最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

控訴審が重要な書証の成立について第一審の判断を覆す場合にその署名部分の筆跡鑑定の申出をするかどうかについて釈明権の行使を怠った違法があるとされた事例

 平成8年2月22日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
第一審が重要な書証の署名部分について書証を提出した当事者の筆跡鑑定の申出を採用することなくその部分が真正に成立したものと認めていた場合に、右署名の筆跡とその名義人が宣誓書にした署名の筆跡とが明らかに異なると断定することができないなど判示の事情の下においては、控訴審が改めて筆跡鑑定の申出をするかどうかについて釈明権を行使することなく第一審の判断を覆したことは、釈明権の行使を怠った違法がある。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/168/073168_hanrei.pdf

 

本件訴訟は、被上告人が、第一審判決別紙物件目録記載の各土地に設定された被上告人の抵当権と上告人の抵当権の順位を変更する登記の抹消登記手続を求めるものであり、その主要な争点は、上告人と被上告人が抵当権の順位を変更する旨の合意をしたとの上告人主張の抗弁事実が認められるかどうかの点にある。

そして、この抗弁事実の認定については、乙第一号証(抵当権順位変更契約証書)の被上告人作成名義の部分にある被上告人代表者の「D」の署名が本人の自署によるものであるかどうかが重要な意味を有する。

上告人は、第一審においてこれについて筆跡鑑定の申出をしたが、第一審は、これを採用することなく、乙第一号証の被上告人作成名義の部分が真正に成立したものであると認定し、右抗弁事実を認めて被上告人の請求を棄却した。これに対し、原審は、筆跡の点について特段の証拠調べをすることなく、乙第一号証の被上告人作成名義の部分が真正に成立したものとは認められないとして抗弁を排斥し、第一審判決を取り消して被上告人の請求を認容した。
 しかしながら、第一審で勝訴した上告人は、原審で改めて筆跡鑑定の申出をしなかったものの、原審第二回口頭弁論期日において陳述した準備書面によって、原審が乙第一号証の被上告人作成名義の部分の成立に疑問があるとする場合には、上告人が第一審において筆跡鑑定の申出をした事情を考慮して釈明権の行使に十分配慮されたい旨を求めていたのである。そして、乙第一号証の「D」の署名の筆跡と第一審における被上告人代表者尋問の際にDが宣誓書にした署名の筆跡とを対比すると、その筆跡が明らかに異なると断定することはできない。このような事情の下においては、原審は、すべからく、上告人に対し、改めて筆跡鑑定の申出をするかどうかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならない。原審がこのような措置に出ることなく上告人の抗弁を排斥したのは、釈明権の行使を怠り、審理不尽の違法を犯したものというほかなく、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 したがって、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、乙第一号証の被上告人作成名義の部分の成立について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。 

Summary of the Trial:
When the court of first instance acknowledged that the signature portion of a crucial written document was genuinely established without accepting the party's request for handwriting verification of that document, and under circumstances where one cannot definitively determine that the handwriting of that signature differs significantly from the signature the same person made on a sworn statement, it is a violation of the right to explain if the appellate court overturns the first instance's decision without exercising the right to clarify whether or not to request a handwriting examination again.

弁護士中山知行