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 無期契約労働者に対して退職金を支給する一方で有期契約労働者に対してこれを支給しないという労働条件の相違が労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例

 令和2年10月13日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
地下鉄の駅構内の売店における販売業務に従事する無期契約労働者に対して退職金を支給する一方で,同業務に従事する有期契約労働者に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,上記有期契約労働者が必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえないこと等をしんしゃくしても,次の(1)~(5)など判示の事情の下においては,労働契約法(平成30年法律第71号による改正前のもの)20条にいう不合理と認められるものに当たらない。

(1) 上記売店を経営する会社は,退職する無期契約労働者に対し,一時金として退職金を支給する制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていたところ,上記退職金は,無期契約労働者の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有し,無期契約労働者としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される無期契約労働者に対し支給することとされたものである。

(2) 上記販売業務に従事する無期契約労働者と有期契約労働者の業務の内容はおおむね共通するものの,無期契約労働者は,休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか,複数の売店を統括し,上記販売業務のトラブル処理等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,有期契約労働者は,上記販売業務に専従していたものであり,両者の職務の内容に一定の相違があった。

(3) 上記販売業務に従事する無期契約労働者は配置転換等を命ぜられる現実の可能性があったのに対し,同業務に従事する有期契約労働者は配置転換等を命ぜられることはなく,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲に一定の相違があった。

(4) 上記会社においては,全ての無期契約労働者が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが,上記販売業務に従事する無期契約労働者は,本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の無期契約労働者とは職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲を異にしていたところ,関連会社等の再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。

(5) 上記会社は,無期契約労働者へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の有期契約労働者を無期契約労働者に登用していた。
(補足意見及び反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

・・・・・4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。

もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

(2)ア 第1審被告は,退職する正社員に対し,一時金として退職金を支給する制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていたものである。

そして,上記退職金は,本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ,その支給対象となる正社員は,第1審被告の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され,業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。

このような第1審被告における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

イ そして,第1審原告らにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員と契約社員Bである第1審原告らの労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(「職務の内容」)をみると,両者の業務の内容はおおむね共通するものの,正社員は,販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,契約社員Bは,売店業務に専従していたものであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。

また,売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契約社員Bは,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(「変更の範囲」)にも一定の相違があったことが否定できない。

さらに,第1審被告においては,全ての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが,売店業務に従事する正社員と,第1審被告の本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは,職務の内容及び変更の範囲につき相違があったものである。

そして,平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は,同12年の関連会社等の再編成により第1審被告に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め,売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり,上記再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。

このように,売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲を異にしていたことについては,第1審被告の組織再編等に起因する事情が存在したものといえる。

また,第1審被告は,契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。

これらの事情については,第1審原告らと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。

ウ そうすると,第1審被告の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて,売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば,契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても,両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。
なお,契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員に改められ,その契約が無期労働契約に変更されて退職金制度が設けられたものの,このことがその前に退職した契約社員Bである第1審原告らと正社員との間の退職金に関する労働条件の相違が不合理であるとの評価を基礎付けるものとはいい難い。

また,契約社員Bと職種限定社員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があることや,契約社員Bから契約社員Aに職種を変更することができる前記の登用制度が存在したこと等からすれば,無期契約労働者である職種限定社員に退職金制度が設けられたからといって,上記の判断を左右するものでもない。

(3) 以上によれば,売店業務に従事する正社員に対して退職金を支給する一方で,契約社員Bである第1審原告らに対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。 

5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する第1審被告の論旨は理由があり,他方,第1審原告らの論旨は理由がなく,第1審原告らの退職金に関する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないから棄却すべきである。そして,同請求に関する部分以外については,第1審原告ら及び第1審被告の各上告受理申立て理由が上告受理の決定においてそれぞれ排除された。以上によれば,第1審原告X1の請求は,住宅手当,褒賞及び弁護士費用に相当する損害金としてそれぞれ22万0800円,8万円及び3万0080円の合計33万0880円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,第1審原告X2の請求は,住宅手当,褒賞及び弁護士費用に相当する損害金としてそれぞれ11万0400円,5万円及び1万6040円の合計17万6440円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これらを認容すべきであり,その余はいずれも理由がないから棄却すべきである。したがって,原判決中,第1審被告敗訴部分のうち上記の各金額を超える部分はいずれも破棄を免れず,第1審被告の上告に基づき,これを主文第1項のとおり変更することとし,また,第1審原告らの上告はいずれも棄却すべきである。