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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権の消滅時効の起算点

 平成6年1月20日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権については、一方の配偶者が右の同せい関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/695/062695_hanrei.pdf

 

一 原審の確定した事実関係は、要するに、

(1) D(「D」)と被上告人とは、昭和一七年七月に婚姻の届出をした夫婦である、

(2) 上告人は、Dに妻(被上告人)がいることを知りながら、昭和四一年ころからDと同せいを開始し、昭和六二年一二月まで同せい関係を継続した、

(3) Dと被上告人との婚姻関係は、上告人がDと知り合った当時、破綻状態にはなかった、というのである。

 二 原審は、右事実関係の下において、Dと同せい関係を継続した上告人の行為の違法性及び上告人の被上告人に対する損害賠償義務を認め、かつ、右のような場合には、継続した同せい関係が全体として被上告人に対する違法な行為として評価されるべきで、日々の同せいを逐一個別の違法な行為として把握し、これに応じて損害賠償義務の発生及び消滅を日毎に定めるものとするのは、行為の実質にそぐわないものであって、相当ではないから、本件損害賠償義務は、全体として、上告人とDとの同せい関係が終了した昭和六二年一二月から消滅時効が進行するものというべきであると判断して、被上告人が本訴を提起した日から三年前の日より前に生じた慰謝料請求権は時効により消滅した旨の上告人の抗弁を排斥した上、昭和四一年から昭和六二年までの間に被上告人が被った精神的苦痛は多大なものであったと推認されるとし、第一審が右の間の慰謝料として算定した五〇〇万円は相当であるとして、右の限度で被上告人の上告人に対する慰謝料請求を認容した第一審判決に対する被上告人の控訴及び上告人の附帯控訴をいずれも棄却した。

 三 しかしながら、上告人の主張する消滅時効の抗弁を右の理由で排斥した原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権については、一方の配偶者が右の同せい関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。

けだし、右の場合に一方の配偶者が被る精神的苦痛は、同せい関係が解消されるまでの間、これを不可分一体のものとして把握しなければならないものではなく、一方の配偶者は、同せい関係を知った時点で、第三者に慰謝料の支払を求めることを妨げられるものではないからである。

 2 これを本件についてみるのに、被上告人の請求は、上告人がDと同せい関係を継続した間、被上告人の妻としての権利が侵害されたことを理由に、その間の慰謝料の支払を求めるものであるが、被上告人が上告人に対して本訴を提起したのは、記録上、昭和六二年八月三一日であることが明らかであるから、同日から三年前の昭和五九年八月三一日より前に被上告人が上告人とDとの同せい関係を知っていたのであれば、本訴請求に係る慰謝料請求権は、その一部が既に時効により消滅していたものといわなければならない。

 3 そうすると、上告人の主張する消滅時効の抗弁につき、右の事実を確定することなく、これを排斥した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというほかなく、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

論旨は、この点において理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。