最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 傷害致死の事案につき,懲役10年の求刑を超えて懲役15年に処した第1審判決及びこれを是認した原判決が量刑不当として破棄された事例

平成26年7月24日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
親による幼児に対する傷害致死の事案において,これまでの量刑の傾向から踏み出し,公益の代表者である検察官の懲役10年の求刑を大幅に超える懲役15年という量刑をすることにつき,具体的,説得的な根拠を示しているとはいい難い第1審判決及びその量刑を是認した原判決は,量刑不当により破棄を免れない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84339

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/339/084339_hanrei.pdf

所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条2号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

第1 事案の概要等

1  第1審判決の認定した犯罪事実の要旨
被告人両名は,かねて両名の間に生まれた三女にそれぞれ継続的に暴行を加え,かつ,これを相互に認識しつつも制止することなく容認することなどにより共謀を遂げた上,平成22年1月27日午前0時頃,大阪府内の当時の被告人両名の自宅において,被告人Aが,三女(当時1歳8か月)に対し,その顔面を含む頭部分を平手で1回強打して頭部分を床に打ち付けさせるなどの暴行を加え,その結果,急性硬膜下血腫などの傷害を負わせ,同年3月7日午後8時59分頃,同府内の病院において,三女を急性硬膜下血腫に基づく脳腫脹により死亡させた。

2 第1審判決の量刑理由の要旨
第1審判決は,検察官の各懲役10年の求刑に対し,各懲役15年の刑を言い渡したが,その量刑理由の要旨は以下のとおりである。
量刑事情については,

(1)犯罪行為自体に係る情状(犯情)に関し,

①親による児童虐待傷害致死の行為責任は重大,

②態様は甚だ危険で悪質,

③結果は重大,

④経緯には身勝手な動機による不保護を伴う常習的な児童虐待が存在,

⑤被告人両名の責任に差異なしと評価され,

(2)一般情状に関し,

①堕落的な生活態度,

②罪に向き合わない態度,

③犯行以前の暴行に関し責任の一端を被害者の姉である次女(当時3歳)になすり付ける態度が指摘される。

各懲役15年の量刑とした理由としては,

(1)検察官の求刑は,

①犯行の背後事情として長期間にわたる不保護が存在することなどの本件児童虐待の悪質性,

②責任を次女になすり付けるような被告人両名の態度の問題性を十分に評価したものと
は考えられず,

(2)同種事犯の量刑傾向といっても,裁判所の量刑検索システムは,登録数が限られている上,量刑を決めるに当たって考慮した要素を全て把握することも困難であるから,各判断の妥当性を検証できないばかりでなく,本件事案との比較を正確に行うことも難しいと考えられ,そうであるなら,児童虐待を防止するための近時の法改正からもうかがえる児童の生命等尊重の要求の高まりを含む社会情勢に鑑み,本件のような行為責任が重大な児童虐待事犯に対しては,今まで以上に厳しい罰を科すことがそうした法改正や社会情勢に適合すると考えられることから,被告人両名に対しては傷害致死罪に定められた法定刑の上限に近い主文の刑が相当であると判断した。

3 原判決の量刑不当の控訴趣意に対する判示の要旨
原判決は,被告人両名の量刑不当の主張を排斥したが,その理由の要旨は以下のとおりである。
第1審判決の犯情及び一般情状に関する評価が誤っているとまではいえず,第1審判決が各懲役15年の量刑をするに際し,

(1)検察官の各懲役10年の求刑は,

①本件児童虐待の悪質性及び

②責任の一端を被害者の姉になすり付けるような被告人両名の態度の問題性を十分に評価したものとは考えられない旨説示した点が誤っているというべき根拠は見当たらず,

(2)同種事犯の量刑傾向について説示した点は,量刑検索システムによる検索結果は,これまでの裁判結果を集積したもので,あくまで量刑判断をするに当たって参考となるものにすぎず,法律上も事実上も何らそれを拘束するものではないから,第1審の量刑判断が控訴趣意で主張された検索条件により表示された同種事犯の刑の分布よりも突出して重いものになっていることなどによって直ちに不当であるということはできない。第1審判決の各懲役15年の量刑も,懲役3年以上20年以下という傷害致死罪の法定刑の広い幅の中に本件を位置付けるに当たって,なお選択の余地のある範囲内に収まっているというべきものであって,重過ぎて不当であるとはいえない。

第2 当裁判所の判断

1  第1審判決の犯情及び一般情状に関する評価について,これらが誤っているとまではいえないとした原判断は正当である。しかしながら,これを前提としても,被告人両名を各懲役15年とした第1審判決の量刑及びこれを維持した原判断は,是認できない。その理由は,以下のとおりである。

2 我が国の刑法は,一つの構成要件の中に種々の犯罪類型が含まれることを前提に幅広い法定刑を定めている。その上で,裁判においては,行為責任の原則を基礎としつつ,当該犯罪行為にふさわしいと考えられる刑が言い渡されることとなるが,裁判例が集積されることによって,犯罪類型ごとに一定の量刑傾向が示されることとなる。そうした先例の集積それ自体は直ちに法規範性を帯びるものではないが,量刑を決定するに当たって,その目安とされるという意義をもっている。量刑が裁判の判断として是認されるためには,量刑要素が客観的に適切に評価され,結果が公平性を損なわないものであることが求められるが,これまでの量刑傾向を視野に入れて判断がされることは,当該量刑判断のプロセスが適切なものであったことを担保する重要な要素になると考えられるからである。
この点は,裁判員裁判においても等しく妥当するところである。裁判員制度は,刑事裁判に国民の視点を入れるために導入された。したがって,量刑に関しても,裁判員裁判導入前の先例の集積結果に相応の変容を与えることがあり得ることは当然に想定されていたということができる。その意味では,裁判員裁判において,それが導入される前の量刑傾向を厳密に調査・分析することは求められていないし,ましてや,これに従うことまで求められているわけではない。しかし,裁判員裁判といえども,他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく,評議に当たっては,これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で,これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。

3 こうした観点に立って,本件第1審判決をみると,「同種事犯のほか死亡結果について故意が認められる事案等の量刑傾向を参照しつつ,この種事犯におけるあるべき量刑等について議論するなどして評議を尽くした」と判示されており,この表現だけを捉えると,おおまかな量刑の傾向を出発点とした上で評議を進めるという上記要請に沿って量刑が決定されたようにも理解されないわけではない。

しかし,第1審判決は,引き続いて,検察官の求刑については,本件犯行の背後事情である本件幼児虐待の悪質性と被告人両名の態度の問題性を十分に評価していないとし,量刑検索システムで表示される量刑の傾向については,同システムの登録数が十分でなくその判断の妥当性も検証できないとした上で,本件のような行為責任が重大と考えられる児童虐待事犯に対しては,今まで以上に厳しい罰を科すことが法改正や社会情勢に適合するなどと説示して,検察官の求刑を大幅に超過し,法定刑の上限に近い宣告刑を導いている。これによれば,第1審判決は,これまでの傾向に必ずしも同調せず,そこから踏み出した重い量刑が相当であると考えていることは明らかである。もとより,前記のとおり,これまでの傾向を変容させる意図を持って量刑を行うことも,裁判員裁判の役割として直ちに否定されるものではない。しかし,そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには,従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について,裁判体の判断が具体的,説得的に判示されるべきである。

4 これを本件についてみると,指摘された社会情勢等の事情を本件の量刑に強く反映させ,これまでの量刑の傾向から踏み出し,公益の代表者である検察官の懲役10年という求刑を大幅に超える懲役15年という量刑をすることについて,具体的,説得的な根拠が示されているとはいい難い。その結果,本件第1審は,甚だしく不当な量刑判断に至ったものというほかない。同時に,法定刑の中において選択の余地のある範囲内に収まっているというのみで合理的な理由なく第1審判決の量刑を是認した原判決は,甚だしく不当であって,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
よって,刑訴法411条2号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書により各被告事件について更に判決することとし,第1審判決の認定した罪となるべき事実に法令を適用すると,被告人両名の各行為は,いずれも刑法60条,205条に該当するので,各所定刑期の範囲内で,被告人Aについては,原判決が是認する第1審判決の量刑事情の評価に基づき検討を行って懲役10年に処し,さらに,被告人Bについては,実行行為に及んでいないことを踏まえ,犯罪行為にふさわしい刑を科すという観点から懲役8年に処することとする。そして,同法21条を適用して第1審における未決勾留日数中各400日をそれぞれその刑に算入し,第1審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人両名に負担させないこととし,被告人Aに関する原審及び当審における訴訟費用は,同項ただし書を適用して同被告人に負担させないこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官白木勇の補足意見がある。 

 

裁判官白木勇の補足意見は,次のとおりである。
1 量刑は裁判体の健全な裁量によって決せられるものであるが,裁判体の直感によって決めればよいのではなく,客観的な合理性を有するものでなければならない。このことは,裁判員裁判であろうとなかろうと変わるところはない。裁判員裁判を担当する裁判官としては,量刑に関する判例や文献等を参考にしながら,量刑評議の在り方について日頃から研究し,考えを深めておく必要があろう。評議に臨んでは,個別の事案に即して判断に必要な事項を裁判員にていねいに説明し,その理解を得て量刑評議を進めていく必要がある。
2 量刑の先例やその集積である量刑の傾向は,それ自体としては拘束力を持つものではないし,社会情勢や国民意識の変化などに伴って徐々に変わり得るものである。しかし,処罰の公平性は裁判員裁判を含む刑事裁判全般における基本的な要請であり,同種事犯の量刑の傾向を考慮に入れて量刑を判断することの重要性は,裁判員裁判においても何ら異なるものではない。そうでなければ,量刑評議は合理的な指針もないまま直感による意見の交換となってしまうであろう。こうして,量刑判断の客観的な合理性を確保するため,裁判官としては,評議において,当該事案の法定刑をベースにした上,参考となるおおまかな量刑の傾向を紹介し,裁判体全員の共通の認識とした上で評議を進めるべきであり,併せて,裁判員に対し,同種事案においてどのような要素を考慮して量刑判断が行われてきたか,あるいは,そうした量刑の傾向がなぜ,どのような意味で出発点となるべきなのかといった事情を適切に説明する必要がある。このようにして,量刑の傾向の意義や内容を十分理解してもらって初めて裁判員と裁判官との実質的な意見交換を実現することが可能になると考えられる。そうした過程を経て,裁判体が量刑の傾向と異なった判断をし,そうした裁判例が蓄積されて量刑の傾向が変わっていくのであれば,それこそ国民の感覚を反映した量刑判断であり,裁判員裁判の健全な運用というべきであろう。私は,かつて,覚せい剤取締法違反等被告事件に関する判決(最一小判平成24年2月13日刑集66巻4号482頁いわゆるチョコレート缶事件判決)の補足意見において,「裁判員裁判においては,ある程度の幅を持った認定,量刑が許容されるべき(である)」と述べたが,それは以上のような適切な評議が行われたことを前提としているのである。
3 本件では,裁判官と裁判員との量刑評議が必ずしも在るべき姿に沿った形で進められていないのではないかという疑問があり,それが本件第1審の量刑判断につながったのではないかと考えられる。裁判官としては,重要な事柄は十分に説明し,裁判員の正しい理解を得た上で評議を進めるべきであり,そうすることが裁判員と裁判官との実質的な協働につながると思われる。評議を適切に運営することは裁判官の重要な職責であり,裁判員裁判を担当する裁判官は,その点を改めて考えてみる必要があることを指摘しておきたい。