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再生債務者に対して債務を負担する者が自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当するか

平成28年7月8日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
再生債務者に対して債務を負担する者が,当該債務に係る債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は,これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85999

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/999/085999_hanrei.pdf

1 本件は,再生手続開始の決定を受けた上告人が,被上告人との間で基本契約を締結して行っていた通貨オプション取引等が平成20年9月15日に終了したとして,上記基本契約に基づき,清算金11億0811万1192円及び約定遅延損害金の支払を求める事案である。被上告人は,上記再生手続開始の決定後,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が上告人に対して有する債権(再生債権)を自働債権とし,上告人が被上告人に対して有する上記清算金の支払請求権を受働債権として上記基本契約に基づく相殺をしたことにより,上記清算金の支払請求権は消滅したなどと主張している。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 証券会社である上告人は,米国法人A(「A」)の子会社であった。また,信託銀行である被上告人及び証券会社であるB株式会社(「B」)は,いずれもC株式会社の完全子会社である。

(2) 上告人は,平成19年2月1日,被上告人との間で,基本契約(「本件基本契約」)を締結し,通貨オプション取引及び通貨スワップ取引(「本件取引」)を行っていた。 

(3) 本件基本契約には,要旨次のような定めがある。

ア 一方の当事者の信用保証提供者が,破産決定その他救済を求める手続の開始を申し立てた場合には,当該当事者につき,期限の利益を喪失する事由(「期限の利益喪失事由」)に該当することとなるものとし,当事者間に存在する全ての取引は,期限の利益喪失事由の発生に伴い行われる関連手続の開始又は申請の直前の時点で終了するものとする(以下,この定めにより当事者間に存在する全ての取引が終了することを「期限前終了」といい,その終了の日を「期限前終了日」という。)。

イ 期限の利益喪失事由が生じ,一方の当事者(甲)について期限前終了をしたときは,他方の当事者(乙)は,乙及びその関係会社(直接的又は間接的に,乙から支配(議決権の過半数を所有することをいう。以下同じ。)を受け,乙を支配し,又は乙と共通の支配下にある法的主体をいう。以下同じ。)が甲に対して有する債権と,甲が乙及びその関係会社に対して有する債権とを相殺することができる(「本件相殺条項」)。本件相殺条項は,甲が再生債務者となった場合であっても,乙が,自らの関係会社が甲に対して有する債権を自働債権とし,甲の乙に対する債権を受働債権として相殺することができるというものである。

(4) 本件基本契約における上告人の信用保証提供者であるAは,平成20年9月15日,米国連邦倒産法第11章の適用申請を行い,本件取引は,前記(3)アの定めにより期限前終了をした。上告人は,被上告人に対し,本件基本契約に基づき,清算金4億3150万8744円並びに期限前終了日である同日から同年10月1日までの確定約定遅延損害金16万6841円及び上記清算金に対する同月2日から支払済みの前日まで2%を365で除した割合を日利とする各日複利の割合による約定遅延損害金の支払を求める債権(「本件清算金債権」)を取得した。

(5) Bは,上告人との間で,平成13年11月26日に本件基本契約と同様の基本契約を締結し,取引を行っていたが,同取引が平成20年9月15日に終了したため,上告人に対し,同基本契約に基づき,同取引の清算金17億1168万6829円の支払を求める債権(「B清算金債権」)を取得した。

(6) 上告人は,平成20年9月19日,再生手続開始の決定を受けた。 

被上告人は,再生債権の届出期間内である同年10月2日,上告人に対し,本件相殺条項に基づき,上告人が被上告人に対して有する本件清算金債権と,被上告人の関係会社であるBが上告人に対して有するB清算金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。なお,Bは,同日,上告人に対し,本件相殺に同意している旨を通知した。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件清算金債権は本件相殺によりその全額が消滅したと認め,原告の請求を棄却すべきものとした。
本件相殺は,2当事者が互いに債務を負担する場合における相殺ではないが,再生手続開始の時点において再生債権者が再生債務者に対して債務を負担しているときと同様の相殺の合理的期待が存在すると認められ,かつ,相殺が再生債権者間の公平,平等を害しない場合には,民事再生法において制限される相殺には当たらないと解するのが相当である。そして,本件相殺条項の合意時において,上告人と被上告人は,関係会社を含めたグループ企業同士で総体的にリスク管理をすることを企図しており,本件相殺条項のような3者間の相殺を定めた契約は,分社化が進んだ金融機関のデリバティブ取引における慣行といえる程度に広く用いられていたと推認されること等からすれば,本件相殺は,再生手続開始の時点で再生債権者が再生債務者に対して債務を負担しているときと同様の相殺の合理的期待が存在するものであると認められ,かつ,再生債権者間の公平,平等を害するものであるとまではいえない。そうすると,本件相殺は,同法93条の2第1項によって相殺が禁止される場合に当たらず,同法92条により許容されるものと解するのが相当である。

しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
相殺は,互いに同種の債権を有する当事者間において,相対立する債権債務を簡易な方法によって決済し,もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする制度であって,相殺権を行使する債権者の立場からすれば,債務者の資力が不十分な場合においても,自己の債権について確実かつ十分な返済を受けたと同様の利益を得ることができる点において,受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能を営むものである。

上記のような相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待を保護することは,通常,再生債権についての再生債権者間の公平,平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものではないことから,民事再生法92条は,原則として,再生手続開始時において再生債務者に対して債務を負担する再生債権者による相殺を認め,再生債権者が再生計画の定めるところによらずに一般の再生債権者に優先して債権の回収を図り得ることとし,この点において,相殺権を別除権と同様に取り扱うこととしたものと解される(最高裁昭和45年6月24日大法廷判決,最高裁平成24年5月28日第二小法廷判決)。
このように,民事再生法92条は,再生債権者が再生計画の定めるところによらずに相殺をすることができる場合を定めているところ,同条1項は「再生債務者に対して債務を負担する」ことを要件とし,民法505条1項本文に規定する2人が互いに債務を負担するとの相殺の要件を,再生債権者がする相殺においても採用しているものと解される。そして,再生債務者に対して債務を負担する者が他人の有する再生債権をもって相殺することができるものとすることは,互いに債務を負担する関係にない者の間における相殺を許すものにほかならず,民事再生法92条1項の上記文言に反し,再生債権者間の公平,平等な扱いという上記の基本原則を没却するものというべきであり,相当ではない。このことは,完全親会社を同じくする複数の株式会社がそれぞれ再生債務者に対して債権を有し,又は債務を負担するときには,これらの当事者間において当該債権及び債務をもって相殺することができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,異なるものではない。
したがって,再生債務者に対して債務を負担する者が,当該債務に係る債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は,これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものと解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件相殺は,再生債務者である上告人に対して本件清算金債権に係る債務を負担する被上告人が,上記債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくするBが有する再生債権であるB清算金債権を自働債権として相殺するものであるから,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものというべきである。

5 以上によれば,本件相殺が民事再生法92条により許容されるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり,論旨は理由がある。そして,以上に説示したところによれば,上告人の請求は,被上告人に対し,清算金4億3150万8744円並びに期限前終了日である平成20年9月15日から同年10月1日までの確定約定遅延損害金16万6841円及び上記清算金に対する同月2日から支払済みの前日まで2%を365で除した割合を日利とする各日複利の割合による約定遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却すべきであり,原判決を主文第1項のとおり変更することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。