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いわゆる同族会社の代表者で実質的な経営者でもある破産者が当該会社のためにした保証又は担保の供与が破産法七二条五号にいう無償行為に当たる場合

昭和62年7月3日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
一 破産者が義務なくして他人のためにした保証又は担保の供与は、債権者の主たる債務者に対する出捐の直接の原因をなす場合であつても、破産者がその行為の対価として経済的利益を受けない限り、破産法七二条五号にいう無償行為に当たる。

二 いわゆる同族会社の代表者で実質的な経営者でもある破産者が義務なくして当該会社のために保証又は担保の供与をしたことを直接の原因として、債権者が当該会社に対して出損をしても、破産者がその行為の対価として経済的利益を受けない場合には、右行為は、破産法七二条五号にいう無償行為に当たる。
(一、二につき反対意見がある。)

旧破産法

第六章 否認権

第七十二条  左ニ掲クル行為ハ破産財団ノ為之ヲ否認スルコトヲ得

五 破産者カ支払ノ停止若ハ破産ノ申立アリタル後又ハ其ノ前六月内ニ為シタル無償行為及之ト同視スヘキ有償行為

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=55196

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/196/055196_hanrei.pdf

破産者が義務なくして他人のためにした保証若しくは抵当権設定等の担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であつても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法七二条五号にいう無償行為に当たるものと解すべきであり(大審院昭和一一年(オ)第二九八号同年八月一〇日判決・民集一五巻一六八〇頁参照)、右の理は、主たる債務者がいわゆる同族会社であり、破産者がその代表者で実質的な経営者でもあるときにも妥当するものというべきである。けだし、同号にいう無償行為として否認される根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであつて破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるため、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めたことにあるから、その無償性は、専ら破産者について決すれば足り、受益者の立場において無償であるか否かは問わないばかりでなく、破産者の前記保証等の行為とこれにより利益を受けた債権者の出捐との間には事実上の関係があるにすぎず、また、破産者が取得することのあるべき求償権も当然には右行為の対価としての経済的利益に当たるとはいえないところ、いわゆる同族会社の代表者で実質的な経営者でもある破産者が会社のため右行為をした場合であつても、当該破産手続は会社とは別個の破産者個人に対する総債権者の満足のためその総財産の管理換価を目的として行われるものであることにかんがみると、その一事をもつて、叙上の点を別異に解すべき合理的根拠とすることはできないからである。

これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、

(1) 訴外D株式会社(「D」)は、いわゆる同族会社であるが、昭和五一年六月ころ、資金繰りが悪化し、原料購入先である上告人に対し、代金の支払猶予を求めた、

(2) 上告人は、同年九月三日、Dに対し、向う六か月間に満期が到来する金額合計三六七三万三〇六〇円の支払手形の書換えのため上告人において立替決済をする旨約するとともに、Dの代表取締役で実質的な経営者でもある訴外E(「破産者E」)との間で、同人がDの上告人に対する取引上の一切の債務につき連帯保証(「本件保証」)をし、かつ、同人所有の本件不動産につき上告人のため極度額四〇〇〇万円の根抵当権(「本件根抵当権」)を設定する旨の合意をし、その旨登記を経由した、

(3) 破産者Eは、本件保証及び本件根抵当権の設定に際し、保証料の取得その他破産財団の増加をもたらすような経済的利益を受けなかつた、

(4) 上告人が右立替決済の一部の履行をしたところ、破産者Eは、同年一二月二一日破産の申立をされ、昭和五二年三月一四日京都地方裁判所において破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された、

(5) その後、本件不動産について任意競売手続が開始され、同裁判所により、上告人に対し本件根抵当権に基づき二九一九万五六三五円を配当する旨の配当表が作成されたため、被上告人は、右根抵当権の設定が破産法七二条五号にいう無償行為に当たるとして否認権を行使し、配当期日において異議を申し立てるとともに、本訴において同号に基づき本件保証をも否認した、というのであり、以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らして首肯することができ、その過程に所論の違法はない。 

そうすると、右事実関係のもとにおいて、破産者Eが破産の申立前六月内に義務なくしてDのためにした本件保証及び本件根抵当権の設定は破産法七二条五号にいう無償行為に当たり、被上告人の本件否認権行使を肯認すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又はこれと異なる見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官島谷六郎、同林藤之輔の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。