最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

物の引渡請求に対する留置権の抗弁を認容する場合においてその被担保債権の支払義務者が第三者であるときの判決主文

昭和47年11月16日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
一、甲所有の物を買受けた乙が、売買代金を支払わないままこれを丙に譲渡した場合には、甲は、丙からの物の引渡請求に対して、未払代金債権を被担保債権とする留置権の抗弁権を主張することができる。
二、物の引渡請求に対する留置権の抗弁を認容する場合において、その物に関して生じた債務の支払義務を負う者が、原告ではなく第三者であるときは、被告に対し、その第三者から右債務の支払を受けるのと引換えに物の引渡をすることを命ずるべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/639/052639_hanrei.pdf

 

第一審判決添付別紙目録記載の建物(本件建物)は、その敷地(本件土地)とともに、もと上告人と訴外Eの共有であつたが、右両名は、昭和四三年七月二〇日、これを代金六八〇万円で訴外Dに売り渡したこと、右代金の支払方法としては、うち金四〇万円は本件土地建物の所有権移転登記と同時に支払い、うち金一一〇万円は同年八月一〇日限り支払い、うち金一八五万円については上告人のF信用金庫に対する金一三五万円の債務およびG相互銀行に対する金五〇万円の債務をいずれも免責的に引き受けて支払う約であり、残金三四五万円については、金員の支払に代えて、右Dにおいて他に土地(提供土地)を購入して建物(提供建物)を新築し、これを上告人に譲渡することとし、本件土地建物の明渡は右提供土地建物の引渡と同時におそくとも同年一一月三〇日までにすることを約したが、Dはいまだ提供土地建物を上告人に譲渡する義務を履行していないこと、被上告人は、昭和四四年二月一九日、Dの代理人Hに対し金三四八万円を貸与し、その担保のため、本件土地建物を目的として抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したが、Dは右借受金を所定の期限に弁済しなかつたため、被上告人は、右代物弁済契約により同年三月一一日本件土地建物の所有権を取得し、同月一三日その旨の所有権移転登記を経由したこと、上告人が現に本件建物を占有していること、以上の事実は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が適法に確定しているところである。

そして、原審は、右認定事実のもとにおいて、買主であるDによつていまだ履行されていないのは残代金三四五万円の支払に代わる提供土地建物の引渡義務であり、売主である上告人は、売買の目的物の残代金債権を有するものではなく、売買の目的物とは無関係な提供土地建物の引渡請求権を有するのであつて、右引渡請求権をもつて被上告人に対抗することはできないから、これと売買の目的物である本件土地建物との間には留置権発生の要件たる牽連関係はないと判示して、上告人主張の留置権の抗弁を排斥しているのである。

しかしながら、原審の右判断は首肯することができない。

原審は、右確定事実のもとでは、売主である上告人は売買の目的物の残代金債権を有しないというが、右確定事実によれば、残代金三四五万円については、その支払に代えて提供土地建物を上告人に譲渡する旨の代物弁済の予約がなされたものと解するのが相当であり、したがつて、その予約が完結されて提供土地建物の所有権が上告人に移転し、その対抗要件が具備されるまで、原則として、残代金債権は消滅しないで残存するものと解すべきところ(最高裁昭和四〇年四月三〇日第二小法廷判決)、本件においては、提供土地建物の所有権はいまだ上告人に譲渡されていない(その特定すらされていないことがうかがわれる。)のであるから、上告人はDに対して残代金債権を有するものといわなければならない。

そして、この残代金債権は本件土地建物の明渡請求権と同一の売買契約によつて生じた債権であるから、民法二九五条の規定により、上告人はDに対し、残代金の弁済を受けるまで、本件土地建物につき留置権を行使してその明渡を拒絶することができたものといわなければならない。

ところで、留置権が成立したのち債務者からその目的物を譲り受けた者に対しても、債権者がその留置権を主張しうることは、留置権が物権であることに照らして明らかであるから(最高裁昭和三八年二月一九日第三小法廷判決)、本件においても、上告人は、Dから本件土地建物を譲り受けた被上告人に対して、右留置権を行使することをうるのである。

もつとも、被上告人は、本件土地建物の所有権を取得したにとどまり、前記残代金債務の支払義務を負つたわけではないが、このことは上告人の右留置権行使の障害となるものではない。

また、右残代金三四五万円の債権は、本件土地建物全部について生じた債権であるから、同法二九六条の規定により、上告人は右残代金三四五万円の支払を受けるまで本件土地建物全部につき留置権を行使することができ、したがつて、被上告人の本訴請求は本件建物の明渡を請求するにとどまるものではあるが、上告人は被上告人に対し、残代金三四五万円の支払があるまで、本件建物につき留置権を行使することができるのである。

ところで、物の引渡を求める訴訟において、留置権の抗弁が理由のあるときは、引渡請求を棄却することなく、その物に関して生じた債権の弁済と引換えに物の引渡を命ずべきであるが(最高裁昭和三三年三月一三日第一小法廷判決、同昭和三三年六月六日第二小法廷判決)、前述のように、被上告人は上告人に対して残代金債務の弁済義務を負つているわけではないから、Dから残代金の支払を受けるのと引換えに本件建物の明渡を命ずべきものといわなければならない。

叙上の理由によれば、原判決は破棄を免れないが、一審判決も被上告人からの残代金の支払と引換えに明渡を命じているので、右の限度で、これを変更すべきである。(なお、被上告人がDに代位して残代金を弁済した場合においても、本判決に基づく明渡の執行をなしうることはいうまでもない。)

 

right of retention means the right of a person who provides services or materials to maintain or enhance the value of goods to retain possession of the goods until the person is paid for the services or materials provided;