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保証人が主たる債務者の破産手続開始前にその委託を受けないで締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合に保証人が取得する求償権の破産債権該当性

平成24年5月28日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
1 保証人が主たる債務者の破産手続開始前にその委託を受けないで締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が主たる債務者である破産者に対して取得する求償権は,破産債権である。
2 保証人が主たる債務者の破産手続開始前にその委託を受けないで締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が取得する求償権を自働債権とし,主たる債務者である破産者が保証人に対して有する債権を受働債権とする相殺は,破産法72条1項1号の類推適用により許されない。
(1,2につき補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=82285

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/285/082285_hanrei.pdf

 

 1 本件は,6名の破産者の各破産管財人である承継前上告人らが,それぞれ,被上告人に対し,各破産者と被上告人との間の当座勘定取引契約を解約したことに基づく払戻金及び遅延損害金の支払を求める事案である。被上告人は,各破産者の破産手続開始前に,その委託を受けないで,各破産者の債務について,その債権者との間において保証契約を締結し,破産手続開始後に同契約に基づき保証債務を履行して各破産者に対し求償権を取得したとして,同求償権を自働債権とする相殺を主張している。なお,原審口頭弁論終結後に,承継前上告人らは破産管財人をいずれも辞任し,新たに破産者の各破産管財人に選任された上告人らが本訴の訴訟手続を受継した。

 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) B,C,D,E,F及びG(以下,それぞれ「B」,「C」,「D」,「E」,「F」及び「G」といい,また,併せて「Bら」ということがある。)は,銀行業を営む会社である被上告人との間で,それぞれ当座勘定取引契約(「本件各当座勘定取引契約」)を締結していた。

 (2) 被上告人は,平成18年4月28日,Bらの委託を受けないで,Bらの取引先であるHとの間で,Bらが同日から平成19年4月27日までの間にそれぞれHに対して負担する買掛債務及び手形債務につき,極度額を定めてそれぞれ保証する旨の保証契約(以下,併せて「本件各保証契約」という。)を締結した。極度額は,Bについて2400万円,Cについて1200万円,Dについて800万円,Eについて200万円,Fについて200万円,Gについて200万円であった。
 (3) Bらは,いずれも,平成18年8月31日,破産手続開始の決定を受け,承継前上告人らが,それぞれ,破産管財人に選任された。
 (4) 被上告人は,平成19年3月27日及び同月28日,本件各保証契約に基づく保証債務の履行として,Hに対し,Bの債務2400万円を,Cの債務723万0428円を,Dの債務270万2700円を,Eの債務73万2615円を,Fの債務47万0985円を,Gの債務200万円をそれぞれ弁済した。
 (5) 承継前上告人らは,平成19年5月9日,それぞれ,本件各当座勘定取引契約に定められた手続により,本件各当座勘定取引契約を解約した。
 (6) 被上告人は,平成19年6月12日,承継前上告人らに対し,前記弁済により取得した求償権と本件各当座勘定取引契約に基づきBらが被上告人に対して有する債権とをそれぞれ対当額において相殺する旨の意思表示をした。上記の各債権がそれぞれ対当額において相殺されると,被上告人の債務は,Bに係る債務につき23万9509円が,Cに係る債務につき721万3218円が,Dに係る債務につき41万9052円が,Eに係る債務につき73万2615円が,Fに係る債務につき47万0985円が,Gに係る債務につき200万円が,それぞれ消滅することとなる(以下,上記の各相殺を併せて「本件各相殺」という。)。

 3 原審は,本件各相殺の効力につき次のとおり判断するなどして,承継前上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
 (1) 保証人が,主たる債務者の破産手続開始前に締結された保証契約に基づき同手続開始後に弁済をして取得するに至った求償権は,当該保証契約が主たる債務者の委託を受けないで締結されたものであっても,破産債権となる。
 (2) 破産法72条1項1号にいう破産債権の取得とは,将来の請求権の場合には,現実化する前の将来の請求権を取得することをいうと解されるところ,被上告人は,将来の請求権としての求償権をBらの破産手続開始前である本件各保証契約の締結時に取得したと解すべきであるから,本件各相殺につき,同号は類推適用されず,被上告人による本件各相殺が許される。
 4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

 (1) 保証人は,弁済をした場合,民法の規定に従って主たる債務者に対する求償権を取得するのであり(民法459条,462条),このことは,保証が主たる債務者の委託を受けてされた場合と受けないでされた場合とで異なるところはない(以下,主たる債務者の委託を受けないで保証契約を締結した保証人を「無委託保証人」という。)。このように,無委託保証人が弁済をすれば,法律の規定に従って求償権が発生する以上,保証人の弁済が破産手続開始後にされても,保証契約が主たる債務者の破産手続開始前に締結されていれば,当該求償権の発生の基礎となる保証関係は,その破産手続開始前に発生しているということができるから,当該求償権は,「破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権」(破産法2条5項)に当たるものというべきである。したがって,無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が主たる債務者である破産者に対して取得する求償権は,破産債権であると解するのが相当である。
 (2) 次に,このような破産債権による相殺の可否について検討する。
 ア 相殺は,互いに同種の債権を有する当事者間において,相対立する債権債務を簡易な方法によって決済し,もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であって,相殺権を行使する債権者の立場からすれば,債務者の資力が不十分な場合においても,自己の債権について確実かつ十分な弁済を受けたと同様の利益を得ることができる点において,受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能を営むものである(最高裁昭和45年6月24日大法廷判決)。上記のような相殺の担保的機能に対する破産債権者の期待を保護することは,通常,破産債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする破産制度の趣旨に反するものではないことから,破産法67条は,原則として,破産手続開始時において破産者に対して債務を負担する破産債権者による相殺を認め,同破産債権者が破産手続によることなく一般の破産債権者に優先して債権の回収を図り得ることとし,この点において,相殺権を別除権と同様に取り扱うこととしたものと解される。
 他方,破産手続開始時において破産者に対して債務を負担する破産債権者による相殺であっても,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においては,上記基本原則を没却するものとして,破産手続上許容し難いことがあり得ることから,破産法71条,72条がかかる場合の相殺を禁止したものと解され,同法72条1項1号は,かかる見地から,破産者に対して債務を負担する者が破産手続開始後に他人の破産債権を取得してする相殺を禁止したものである。
破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始前に債務者である破産者の委託を受けて保証契約を締結し,同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合には,この求償権を自働債権とする相殺は,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においても,他の破産債権者が容認すべきものであり,同相殺に対する期待は,破産法67条によって保護される合理的なものである。しかし,無委託保証人が破産者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をして求償権を取得した場合についてみると,この求償権を自働債権とする相殺を認めることは,破産者の意思や法定の原因とは無関係に破産手続において優先的に取り扱われる債権が作出されることを認めるに等しいものということができ,この場合における相殺に対する期待を,委託を受けて保証契約を締結した場合と同様に解することは困難というべきである。 

そして,無委託保証人が上記の求償権を自働債権としてする相殺は,破産手続開始後に,破産者の意思に基づくことなく破産手続上破産債権を行使する者が入れ替わった結果相殺適状が生ずる点において,破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始後に他人の債権を譲り受けて相殺適状を作出した上同債権を自働債権としてする相殺に類似し,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続上許容し難い点において,破産法72条1項1号が禁ずる相殺と異なるところはない。
 そうすると,無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が取得する求償権を自働債権とし,主たる債務者である破産者が保証人に対して有する債権を受働債権とする相殺は,破産法72条1項1号の類推適用により許されないと解するのが相当である。

5 以上によれば,被上告人による本件各相殺が許されるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,承継前上告人B破産管財人Aの請求中23万9509円の金員の支払を求める部分,承継前上告人C破産管財人Aの請求中721万3218円の金員の支払を求める部分,承継前上告人D破産管財人Aの請求中41万9052円の支払を求める部分,承継前上告人E破産管財人Aの請求中73万2615円の支払を求める部分,承継前上告人F破産管財人Aの請求中47万0985円の金員の支払を求める部分及び承継前上告人G破産管財人Aの請求中200万円の支払を求める部分並びにこれらの金員に対する平成19年5月10日から支払済みまで年6分の金員の支払を求める部分につき,原判決は,破棄を免れない。そして,同部分につき,原審口頭弁論終結後に生じた上告人らによる権利の承継に基づき訴えを変更するため,本件を原審に差し戻すこととする。