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婚姻費用の分担に関する処分の審判に対する抗告審が抗告の相手方に対し抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず,反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことと憲法32条

平成20年5月8日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
婚姻費用の分担に関する処分の審判に対する抗告審が,抗告の相手方に対し抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず,反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことは,憲法32条所定の「裁判を受ける権利」を侵害したものとはいえない。
(補足意見及び反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=36346

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/346/036346_hanrei.pdf

憲法32条所定の裁判を受ける権利が性質上固有の司法作用の対象となるべき純然たる訴訟事件につき裁判所の判断を求めることができる権利をいうものであることは,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和35年7月6日大法廷決定・民集14巻9号1657頁,最高裁昭和40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁参照)。したがって,上記判例の趣旨に照らせば,本質的に非訟事件である婚姻費用の分担に関する処分の審判に対する抗告審において手続にかかわる機会を失う不利益は,同条所定の「裁判を受ける権利」とは直接の関係がないというべきであるから,原審が,抗告人(原審における相手方)に対し抗告状及び抗告理由書の副本を送達せず,反論の機会を与えることなく不利益な判断をしたことが同条所定の「裁判を受ける権利」を侵害したものであるということはできず,本件抗告理由のうち憲法32条違反の主張には理由がない。また,本件抗告理由のその余の部分については,原審の手続が憲法31条に違反する旨をいう点を含めて,その実質は原決定の単なる法令違反を主張するものであって,民訴法336条1項に規定する事由に該当しない。

なお,本件は,家事審判の手続において妻である相手方が夫である抗告人に対して婚姻費用の分担金の支払を求める事案であり,原々審が,抗告人の負担すべき分担金として,抗告人に対し,過去の未払分95万円と1か月12万円の割合による金員の支払を命ずる審判をしたのに対し,原審は,抗告人の負担すべき分担金として,過去の未払分167万円と1か月16万円の割合による金員の支払を命ずる決定をしたものである。原審は,抗告人が相手方に対して正式に離婚が決まるまでの間婚姻費用として支払う旨約した月額5万円の仮払金の既払分を原々審の審判と同じく25万円であるとしているが,本件抗告理由において,抗告人は,原決定までの間に更に仮払金を支払ったと主張している。仮に抗告人の主張するような仮払金支払の事実があったとすれば,抗告人は,原決定の執行力を排除するために,その事実を異議の事由として請求異議の訴えを提起することができるものと考えられるが,本来,仮払金支払の事実の有無については,原審において審理されるべきものである。ところが,本件記録によれば,原審においては,抗告人に対して相手方から即時抗告があったことを知らせる措置が何ら執られていないことがうかがわれ,抗告人は原審において上記主張をする機会を逸していたものと考えられる。そうであるとすると,原審においては十分な審理が尽くされていない疑いが強いし,そもそも本件において原々審の審判を即時抗告の相手方である抗告人に不利益なものに変更するのであれば,家事審判手続の特質を損なわない範囲でできる限り抗告人にも攻撃防御の機会を与えるべきであり,少なくとも実務上一般に行われているように即時抗告の抗告状及び抗告理由書の写しを抗告人に送付するという配慮が必要であったというべきである。以上のとおり,原審の手続には問題があるといわざるを得ないが,この点は特別抗告の理由には当たらないところである。
よって,裁判官那須弘平の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。


裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
本件は,家事審判法9条1項乙類の審判の抗告審手続における相手方に対する手続保障と憲法31条,32条との関係及び審理手続の法令違反の有無が問題とされている事案である。
憲法31条の定める適正手続の保障は,同条が直接規定する生命若しくは自由に対する規制の場面だけではなく,国又は国家機関が,国民に対して一定の強制力を行使する場合に守られるべき基本原則というべきものであり,刑事手続だけでなく,民事手続や行政手続においても同条は類推適用されるべきものである。また,憲法32条の定める裁判を受ける権利は,憲法31条の定める適正手続の保障の下での裁判を受ける権利を定めたものであって,裁判手続において適正手続が保障されていないときには,憲法違反の問題が生じ得る。
本件は,家事審判法9条1項乙類の審判手続の問題であるところ,同手続は多数意見引用の判例が判示するとおり,本質的には,非訟事件手続であるから,憲法32条,31条が直接規律する範囲外の手続である。しかし,上記のとおり憲法31条は,国又は国の機関が国民に対して強制力を発動する場合には類推適用されるべき基本的な規定であり,また,非訟事件手続は裁判手続ではないものの,裁判所が関与する手続である以上,憲法32条の趣旨は,非訟事件手続の性質に反しない限り,その手続の中に反映されるべきものである。
そこで,家事審判法9条1項乙類にかかる審判手続についてみるに,憲法31条の定める手続保障の根幹をなすのは当事者の手続関与権であるところ,同手続では当事者の出頭義務(家事審判規則5条)や利害関係人の審判手続への参加(同規則14条)を定め,また,参考人又は当事者を審尋する場合には,当事者双方が立会うことができる審尋期日においてなすものとされていて(家事審判法7条,非訟事件手続法10条,民事訴訟法187条),当事者の手続関与権,審問請求権が一応保障されているのであって,憲法32条,31条の趣旨は,反映されているものといえる。
ところで,本件では,乙類審判事項の抗告審手続において,相手方に主張の機会を与えなかったことの適法性が問題となっているところ,抗告審の手続については,その性質に反しない限り,民事訴訟法の抗告審の規定を準用すべきものとされている(家事審判法7条,非訟事件手続法25条)が,民事の抗告審の手続は,第1審の決定手続の性質に準ずるものであり,当事者の手続関与権や審問請求権が民事訴訟法に明定されているわけではない。
しかし,憲法32条,31条が要請する当事者の手続関与権,審問請求権の保障の問題は,当該手続全体の中で捉えられるべきものであり,その手続の一部において手続保障が充足されていなくても,手続全体としてみたときにそれが確保されているときには,憲法32条,31条の趣旨は反映されているものといえるところ,上記のとおり,家事審判法9条1項乙類の審判手続には,当事者の手続関与権,審問請求権が一応充足されている以上,その抗告審の手続において,その保障を欠いていることをもって,上記の憲法各条違反の問題は生じないものというべきである。
なお,抗告審の手続において,相手方の手続関与権,審問請求権が法定されていなくても,抗告審は職権による審理をなすに当たり,申立人の主張と相手方の主張とが対立していることが原審の記録から明らかなときには,即時抗告申立書の副本又は写しを相手方に送付する等,相手方に即時抗告の申立てがなされた事実を通知して,相手方に反論の機会を与えるべきであり,相手方にかかる機会を与えないまま原審判を相手方に不利益に変更した場合には,審理不尽の違法の謗りを免れ得ないものというべきである。

裁判官那須弘平の反対意見は,次のとおりである。
1 私は,本件処理のために家事審判規則,家事審判法,非訟事件手続法及び民事訴訟法を解釈するに際し,憲法32条(「裁判を受ける権利」に関する規定)を念頭におきこれを解釈指針とすることにより即時抗告の抗告状及び抗告理由書(以下一括して,「即時抗告の抗告状等」という)の送達ないしこれに準じる送付が必要であったとの結論に到達でき,原審もこれを前提として決定をすべきであったと考える。原決定はこれと異なる立場に立って処理されたものであり,裁判に影響を及ぼすべき明らかな法令の違反があったと判断されるので,当審において職権により破棄し原審に差し戻すのが相当である。
2 家事審判規則18条は家事審判の即時抗告につき「その性質に反しない限り」審判に関する規定を準用すると定め,家事審判法7条本文は特別の定めがある場合を除き審判に関し「その性質に反しない限り」非訟事件手続法第1編の規定を「準用」する旨定めている。また,非訟事件手続法25条は「抗告ニハ特ニ定メタルモノヲ除ク外民事訴訟ニ関スル法令ノ規定中抗告ニ関スル規定ヲ準用ス」と定める。そして,民事訴訟法331条本文は,抗告及び抗告裁判所の訴訟手続には,「その性質に反しない限り」控訴の規定を準用すると規定している。しかし,これら法律及び規則の規定を見ても即時抗告の抗告状の送達の要否について,控訴状の送達を規定する民事訴訟法289条1項が準用されるか否かについては明らかでない。そこで,裁判所の実務としては,家事審判法上に特段の規定がないこと,家事審判手続が職権主義・裁量主義を採っていることなどを理由として法的には原則不要とする立場に立ちつつ,争訟性の強い乙類審判事件については相手方に不利益に変更される場合であって相手方の反論を聴取する等実質的な意味がある場合等を中心に,即時抗告の抗告状等を相手方に普通郵便等の方法で送付する運用が慣行として広く行われているようである。
3 問題は,実務における上記慣行を超えて,家事審判規則,家事審判法,非訟事件手続法及び民事訴訟法の解釈として,即時抗告の抗告状等の送達ないし送付を義務的なものと認めるべきかどうかという点にある。この場合,法律や規則に明文の規定がないことだけを理由にして法的義務がないと即断することは条文至上主義の弊を挙げるまでもなく相当でないことが明らかである。
家事審判法9条の定める乙類審判事件の中にも強い争訟性を有する類型のものがあり,本件で問題となっている婚姻費用分担を定める審判もこれに属する。私は,少なくとも,この類型の審判に関しては,憲法32条の趣旨に照らし即時抗告により不利益な変更を受ける当事者が即時抗告の抗告状等の送付を受けるなどして反論の機会を与えられるべき相当の理由があると考える。このような当事者の利益はいわゆる審問請求権(当事者が裁判所に対して自己の見解を表明し,かつ,聴取される機会を与えられることを要求することができる権利)の核心部分を成すものであり,純然たる訴訟事件でない非訟事件についても憲法32条による「裁判を受ける権利」の保障の対象になる場合があると解する。
この点,多数意見は昭和35年7月6日の最高裁大法廷決定(以下「昭和35年最高裁決定」という)及び昭和40年6月30日の最高裁大法廷決定(以下「昭和40年最高裁決定」という)を引用して,審判事件が本質的に非訟事件であって純然たる訴訟事件ではないことを理由に,抗告審において手続にかかわる機会を失う不利益は「裁判を受ける権利」とは直接の関係がないとの立場を採っている。しかし,昭和35年最高裁決定(家屋明渡請求事件及び占有回収請求事件につき,裁判所が戦時立法の一環として制定された金銭債務臨時調停法に基づき調停に代わる決定を非公開の手続でした案件)及び昭和40年最高裁決定(婚姻費用の分担に関し家事審判法の規定に従い非公開で審判がされた案件)は,いずれも手続が当時の法律の定めに従い非公開で行われたことを問題とするものであるのに対し,本件は,即時抗告により不利益変更を受けた当審抗告人に即時抗告の抗告状等の送付・送達がなく反論の機会も与えられなかったことが問題とされている案件であって,真の争点は憲法82条の公開原則の問題とは直接の関係を有しない。憲法82条が要求する公開の対象となる事件の範囲を区切る基準(同条2項では,裁判官の全員一致で非公開とする例外的処理の途も認められている)と憲法32条が要求する審問請求権ないし手続保障の適用範囲を区切る基準とは同一とは限らない。それゆえ,昭和35年最高裁決定及び昭和40年最高裁決定を根拠にして,本件が「裁判を受ける権利」と無関係と切り捨てる考え方には賛同できない。
昭和35年最高裁決定は,同種事案につきそれまでの判例(昭和31年10月31日最高裁大法廷決定等)を変更して裁判の非公開が一定の場合に憲法違反となることを明らかにした点については大きな意義があったと認められるものの,憲法32条の適用範囲を「純然たる訴訟事件」に限定するかのごとく判示した点については学説を中心にして強い批判があることも周知のとおりである。「純然たる訴訟事件」以外にも乙類審判事件を中心にして憲法32条の審問請求権ないし手続保障の対象となるべき類型のものが存在することは否定しがたく,この点に関するかぎり,昭和35年最高裁決定はいずれ当審において変更されるべきものであると考える。
4 以上検討したところにより家事審判規則,家事審判法及び非訟事件手続法に基づく手続にも憲法32条の理念が及ぶ場合があることについて積極的な見解を採る立場からすれば,上記各法律及び規則の解釈としても即時抗告により不利益変更を受ける抗告人に対して反論の機会を与えるために即時抗告の抗告状等を送達ないし送付する必要があると解すべきことになる。このような考え方を排斥する理由として家事審判手続における職権主義・裁量主義の原則が引用されることがあるが,これらの原則は当事者の審問請求権や手続保障の機会を一般的に奪う根拠としては抽象的に過ぎて説得力を欠く。また,実務における運用状況は,むしろ審問請求権及び手続保障を尊重する方向にあり,本件について原決定を破棄するための理由とはなっても,抗告を棄却する理由とはならない。ところが,本件では原審において即時抗告の抗告状等の送達も送付もないままに抗告人に不利益に変更がなされたというのであるから,決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があったというべきである。
5 なお,本件は憲法違反を理由とする特別抗告事件であり,法令違反を理由とする許可抗告として係属しているものではないことから,多数意見のように結論として抗告棄却を採りつつ,なお書きで原審の手続上の問題点を指摘するにとどめる選択も論理的にはあり得よう。しかし,この方法では,不利益変更を受ける抗告人に対し即時抗告の抗告状等が送達ないし送付されないまま原決定が維持されるという現実が放置されることになる。私の採る立場からすると,このような状況の下で原決定をそのまま残せば憲法32条違反の疑念を解消できないことになる。この問題を解消するためには,原審の手続につき裁判(決定)に影響を及ぼすべき法令の違反があったことを理由として,職権で原決定を破棄することが最低限必要であると考える。特別抗告につきこのような措置を執ることは,特別抗告制度の趣旨に照らせば特殊例外的な場合にとどめるべきではあるが,若干の当審先例があることでもあり,本件についてはそのような例外的処理が許されると解する。