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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 子の血縁上の父であると主張する者が提起した戸籍上の父と子との間の親子関係不存在の確認を求める訴えの係属中に子を第三者の特別養子とする審判が確定した場合につき訴えの利益を否定した原審の判断に違法があるとされた事例

平成10年7月14日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
子の血縁上の父であると主張する甲が戸籍上の父と子との間の親子関係不存在の確認を求める訴えを提起したところ、右訴えの帰すうが定まる前に右事情を知る審判官によって子を第三者特別養子とする審判がされ、これが確定したが、甲について子を虐待し又は悪意で遺棄したなどの民法八一七条の六ただし書に該当することが明白であるとすべき事由が存在するとはいえないという事情の下においては、訴えの利益を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/058/063058_hanrei.pdf

 

一 本件は、上告人が、被上告人B1の血縁上の父であると主張し、同被上告人とその戸籍上の父である被上告人B2との間に親子関係がないことの確認を求める訴えであり、記録によると、次の事実が明らかである。

 1 被上告人B2は、昭和四七年八月二九日、Dと婚姻するとともに、Dの両親と養子縁組をし、D及び右両親と同居していた。しかし、被上告人B2とDは、同五七年ころから不和になり、同五九年三月ころ別居した。

 2 Dは、昭和五八年から上告人と肉体関係を持つようになり、同五九年三月一四日、Eを出産し、さらに、同六二年一月一日、被上告人B1を出産したが、いずれの子も、Dと被上告人B2の嫡出子としてその出生の届出がされた。しかし、上告人は、同六一年秋ころからDと疎遠な状態になったため、同六二年一〇月ころになるまで被上告人B1の出生の事実を知らなかった。

 3 Dは、昭和六三年ころから、当時交際していたFの両親宅にE及び被上告人B1を預けるようになった。上告人は、平成元年一月ころ、右F宅において被上告人B1を見て、自分の子であることを確信した。Dは、同年六月、被上告人B2と協議離婚をした。

 4 その後、Dは、E及び被上告人B1を右F宅に残したまま、住所地を離れ、行方不明になった。そして、EらはFの妹に預けられ、さらに、EはDの父に引き取られ、被上告人B1は、平成元年一一月下旬、B3、B4夫妻に引き取られた。
B3夫妻は、同二年、福島家庭裁判所郡山支部に被上告人B1をB3夫妻の特別養子とする審判の申立てをした。

 5 上告人は、自分が被上告人B1の血縁上の父であると主張し、平成三年四月、被上告人ら間の親子関係が存在しないことの確認を求める調停の申立てをし、同四年六月一一日、更に本件訴えを提起し、前記審判を担当する審判官に審判の猶予を上申したが、福島家庭裁判所郡山支部は、本件訴訟が第一審に係属中の同年一〇月一六日、B3夫妻の前記申立てを認める審判(以下「本件審判」という。)をした。

 6 上告人は、本件審判に対し、即時抗告をしたが、仙台高等裁判所は、平成五年一月一九日、上告人が被上告人B1の法律上の父たる身分を有するものではないことを理由に右抗告は不適法であるとして、抗告却下の決定をした。これに対し、上告人は、更に特別抗告をしたが、右抗告も却下された。

 7 なお、Eは、平成二年二月ころ、上告人に引き取られ、上告人が養育している。上告人は、本件訴えにおいて、Eと被上告人B2との間の親子関係不存在の確認も求め、上告人の右請求を認容した第一審判決は、控訴なく確定した。

 二 第一次控訴審は、被上告人B1について本件審判が確定したから、上告人には訴えの利益がないとして、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消して本件訴えを却下したが、上告人の上告に基づき、第一次上告審は、次の理由により、第一次控訴審判決を破棄して本件を原審に差し戻した(最高裁平成七年七月一四日第二小法廷判決。「第一次上告審判決」)。

 1 子を第三者特別養子とする審判が確定した場合においては、原則として、子の血縁上の父が戸籍上の父と子との間の親子関係不存在の確認を求める訴えの利益は消滅するが、右審判に準再審の事由があると認められるときは、右訴えの利益は失われない。

 2 上告人は被上告人B1の血縁上の父であると主張して被上告人ら間の親子関係不存在の確認を求める本件訴えを提起するなどしており、本件審判を担当する審判官も上告人の上申を受けてそのことを知っていた。それにもかかわらず、本件訴えの帰すうが定まる前に本件審判がされたのであって、そのような場合に、もし上告人が被上告人B1の血縁上の父であるならば、上告人について民法八一七条の六ただし書に該当する事由が認められるなどの特段の事情のない限り、本件審判には、家事審判法七条、非訟事件手続法二五条、旧民訴法四二九条、四二〇条一項三号の準再審の事由があるというべきである。

 3 したがって、本件においては、右準再審の事由の有無についても審理して本件の訴えの利益の有無を判断すべきである。

 三 これに対し、第二次控訴審である原審は、次の理由により、第一次控訴審と同様に本件訴えを却下した。

 上告人が血縁上の父としての権利や立場を主張する機会を失したこと及びその義務を尽くさずに過ごしたこと自体はおくとしても、その結果、被上告人B1が不遇な状況に陥ったのは事実であり、ようやくそこから抜け出し、特別養子縁組の成立前とはいいながらも家族に準じたB3夫妻の情愛に包まれた安住の場を得ているのに、上告人が同被上告人の血縁上の父であるとして同被上告人を引き取ることは、大きな変更と精神的混乱をもたらすことになり、被上告人B1の利益を著しく害する事由に該当する。したがって、上告人については民法八一七条の六ただし書に該当する事由があり、本件審判に準再審の事由はないから、本件の訴えの利益は消滅した。

 四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 第一次上告審判決は、確かに、本件の訴えの利益の有無を判断するに当たり、前記二のように準再審の事由の有無についても審理すべき旨を説示している。ただ、その際考慮すべきは、本件審判についての本来の準再審事由は、子の血縁上の父に特別養子縁組を成立させる審判手続に関与する機会を与えなかったことであると解されることである(民訴法三四九条、三三八条一項三号参照)。しかし、血縁上の父であっても、民法八一七条の六ただし書に該当する事由が認められるなどの特段の事情が認められる場合は、このような父の同意を要することなく特別養子縁組を成立させることができるから、第一次上告審判決は、本来の再審事由から右の特段の事情がある場合を除外すべき旨を付加したものと考えられるのである。

本件親子関係不存在確認訴訟は、上告人が本件審判についての準再審手続において本件養子縁組の成立の取消しを求める適格を取得するために提起したものと考えられるところ、第一次上告審判決は、本件の訴えの利益を判断するためには、本件審判に関する準再審の事由の有無を決すべきものと判示しているかにみえる。しかし、右準再審手続は、元来審判をした裁判所の専属管轄に属するものであり(民訴法三四九条、三四〇条)、準再審の事由の有無も、最終的には準再審裁判所が判断するものである。

そして、仮に、原審が準再審の事由が認められないとして訴えの利益を否定し、本件訴えを却下したならば、上告人はこれにより本件審判についての準再審の申立てのみちを閉ざされる結果に至る。

一方、民法八一七条の六ただし書に該当する事由は、本来はその性質上、家庭裁判所が審判の手続において判断すべき事柄であり、また、科学調査制度等を有する家庭裁判所が判断するのに適した事項である。

これらの諸点を考慮すると、第一次上告審判決の意味するところは、本件の訴えの利益の有無を判断するに当たり、準再審の事由がないことか明白である場合は格別、準再審の事由がないとはいえず準再審開始の可能性がある場合には、子の血縁上の父と主張する者に対し、準再審のみちを閉ざさないよう配慮すべきことを説示したものと考えられるのである。

そのことは、本件について、民法八一七条の六ただし書に該当する事由があるか否かを判断するに当たっても同様であって、もしそのような明白な事由が存在し、もはや家庭裁判所の判断を要しないと判断される場合には、訴えの利益を否定することができるが、右ただし書に該当することが明白な事由の存在するとはいえない場合には、訴えの利益を否定することはできないと解するのが相当である。

これを本件について見ると、前記原審の認定事実をもってしては、いまだ、上告人が被上告人B1を虐待し又は悪意で遺棄したなどの右ただし書に該当することが明白であるとすべき事由が存在するとはいえないから、これのみをもって直ちに本件の訴えの利益を否法するのは相当とはいえず、これと異なる見解に立って本件につき訴えの利益を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

この趣旨をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。 

 

民事訴訟

準再審

(決定又は命令に対する再審)
第三百四十九条 即時抗告をもって不服を申し立てることができる決定又は命令で確定したものに対しては、再審の申立てをすることができる。
2 第三百三十八条から前条までの規定は、前項の申立てについて準用する。