適法用途にも著作権侵害用途にも利用できるファイル共有ソフトWinnyをインターネットを通じて不特定多数の者に公開,提供し,正犯者がこれを利用して著作物の公衆送信権を侵害することを幇助したとして,著作権法違反幇助に問われた事案につき,幇助犯の故意が欠けるとされた事例
裁判要旨
適法用途にも著作権侵害用途にも利用できるファイル共有ソフトWinnyをインターネットを通じて不特定多数の者に公開,提供し,正犯者がこれを利用して著作物の公衆送信権を侵害することを幇助したとして,著作権法違反幇助に問われた事案につき,被告人において,(1)現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながらWinnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである上,(2)その公開,提供に当たり,常時利用者に対しWinnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたなどの本件事実関係(判文参照)の下では,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めることも困難であり,被告人には著作権法違反罪の幇助犯の故意が欠ける。
(反対意見がある。)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/846/081846_hanrei.pdf
検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,事実誤認,単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み,被告人によるファイル共有ソフトの公開,提供行為につき著作権法違反罪の幇助犯が成立するかどうかを職権で判断すると,原判決には,幇助犯の成立要件に関する法令の解釈を誤った違法があるものの,被告人の行為につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定したことは,結論において正当として是認できる。
その理由は,以下のとおりである。
1 本件は,被告人が,ファイル共有ソフトであるWinnyを開発し,その改良を繰り返しながら順次ウェブサイト上で公開し,インターネットを通じて不特定多数の者に提供していたところ,正犯者2名が,これを利用して著作物であるゲームソフト等の情報をインターネット利用者に対し自動公衆送信し得る状態にして,著作権者の有する著作物の公衆送信権(著作権法23条1項)を侵害する著作権法違反の犯行を行ったことから,正犯者らの各犯行に先立つ被告人によるWinnyの最新版の公開,提供行為が正犯者らの著作権法違反罪の幇助犯に当たるとして起訴された事案である。原判決の認定及び記録によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) Winnyは,個々のコンピュータが,中央サーバを介さず,対等な立場にあって全体としてネットワークを構成するP2P技術を応用した送受信用プログラムの機能を有するファイル共有ソフトである。Winnyは,情報発信主体の匿名性を確保する機能(匿名性機能)とともに,クラスタ化機能,多重ダウンロード機能,自動ダウンロード機能といったファイルの検索や送受信を効率的に行うための機能を備えており,それ自体は多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とし,様々な分野に応用可能なソフトであるが,本件正犯者がしたように著作権を侵害する態様で利用することも可能なソフトである。
(2) 被告人は,匿名性と効率性を兼ね備えた新しいファイル共有ソフトが実際に稼動するかの技術的な検証を目的として,平成14年4月1日にWinnyの開発に着手し,同年5月6日,自己の開設したウェブサイトでWinnyの最初の試用版を公開した。被告人は,その後も改良を加えたWinnyを順次公開し,同年12月30日にWinnyの正式版であるWinny1.00を公開し,翌平成15年4月5日にWinny1.14を公開してファイル共有ソフトとしてのWinny(Winny1)の開発に一区切りを付けた。その後,被告人は,同月9日,今度はP2P技術を利用した大規模BBS(電子掲示板)の実現を目的として,そのためのソフトであるWinny2の開発に着手し,同年5月5日,Winny2の最初の試用版を公開し,同年9月には,本件正犯者2名が利用したWinny2.0β6.47やWinny2.0β6.6(以下,両者を併せて「本件Winny」という。)を順次公開した。なお,Winny2は,上記のとおり大規模BBSの実現を目指して開発されたものであるが,Winny1とほぼ同様のファイル共有ソフトとしての機能も有していた(以下,Winny1とWinny2を総称して「Winny」という。)。被告人は,Winnyを公開するに当たり,ウェブサイト上に「これらのソフトにより違法なファイルをやり取りしないようお願いします。」などの注意書きを付記していた。
(3) 本件正犯者であるBは,平成15年9月3日頃,被告人が公開していたWinny2.0β6.47をダウンロードして入手し,法定の除外事由がなく,かつ,著作権者の許諾を受けないで,同月11日から翌12日までの間,B方において,プログラムの著作物である25本のゲームソフトの各情報が記録されているハードディスクと接続したコンピュータを用いて,インターネットに接続された状態の下,上記各情報が特定のフォルダに存在しアップロードが可能な状態にある上記Winnyを起動させ,同コンピュータにアクセスしてきた不特定多数のインターネット利用者に上記各情報を自動公衆送信し得るようにし,著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害する著作権法違反の犯行を行った。また,本件正犯者であるCは,同月13日頃,被告人が公開していたWinny2.0β6.6をダウンロードして入手し,法定の除外事由がなく,かつ,著作権者の許諾を受けないで,同月24日から翌25日までの間,C方において,映画の著作物2本の各情報が記録されているハードディスクと接続したコンピュータを用いて,インターネットに接続された状態の下,上記各情報が特定のフォルダに存在しアップロードが可能な状態にある上記Winnyを起動させ,同コンピュータにアクセスしてきた不特定多数のインターネット利用者に上記各情報を自動公衆送信し得るようにし,著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害する著作権法違反の犯行を行った。
2 第1審判決は,Winnyの技術それ自体は価値中立的であり,価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為となりかねないような,無限定な幇助犯の成立範囲の拡大は妥当でないとしつつ,結局,そのような技術を外部へ提供する行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは,その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識,さらに提供する際の主観的態様いかんによると解するべきであるとした。その上で,本件では,インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので,Winnyを含むファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されており,Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ,効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという現実の利用状況の下,被告人は,そのようなファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し,新しいビジネスモデルが生まれることも期待して,Winnyがそのような態様で利用されることを認容しながら,本件Winnyを自己の開設したホームページ上に公開して,不特定多数の者が入手できるようにし,これによって各正犯者が各実行行為に及んだことが認められるから,被告人の行為は,幇助犯を構成すると評価することができるとして,著作権法違反罪の幇助犯の成立を認め,被告人を罰金150万円に処した。
3 この第1審判決に対し,検察官が量刑不当を理由に,被告人が訴訟手続の法令違反,事実誤認,法令適用の誤りを理由に控訴した。
原判決は,幇助犯の成否に関する法令適用の誤りの主張に関し,インターネット上におけるソフトの提供行為で成立する幇助犯というものは,これまでにない新しい類型の幇助犯であり,刑事罰を科するには罪刑法定主義の見地からも慎重な検討を要するとした上,「価値中立のソフトをインターネット上で提供することが,正犯の実行行為を容易ならしめたといえるためには,ソフトの提供者が不特定多数の者のうちには違法行為をする者が出る可能性・蓋然性があると認識し,認容しているだけでは足りず,それ以上に,ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合に幇助犯が成立すると解すべきである。」とし,被告人は,本件Winnyをインターネット上で公開,提供した際,著作権侵害をする者が出る可能性・蓋然性があることを認識し,認容していたことは認められるが,それ以上に,著作権侵害の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めて本件Winnyを提供していたとは認められないから,被告人に幇助犯の成立を認めることはできないと判示し,第1審判決を破棄し,被告人に無罪を言い渡した。
4 所論は,刑法62条1項が規定する幇助犯の成立要件は,「幇助行為」,「幇助意思」及び「因果性」であるから,幇助犯の成立要件として「違法使用を勧める行為」まで必要とした原判決は,刑法62条の解釈を誤るものであるなどと主張する。そこで,原判決の認定及び記録を踏まえ,検討することとする。
(1) 刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁昭和24年10月1日第二小法廷判決)。
すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。
原判決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。
(2) もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。
また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。
新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。
かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。
すなわち,ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに,まず,被告人が,現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,本件Winnyの公開,提供を行ったものでないことは明らかである。
次に,入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が本件Winnyを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められ,被告人もこれを認識,認容しながら本件Winnyの公開,提供を行ったといえるかどうかについて検討すると,Winnyは,それ自体,多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に行うことを可能とするソフトであるとともに,本件正犯者のように著作権を侵害する態様で利用する場合にも,摘発されにくく,非常に使いやすいソフトである。
そして,本件当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。
そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法なファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。
これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない。
他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。
確かに,
①被告人がWinnyの開発宣言をしたスレッド(「開発スレッド」)には, Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者が多数の書き込みをしており,被告人も,そのような者に伝わることを認識しながらWinnyの開発宣言をし,開発状況等に関する書き込みをしていたこと,
②本件当時,Winnyに関しては,逮捕されるような刑事事件となるかどうかの観点からは摘発されにくく安全である旨の情報がインターネットや雑誌等において多数流されており,被告人自身も,これらの雑誌を購読していたこと,
③被告人自身がWinnyのネットワーク上を流通している著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていたことの各事実が認められる。
これらの点からすれば,被告人は,本件当時,本件Winnyを公開,提供した場合に,その提供を受けた者の中には本件Winnyを著作権侵害のために利用する者がいることを認識していたことは明らかであり,そのような者の人数が増えてきたことも認識していたと認められる。
しかし,①の点については,被告人が開発スレッドにした開発宣言等の書き込みには,自己顕示的な側面も見て取れる上,同スレッドには,Winnyを著作権侵害のために利用する蓋然性が高いといえる者の書き込みばかりがされていたわけではなく,Winnyの違法利用に否定的な意見の書き込みもされており,被告人自身も,同スレッドに「もちろん,現状で人の著作物を勝手に流通させるのは違法ですので,βテスタの皆さんは,そこを踏み外さない範囲でβテスト参加をお願いします。これは Freenet 系 P2P が実用になるのかどうかの実験だということをお忘れなきように。」などとWinnyを著作権侵害のために利用しないように求める書き込みをしていたと認められる。
これによれば,被告人が著作権侵害のために利用する蓋然性の高い者に向けてWinnyを公開,提供していたとはいえない。
被告人が,本件当時,自らのウェブサイト上などに,ファイル共有ソフトの利用拡大により既存のビジネスモデルとは異なる新しいビジネスモデルが生まれることを期待しているかのような書き込みをしていた事実も認められるが,この新しいビジネスモデルも,著作権者側の利益が適正に保護されることを前提としたものであるから,このような書き込みをしていたことをもって,被告人が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させて,現行の著作権制度を崩壊させる目的でWinnyを開発,提供していたと認められないのはもとより,著作権侵害のための利用が主流となることを認識,認容していたとも認めることはできない。
また,②の点については,インターネットや雑誌等で流されていた情報も,当時の客観的利用状況を正確に伝えるものとはいえず,本件当時,被告人が,これらの情報を通じてWinnyを著作権侵害のために利用する者が増えている事実を認識していたことは認められるとしても,Winnyは著作権侵害のみに特化して利用しやすいというわけではないのであるから,著作権侵害のために利用する者の割合が,前記関係証拠にあるような4割程度といった例外的とはいえない範囲の者に広がっていることを認識,認容していたとまでは認められない。
③の被告人自身がWinnyのネットワーク上から著作物と推定されるファイルを大量にダウンロードしていた点についても,当時のWinnyの全体的な利用状況を被告人が把握できていたとする根拠としては薄弱である。
むしろ,被告人が,P2P技術の検証を目的としてWinnyの開発に着手し,本件Winnyを含むWinny2については,ファイル共有ソフトというよりも,P2P型大規模BBSの実現を目的として開発に取り組んでいたことからすれば,被告人の関心の中心は,P2P技術を用いた新しいファイル共有ソフトや大規模BBSが実際に稼動するかどうかという技術的な面にあったと認められる。現に,Winny2においては,BBSのスレッド開設者のIPアドレスが容易に判明する仕様となっており,匿名性機能ばかりを重視した開発がされていたわけではない。
そして,前記のとおり,被告人は,本件Winnyを含むWinnyを公開,提供するに当たり,ウェブサイト上に違法なファイルのやり取りをしないよう求める注意書を付記したり,開発スレッド上にもその旨の書き込みをしたりして,常時,利用者に対し,Winnyを著作権侵害のために利用することがないよう警告を発していたのである。
これらの点を考慮すると,いまだ,被告人において,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めることは困難である。
(4) 以上によれば,被告人は,著作権法違反罪の幇助犯の故意を欠くといわざるを得ず,被告人につき著作権法違反罪の幇助犯の成立を否定した原判決は,結論において正当である。
5 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官大谷剛彦の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。