。

2 放送事業者Y1の委託を受けた放送番組の制作等を業とするY2から,いわゆる従軍慰安婦問題を裁く民衆法廷を取り上げたテレビジョン放送番組の制作業務の再委託を受けたY3が,上記民衆法廷を中心となって開催したXに対して上記番組のための取材を行い,その後,Y1によって上記番組が放送された場合において,Y3の担当者が,Xに対して,上記番組が上記民衆法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になるなどと説明して取材を申し入れ,上記民衆法廷の一部始終を撮影したなどの事実があったとしても,次の(1),(2)の事情の下では,上記民衆法廷をつぶさに紹介する趣旨,内容の放送がされるとのXの期待,信頼が法的保護の対象となるものとすることはできず,実際に放送された上記番組の内容が上記説明とは異なるものであったとしても,Y1〜Y3は,上記期待,信頼を侵害したことを理由とする不法行為責任を負わない。

(1) Y3による実際の取材活動は,そのほとんどが取材とは無関係に当初から予定されていた事柄に対するものであって,Xに格段の負担が生ずるものとはいえないし,Y3による当初の申入れに係る取材の内容も,Xに格段の負担を生じさせるようなものということはできない。

(2) Y3の担当者のXに対する上記説明が,上記番組において上記民衆法廷について必ず一定の内容,方法で取り上げるというものであったことはうかがわれず,Xにおいても,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が上記説明と異なるものになる可能性があることを認識することができたものと解される。
(1,2につき意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/444/036444_hanrei.pdf

・・・・・・・・・ しかしながら,原審の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

(1) 原告の期待,信頼が侵害されたことを理由とする被告らの不法行為責任について

放送法は,「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」等の原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを目的として制定されたものである(同法1条)が,同法3条は,「放送番組は,法律に定める権限に基く場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない。」と規定し,同法3条の2第1項は,「放送事業者は,国内放送の放送番組の編集に当たっては,次の各号の定めるところによらなければならない。

一 公安及び善良な風俗を害しないこと。

二 政治的に公平であること。

三 報道は事実をまげないですること。

四 意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」と規定し,同法3条の3第1項は,「放送事業者は,放送番組の種別及び放送の対象とする者に応じて放送番組の編集の基準(以下「番組基準」という。)を定め,これに従って放送番組の編集をしなければならない。」と規定している。これらの放送法の条項は,放送事業者による放送は,国民の知る権利に奉仕するものとして表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることを法律上明らかにするとともに,放送事業者による放送が公共の福祉に適合するように番組の編集に当たって遵守すべき事項を定め,これに基づいて放送事業者が自ら定めた番組基準に従って番組の編集が行われるという番組編集の自律性について規定したものと解される。
このように,法律上,放送事業者がどのような内容の放送をするか,すなわち,どのように番組の編集をするかは,表現の自由の保障の下,公共の福祉の適合性に配慮した放送事業者の自律的判断にゆだねられているが,これは放送事業者による放送の性質上当然のことということもでき,国民一般に認識されていることでもあると考えられる。
そして,放送事業者の制作した番組として放送されるものである以上,番組の編集に当たっては,放送事業者の内部で,様々な立場,様々な観点から検討され,意見が述べられるのは,当然のことであり,その結果,最終的な放送の内容が編集の段階で当初企画されたものとは異なるものになったり,企画された番組自体が放送に至らない可能性があることも当然のことと国民一般に認識されているものと考えられる。

 放送事業者が番組を制作し,これを放送する場合には,放送事業者は,自ら,あるいは,制作に協力を依頼した関係業者(「制作業者」)と共に,取材によって放送に使用される可能性のある素材を広く収集した上で,自らの判断により素材を取捨選択し,意見,論評等を付加するなどの編集作業を経て,番組としてこれを外部に公表することになるものと考えられるが,上記のとおり,放送事業者がどのように番組の編集をするかは,放送事業者の自律的判断にゆだねられており,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が当初企画されたものとは異なるものになったり,企画された番組自体放送に至らない可能性があることも当然のことと認識されているものと考えられることからすれば,放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである。

もっとも,取材対象者は,取材担当者から取材の目的,趣旨等に関する説明を受けて,その自由な判断で取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであるから,取材対象者が抱いた上記のような期待,信頼がどのような場合でもおよそ法的保護の対象とはなり得ないということもできない。

すなわち,当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,取材担当者が,そのことを認識した上で,取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により番組中で取り上げる旨説明し,その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは,取材対象者が同人に対する取材で得られた素材が上記一定の内容,方法で当該番組において取り上げられるものと期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得るものというべきである。

そして,そのような場合に,結果として放送された番組の内容が取材担当者の説明と異なるものとなった場合には,当該番組の種類,性質やその後の事情の変化等の諸般の事情により,当該番組において上記素材が上記説明のとおりに取り上げられなかったこともやむを得ないといえるようなときは別として,取材対象者の上記期待,信頼を不当に損なうものとして,放送事業者や制作業者に不法行為責任が認められる余地があるものというべきである。

これを本件についてみると,上記事実関係等によれば,本件番組の取材に当たったY の担当者は,原告に対し,

①本件提案票の写しを交付し,

②本件番組 3は,ドキュメンタリーと対談とで構成され,本件女性法廷が何を裁くかということや本件女性法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になると説明し,

昭和天皇についての判決がされれば,判決の内容として放映すべきであると述べ,

④本件女性法廷の全部及びその準備活動等その開催に向けた一連の活動について取材,撮影したいと申し入れ,

⑤実際に,原告の運営委員会の傍聴や撮影,Bに対するインタビュー,本件女性法廷の会場の下見への同行,リハーサルの撮影を行い,本件女性法廷の開催当日,他の報道機関が2階席からの取材,撮影しか許されなかったのに対し,1階においても取材,撮影することが許され,本件女性法廷の一部始終を撮影したというのである。

しかしながら,上記⑤のY による実際の取材活動は,そのほとんどが取材とは無関係に当初から予定されていた事柄に対するものであることが明らかであり,原告に格段の負担が生ずるものとはいえないし,上記④のY による当初の申入れに係る取材の内容も,原告に格段の負担を生じさせるようなものということはできない。

また,上記①~④のY の担当者の行為は,取材を申し入れた時点において提案ないし予定されている番組の趣旨内容及び取材内容に関するもの,あるいは取材担当者の個人的な意見を述べたにとどまるものであることが明らかであり,Y の担当者の原告に対する説明が,本件番組において本件女性法廷について必ず一定の内容,方法で取り上げるというものであったことはうかがわれないのであって,原告においても,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が上記説明と異なるものになる可能性があることを認識することができたものと解される。
そうすると,原告の主張する本件番組の内容についての期待,信頼が法的保護の対象となるものとすることはできず,上記期待,信頼が侵害されたことを理由とする原告の不法行為の主張は理由がない。

(2) 説明義務違反を理由とする被告らの債務不履行責任又は不法行為責任について
上記のとおり,原告の主張する本件番組の内容についての期待,信頼が法的保護の対象となるものとすることはできないから,このような場合においては,放送事業者や制作業者と取材対象者との間に番組内容について説明する旨の合意が存するとか,取材担当者が取材対象者に番組内容を説明することを約束したというような特段の事情がない限り,放送事業者や制作業者に番組の編集の段階で本件番組の趣旨,内容が変更されたことを原告に説明すべき法的な説明義務が認められる余地はないというべきである。そして,本件においてそのような特段の事情があることはうかがわれないから,上記説明義務違反を理由とする原告の債務不履行及び不法行為の主張は,いずれも理由がない。

(3) まとめ
各論旨のうち,以上の趣旨をいう点はいずれも理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決中,原告の請求を認容すべきものとした部分は破棄を免れない。

第3 平成19年(受)第811~813号附帯上告代理人の附帯上告受理申立て理由について
論旨は,原審が説明義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求を認めなかったことを非難するものであるが,同請求に理由がないことは上記第2,2(2)のとおりであるから,論旨は理由がない。