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株式会社の新設分割において,会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律3条によれば分割をする会社との労働契約が分割によって設立される会社に承継されるものとされている労働者につき,当該承継の効力が生じないとはいえないとされた事例

平成22年7月12日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
1 株式会社の新設分割において,会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成17年法律第87号による改正前のもの)3条によれば分割をする会社との労働契約が分割によって設立される会社に承継されるものとされている労働者と,当該分割をする会社との間で,商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号。平成17年法律第87号による改正前のもの)附則5条1項に基づく労働契約の承継に関する協議が全く行われなかった場合,又は,上記協議が行われたものの,その際の当該会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため法が上記協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,当該労働者は当該承継の効力を争うことができる。

2 株式会社の新設分割において,会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成17年法律第87号による改正前のもの)3条によれば分割をする会社との労働契約が分割によって設立される会社に承継されるものとされている労働者と,当該分割をする会社との間で行われた,商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号。平成17年法律第87号による改正前のもの)附則5条1項に基づく労働契約の承継に関する協議は,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記協議の際の当該会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため法が上記協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえず,当該労働者につき当該承継の効力が生じないということはできない。

(1)当該分割をする会社は,労働者の代表者への説明に用いた資料等を使って労働者への説明や承継に納得しない労働者に対しての最低3回の協議を行った。

(2)当該分割をする会社は,当該労働者を代理する労働組合との間で,7回にわたる協議を行うとともに書面のやり取りも行うなどし,分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が承継される営業に主として従事する者に該当することを説明したものであり,その説明が不十分であったがために当該労働者が適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。

(3)当該分割をする会社が,分割によって設立される会社の経営見通しなどにつき当該労働者が求めた形での回答に応じなかったのは,上記会社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり,在籍出向等の要求に応じなかったのは,合弁事業実施の一環として行われた当該分割の分割計画ではこの目的を前提に従業員の労働契約を上記会社に承継させることとされていたからであって,いずれも相応の理由があった。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/428/080428_hanrei.pdf

1 本件は,被上告人が,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,新設分割の方法により,その事業部門の一部につき会社の分割をしたところ,これによって被上告人との間の労働契約が上記分割により設立された会社に承継されるとされた上告人らが,上記労働契約は,その承継手続に瑕疵があるので上記会社に承継されず,上記分割は上告人らに対する不法行為に当たるなどと主張して,被上告人に対し,労働契約上の地位確認及び損害賠償を求めている事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 平成14年4月ころ,被上告人の親会社であるA社とB社(以下「B社」という。)は,ハードディスク事業(以下「HDD事業」という。)に特化した合弁会社を設立する旨の合意をし,その後,当該合意に基づく事業再編計画の一環として,被上告人が,新設分割の方法により,そのHDD事業部門につき会社の分割(以下「本件会社分割」という。)をし,これによって設立される会社(後記(4)の設立時の商号はC社。以下「C社」という。)を上記合弁会社の子会社にする一方で,B社もまた,吸収分割の方法により,そのHDD事業部門につき会社の分割をし,これをC社に承継させることとした。そして,本件会社分割に伴い,被上告人のHDD事業部門の従業員との間の労働契約もC社に承継させる方針が定められた。

(2) 被上告人は,平成14年9月3日,イントラネット上で,HDD事業部門に関連する従業員向けに本件会社分割の内容及び雇用関係等に係る情報提供を開始するとともに,質問受付窓口を開設し,主な質問とそれに対する回答を掲載するなどした。また,被上告人は,その事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がなかったことから,会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成17年法律第87号による改正前のもの。なお,同改正前の法律の題名は「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」。以下「承継法」という。)7条に定める労働者の理解と協力を得るよう努める措置(以下「7条措置」という。)を行うため,各事業場ごとに従業員代表者を選出させ,当該代表者70人を4グループに分けて,同月27日以降,各グループに対して本件会社分割の背景と目的,C社の事業の概要,承継対象となる部署と今後の日程,承継される従業員のC社における処遇,承継される営業に主として従事する労働者か否かの判断基準,労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法等について説明し,C社の債務の履行の見込みに係る質問への回答も行った。そして,被上告人は,各種資料をまとめたデータベースをイントラネット上に設置して,従業員代表者がこれを閲覧できるようにした。
さらに,被上告人は,C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者との間で,個別的にも協議を行い,同年11月中旬までに,同代表者から3回にわたり出された要望書に対し,回答書を送付するなどした。当該協議の際,上記事業所の従業員代表者からは,C社設立後の経営見通し,C社への在籍出向によることの可否,承継後の労働条件等についての質問が出され,被上告人は,C社が承継する資産等を含む経営見通しに関係する事情を説明したほか,在籍出向は考えていないこと,労働条件はそのまま維持されることなどを回答した。

(3) 被上告人は,平成14年10月1日,HDD事業部門のライン専門職に対し,商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号。平成17年法律第87号による改正前のもの。以下「商法等改正法」という。)附則5条1項に定める労働契約の承継に関する労働者との協議(以下「5条協議」という。)のための資料として,C社の就業規則案や上記従業員代表者への説明時に使用した説明資料を送付した。その上で,被上告人は,ライン専門職に対し,同月4日,5条協議として,同月30日までにライン従業員にこれらの資料を示すなどして説明した上で労働契約の承継に関する意向を確認すること,承継に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行うこと,各従業員の状況を被上告人に報告することを指示した。
ライン専門職は,この指示に従って説明会を開き,多くの従業員は承継に同意した。
他方,上告人らは,いずれも被上告人のHDD事業に主として従事していた者であるところ,その所属する労働組合支部(以下「支部」という。)を代理人として5条協議をすることとし,その結果支部と被上告人との間で7回にわたり協議がされるとともに,3回にわたる書面のやり取りがされた。この協議の中で,被上告人は,支部に対し,C社の事業の概要にかかわる事情や上告人らが承継される営業に主として従事しているとの判断結果等について説明した。もっとも,被上告人は,一部の事項につき,支部が求めた形では回答せず,C社の経営見通しについては,これに係る数値等は経営に係る機密事項であるから答えられないが,現状では同業他社と同様にHDD事業部門の売上げは低迷しているものの合弁の強みを生かすことでメリットが得られるなどとし,C社における将来の労働条件については,労働者保護法理の適用がある中でC社が判断することであるなどと回答した。また,被上告人は,上告人らを在籍出向又は被上告人内での配置転換にしてほしいとの支部の求めには,応じられないとした。
上告人らは,同年11月11日,被上告人から十分な説明がされず,協議も不誠実であるなどとして,被上告人に対し,上告人らに係る労働契約の承継につき異議を申し立てる旨の書面を提出した。

(4) 被上告人は,平成14年11月27日,本件会社分割に係る分割計画書を本店に備え置いた。これに添付された書面には,上告人らの雇用契約も承継される旨記載されており,また,債務の履行の見込みがあることに関しては,C社が承継する資産と負債の簿価が,それぞれ114億8500万円と3億9000万円である旨の記載がされていた。そして,同年12月25日に会社分割の登記がされ,C社が資本金50億円で設立された。

3(1) 新設分割の方法による会社の分割は,会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条。以下,会社の分割を行う会社を「分割会社」,新設分割によって設立される会社を「設立会社」という。)。
これは,営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが,個々の労働者の労働契約の承継については,分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして,承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条),当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また,上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには,異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。

(2) 法は,労働契約の承継につき以上のように定める一方で,5条協議として,会社の分割に伴う労働契約の承継に関し,分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは,上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから,分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち,承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ,当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって,労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。

ところで,承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが,上記のような5条協議の趣旨からすると,承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと,上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。

(3) 他方,分割会社は,7条措置として,会社の分割に当たり,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条),これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され,これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に,5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。

(4) なお,7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については,「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(平成12年労働省告示第127号。平成18年厚生労働省告示第343号による改正前のもの。なお,同改正前の表題は「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」。以下「指針」という。)が定めている。指針は,7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として,会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げ,また5条協議においては,承継される営業に従事する労働者に対して,当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し,その希望を聴取した上で,当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めているが,その定めるところは,以上説示したところに照らして基本的に合理性を有するものであり,個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては,それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。

4(1) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,7条措置として,前記2(2)のとおり本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い,情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか,C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い,その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは,7条措置の対象事項を前記のとおり挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり,被上告人が行った7条措置が不十分であったとはいえない。

(2) 次に5条協議についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って,ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ,多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり,また,被上告人は,上告人らに対する関係では,これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし,C社の概要や上告人らの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え,在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。
そこでは,前記2(3)のとおり,分割後に勤務するC社の概要や上告人らが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが,これは5条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり,他に被上告人の説明が不十分であったがために上告人らが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。

なお,被上告人は,C社の経営見通しなどにつき上告人らが求めた形での回答には応じず,上告人らを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが,被上告人が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり,また,在籍出向等の要求に応じなかったことについては,本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり,分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことや,前記の本件会社分割に係るその他の諸事情にも照らすと,相応の理由があったというべきである。

そうすると,本件における5条協議に際しての被上告人からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。
以上によれば,被上告人の5条協議が不十分であるとはいえず,上告人らのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また,5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。

5 以上と同旨の原審の判断は是認することができ,論旨は採用できない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

権利能力のない社団である入会団体の代表者が総有権確認請求訴訟を原告の代表者として追行する場合における特別の授権の要否    権利能力のない社団である入会団体の代表者でない構成員が総有不動産についての登記手続請求訴訟の原告適格を有する場合

平成6年5月31日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
 一 入会権者である村落住民が入会団体を形成し、それが権利能力のない社団に当たる場合には、右入会団体は、構成員全員の総有に属する不動産についての総有権確認請求訴訟の原告適格を有する。
二 権利能力のない社団である入会団体の代表者が構成員全員の総有に属する不動産について総有権確認請求訴訟を原告の代表者として追行するには、右入会団体の規約等において右不動産を処分するのに必要とされる総会の議決等の手続による授権を要する。
三 権利能力のない社団である入会団体において、規約等に定められた手続により、構成員全員の総有に属する不動産について代表者でない構成員甲を登記名義人とすることとされた場合には、甲は、右不動産についての登記手続請求訴訟の原告適格を有する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/488/052488_hanrei.pdf

一 上告代理人の上告理由第一点について 

1 入会権は権利者である一定の村落住民の総有に属するものであるが(最高裁昭和四一年一一月二五日第二小法廷判決)、村落住民が入会団体を形成し、それが権利能力のない社団に当たる場合には、当該入会団体は、構成員全員の総有に属する不動産につき、これを争う者を被告とする総有権確認請求訴訟を追行する原告適格を有するものと解するのが相当である。

けだし、訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、誰が当事者として訴訟を追行し、また、誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せられるべき事柄であるところ、入会権は、村落住民各自が共有におけるような持分権を有するものではなく、村落において形成されてきた慣習等の規律に服する団体的色彩の濃い共同所有の権利形態であることに鑑み、入会権の帰属する村落住民が権利能力のない社団である入会団体を形成している場合には、当該入会団体が当事者として入会権の帰属に関する訴訟を追行し、本案判決を受けることを認めるのが、このような紛争を複雑化、長期化させることなく解決するために適切であるからである。

 2 そして、権利能力のない社団である入会団体の代表者が構成員全員の総有に属する不動産について総有権確認請求訴訟を原告の代表者として追行するには、当該入会団体の規約等において当該不動産を処分するのに必要とされる総会の議決等の手続による授権を要するものと解するのが相当である。

けだし、右の総有権確認請求訴訟についてされた確定判決の効力は構成員全員に対して及ぶものであり、入会団体が敗訴した場合には構成員全員の総有権を失わせる処分をしたのと事実上同じ結果をもたらすことになる上、入会団体の代表者の有する代表権の範囲は、団体ごとに異なり、当然に一切の裁判上又は裁判外の行為に及ぶものとは考えられないからである。

 3 以上を本件についてみるのに、記録によると、上告人A1管理組合は、a町の地域に居住する一定の資格を有する者によって構成される入会団体であって、規約により代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定しており、組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず存続することが認められるから、右上告人は権利能力のない社団に当たるというべきである。

したがって、右上告人は、本件各土地が右上告人の構成員全員の総有に属することの確認を求める訴えの原告適格を有することになる。

また、右上告人の代表者である組合長Dは、訴えの提起に先立って、本件訴訟を追行することにつき、財産処分をするのに規約上必要とされる総会における議決による承認を得たことが記録上明らかであるから、前記の授権の要件をも満たしているものということができる。

前記判例は、村落住民の一部の者のみが全員の総有に属する入会権確認の訴え等を提起した場合に関するものであって、事案を異にし本件に適切でない。

そうすると、右と異なる見解に立ち、右上告人が原告適格を欠くとして本件総有権確認の訴えを却下した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、論旨は理由がある。
 二 同第二点について
 1 権利能力のない社団である入会団体において、規約等に定められた手続により、構成員全員の総有に属する不動産につきある構成員個人を登記名義人とすることとされた場合には、当該構成員は、入会団体の代表者でなくても、自己の名で右不動産についての登記手続請求訴訟を追行する原告適格を有するものと解するのが 相当である。

けだし、権利能力のない社団である入会団体において右のような措置を採ることが必要になるのは入会団体の名義をもって登記をすることができないためであるが、任期の定めのある代表者を登記名義人として表示し、その交代に伴って所有名義を変更するという手続を採ることなく、別途、当該入会団体において適切であるとされた構成員を所有者として登記簿上表示する場合であっても、そのような登記が公示の機能を果たさないとはいえないのであって、右構成員は構成員全員のために登記名義人になることができるのであり、右のような措置が採られた場合には、右構成員は、入会団体から、登記名義人になることを委ねられるとともに登記手続請求訴訟を追行する権限を授与されたものとみるのが当事者の意思にそうものと解されるからである。

このように解したとしても、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、信託法一一条が訴訟行為をさせることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨を潜脱するものということはできない。
 2 これを本件についてみるのに、記録によると、上告人A2は、訴えの提起に先立って、上告人A1管理組合の総会における構成員全員一致の議決によって本件各土地の登記名義人とすることとされたことが認められるから、本件登記手続請求訴訟の原告適格を有するものというべきである。

そうすると、右と異なる見解に立ち、上告人A2が原告適格を欠くとして本件登記手続請求の訴えを却下した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、論旨は理由がある。
 三 結論
以上の次第で、原判決は破棄を免れず、更に本件を審理させるためこれを原審に差し戻すこととする。 

検察官が検察庁の庁舎内に接見の場所が存在しないことを理由として同庁舎内に居る被疑者との接見の申出を拒否したにもかかわらず弁護人が同庁舎内における即時の接見を求め即時に接見をする必要性が認められる場合に検察官が執るべき措置

平成17年4月19日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
1 弁護人から検察庁の庁舎内に居る被疑者との接見の申出を受けた検察官は,同庁舎内に,その本来の用途,設備内容等からみて,検察官が,その部屋等を接見のためにも用い得ることを容易に想到することができ,また,その部屋等を接見のために用いても,被疑者の逃亡,罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの問題が生じないことを容易に判断し得るような部屋等が存しない場合には,接見の申出を拒否することができる。

2 検察官が検察庁の庁舎内に接見の場所が存在しないことを理由として同庁舎内に居る被疑者との接見の申出を拒否したにもかかわらず,弁護人がなお同庁舎内における即時の接見を求め,即時に接見をする必要性が認められる場合には,検察官には,捜査に顕著な支障が生ずる場合でない限り,秘密交通権が十分に保障されないような態様の短時間の「接見」(面会接見)であってもよいかどうかという点につき,弁護人の意向を確かめ,弁護人がそのような面会接見であっても差し支えないとの意向を示したときは,面会接見ができるように特別の配慮をすべき義務がある。

3 弁護人が,検察官から,検察庁の庁舎内には接見のための設備が無いことを理由に同庁舎内に居る被疑者との接見の申出を拒否されたのに対し,接見の場所は被疑者が現在待機中の部屋でもよいし,検察官の執務室でもよいなどと述べて,即時の接見を求めたこと,弁護人は,勾留場所が代用監獄から少年鑑別所に変更されたことをできる限り早く被疑者に伝えて元気づけようと考え,接見を急いでいたこと,ごく短時間の接見であれば,これを認めても捜査に顕著な支障が生ずるおそれがあったとまではいえないことなど判示の事情の下においては,検察官が,立会人の居る部屋でのごく短時間の「接見」(面会接見)であっても差し支えないかどうかなどの点についての弁護人の意向を確かめることをせず,上記申出に対して何らの配慮もしなかったことは,違法である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/294/052294_hanrei.pdf

 1 本件は,弁護士である被上告人が,上告人に対し,検察官が検察庁の庁舎内における被疑者と被上告人との接見を,その庁舎内には接見室又は接見のための設備のある施設が無いなどとして拒否したことが違法であるとして,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料を請求する事案である。

 2 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 接見拒否に至る経緯
 被疑者甲(以下「本件被疑者」という。当時17歳)は,平成4年2月24日,非現住建造物等放火の容疑で逮捕された(以下,この容疑に係る事件を「第1被疑事件」という。)。本件被疑者は,翌25日に広島地方検察庁(「広島地検」)に送致され,D検事が主任検察官として事件を担当することになった。
 本件被疑者は,翌26日,広島簡易裁判所裁判官が発した勾留状によって代用監獄である可部警察署の留置場において勾留されることとなったが,翌27日,被上告人が第1被疑事件につき弁護人に選任され,同年3月5日,被上告人からの準抗告に基づき,広島地方裁判所は,本件被疑者の勾留場所を広島少年鑑別所(「少年鑑別所」)とした。

(2) 本件接見の拒否(1)
 被上告人は,前同日,本件被疑者が広島地検で取調べのため待機中であることを知り,午後2時20分ころ,D検事の執務室(「本件執務室」と)に電話をし,E事務官に対し,本件被疑者との接見を申し出た。被上告人は,本件被疑者に対し,勾留場所が少年鑑別所に変更されたことをできるだけ早く伝えて元気づけようと思い,接見を急いでいた。
 D検事は,同日午後2時30分ころ,被上告人に電話をし,広島地検の庁舎内での接見は,同庁舎内には接見のための設備が無いのでできない旨,及び本件被疑者については接見指定をしておらず,接見設備のある場所での接見はいつでも自由にできるので,本件被疑者との接見交通には何らの支障がない旨を述べた。これに対し,被上告人が,異議を述べたが,D検事は,多忙を理由に電話を切った。
 被上告人は,広島地検へ出向き,同日午後2時35分ころ,本件執務室の扉をノックして開け,D検事に対し,本件被疑者との接見を申し出たが,D検事は,広島地検には接見室が無いので庁舎内では接見できない旨,及びこの件に関してはこれ以上話をすることがない旨を述べ,E事務官に対し,扉を閉めるように指示をした。
 被上告人は,扉を閉めて廊下に出てきたE事務官に対し,取調べまで時間があるはずなので今すぐに会わせてほしい旨,及び接見の場所は本件被疑者が今待機中の部屋でもよいし,本件執務室でもよい,戒護の点で問題があるなら,裁判所の勾留質問室を借りて,そこで会わせてほしい旨を申し入れた。
 被上告人は,広島地検の庁舎内の待合室で待機していたが,D検事からの回答がないので,同日午後2時55分ころ,本件執務室の扉をノックし,出てきたE事務官に対し,用事を済ませた後にまた来るので,その時には必ず会わせてほしい旨を告げて,同庁舎を退出した。
 D検事は,同日午後3時15分ころから午後5時45分ころまでの間,本件被疑者の取調べをした。
 被上告人は,同日午後4時40分ころ,広島地検の刑事事務課を訪れ,D検事との面会を求めたが,同課の事務官から,D検事は捜査中で会えない旨を告げられたため,午後5時ころ,退出した(以下,同日の午後にD検事がした上記の広島地検の庁舎内での本件被疑者と被上告人との接見の拒否を「本件接見の拒否(1)」という。)。
 本件被疑者は,上記取調べ終了後に少年鑑別所に押送され,同日午後6時25分に少年鑑別所に身柄が引き渡された。被上告人は,同日午後7時30分から約30分間少年鑑別所で本件被疑者との接見をした。

 (3) 本件接見の拒否(2)
 本件被疑者は,平成4年3月16日,第1被疑事件については,処分保留のまま釈放されたが,同日,別件の現住建造物等放火容疑で再逮捕された(「第2被疑事件」)。

被上告人は,同月17日午前9時ころ,可部警察署に赴き,本件被疑者と接見したが,被上告人は同日午前10時から広島地方裁判所において公判の予定があったため,翌日再度接見することとして,約6分間で接見を終えた。

被上告人は,第2被疑事件についての弁護人選任届を本件被疑者から受領しておらず,また,本件被疑者が前日の接見まで被疑事実を否認していたため,再度黙秘権について教示する必要があると考えたことから,同月18日午前9時ころ,可部警察署において,本件被疑者との接見を申し入れた。しかし,本件被疑者は,既に広島地検に押送されていた。そこで,被上告人は,同日午前10時5分ころ,広島地検に赴き,F令状係長に対し,本件被疑者との接見を申し出た。
 F係長は,D検事に被上告人の上記接見の申出を伝えたところ,D検事は,F係長に対し,広島地検の庁舎内には接見のための設備が無いので接見をさせることはできない旨,及びそのことは第1審強化方策広島地方協議会で弁護士会も了承していることである旨を被上告人に伝えるように指示し,F係長は,上記指示に係る内容を被上告人に伝えた。
 被上告人は,上記回答に納得せず,F係長に対し,D検事に再度連絡を取るように申し入れた。F係長は,D検事の意向を確認した上で,被上告人に対し,D検事が先程と同じことを言っている旨を伝えたところ,被上告人は,再々度,F係長に対し,本件被疑者から弁護人選任届を受領していないことなどから接見の必要がある旨,及びこれを認めないと大きな問題になるかもしれない旨をD検事に伝えるように申し入れた。F係長は,上記申入れの内容をD検事に伝えたが,D検事は,これに応じなかった。

被上告人は,同日午前10時50分ころ,他の弁護士と共に,本件執務室を訪れ,D検事に対し,広島地検の庁舎内での本件被疑者との即時の接見を申し出た。これに対し,D検事は,前記と同様の回答をし,上記接見の申出に応じなかった(以下,同日の午前中にD検事がした上記の広島地検の庁舎内での本件被疑者と被上告人との接見の拒否を「本件接見の拒否(2)」という。)。
 D検事は,同日午前11時45分ころから午後0時5分ころまでの間,本件被疑者から弁解を聴いた上で,同日午後1時11分,広島地方裁判所に対し,本件被疑者の勾留を請求した。本件被疑者は,同日午後4時ころ,勾留質問のために同地方裁判所に押送されたが,その際,被上告人は,同地方裁判所内の接見室において,本件被疑者と接見をし,第2被疑事件につき,弁護人に選任された。

 (4) 広島地検の庁舎内の設備
 広島地検の庁舎内には,接見のための設備を備えた部屋はなかった。
 広島地検の庁舎地下1階に,警察官同行室(以下「同行室」という。)及び拘置所仮監があり,前者は警察署の留置場から,後者は拘置所から,それぞれ取調べのために押送されてくる被疑者を留置するための施設である。
 同行室には,五つの房があり,各房の定員は,1~12人である。各房は,出入口側を除く3面がコンクリート壁であり,出入口側の面は,内外から金網が張られた鉄格子で仕切られており,その仕切り壁には,扉と開口部(縦約20㎝,横約10㎝のもの)が設けられている。同行室には,監視台があり,各房の内部を監視できるようになっている。
 拘置所仮監には,三つの房があり,その構造は,上記同行室のそれとほぼ同様であった。

 (5) 第1審強化方策広島地方協議会における協議
 平成3年10月5日に開催された第1審強化方策広島地方協議会において,弁護士会から,広島地検の庁舎内に接見室を設置することを求める旨の要望がされたのに対し,広島地検は,庁舎の実情や戒護の問題があり,上記要望には応じかねる旨,検察庁への被疑者の押送は検事の取調べのためであり,庁舎内での弁護人との接見は予定されていない旨,及び取調べ終了後は,速やかに身柄を勾留場所に戻すので勾留場所で接見をしていただきたい旨を回答した。

 3 原審は,上記事実関係の下において,要旨,次のとおり判断し,被上告人の請求を,慰謝料10万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきものとした。

(1) 検察官は,単に検察庁の庁舎内に接見室又は接見施設が無いことのみを理由として,接見を拒否することは許されず,その庁舎内に,被疑者との接見を行わせても,被疑者の逃亡,罪証の隠滅を防止することができ,戒護上の支障を生じさせないような場所が存在しないことを理由とする場合に限り,接見を拒否し得るものと解すべきである。

(2) 広島地検の庁舎内においては,弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)が,その庁舎地下1階の同行室の房外に居て,房内に居る被疑者と接見する方法を採った場合には,弁護人等が被疑者と小声で会話をすることにより,他の者に聞かれることなく会話をすることが可能であり,会話の秘密性を確保するため,当該被疑者と同じ房内に居る他の被疑者を他の房に移す必要があるとは認められない。また,上記のような方法で同行室を利用して接見を行えば,接見の際に,被疑者と弁護人等が物の授受をすることは困難であり,立会人なしに接見することを認めたとしても,戒護の面や留置管理業務の面で,現実的,具体的な支障が生ずるおそれがあるとは認められない。

(3) そうすると,被上告人の前記各接見の申出に対し,D検事は,上記同行室を利用しての接見をさせるべきであったのに,これをいずれも拒否したこと(本件接見の拒否(1),(2))は,違法というべきである。

(4) D検事が,検察庁の庁舎内に接見室が無い場合には,そのことのみを理由として接見を拒否することができると考えたことについて,相当な理由があったものと認めることはできないから,D検事には,被上告人の前記各接見の申出に対しこれらをいずれも拒否したこと(本件接見の拒否(1),(2))について過失があったものというべきである。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 

(1) 被疑者が,検察官による取調べのため,その勾留場所から検察庁に押送され,その庁舎内に滞在している間に弁護人等から接見の申出があった場合には,検察官が現に被疑者を取調べ中である場合や,間近い時に上記取調べ等をする確実な予定があって,弁護人等の申出に沿った接見を認めたのでは,上記取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合など,捜査に顕著な支障が生ずる場合には,検察官が上記の申出に直ちに応じなかったとしても,これを違法ということはできない(最高裁平成11年3月24日大法廷判決)。
しかしながら,検察庁の庁舎内に被疑者が滞在している場合であっても,弁護人等から接見の申出があった時点で,検察官による取調べが開始されるまでに相当の時間があるとき,又は当日の取調べが既に終了しており,勾留場所等へ押送されるまでに相当の時間があるときなど,これに応じても捜査に顕著な支障が生ずるおそれがない場合には,本来,検察官は,上記の申出に応ずべきものである。もっとも,被疑者と弁護人等との接見には,被疑者の逃亡,罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの制約があるから,

【要旨1】検察庁の庁舎内において,弁護人等と被疑者との立会人なしの接見を認めても,被疑者の逃亡や罪証の隠滅を防止することができ,戒護上の支障が生じないような設備のある部屋等が存在しない場合には,上記の申出を拒否したとしても,これを違法ということはできない。そして,上記の設備のある部屋等とは,接見室等の接見のための専用の設備がある部屋に限られるものではないが,その本来の用途,設備内容等からみて,接見の申出を受けた検察官が,その部屋等を接見のためにも用い得ることを容易に想到することができ,また,その部屋等を接見のために用いても,被疑者の逃亡,罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの問題が生じないことを容易に判断し得るような部屋等でなければならないものというべきである。
上記の見地に立って,本件をみるに,前記の事実関係によれば,広島地検の庁舎内には接見のための設備を備えた部屋は無いこと,及び庁舎内の同行室は,本来,警察署の留置場から取調べのために広島地検に押送されてくる被疑者を留置するために設けられた施設であって,その場所で弁護人等と被疑者との接見が行われることが予定されている施設ではなく,その設備面からみても,被上告人からの申出を受けたD検事が,その時点で,その部屋等を接見のために用い得ることを容易に想到することができ,また,その部屋等を接見のために用いても,被疑者の逃亡,罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの問題が生じないことを容易に判断し得るような部屋等であるとはいえないことが明らかである。

したがって,広島地検の庁舎内には,弁護人等と被疑者との立会人なしの接見を認めても,被疑者の逃亡や罪証の隠滅を防止することができ,戒護上の支障が生じないような設備のある部屋等は存在しないものというべきであるから,D検事がそのことを理由に被上告人からの接見の申出を拒否したとしても,これを直ちに違法ということはできない。

(2) しかしながら,上記のとおり,刑訴法39条所定の接見を認める余地がなく,その拒否が違法でないとしても,同条の趣旨が,接見交通権の行使と被疑者の取調べ等の捜査の必要との合理的な調整を図ろうとするものであること(前記大法廷判決参照)にかんがみると,

【要旨2】検察官が上記の設備のある部屋等が存在しないことを理由として接見の申出を拒否したにもかかわらず,弁護人等がなお検察庁の庁舎内における即時の接見を求め,即時に接見をする必要性が認められる場合には,検察官は,例えば立会人の居る部屋での短時間の「接見」などのように,いわゆる秘密交通権が十分に保障されないような態様の短時間の「接見」(以下,便宜「面会接見」という。)であってもよいかどうかという点につき,弁護人等の意向を確かめ,弁護人等がそのような面会接見であっても差し支えないとの意向を示したときは,面会接見ができるように特別の配慮をすべき義務があると解するのが相当である。

そうすると,検察官が現に被疑者を取調べ中である場合や,間近い時に取調べをする確実な予定があって弁護人等の申出に沿った接見を認めたのでは取調べが予定どおり開始できなくなるおそれがある場合など,捜査に顕著な支障が生ずる場合は格別,そのような場合ではないのに,検察官が,上記のような即時に接見をする必要性の認められる接見の申出に対し,上記のような特別の配慮をすることを怠り,何らの措置を執らなかったときは,検察官の当該不作為は違法になると解すべきである。

(3) これを本件接見の拒否(1)についてみるに,

【要旨3】前記の事実関係によれば,

①被上告人は,担当のD検事に対し,平成4年3月5日午後2時20分ころ,本件執務室に電話をして本件被疑者との接見の申出をし,同検事から,広島地検の庁舎内には接見のための設備が無いことを理由に接見を拒否されるや,直ちに広島地検に出向き,同日午後2時35分ころ,本件執務室において,直接,同検事に対して接見の申出をしたが,同様の理由により拒否されたこと,

②その際,被上告人は,E事務官に対し,取調べまで時間があるはずなので今すぐに会わせてほしい旨,及び接見の場所は本件被疑者が現在待機中の部屋でもよいし,本件執務室でもよい,戒護の面で問題があるなら,裁判所の勾留質問室を借りてそこで会わせてほしい旨の申入れをしたが,D検事は,この申入れに対し,何らの配慮をせず,回答もしなかったこと,

③本件被疑者は代用監獄である可部警察署の留置場において勾留されていたが,弁護人に選任された被上告人からの準抗告に基づき,前同日,勾留場所が少年鑑別所に変更されたこと,被上告人は,本件被疑者に対し,できる限り早くそのことを伝えて元気づけようと考え,接見を急いでいたこと,

④D検事が本件被疑者の取調べを開始したのは,同日午後3時15分ころであって,被上告人が広島地検庁舎内でした接見申出の時から約40分ほどの時間があり,ごく短時間の接見であれば,これを認めても捜査に顕著な支障が生ずるおそれがあったとまではいえないこと等が明らかである。

以上の諸点に照らすと,被上告人の上記接見の申出には即時に接見をする必要性があるものというべきであり,その際,被上告人が,接見の場所は本件被疑者が現在待機中の部屋(同行室のことと思われる。)でもよいし,本件執務室でもよいから,すぐに会わせてほしい旨の申出をしているのに,D検事が,立会人の居る部屋でのごく短時間の面会接見であっても差し支えないかどうかなどの点についての被上告人の意向を確かめることをせず,上記申出に対して何らの配慮もしなかったことは,違法というべきである。

(4) 次に,本件接見の拒否(2)についてみるに,前記の事実関係によれば,

①本件被疑者は,平成4年3月16日,第1被疑事件については処分保留のまま釈放されたが,同日,第2被疑事件で再逮捕されたこと,

②被上告人は翌17日午前に本件被疑者と可部警察署において約6分間程度の接見をしたが,本件被疑者はその時点で被疑事実を否認しており,被上告人としては,再度黙秘権について教示する必要があると考え,また,いまだ第2被疑事件についての弁護人選任届を本件被疑者から受領していないことから,翌18日午前10時5分ころ,広島地検に赴き,本件被疑者との接見の申出をしたが,D検事は,前記と同様の理由により拒否したこと,

③被上告人は,これに納得せず,本件被疑者から弁護人選任届を受領していないことから接見の必要があるなどと主張して再度の接見の申出をし,さらに,同日午前10時50分ころには,他の弁護士と共に本件執務室を訪れ,D検事に対し,本件被疑者との即時の接見を申し出たが,同検事は,これらの申出に対し,何らの配慮をせず,前記と同様の理由により拒否したこと,

④D検事が本件被疑者から弁解の聴取を開始したのは,被上告人が広島地検の庁舎内において最初の接見の申出をした時点から約1時間40分後であり,また,上記弁解の聴取が終了した時点から本件被疑者が広島地裁に押送されるまでには4時間近くの時間があり,その間,本件被疑者は広島地検の庁舎内において待機していたのであるから,短時間の接見であれば,これを認めても捜査に顕著な支障が生ずるおそれがあったとは到底いえないこと等が明らかである。 

以上の諸点に照らすと,被上告人の上記接見の申出には即時に接見をする必要性があるものというべきであり,その際,被上告人が,本件被疑者から弁護人選任届を受領していないことから接見の必要があるなどと主張して即時の接見の申出をしているのに,D検事が,立会人の居る部屋での短時間の面会接見であっても差し支えないかどうかなどの点についての被上告人の意向を確かめることをせず,上記申出に対して何らの配慮もしなかったことは,違法というべきである。

(5) 以上のとおり,D検事が,被上告人の上記各接見の申出に対し,面会接見に関する配慮義務を怠ったことは違法というべきであるが,本件接見の拒否(1),(2)は,それ自体直ちに違法とはいえない上,これらの接見の申出がされた平成4年当時,検察庁の庁舎内における接見の申出に対し,検察官が,その庁舎内に,弁護人等と被疑者との立会人なしの接見を認めても,被疑者の逃亡や罪証の隠滅を防止することができ,戒護上の支障が生じないような設備のある部屋等が存在しないことを理由に拒否することができるかという点については,参考となる裁判例や学説は乏しく,もとより,前記説示したような見解が検察官の職務行為の基準として確立されていたものではなかったこと,かえって,前記の事実関係によれば,広島地検では,接見のための専用の設備の無い検察庁の庁舎内においては弁護人等と被疑者との接見はできないとの立場を採っており,そのことを第1審強化方策広島地方協議会等において説明してきていること等に照らすと,D検事が上記の配慮義務を怠ったことには,当時の状況の下において,無理からぬ面があることを否定することはできず,結局,同検事に過失があったとまではいえないというべきである。 

(6) そうすると,上記と異なる見解の下に,被上告人の請求の一部を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 5 以上によれば,論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決のうち上告人敗訴部分を取り消し,同部分に関する被上告人の請求を棄却することとする。

 第2 附帯上告について
上告受理申立てに対して附帯上告をすることはできないところ(最高裁平成11年4月23日第二小法廷決定),本件附帯上告は上告受理申立てに対してされたものであるから,不適法である。

のみならず,附帯上告が上告と別個の理由に基づくものであるときは,当該上告の上告理由書の提出期間内に原裁判所に附帯上告状及び附帯上告理由書を提出してすることを要するところ(最高裁昭和38年7月30日第三小法廷判決),①本件上告受理申立ては,検察官の接見の拒否が違法ではなく,また,検察官に過失がないことを理由とするものであるのに,本件附帯上告は,原判決認定の損害額が過少であることを理由とするものであるから,本件附帯上告は,本件上告受理申立てとは,別個の理由に基づくものであること,②本件附帯上告状が当審に提出されたのが平成17年2月4日であり,本件上告受理申立て理由書の提出期間(本件上告受理申立て通知書が送達された平成11年12月6日から50日)を超えた後であることは,記録上明らかである。

したがって,本件附帯上告は,この点においても不適法である。 

 

営業の重要な一部を譲渡する旨の決議がされた株主総会の招集通知に右営業の譲渡の要領を記載しなかった違法がある場合に決議の取消請求を棄却することの可否

平成7年3月9日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
営業の重要な一部を譲渡する旨の株主総会決議がされたが、右営業の譲渡の要領を株主総会の招集通知に記載しなかった違法がある場合には、右違法が重大でないとはいえず、商法二五一条により右決議の取消請求を棄却することはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/687/062687_hanrei.pdf

 一 上告人らの本件請求のうち、本件株主総会においてされた、被上告会社の営業のうち貸切バスの営業を譲渡する旨の決議(「本件決議」)の取消しを求める部分について、原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

(1) 被上告会社は、タクシー事業及び貸切バス事業を主な目的とする株式会社であり、上告人らはその株主である。

(2) 本件株主総会の招集通知には、本件決議に係る営業譲渡の件が議案として記載されていたが、営業譲渡の要領は記載されていなかった。

(3) 右営業譲渡の相手方は被上告会社が中心となって将来設立する新会社であり、本件株主総会当時、譲渡の対価等の内容の詳細はまだ確定していなかったが、招集通知に同封された営業報告書には、営業譲渡の対象となる貸切バス部門の資産、負債等の内容が記載されていた。

(4) 本件株主総会には、被上告会社の発行済株式七万株を有する株主三八名のうち二九名(持株数合計六万七六一一株)が出席したが、招集通知に営業譲渡の要領が記載されていないことに対して出席株主から異議の申出はなく、右出席株主のうち二七名(持株数合計五万一三〇〇株)の賛成によって本件決議がされた。

原審は、右事実関係の下において、

(1) 本件株主総会の招集手続には、営業の重要な一部の譲渡について招集通知にその要領を記載しなかった違法があり、商法二四五条二項に違反する、

(2) しかし、右違反の事実は重大なものでなく、本件決議に影響を及ぼさないから、本件決議の取消請求は同法二五一条により棄却されるべきであると判断し、右請求を棄却した第一審判決を是認して、上告人らの控訴を棄却した。 

 二 しかしながら、原審の右(1)の判断は是認することができるが、右(2)の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

商法二四五条二項が同条一項各号所定の行為について株主総会の招集通知にその要領を記載すべきものとしているのは、株主に対し、あらかじめ議案に対する賛否の判断をするに足りる内容を知らせることにより、右議案に反対の株主が会社に対し株式の買取りを請求すること(同法二四五条ノ二参照)ができるようにするためであると解されるところ、右のような規定の趣旨に照らせば、本件株主総会の招集手続の前記の違法が重大でないといえないことは明らかであるから、同法二五一条により本件決議の取消請求を棄却することはできないものというべきである。

これと異なる原審の判断には、商法二五一条の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中本件決議の取消請求に関する部分は破棄を免れない。そして、右部分については、被上告会社のその他の抗弁について更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。 

デイーゼル・エンジン自動車の運転者の失火と業務上失火罪の成否

昭和46年12月20日最高裁判所第二小法廷決定

裁判要旨    
自動車に装置したデイーゼル・エンジンの排気管は、運転中著しく高温となり、これに可燃物が接触すると火災発生の危険があるのに、運転者が、排気管と接触するおそれのある状態で運転席の床にゴム板を装着し、また、運転中ゴム板の燻焦する臭気を感知したにもかかわらず、そのまま運転を継続したため、火災が発生した場合には、業務上失火罪が成立する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/021/057021_hanrei.pdf

原判決は、被告人の本件失火につき、刑法一一七条ノ二前段に規定する業務上失火罪の成立を是認した第一審判決を維持するに当つて、本件事故車両に装置したデイーゼル・エンジンの動力発生原理を基として、被告人が火気取り扱い業務に従事する者にあたる旨判示したのは、措辞妥当を欠くが、原判決の確定した事実によると、デイーゼル・エンジンの排気管は、運転中温度が著しく上昇し、これに可燃物を接触させると火災発生の危険があるのであり、被告人は、デイーゼル・エンジン自動車の運転者として、これを安全な状態に保持して運行すべき地位にあり、また、万一燻焦の臭気を感知したような場合には、直ちに運転を中止し応急の措置をとる注意義務があるというべきであるから、被告人が第一審判決の認定する経過で火を失した場合には、業務上失火罪に該当するものと解するのが相当である。

市立中学校の生徒が課外クラブ活動としての柔道部の回し乱取り練習中に負傷した事故について顧問教諭に指導上の過失がないとされた事例

平成9年9月4日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
市立中学校の一年生甲が、同校の課外クラブ活動としての柔道部の回し乱取り練習中に、二年生乙から大外刈りの技をかけられて負傷した場合において、甲が、右の事故当時、回し乱取り練習に通常必要とされる受け身を習得し、乱取り練習及び回し乱取り練習についてもある程度の経験を重ねており、既に回し乱取り練習において乙の練習相手をして特に危険が生じていなかったなど判示の事実関係の下においては、甲と乙との間に大きな技能格差があったとしても、顧問教諭において、甲が回し乱取り練習で乙の相手をするのに必要な受け身を確実に行う技能を有していたと判断し、甲を回し乱取り練習に参加させたことに、指導上の過失があったということはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/746/062746_hanrei.pdf

 一 本件は、D中学校の一年生であった被上告人B1が、同校の課外クラブ活動としての柔道部の練習中に、二年生であったEから大外刈りの技をかけられて転倒し、右急性硬膜下血腫の傷害を負った事故に関し、同部の顧問で指導責任者であったF教諭に生徒に対する安全配慮義務を怠った過失があるとして、両親である被上告人B2、同B3と共に、D中学校の設置者である上告人に対し、国家賠償法一条一項(予備的に債務不履行)に基づき、損害賠償を求めるものである。

 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

 1 被上告人B1の柔道部への入部
 被上告人B1(昭和四九年六月二八日生まれ)は、昭和六二年四月にD中学校に入学し、同月二〇日に同校の課外クラブである柔道部に仮入部し、同年五月一一日から正式の部員となった。同校柔道部は、広島市内の中学校では強豪チームとして知られており、本件事故当時、部員は二三名で、うち初段の資格を有する者が八名いた。

 2 F教諭の指導方法

 (一) F教諭は、本件事故当時、D中学校教諭で、同校柔道部の顧問を務め、部員の指導に当たっていた。F教諭は、全日本柔道連盟六段の資格を有しており、教員に採用された昭和三六年から中学校の生徒に対する柔道の指導をしてきた経験豊富な柔道指導者である。 

 (二) F教諭は、被上告人B1を含む柔道初心者の一年生に対し、当初の二週間は受け身の基礎練習だけをさせ、後ろ受け身、横受け身、前受け身、前回り受け身の四種類の受け身を練習させた。なお、被上告人B1は、仮入部期間中から受け身の練習に加わっていた。

 (三) F教諭は、受け身の基礎練習の後、投げ技の練習に進ませ、まず打ち込み練習(かかり練習)から始め、投げ打ち込み練習(約束練習)、乱取り練習(自由練習)へと段階的に指導を進めた。乱取り練習は、自由に技をかけ合う練習であって、相手がどのような技をかけてくるのか分からないため、約束練習に比べると危険を伴うものであることから、F教諭は、乱取り練習に進む前には、自ら生徒に技をかけて受け身の習得度合いを確認する方針を採っていた。また、F教諭は、その後も、毎日の練習の中に受け身の練習を取り入れていた。

 (四) F教諭は、校務等に支障がない限り、必ず柔道部の練習に立ち会い、乱取り練習においては、危険防止のため、常々、部員に対し、「受け身を確実に行うこと」、「投げる方は、力任せではなく、タイミング良く投げ、引き手を離さないこと」などの注意を与え、練習相手についても、当初は初心者同士を組ませ、次第に初心者に上級生の相手をさせるようにしていた。

 3 被上告人B1及びEの柔道の技能

 (一) 被上告人B1は、中学校に入学するまで柔道の経験はなく、D中学校に入学後は、毎日二時間ほどの柔道部における練習以外に、昭和六二年六月中旬ころから民間の道場に週二回ほど通って柔道の練習をしていた。被上告人B1は、本件事故当時、身長一六一・三センチメートル、体重六〇・六キログラムで、柔道部の一年生の中では身長が一番高かった。 

 (二) 一方、柔道部の二年生であったEは、小学校一年生の時に柔道を始め、満一四歳の資格年齢に達してすぐに初段を取得した有段者であり、二年生としてただ一人正選手に選ばれ、大外刈りを得意技の一つとしていた。

 (三) 被上告人B1は、仮入部して一箇月後の同年五月二〇日ころから乱取り練習をするようになり、本件事故までに、Eとも数十回にわたって乱取り練習をしたことがあった。

 (四) また、被上告人B1は、同年六月と七月の対外試合の前に、それぞれ一週間ずつ、回し乱取り練習に参加していた。回し乱取り練習とは、乱取り練習の一種であるが、正選手に他の部員が一人ずつかかっていき、原則として三本の技が決まると次の部員に交替するというもので、主たる目的は、対外試合に出場する正選手のための強化練習であり、対外試合前の一週間に限り行われていた。

 (五) 被上告人B1は、この間、Eから何回か大外刈りをかけられたことがあったが、その時は受け身ができており、事故になることはなかった。

 (六) さらに、被上告人B1は、同年六月ころから、F教諭の指導の下に、一番下位の丙チームの一員として、三回ほど対外試合に参加したことがあった。

 4 本件事故の発生状況等

 (一) 本件事故当日である昭和六二年七月二五日は、夏休みに入っており、広島県下の中学校選手権大会を翌日に控えて、午前九時から練習が開始された。当日の練習は、ふだんと同様に、準備体操から始まり、受け身、打ち込み、投げ打ち込み、乱取りと進められ、次いで、翌日の大会のための強化練習として、回し乱取り練習が行われた。本件事故当日は、Eを含む二名の正選手に対し、他の部員二一名が交替で回し乱取り練習の相手をしていた。 

 (二) 被上告人B1は、同日正午ころ、回し乱取り練習においてEの相手となったが、Eが被上告人B1に大外刈りをかけたところ、その技が極めてタイミング良く決まり、Eが勢い余って被上告人B1の体と重なるように前方に倒れ込んだため、被上告人B1は、受け身もできない状態で頭から後方に転倒し、頭部を柔道用畳に強打した。

 (三) 被上告人B1は、搬入された病院において、右急性硬膜下血腫と診断され、直ちに入院手続がとられて、開頭術、血腫除去術等の緊急手術が行われたが、脳の器質的変化による重度の後遺障害が残った。

 5 中学校における柔道指導の在り方

 (一) 中学校における柔道教育は、身体的、精神的発達に貢献するという柔道の特性を生かすことを目的としたものであり、文部省は、その観点から、中、高校生に対する教科体育での柔道指導について、「柔道指導の手引」を作成している。そして、課外クラブ活動における柔道指導についても、右手引に準拠した指導が求められている。右手引及び柔道指導者の意見によれば、中学校における柔道指導の在り方は、概要、以下のとおりである。 

 (二) 中学校から柔道を始めた初心者に対しては、基本動作を正しく身に付けさせるとともに、対人技能を習得し、技能の程度に応じた練習や試合ができるように指導をする必要がある。基本動作としては受け身が最も重要であり、前記の四種類の受け身を反復継続して練習させ、さらに、投げ技と結び付けて多様な場面に即した受け身を練習させる必要がある。

 (三) 投げ技の練習については、生徒の体力、技能の程度に応じた無理のない適切な指導計画を策定した上、かかり練習、約束練習、自由練習へと段階的に進める必要がある。自由練習は、危険を伴うものであるから、受け身の習得が絶対条件となるほか、一般的留意事項として、最近は勝負にこだわって試合と同じように行う傾向がみられるが、同体に倒れる無理な技などはかけないように指導をする必要がある。
 (四) また、練習相手については、技能程度の同じ者同士だけでなく、技能程度の高い者とも練習する工夫がされてよいが、その場合、技能の高い者には、引き手を離さず、技能の低い者が受け身をすることができる余裕をもって技をかけることなど、危険防止についての指導を徹底させる必要がある。

 (五) さらに、試合に関しては、常に教育的立場に立って、安全に留意し、勝負にこだわらないように指導をする必要がある。また、中学校、高等学校における柔道の試合では、技能の程度に応じた試合を行うように配慮すべきであり、技能差のある者との対戦は安全面等から好ましくない。使用する技については、学習した範囲の技とか固め技とかの制限を加えることが望ましい。

 (六) 大外刈りは、中学校の体育実技においては、一年次二〇時間の授業で一四ないし一五時間目の段階で学習することになっている基本的な投げ技である。しかし、相手の重心が右足に移った瞬間に刈り上げて後方に倒す技であるため、後頭部を打つ危険があり、これを防止するには、投げられる側が強い後ろ受け身をすることと、技をかける側が引き手をしっかり持って離さないことが必要である。

 二 原審は、右事実関係の下において、次の理由により、本件事故は、学校教育の一環であるクラブ活動中に、指導に当たっていたF教諭の安全配慮義務違反の過失によって発生したものであるとして、国家賠償法一条一項に基づき、被上告人B1の請求を全部認容し、その余の被上告人らの請求を一部認容した。

 1 大外刈りをかけたEとこれを受けた被上告人B1との柔道の技能には、その経験年数等からして、格段の差があり、本件事故においてEの大外刈りが被上告人B1に対し極めてタイミング良く決まったことの原因としては、両名の柔道の技能に明らかな差異があったことが指摘される。

 2 また、本件事故は、対外試合前の強化練習である回し乱取り練習中に発生したものであり、正選手のEとしては、勢い翌日の試合を念頭に置いた真剣勝負に近い態度で技をかけることになり、試合に準じた対戦態度を執ったものと推認される。
そして、このことが、Eが被上告人B1に大外刈りをかけた際、引き手は離さなかったものの、勢い余って被上告人B1の体と重なるように前方に倒れ込むという余裕のない技のかけ方につながり、そのため、被上告人B1が受け身をすることもできない状態で頭から後方に転倒し本件事故が発生したという側面がある。

 3 F教諭としては、対外試合前の強化練習として取り入れた回し乱取り練習の相手となる部員には、いかなる技をかけられても即座に対応することができるだけの受け身を習得しているのはもとより、選手と著しい技能格差のない者を選ぶべきであった。

 4 そうすると、F教諭が、本件事故当日の回し乱取り練習において被上告人B1にEの相手をさせたことには、両名間の明らかな技能格差や被上告人B1の受け身の習得度合いからして、中学校の柔道教育において常に留意すべき生徒に対する安全配慮義務を怠った過失がある。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 技能を競い合う格闘技である柔道には、本来的に一定の危険が内在しているから、学校教育としての柔道の指導、特に、心身共に未発達な中学校の生徒に対する柔道の指導にあっては、その指導に当たる者は、柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために、常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものである。そして、このことは、本件のD中学校柔道部における活動のように、教育課程に位置付けられてはいないが、学校の教育活動の一環として行われる課外のクラブ活動(いわゆる部活動)についても、異なるところはないものというべきである。

 2 前記一の事実関係によれば、Eが被上告人B1にかけた大外刈りは、中学校の体育実技の一年次において学習することになっている基本的な投げ技であるが、確実に後ろ受け身をしないと後頭部を打つ危険があるから、大外刈りを含む技を自由にかけ合う乱取り練習に参加させるには、初心者に十分受け身を習得させる必要がある。

そして、乱取り練習においては、勝負にこだわって試合と同じように行う傾向があることは、前記「柔道指導の手引」も指摘するところであり、殊に、対外試合を直前に控えた回し乱取り練習において正選手が試合に準じた練習態度を執りやすいことは、容易に推察することができる。したがって、指導教諭としては、一般に体力、技能の劣る中学生の初心者を回し乱取り練習に参加させるについては、特に慎重な配慮が求められるところであり、有段者から大外刈りなどの技をかけられても対応し得るだけの受け身を習得しているかどうかをよく見極めなければならないものというべきである。

 3 これを本件についてみるに、前記一の事実関係によれば、被上告人B1は、昭和六二年四月の仮入部の時から、F教諭の指導の下に受け身の基礎練習を行い、その後の練習においても毎日受け身の練習をし、本件事故までに、約三箇月の受け身の練習期間を経ており、F教諭は、乱取り練習に進む前には、自ら生徒に技をかけてみて受け身の習得度合いを確認していたというのであり、この間のF教諭の指導方法は、「柔道指導の手引」に照らしても適切なものであったということができる。

また、被上告人B1は、同年六月中旬ころから民間の道場にも通って練習を積み、F教諭の指導の下に三回ほど対外試合に出場したことがあり、学校ではEとも数十回にわたって乱取り練習をし、対外試合前の強化練習としての回し乱取り練習への参加も既に三回目で、延べ十数日になり、この間、Eから何回か大外刈りをかけられたことがあったが、その時は受け身ができていて、特に危険はなかったというのであり、期間は浅いとはいえ、実戦を含めある程度の経験を重ねてきていたものである。

ところで、記録によれば、受け身を習得するのに必要な期間については、柔道の高段者、指導者の間でも大きく意見が分かれており、一、二週間で十分とする見解もある反面、二、三箇月は必要で、いかなる技にも対応可能な受け身を習得するには三、四箇月を必要とするという見解もあることがうかがわれるが、以上の事実によれば、被上告人B1は、本件事故当時、既に、回し乱取り練習に通常必要とされる受け身を習得していたものと認めるのが相当である。 

そして、右の被上告人B1の受け身の習得度合いに加えて、被上告人B1の乱取り練習及び回し乱取り練習の経験の程度、被上告人B1が既に回し乱取り練習においてEの練習相手をして特に危険が生じていなかったこと等、前記の事実にかんがみると、被上告人B1とEとの間に大きな技能格差が存在することを考慮しても、指導に当たったF教諭において、本件事故当時、被上告人B1が、回し乱取り練習でEの相手をするのに必要な受け身を習得し、これを確実に行う技能を有していたと判断したことに、安全面の配慮に欠けるところがあったとすることはできない。

そのほか、本件事故当時、被上告人B1が特に疲労していたなど事故の発生を予見させる特別の事情の存在もうかがわれず、したがって、F教諭が被上告人B1を回し乱取り練習に参加させたことに、前記1の注意義務違反があるということはできない。

 4 以上のとおり、本件事故は、柔道の練習における一連の攻撃、防御の動作の過程で起きた偶発的な事故といわざるを得ない。本件事故の結果は誠に深刻であるけれども、これをF教諭の指導上の責任に帰することはできない。

 四 そうすると、これと異なる原審の判断は、国家賠償法一条一項の解釈適用を誤ったものであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記の説示に徴すれば、被上告人らの本件損害賠償請求は、債務不履行を理由とする予備的請求を含めて、すべて理由がないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却すべきものである。
したがって、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、右部分に対する被上告人らの控訴は理由がないから、これを棄却することとする。

共同親権者間における幼児の人身保護請求につき被拘束者が拘束者に監護されることが請求者による監護に比べて子の幸福に反することが明白であるものとして拘束の違法性が顕著であるとされる場合

平成6年4月26日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求するに際し、他方の配偶者の親権の行使が家事審判規則五二条の二の仮処分等により実質上制限されているのに右配偶者がこれに従わない場合、又は幼児が、一方の配偶者の監護の下で安定した生活を送ることができるのに、他方の配偶者の監護の下においては著しくその健康が損なわれ、若しくは満足な義務教育を受けることができないなど、他方の配偶者の幼児に対する処遇が親権の行使という観点からも容認することができないような例外的な場合には、幼児が他方の配偶者に監護されることが一方の配偶者による監護に比べて子の幸福に反することが明白であるものとして、拘束の違法性が顕著であるということができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/546/052546_hanrei.pdf

 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 上告人(拘束者)と被上告人(請求者)とは、昭和五六年一二月二五日に婚姻し、同人らの間には、同五九年一二月二六日被拘束者Dが、同六二年二月二六日被拘束者Eがそれぞれ出生した。被上告人は、昭和六二年三月七日にくも膜下出血で倒れ、病院を退院後、翌六三年三月中ごろ自宅に戻ったが、右疾病により身体障害者障害程度等級表上二級に相当する右上下肢不全麻ひ及び失語症の障害が残った。
被上告人は、上告人が家事等について協力してくれないことに不満を持ち、次第に上告人との仲が円満を欠くようになり、平成五年三月三一日、被拘束者らを連れて、枚方市の両親宅(被上告人肩書地)に帰った。
 ところが、上告人は、平成五年一一月二七日、被拘束者らが通学する小学校付近で、登校してきた同人らを車に同乗させ、大阪市a区の上告人宅(上告人肩書地)に連れて行き、以後、同人らと生活している。

 2 上告人は、歯科技工士を職業とし、自宅内で仕事をすることが可能であるところ、上告人宅の近くに理髪店を営む義父と実母夫婦が居住しているが、被拘束者らの日常生活の面倒を実母にみてもらっている。被拘束者らは、上告人宅に移った後、近くの小学校に通うようになったが、普通の生活を送っている。

 3 被上告人は、いずれも小学校の教諭を定年退職した両親宅に居住し、身体障害者として年金を受給しており、また、両親の援助協力を受けることが将来とも可能であるほか、付近に居住する被上告人の実弟夫婦の協力も得られる。右両親宅は、その居住空間も広く、被上告人の入院期間中に被拘束者らが引き取られていたところでもあり、同人らにとってなじみのあるところである。同人らは気管支ぜん息にかかっているが、右被上告人の両親宅に移ってからはその発作が軽減し、病状が改善された。

 4 上告人、被上告人とも、被拘束者らに対する愛情に欠けるところはない。

 二 原審は、右事実関係の下において、

(一) 被拘束者らは被上告人の両親宅に移ってから地元の小学校に通学し、教育上十分に配慮の行き届いた安定した生活を送っていたところ、上告人宅に移るとこれらがすべて失われること、

(二) 被拘束者らの気管支ぜん息が被上告人の両親宅への転地により改善されたが、上告人宅のある地域は、環境的には被拘束者らの気管支ぜん息を悪化させるおそれがあること、

(三) 被拘束者らは幼女であって母親である被上告人の監護を欠くことは適当でないことを考慮すると、被拘束者らが上告人の監護の下に置かれるよりも被上告人の監護の下に置かれる方がその幸福に適すること、すなわち、被拘束者が上告人の監護の下に置かれる方が被上告人の監護の下に置かれるよりもその幸福に反することが明白であるとし、上告人による被拘束者らの監護・拘束は、人身保護規則四条にいう権限なしにされた違法なものに当たるとの判断に立って、被上告人の本件人身保護請求を認容した。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条)ということができるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者の監護の下に置かれることが子の幸福に適することが明白であること、いいかえれば、拘束者が幼児を監護することが、請求者による監護に比して子の幸福に反することが明白であることを要すると解される(最高裁平成五年一〇月一九日第三小法廷判決)。

そして、請求者であると拘束者であるとを問わず、夫婦のいずれか一方による幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情のない限り適法であることを考えると、右の要件を満たす場合としては、拘束者に対し、家事審判規則五二条の二又は五三条に基づく幼児引渡しを命ずる仮処分又は審判が出され、その親権行使が実質上制限されているのに拘束者が右仮処分等に従わない場合がこれに当たると考えられるが、更には、また、幼児にとって、請求者の監護の下では安定した生活を送ることができるのに、拘束者の監護の下においては著しくその健康が損なわれたり、満足な義務教育を受けることができないなど、拘束者の幼児に対する処遇が親権行使という観点からみてもこれを容認することができないような例外的な場合がこれに当たるというべきである。

これを本件についてみるのに、前記の事実関係によると、原判決が判示する前記二(二)の事情は、被拘束者らが上告人の下で監護されると、環境的にみてその気管支ぜん息を悪化させるおそれがあるというにとどまり、具体的にその健康が害されるというものではなく、また、その余の事情も被拘束者らの幸福にとって相対的な影響を持つものにすぎないところ、上告人、被上告人とも、被拘束者らに対する愛情に欠けるところはなく、被拘束者らは上告人の監護の下にあっても、学童として支障のない生活を送っているというのであるから、被拘束者らの上告人による監護が、被上告人によるそれに比してその幸福に反することが明白であるということはできない。

結局、原審は、被拘束者らにとっては上告人の下で監護されるより被上告人の下で監護される方が幸福であることが明白であるとはしているものの、その内容は単に相対的な優劣を論定しているにとどまるのであって、その結果、原審の判断には、人身保護法二条、人身保護規則四条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

 四 以上によれば、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、前記確定事実を前提とする限り、被上告人の本件請求はこれを失当とすべきところ、本件については、幼児である被拘束者らの法廷への出頭を確保する必要があり、この点をも考慮すると、前記説示するところに従い、原審において改めて審理判断させるのを相当と認め、これを原審に差し戻すこととする。

貸金の支払を求める訴訟において,前訴でその貸金に係る消費貸借契約の成立を主張していた被告が同契約の成立を否認することは信義則に反するとの原告の主張を採用しなかった原審の判断に違法があるとされた事例

 令和元年7月5日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
XがAからYに対する貸金返還請求権を譲り受けたとしてYに対し貸金の支払を求める訴訟において,YがAから金員を受領したことを認めたが同金員に係る金銭消費貸借契約の成立を否認した場合において,次の⑴,⑵など判示の事情の下では,これらの各前訴の訴訟経過等に係る事情を十分考慮せず,Yが各前訴では自らAの面前で金銭消費貸借契約書に署名押印したこと等を積極的かつ具体的に主張していたなどのXの主張について審理判断することもなく,Yが上記の否認をすることは信義則に反するとのXの主張を採用しなかった原審の判断には違法がある。

⑴ AがYに対して建物の明渡し等を求めて提起した前訴において,Aは,Yを売主,Aを買主とする上記建物の売買契約を締結しその代金として上記金員を交付したと主張し,Yは,上記売買契約の締結を否認し,上記金員はAと締結した金銭消費貸借契約に基づく貸金として受領したものであると主張したところ,裁判所は,上記売買契約の成立を認めることはできないとして,Aの建物明渡請求を棄却する判決をし,同判決は確定した。

⑵ 上記⑴の判決後にXがYに対して上記建物の明渡し等を求めて提起した前訴において,Xは,AがYと上記建物につき譲渡担保設定予約をし,予約完結権を行使した上,譲渡担保権を実行して上記建物をXに売却したと主張し,Yは,Aと締結したのは金銭消費貸借契約であると主張しつつ,譲渡担保設定予約の成立を否認したところ,裁判所は,Xの主張する譲渡担保設定予約の成立を認めることはできないとして,Xの建物明渡請求を棄却する判決をし,同判決は確定した。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/774/088774_hanrei.pdf

1 本件は,上告人が,Aから同人の被上告人に対する貸金返還請求権を譲り受けたとして,被上告人に対し,貸金及び遅延損害金の支払を求めるなどしている事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,Aから,平成25年1月23日に800万円を,同年3月29日に50万円をそれぞれ受領した(以下,これらの金員を併せて「本件金員」という。)。被上告人が所有する第1審判決別紙物件目録記載の建物(「本件建物」)について,被上告人からAに対し,同年1月23日に同日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記がされ,同年3月29日に同日売買を原因とする所有権移転登記がされた。

(2) Aは,平成25年6月,被上告人に対し,本件建物の明渡し等を求める訴え(「前訴1」)を提起し,同年1月23日に被上告人を売主,Aを買主とする本件建物の売買契約を締結し,その代金として本件金員を交付したと主張した。被上告人は,上記の主張事実を否認し,同日にAと締結したのは金銭消費貸借契約であり,本件金員は貸金として受領したものであると主張した。前訴1の第1審裁判所は,平成27年5月,Aの主張する売買契約の成立を認めることはできないとしてAの建物明渡請求を棄却する判決をし,同判決は確定した。

(3) 上告人は,前訴1の判決後,被上告人に対し,本件建物の明渡し等を求める訴え(「前訴2」,前訴1と併せて「各前訴」)を提起し,Aが平成25年1月23日に被上告人と本件建物につき譲渡担保設定予約をし,予約完結権を行使した上,譲渡担保権を実行して本件建物を上告人に売却したから,上告人が本件建物の所有者であると主張した。被上告人は,上記の主張事実について,同日にAと締結したのは金銭消費貸借契約であると主張しつつ,譲渡担保設定予約の成立を否認した。前訴2の第1審裁判所は,平成28年4月,上告人の主張する譲渡担保設定予約の成立を認めることはできないとして上告人の建物明渡請求を棄却する判決をし,同判決は確定した。

(4) 本件訴訟において,上告人は,Aが,平成25年1月23日に被上告人と金銭消費貸借契約を締結し,貸金として本件金員を交付したと主張している。被上告人は,上記の主張事実について,本件金員を受領したことは認めたが,上記契約の成立は否認している。これに対し,上告人は,被上告人が同日にAと金銭消費貸借契約を締結したと主張してきたことなどの各前訴における訴訟経過に鑑みれば,本件訴訟において被上告人が同契約の成立を否認することは信義則に反して許されないと主張している。

3 原審は,上記事実関係等の下において,被上告人が上記の否認をすることは信義則に反するとの主張を採用せず,証拠等に基づき,Aが本件金員を本件建物の売買代金として被上告人に支払ったと認定し,上告人の主張する金銭消費貸借契約は成立していないと判断して,上告人の貸金等の支払請求を棄却した。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係等によれば,被上告人は,前訴1において,Aの主張する本件建物の売買契約の成立を否認し,その理由として金銭消費貸借契約の成立を主張し,前訴2においても,金銭消費貸借契約の成立を主張しており,各前訴では,このような訴訟経過の下において被上告人に対する本件建物の明渡請求を棄却する各判決がされたものである。

そこで,上告人が各前訴における被上告人の主張に合わせる形で金銭消費貸借契約の成立を前提として貸金等の支払を求める本件訴訟を提起したところ,被上告人は,一転して金銭消費貸借契約の成立を否認したというのである。

各前訴の判決は確定しており,仮に,本件訴訟において上記の否認をすることが許されて上告人の貸金返還請求が棄却されることになれば,被上告人が本件金員を受領しているにもかかわらず,上告人は,被上告人に対する本件建物の明渡請求のみならず上記貸金返還請求も認められないという不利益を被ることとなる。

これらの諸事情によれば,本件訴訟において,被上告人が金銭消費貸借契約の成立を否認することは,信義則に反することが強くうかがわれる。

なお,上告人は,原審において,被上告人が各前訴では自らAの面前で金銭消費貸借契約書に署名押印したことや本件金員を返す予定であることを積極的かつ具体的に主張していたなどと主張しているところ,この主張に係る事情は,被上告人が従前の主張と矛盾する訴訟行為をしないであろうという上告人の信頼を高め,上記の信義則違反を基礎付け得るものといえる。

しかるに,原審は,上記諸事情や上告人の上記主張があるにもかかわらず,これらの諸事情を十分考慮せず,同主張について審理判断することもなく,被上告人が上記の否認をすることは信義則に反するとの主張を採用しなかったものであり,この判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

5 以上によれば,原判決中,金員支払請求に関する部分は破棄を免れない。そして,被上告人が上記の否認をすることが信義則に反するか否か等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。 

1 被告人の経歴等と詳細な記載がある起訴状が刑訴法第二五六条第六項に違反しないとされた一事例 2 恐喝の手段として郵送された脅迫文書の殆んど全文が記載された起訴状と刑訴法第二五六条第六項

昭和33年5月20日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
一 本件起訴状に被告人の経歴等に関する詳細な記載があるからといつてそれが刑訴法第二五六条第六項に違反するものであるということはできない
二 恐喝の手段として被害者に郵送された脅迫文書の趣旨が婉曲暗示的であつて、起訴状にこれを要約摘示するには相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状にその文書の全文と殆んど同様の記載がなされても、その起訴状は刑訴法第二五六条第六項に違反しないものと解すべきである

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/051286_hanrei.pdf

犯罪の経緯、動機を記載した起訴状は刑訴二五六条六項の規定に違反しないこと当裁判所の判例とするところである(昭和二七年六月一二日第一小法廷決定)。本件起訴状中公訴事実の冒頭に論旨引用のとおりの記載があること所論のとおりであるが、右は、要するに被告人の学歴、経歴、住居及び終戦引揚後定業に就いていなかつた事実の記載に過ぎず、公訴犯罪事実について裁判官に予断を生ぜしめる虞のある事項の記載というに足りない。されば本件起訴状に右の記載があるからといつてそれが刑訴二五六条六項に違反するものであるということはできない。右刑訴法違反を前提とする違憲の論旨は前提を欠き採用できない。

起訴状に記載された事実がその訴因を明示するため犯罪構成要件にあたる事実若くはこれと密接不可分の事実であつて被告人の行為が罪名として記載された罰条にあたる所以を明らかにするため必要であるときはその記載は刑訴二五六条六項に違反しないこと当裁判所の判例とするところである(昭和二六年四月一〇日第三小法廷判決)。

記録によると、本件起訴状(罪名は恐喝)には公訴事実第二(一)の記載として、「被告人AはBと共謀の上C等から金円を不法に領得せんことを企て、被告人Aに於て、昭和二三年一二月三一日炭酸紙及骨筆を使用し和罫紙三枚にC宛「拝啓貴下が比木正勝に対し従来莫大なる数量の生糸の売買を為し本年下半期のみにても八百数十貫其の価格壱千万円に及び就中弐拾壱中の如き入手困難なるものもあり之等に関し各種脱税に対する第三者申告の対称たるのみならず近日中宇和島市に於て発行の予定なるE新聞の創刊号に所謂特種としての価値を発揮する次第なる処本件事案の重大性と業界に及ぼす影響不尠点に貴下の御迷惑を考慮し十分慎重なる態度を以て臨み度に付貴下の釈明をも参考に致し度く依つて来る一月五日迄に何分の御書面相煩度得貴意候也昭和弐拾参年拾弐月参拾壱日、北宇和郡a村cF方A、宇和島市b町員外一、C殿」と複写し、以て同人をして釈明しなければ脱税に対する第三者申告を為し且つ新聞紙上に掲載して刑事処分をも受けしむべく依つて同人の自由、名誉、財産に対し害を加るべきことを暗示し暗に之が揉消しのため相当額の金円を提供すべき旨の脅迫文三通を作成し、即日宇和島郵便局から内一通を書留内容証明郵便としてC宛郵送翌昭和二四年一月一日同人をして受領畏怖せしめ」たものである、との記載があり、そして右起訴状に記載された右郵送脅迫書翰の記載は後に第一審公判廷に証拠として提出された郵送書翰(押収の証一号手紙一通)の記載と殆んど同様のものであること、しかし記載形式は両者互いに異つていることを認めることができる。

一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴二五六条六項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには例えば第一審判決事実認定の部においてなされているように少しでもこれを要約して摘記すべきである。

しかし、起訴状には訴因を明示して公訴事実を記載すべく、訴因を明示するにはできる限り犯罪の方法をも特定して記載しなければならないことも刑訴二五六条の規定するところであり、そして起訴状における公訴事実の記載は具体的になすべく、恐喝罪においては、被告人が財物の交付を受ける意図をもつて他人に対し害を加えるべきことの通告をした事実は犯罪構成事実に属するから、具体的にこれを記載しなければならないこというまでもない。

本件公訴事実によればいわゆる郵送脅迫文書は加害の通告の主要な方法であるとみられるのに、その趣旨は婉曲暗示的であつて、被告人の右書状郵送が財産的利得の意図からの加害の通告に当るか或は単に平穏な社交的質問書に過ぎないかは主としてその書翰の記載内容の解釈によつて判定されるという微妙な関係のあることを窺うことができる。

かような関係があつて、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に脅迫文盲の全文と殆んど同様の記載をしたとしても、それは要約摘示と大差なく、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴二五六条六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。

されば原審が本上告趣意と同旨の控訴趣意を原判示のように排斥したのは結局相当である。
この点についても、同弁護人の論旨は違憲をいい、被告人本人の論旨は判例違反をいうが、いずれも右記載が裁判官に予断を生ぜしめる虞のあることを前提とするから上記の理由により前提を欠くものというべく、また引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、論旨はすべて採用できない。

刑事訴訟法

(起訴状、訴因、罰条)
第256条
公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
公訴事実
罪名
公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。
数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。
起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。

鉄道高架下施設の一部分の賃貸借契約に借家法の適用があるとされた事例

平成4年2月6日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
鉄道高架下施設が土地に定着し、周壁を有し、鉄道高架を屋根としており、永続して営業の用に供することが可能なものであって、その一部分が他の部分とは客観的に区別されていて、独立的、排他的な支配が可能であるときは、右一部分の賃貸借契約には借家法の適用がある。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/632/062632_hanrei.pdf

原審は、

(一) 本件施設物は、鉄道高架下施設であるが、土地に定着し、周壁を有し、鉄道高架を屋根としており、永続して営業の用に供することが可能なものであるから、借家法にいう建物に当たる、

(二) 本件店舗は、本件施設物の一部を区切ったものであるが、隣の部分とはブロックにベニヤを張った壁によって客観的に区別されていて、独立的、排他的な支配が可能であるから、借家法にいう建物に当たる、

(三) 本件店舗での営業に関する亡Dと被上告人との間の本件契約は、経営委託契約ではなく、本件店舗及び店舗内備品の賃貸借契約であって、借家法の適用がある、

(四) 本件契約は、期間満了後、期間の定めのない賃貸借として更新されている、

(五) 亡Dの相続人として同人の地位を承継した上告人がした本件契約の解約申入れに正当事由はない、

として、上告人の本件請求を棄却しているが、原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないで若しくは独自の見解に立ってこれを論難するものにすぎず、採用することができない。 

 金融機関が記名式定期預金の預金者と誤認した者に対する貸付債権をもつてした預金債権との相殺につき民法四七八条が類推適用されるために必要な注意義務を尽くしたか否かの判断の基準時

昭和59年2月23日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
金融機関が、記名式定期預金につき真実の預金者甲と異なる乙を預金者と認定して乙に貸付をしたのち、貸付債権を自働債権とし預金債権を受働債権としてした相殺が民法四七八条の類推適用により甲に対して効力を生ずるためには、当該貸付時において、乙を預金者本人と認定するにつき金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認められれば足りる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/150/052150_hanrei.pdf

記録によると、被上告人が事実審で主張した本訴請求の要領は、被上告人は、昭和五一年七月一九日上告人(D支店)に対し、期間六か月等の約定で一五〇万円及び三〇〇万円の二口の定期預金をしたので(「本件定期預金」)、元金四五〇万円及び約定利息一六万二四七七円並びに右元金に対する昭和五二年四月二一日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求めるというのであり、これに対し、上告人が主張した抗弁の要領は、

(1) 上告人は、昭和五一年八月一八日被上告人に四五〇万円を弁済期日同年一一月三〇日として手形貸付をし(「本件貸付」)、同日被上告人から本件貸付金債権担保のため本件定期預金に質権の設定を受けたが、被上告人が本件貸付金を返済しなかつたため、昭和五二年五月二九日被上告人到達の書面で本件貸付元利金をもつて本件定期預金元利金と相殺した、

(2) かりに、被上告人が本件貸付及び質権設定契約の相手方でなかつたとしても、上告人は、本件定期預金に質権設定を受け、右預金債権を受働債権として相殺する予定で右貸付を行つたものであるところ、当時、上告人は、次のような事情により被上告人自身が本件貸付契約及び右質権設定契約を締結するものと信じ、かつ、そう信じたことに過失がなかつたから、債権の準占有者に対する弁済に準じ、右相殺をもつて被上告人に対抗することができる。すなわち、本件定期預金自体が、上告人と取引のあつた訴外Eの紹介でなされたものであるところ、昭和五一年八月一八日被上告人と名乗る男が右Eとともに上告人D支店に来店し、本件定期預金を担保に融資の申入をしたので、応対した上告人融資係(F)は、かねて右Eと面識があり、提出された本件定期預金証書二通及び借入申込書、担保差入書等の印影を本件定期預金申込書の被上告人届出印と照合し、両者が同一であることを確認したうえで、被上告人と名乗る男が被上告人自身であると信じて本件貸付を行つたものである、

(3) なお、本件定期預金契約には「この証書諸届その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもつて照合し、相違ないと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき、偽造、変造その他の事故があつても、そのために生じた損害については、当金庫は責任を負いません。」との免責規定が存する、というのである。

原審は、これに対し、

(1) 被上告人が上告人に対し本件定期預金をしたことは当事者間に争いがない、

(2) 上告人が昭和五一年八月一八日被上告人との間で本件貸付契約をしたことを認めるに足りず、かえつて、本件貸付契約は被上告人の意思とは全く関係なく、被上告人の替え玉によつて締結されたものと認められるから、被上告人に対する本件貸付債権の存在を認めるに由はない、

(3) 本件預金は記名式定期預金であつて、上告人はその真正の預金者が被上告人であることを認識していたものであり、単に本件貸付契約の締結にあたつて前記替え玉某を被上告人本人と誤信したというにすぎないから、右替え玉某を表見預金者としてこれに対し貸付をする合意が成立したと考える余地もない、

(4) 上告人は契約上の免責約款の適用による免責をいうが、(イ) 被上告人は昭和五二年四月二〇日過ぎころ、上告人D支店長と面談して本件定期預金を担保とする本件貸付を初めて知らされたこと、(ロ) 上告人主張の本件貸付金債権の弁済期は昭和五一年一一月三〇日とされ、本件定期預金債権に質権を設定する旨の同年八月一八日付担保差入証書に対する公証人の確定日付は昭和五二年四月二六日となつていること、(ハ) 上告人は同年五月二七日の相殺の意思表示前に被上告人に対し本件貸付金についての催告等一切の連絡をしていないことから考えると、上告人は相殺権行使の時点では、本件貸付契約及びその主張の担保設定契約がいずれも被上告人の意思に基づかないでされたことを知つていたと認められるから、右免責約款の効力、印影照合に関する過失の有無については判断するまでもなく、また、相殺による本件定期預金債権消滅の成否に関し民法四七八条の規定を類推適用して債権の準占有者に対する弁済を考慮する余地もないと判示し、上告人の抗弁を排斥している。

しかしながら、金融機関が、自行の記名式定期預金の預金者名義人であると称する第三者から、その定期預金を担保とする金銭貸付の申込みを受け、右定期預金についての預金通帳及び届出印と同一の印影の呈示を受けたため同人を右預金者本人と誤信してこれに応じ、右定期預金に担保権の設定を受けてその第三者に金銭を貸し付け、その後、担保権実行の趣旨で右貸付債権を自働債権とし右預金債権を受働債権として相殺をした場合には、少なくともその相殺の効力に関する限りは、これを実質的に定期預金の期限前解約による払戻と同視することができ、また、そうするのが相当であるから、右金融機関が、当該貸付等の契約締結にあたり、右第三者を預金者本人と認定するにつき、かかる場合に金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認められるときには、民法四七八条の規定を類推適用し、右第三者に対する貸金債権と担保に供された定期預金債権との相殺をもつて真実の預金者に対抗することができるものと解するのが相当である(なお、この場合、当該金融機関が相殺の意思表示をする時点においては右第三者が真実の預金者と同一人でないことを知つていたとしても、これによつて上記結論に影響はない。)。

そうすると、右と異なる見解に立ち、本件貸付時においてかかる場合に金融機関として尽くすべき相当な注意を用いたか否か等について審理を尽くすことなく、上告人が本件貸付金債権をもつてした本件定期預金債権との相殺の効力を認めるに由かないとした原審の判断には、前記法条の解釈適用を誤り、ひいて理由不備を犯した違法があるものといわなければならない。論旨は理由があり、原判決は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件はさらに叙上の点について審理を尽くさせるためこれを原審に差し戻すのが相当である。

 

 会社法346条1項に基づき退任後もなお会社の役員としての権利義務を有する者に対する解任の訴えの許否

 平成20年2月26日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
会社法346条1項に基づき退任後もなお会社の役員としての権利義務を有する者の職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があった場合において,同法854条を適用又は類推適用して株主が訴えをもって上記の者の解任請求をすることは許されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/802/035802_hanrei.pdf

 

会社法346条1項に基づき退任後もなお会社の役員としての権利義務を有する者(以下「役員権利義務者」という。)の職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実(「不正行為等」)があった場合において,同法854条を適用又は類推適用して株主が訴えをもって当該役員権利義務者の解任請求をすることは,許されないと解するのが相当である。

その理由は次のとおりである。

(1) 同条は,解任請求の対象につき,単に役員と規定しており,役員権利義務者を含む旨を規定していない。

(2) 同法346条2項は,裁判所は必要があると認めるときは利害関係人の申立てにより一時役員の職務を行うべき者(「仮役員」)を選任することができると定めているところ,役員権利義務者に不正行為等があり,役員を新たに選任することができない場合には,株主は,必要があると認めるときに該当するものとして,仮役員の選任を申し立てることができると解される。そして,同条1項は,役員権利義務者は新たに選任された役員が就任するまで役員としての権利義務を有すると定めているところ,新たに選任された役員には仮役員を含むものとしているから,役員権利義務者について解任請求の制度が設けられていなくても,株主は,仮役員の選任を申し立てることにより,役員権利義務者の地位を失わせることができる。

(3) 以上によれば,株主が訴えをもって役員権利義務者の解任請求をすることは,法の予定しないところというべきである。

2 1と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 

会社法

(役員等に欠員を生じた場合の措置)

第346条
1 役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この条において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。
2 前項に規定する場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者を選任することができる。
3 裁判所は、前項の一時役員の職務を行うべき者を選任した場合には、株式会社がその者に対して支払う報酬の額を定めることができる。
4 会計監査人が欠けた場合又は定款で定めた会計監査人の員数が欠けた場合において、遅滞なく会計監査人が選任されないときは、監査役は、一時会計監査人の職務を行うべき者を選任しなければならない。
5 第337条及び第340条の規定は、前項の一時会計監査人の職務を行うべき者について準用する。
6 監査役会設置会社における第4項の規定の適用については、同項中「監査役」とあるのは、「監査役会」とする。
7 監査等委員会設置会社における第4項の規定の適用については、同項中「監査役」とあるのは、「監査等委員会」とする。
8 指名委員会等設置会社における第4項の規定の適用については、同項中「監査役」とあるのは、「監査委員会」とする。

外国国家が私人との間の契約に含まれた明文の規定により我が国の民事裁判権に服することを約した場合と民事裁判権の免除

平成18年7月21日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
1 外国国家は,主権的行為以外の私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権に服することを免除されない。
2 外国国家の行為が,その性質上,私人でも行うことが可能な商業取引である場合には,その行為は,目的のいかんにかかわらず,外国国家が我が国の民事裁判権に服することを特段の事情がない限り免除されない私法的ないし業務管理的な行為に当たる。
3 外国国家は,私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合には,原則として,当該紛争について我が国の民事裁判権に服することを免除されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/348/033348_hanrei.pdf

1 本件は,上告人らが,それぞれ,被上告人の国防省の関連会社であり被上告人の代理人であるA社(「A社」)との間で,被上告人に対して高性能コンピューター等を売り渡す旨の売買契約(「本件各売買契約」)を締結し,売買の目的物を引き渡した後,売買代金債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約(「本件各準消費貸借契約」)を締結したと主張して,被上告人に対し,貸金元金並びにこれに対する約定利息及び約定遅延損害金の支払を求める事案である。
これに対し,被上告人は,主権国家として我が国の民事裁判権に服することを免除されると主張して,本件訴えの却下を求めた。なお,被上告人は,A社が本件各売買契約及び本件各準消費貸借契約の締結につき被上告人の代理権を有していたことを否認し,上告人らとの間の上記各契約の成立も争っている。

2 原審は,次のとおり判断して,本件訴えを却下した。
主権国家である外国国家は,我が国に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合を除き,原則として,我が国の民事裁判権に服することを免除され,外国国家が自ら進んで我が国の民事裁判権に服する場合に限って,例外が認められる。このような例外は,条約でこれを定めるか,又は,外国国家が,当該訴訟について若しくはあらかじめ将来における特定の訴訟事件について,我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示をした場合に限られる。そして,このような意思表示は,国家から国家に対してすることを要し,外国国家が私人との間の契約等において我が国の民事裁判権に服する旨の合意をしたとしても,それによって直ちに外国国家を我が国の民事裁判権に服させる効果を生ずることはないと解するのが相当である(大審院昭和3年12月28日決定)。
本件訴えは,外国国家である被上告人に対して金銭の給付を求める訴えであるところ,被上告人から我が国に対して我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示がされた事実は認められない。被上告人政府代理人A社名義の注文書には,被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されているものの,上記注文書による意思表示は,本件各売買契約の相手方である上告人らに対してされたものにすぎない。
以上によれば,被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めるのが相当であるから,本件訴えは,不適法であり,却下を免れない。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 外国国家に対する民事裁判権免除に関しては,かつては,外国国家は,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合や,自ら進んで法廷地国の民事裁判権に服する場合を除き,原則として,法廷地国の民事裁判権に服することを免除されるという考え方(いわゆる絶対免除主義)が広く受け入れられ,この考え方を内容とする国際慣習法が存在していたものと解される。しかしながら,国家の活動範囲の拡大等に伴い,国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行為とに区分し,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷地国の民事裁判権を免除するのは相当でないという考え方(いわゆる制限免除主義)が徐々に広がり,現在では多くの国において,この考え方に基づいて,外国国家に対する民事裁判権免除の範囲が制限されるようになってきている。

これに加えて,平成16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された「国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約」も,制限免除主義を採用している。このような事情を考慮すると,今日においては,外国国家は主権的行為について法廷地国の民事裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在については,これを引き続き肯認することができるものの(最高裁平成14年4月12日第二小法廷判決),外国国家は私法的ないし業務管理的な行為についても法廷地国の民事裁判権から免除される旨の国際慣習法はもはや存在しないものというべきである。

そこで,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為に対する我が国の民事裁判権の行使について考えるに,外国国家に対する民事裁判権の免除は,国家がそれぞれ独立した主権を有し,互いに平等であることから,相互に主権を尊重するために認められたものであるところ,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為については,我が国が民事裁判権を行使したとしても,通常,当該外国国家の主権を侵害するおそれはないものと解されるから,外国国家に対する民事裁判権の免除を認めるべき合理的な理由はないといわなければならない。

外国国家の主権を侵害するおそれのない場合にまで外国国家に対する民事裁判権免除を認めることは,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為の相手方となった私人に対して,合理的な理由のないまま,司法的救済を一方的に否定するという不公平な結果を招くこととなる。したがって,外国国家は,その私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。

(2) また,外国国家の行為が私法的ないし業務管理的な行為であるか否かにかかわらず,外国国家は,我が国との間の条約等の国際的合意によって我が国の民事裁判権に服することに同意した場合や,我が国の裁判所に訴えを提起するなどして,特定の事件について自ら進んで我が国の民事裁判権に服する意思を表明した場合には,我が国の民事裁判権から免除されないことはいうまでもないが,その外にも,私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも,原則として,当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。

なぜなら,このような場合には,通常,我が国が当該外国国家に対して民事裁判権を行使したとしても,当該外国国家の主権を侵害するおそれはなく,また,当該外国国家が我が国の民事裁判権からの免除を主張することは,契約当事者間の公平を欠き,信義則に反するというべきであるからである。

(3) 原審の引用する前記昭和3年12月28日大審院決定は,以上と抵触する限度において,これを変更すべきである。

(4) 本件についてみると,上告人らの主張するとおり,被上告人が,上告人らとの間で高性能コンピューター等を買い受ける旨の本件各売買契約を締結し,売買の目的物の引渡しを受けた後,上告人らとの間で各売買代金債務を消費貸借の目的とする本件各準消費貸借契約を締結したとすれば,被上告人のこれらの行為は,その性質上,私人でも行うことが可能な商業取引であるから,その目的のいかんにかかわらず,私法的ないし業務管理的な行為に当たるというべきである。そうすると,被上告人は,前記特段の事情のない限り,本件訴訟について我が国の民事裁判権から免除されないことになる。

また,記録によれば,被上告人政府代理人A社名義の注文書には被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されていることが明らかであり,更に被上告人政府代理人A社名義で上告人らとの間で交わされた本件各準消費貸借契約の契約書において上記条項が本件各準消費貸借契約に準用されていることもうかがわれるから,上告人らの主張するとおり,A社が被上告人の代理人であったとすれば,上記条項は,被上告人が,書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約したものであり,これによって,被上告人は,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明したものとみる余地がある。

したがって,上記大審院判例と同旨の見解に立って,上告人らの主張する事実関係について何ら審理することなく,被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めて,本件訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。

4 以上のとおりであるから,原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

刑訴法39条3項本文の規定は、憲法34条前段、37条3項、38条1項に違反しない。

平成11年3月24日最高裁判所大法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/506/052506_hanrei.pdf

 一 刑訴法三九条三項本文の規定と憲法三四条前段
所論は、要するに、身体の拘束を受けている被疑者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(「弁護人等」)との接見等を検察官、検察事務官又は司法警察職員(「捜査機関」)が一方的に制限することを認める刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段に違反するというのである。

 1 憲法三四条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定める。この弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。

したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。

刑訴法三九条一項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。」として、被疑者と弁護人等との接見交通権を規定しているのは、憲法三四条の右の趣旨にのっとり、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で、刑訴法の右規定は、憲法の保障に由来するものであるということができる(最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決、最高裁平成三年五月一〇日第三小法廷判決、最高裁平成三年五月三一日第二小法廷判決)。

 2 もっとも、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、被疑者と弁護人等との接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。

そして、捜査権を行使するためには、身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、憲法はこのような取調べを否定するものではないから、接見交通権の行使と捜査権の行使との間に合理的な調整を図らなければならない。憲法三四条は、身体の拘束を受けている被疑者に対して弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律に右の調整の規定を設けることを否定するものではないというべきである。

 3 ところで、刑訴法三九条は、前記のように一項において接見交通権を規定する一方、三項本文において、「検察官、検察事務官又は司法警察職員司法警察員及び司法巡査をいう。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。」と規定し、接見交通権の行使につき捜査機関が制限を加えることを認めている。この規定は、刑訴法において身体の拘束を受けている被疑者を取り調べることが認められていること(一九八条一項)、被疑者の身体の拘束については刑 訴法上最大でも二三日間(内乱罪等に当たる事件については二八日間)という厳格な時間的制約があること(二〇三条から二〇五条まで、二〇八条、二〇八条の二参照)などにかんがみ、被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整を図る趣旨で置かれたものである。そして、刑訴法三九条三項ただし書は、「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」と規定し、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は飽くまで必要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されない旨を明らかにしている。
 このような刑訴法三九条の立法趣旨、内容に照らすと、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、同条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。

そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである(前掲昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決、前掲平成三年五月一〇日第三小法廷判決、前掲平成三年五月三一日第二小法廷判決参照)。
 なお、所論は、憲法三八条一項が何人も自己に不利益な供述を強要されない旨を定めていることを根拠に、逮捕、勾留中の被疑者には捜査機関による取調べを受忍 する義務はなく、刑訴法一九八条一項ただし書の規定は、それが逮捕、勾留中の被疑者に対し取調べ受忍義務を定めているとすると違憲であって、被疑者が望むならいつでも取調べを中断しなければならないから、被疑者の取調べは接見交通権の行使を制限する理由にはおよそならないという。

しかし、身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから、この点についての所論は、前提を欠き、採用することができない。

 4 以上のとおり、刑訴法は、身体の拘束を受けている被疑者を取り調べることを認めているが、被疑者の身体の拘束を最大でも二三日間(又は二八日間)に制限しているのであり、被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整を図る必要があるところ、

(一)刑訴法三九条三項本文の予定している接見等の制限は、弁護人等からされた接見等の申出を全面的に拒むことを許すものではなく、単に接見等の日時を弁護人等の申出とは別の日時とするか、接見等の時間を申出より短縮させることができるものにすぎず、同項が接見交通権を制約する程度は低いというべきである。また、前記のとおり、

(二)捜査機関において接見等の指定ができるのは、弁護人等から接見等の申出を受けた時に現に捜査機関において被疑者を取調べ中である場合などのように、接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、しかも、

(三)右要件を具備する場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないのである。このような点からみれば、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を実質的に損なうものではないというべきである。 

 なお、刑訴法三九条三項本文が被疑者側と対立する関係にある捜査機関に接見等の指定の権限を付与している点も、刑訴法四三〇条一項及び二項が、捜査機関のした三九条三項の処分に不服がある者は、裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる旨を定め、捜査機関のする接見等の制限に対し、簡易迅速な司法審査の道を開いていることを考慮すると、そのことによって三九条三項本文が違憲であるということはできない。

 5 以上のとおりであるから、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段に違反するものではない。論旨は採用することができない。

 二 刑訴法三九条三項本文の規定と憲法三七条三項
 所論は、要するに、憲法三七条三項の規定は、公訴提起後の被告人のみならず、公訴提起前の被疑者も対象に含めているとし、それを前提に、刑訴法三九条三項本文の規定は憲法三七条三項に違反するというのである。
 しかし、憲法三七条三項は「刑事被告人」という言葉を用いていること、同条一項及び二項は公訴提起後の被告人の権利について定めていることが明らかであり、憲法三七条は全体として公訴提起後の被告人の権利について規定していると解されることなどからみて、同条三項も公訴提起後の被告人に関する規定であって、これが公訴提起前の被疑者についても適用されるものと解する余地はない。論旨は、独自の見解を前提として違憲をいうものであって、採用することができない。

 三 刑訴法三九条三項本文の規定と憲法三八条一項
 所論は、要するに、憲法三八条一項は、不利益供述の強要の禁止を実効的に保障するため、身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との接見交通権をも保障していると解されるとし、それを前提に、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三八条一項に違反するというのである。 

 しかし、憲法三八条一項の不利益供述の強要の禁止を実効的に保障するためどのような措置が採られるべきかは、基本的には捜査の実状等を踏まえた上での立法政策の問題に帰するものというべきであり、憲法三八条一項の不利益供述の強要の禁止の定めから身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との接見交通権の保障が当然に導き出されるとはいえない。論旨は、独自の見解を前提として違憲をいうものであって、採用することができない。

 四 以上のとおりであるから、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段、三七条三項、三八条一項に違反するものではないとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はなく、本件上告理由第二点の論旨はいずれも理由がない。 

 

 

債務者の破産手続開始の決定後に物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合に,債権者が破産手続において上記弁済に係る債権を行使することの可否

 平成22年3月16日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
債務者の破産手続開始の決定後に,物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合には,複数の被担保債権の全部が消滅していなくても,上記の弁済に係る当該債権については,破産法104条5項により準用される同条2項にいう「その債権の全額が消滅した場合」に該当し,債権者は,破産手続においてその権利を行使することができない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/701/038701_hanrei.pdf

1 本件は,破産者a社(「破産会社」)の破産管財人である上告人が,中小企業金融公庫の申立てにより破産裁判所がした破産債権査定決定を不服として,その変更を求める事案である。中小企業金融公庫は,原判決言渡し後の平成20年10月1日に解散し,同日,被上告人が,中小企業金融公庫の権利及び義務を承継した(株式会社日本政策金融公庫法17条参照)。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 破産会社は,第1審判決別紙物件目録記載1の土地(「本件土地」)の持分2分の1及び同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)の所有権を,bは,本件土地の持分2分の1を有していたところ,平成10年9月10日,本件土地及び本件建物につき,中小企業金融公庫との間で,それぞれ根抵当権設定者を破産会社及びb,根抵当権者を中小企業金融公庫,債務者を破産会社,極度額を1億5000万円,債権の範囲を証書貸付取引とする根抵当権を設定する旨の契約を締結し,同月18日,その旨の根抵当権設定登記手続をした。
破産会社及びbは,上記契約締結の際,中小企業金融公庫との間で,破産会社が債務の履行をしないときは,中小企業金融公庫において,本件土地及び本件建物を法定の手続によらず,一般に適当と認められる方法,時期,価額等により自由に処分することができ,その処分代金を任意の方法により債務の全部又は一部の弁済に充てることができる旨を合意した。

(2) 中小企業金融公庫は,破産会社に対し,次のア~オのとおり,5口合計1億8000万円を貸し付けた(以下,これらの各貸付けを,それぞれ記載順に「貸付1」などといい,「本件貸付け」と総称する。)。
ア 貸付日平成10年9月10日,金額6000万円,償還期限平成17年8月31日,利息年2.5%,遅延損害金年14.5%
イ 貸付日平成11年2月26日,金額1500万円,償還期限平成21年2月28日,利息年2.9%,遅延損害金年14.5%
ウ 貸付日平成11年2月26日,金額4500万円,償還期限平成18年2月28日,利息年2.9%,遅延損害金年14.5%
エ 貸付日平成11年9月29日,金額3500万円,償還期限平成18年9月30日,利息年2.3%,遅延損害金年14.5%
オ 貸付日平成13年1月17日,金額2500万円,償還期限平成19年12月31日,利息年2.1%,遅延損害金年14.5%

(3) 大阪地裁堺支部は,平成17年12月12日午後5時,破産会社について破産手続を開始する旨の決定をし,上告人をその破産管財人に選任した。

(4) 中小企業金融公庫は,破産会社の破産手続において,平成18年2月6日付けで,本件貸付けに基づく債権を,次のとおり破産債権として届け出た(以下,この届出に係る債権を「本件破産債権」と総称する。)。
ア 貸付1の貸付金元本 3528万円
イ 貸付2の貸付金元本 1119万4000円

ウ 貸付3の貸付金元本 2978万円
エ 貸付4の貸付金元本 2608万8000円
オ 貸付5の貸付金元本 2244万4000円
カ 本件貸付けの約定利息金合計 35万2815円
キ 本件貸付けの遅延損害金合計(破産手続開始の決定の日の前日までの分) 153万7140円
ク 本件貸付けの遅延損害金合計(破産手続開始の決定の日以降の分) 未定

(5) 本件土地及び本件建物は,平成18年3月28日,任意売却された。中小企業金融公庫は,破産会社に対する別除権の行使により,本件土地の破産会社の持分の売却代金から4817万8443円,本件建物の売却代金から2878万1928円,合計7696万0371円を本件破産債権に対する弁済として受領し,これを本件貸付けに係る同日までの遅延損害金合計684万1398円,本件貸付けに係る約定利息金合計35万2815円,貸付1の貸付金元本3528万円,貸付2の貸付金元本1119万4000円,貸付3の貸付金元本のうちの2329万2158円に充当した。また,中小企業金融公庫は,bに対する根抵当権の行使として,本件土地のbの持分の売却代金から4817万8444円を本件破産債権に対する弁済として受領した。

(6) 中小企業金融公庫は,破産会社の破産手続において,平成18年4月10日付けで,本件破産債権につき別除権行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額が確定したとして,全債権額1億3198万0213円(本件貸付けの貸付金元本合計1億2478万6000円,約定利息金合計35万2815円,同年3月28日までの遅延損害金合計684万1398円の合計額)から別除権の行使により弁済を受けた7696万0371円を控除した残額である5501万9842円を確定不足額とする届出書を提出した。上告人が同年7月6日に行われた債権調査期日で上記の確定不足額全額について異議を述べたため,中小企業金融公庫は,同月28日,破産裁判所に対し,本件破産債権の額の査定を申し立てたところ,同裁判所は,同年10月24日,本件破産債権の額を5501万9842円と査定する旨の決定をした。

(7) 上告人は,上記決定を不服とし,本件破産債権の額を2244万4000円(別除権の行使により弁済を受けた7696万0371円の弁済及びbに対する根抵当権の行使により弁済を受けた4817万8444円を充当しても,なお全額が消滅するに至らなかった貸付5の貸付金元本額)と査定することを求めて,本件訴えを提起した。

3 原審は,次のとおり判断して,上記決定を認可すべきものとした。

債務者の破産手続開始の決定後に,その物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合であっても,これにより被担保債権全部が消滅していない以上,破産法104条5項により準用される同条2項に基づき,破産手続開始の時における被担保債権の総額を破産債権として行使することができる。本件破産債権の額については,全債権額1億3198万0213円から別除権の行使により弁済を受けた7696万0371円を控除した残額である5501万9842円と査定すべきである。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

同一の給付について複数の者が「各自全部の履行をする義務」を負う場合(以下,全部の履行をする義務を負う者を「全部義務者」という。),全部義務者の破産手続開始の決定後に,他の全部義務者が債権者に対し弁済その他の債務を消滅させる行為(「弁済等」)をすれば,実体法上は,上記弁済等に係る破産債権は,上記弁済等がされた範囲で消滅する。

しかし,破産法104条1項及び2項は,複数の全部義務者を設けることが責任財産を集積して当該債権の目的である給付の実現をより確実にするという機能を有することにかんがみ,この機能を破産手続において重視し,全部義務者の破産手続開始の決定後に,他の全部義務者が弁済等をした場合であっても,破産手続上は,その弁済等により破産債権の全額が消滅しない限り,当該破産債権が破産手続開始の時における額で現存しているものとみて,債権者がその権利を行使することができる旨(いわゆる開始時現存額主義)を定め,この債権額を基準に破産債権者に対する配当額を算定することとしたものである。

同条1項及び2項は,上記の趣旨に照らせば,飽くまで弁済等に係る当該破産債権について,破産債権額と実体法上の債権額とのかい離を認めるものであって,同項にいう「その債権の全額」も,特に「破産債権者の有する総債権」などと規定されていない以上,弁済等に係る当該破産債権の全額を意味すると解するのが相当である。

そうすると,債権者が複数の全部義務者に対して複数の債権を有し,全部義務者の破産手続開始の決定後に,他の全部義務者が上記の複数債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済等した場合には,弁済等に係る当該破産債権についてはその全額が消滅しているのであるから,複数債権の全部が消滅していなくても,同項にいう「その債権の全額が消滅した場合」に該当するものとして,債権者は,当該破産債権についてはその権利を行使することはできないというべきである。

そして,破産法104条5項は,物上保証人が債務者の破産手続開始決定の後に破産債権である被担保債権につき債権者に対し弁済等をした場合において,同条2項を準用し,その破産債権の額について,全部義務者の破産手続開始の決定後に他の全部義務者が債権者に対して弁済等をした場合と同様の扱いをしている。

したがって,債務者の破産手続開始の決定後に,物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合には,複数の被担保債権の全部が消滅していなくても,上記の弁済に係る当該債権については,同条5項により準用される同条2項にいう「その債権の全額が消滅した場合」に該当し,債権者は,破産手続においてその権利を行使することができないものというべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人のその余の主張につき,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

破産法

(全部の履行をする義務を負う者が数人ある場合等の手続参加)
第百四条 数人が各自全部の履行をする義務を負う場合において、その全員又はそのうちの数人若しくは一人について破産手続開始の決定があったときは、債権者は、破産手続開始の時において有する債権の全額についてそれぞれの破産手続に参加することができる。
2 前項の場合において、他の全部の履行をする義務を負う者が破産手続開始後に債権者に対して弁済その他の債務を消滅させる行為(以下この条において「弁済等」という。)をしたときであっても、その債権の全額が消滅した場合を除き、その債権者は、破産手続開始の時において有する債権の全額についてその権利を行使することができる。
3 第一項に規定する場合において、破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者は、その全額について破産手続に参加することができる。ただし、債権者が破産手続開始の時において有する債権について破産手続に参加したときは、この限りでない。
4 第一項の規定により債権者が破産手続に参加した場合において、破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者が破産手続開始後に債権者に対して弁済等をしたときは、その債権の全額が消滅した場合に限り、その求償権を有する者は、その求償権の範囲内において、債権者が有した権利を破産債権者として行使することができる。
5 第二項の規定は破産者の債務を担保するため自己の財産を担保に供した第三者(以下この項において「物上保証人」という。)が破産手続開始後に債権者に対して弁済等をした場合について、前二項の規定は物上保証人が破産者に対して将来行うことがある求償権を有する場合における当該物上保証人について準用する。