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県が職員らの不正につき損害賠償金を支払ったことにより取得した求償権の一部を知事において行使しないことが違法な怠る事実に当たるとはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例

平成29年9月15日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
県が教員採用試験における職員らの不正のため不合格となった受験者らに損害賠償金を支払ったことにより取得した求償権の一部を知事において行使しないことが財産の管理を違法に怠るものであるとして提起された住民訴訟において,上記不正は県の教育委員会の職員らが現職の教員を含む者から依頼を受けて受験者の得点を操作するなどして組織的に行われ,一部は賄賂の授受を伴うなど悪質なものであり,その結果も本来合格していたはずの多数の受験者が不合格となるなど極めて重大であったことに鑑み,これに関与した職員らに対する退職手当の返納命令や不支給は正当なものであったという事情の下では,教員の選考に試験の総合点以外の要素を加味すべきであるとの考え方に対して上記教育委員会が確固とした方針を示してこなかったことや,上記返納命令に基づく返納の実現が必ずしも確実ではなかったこと等の抽象的な事情のみから直ちに上記求償権のうち上記返納に係る額に相当する部分を行使しないことが違法な怠る事実に当たるとはいえないとした原審の判断には,違法がある。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87074

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/074/087074_hanrei.pdf

大分県教育委員会(以下「県教委」という。)の職員らは,教員採用試験において受験者の得点を操作するなどの不正(以下「本件不正」という。)を行い,大分県(以下「県」という。)は,これにより不合格となった受験者らに対して損害賠償金を支払った。本件は,県の住民である上告人らが,被上告人を相手に,被上告人が本件不正に関与した者に対する求償権を行使しないことが違法に財産の管理を怠るものであると主張し,地方自治法242条の2第1項3号に基づく請求(以下「3号請求」という。)として,本件不正に関与したと上告人らが主張するE,F等に対する求償権行使を怠る事実の違法確認を求めるとともに,同項4号に基づく請求(以下「4号請求」という。)として,本件不正に関与したA,B,C及びD並びにE及びFに対する求償権に基づく金員の支払を請求することを求める住民訴訟である。

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3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,上告人らのA,B夫妻及びD(「Aら」)に関する4号請求並びに上告人X1及び同X2(「上告人X1ら」)のE及びF(「Eら」)に関する3号請求及び4号請求をいずれも棄却すべきものとした。

県教委には,従前から,小・中学校教諭の選考に試験の総合点以外の要素を加味すべきであると考える幹部職員が存在するなどの事情があり,県教委がこれに対して確固とした方針を示してこなかったことが本件不正の土壌となったことは否定し得ず,県教委には本件不正について一定の責任がある。また,公務員の退職手当には賃金の後払いという性格があること等をも考慮すると,求償権の行使に当たり,退職手当の返納や不支給の事実を合理性の認められる限度で考慮することは許容されるところ,Aが本件返納命令を受けたのは退職手当の支給を受けてから2年が経過した後であり,返納の実現は必ずしも確実ではなかった。したがって,本件返納額を求償権行使に当たって考慮することは,過失相殺又は信義則上の制限として合理性を有するから,県がこれに相当する額を求償しないことは違法ではない。

そうすると,県が本件不正に関与した者に対して求償すべき金額は上記2(7)の947万9488円であり,これは同(8)の各弁済及び寄附によってその全額が回収されているから,県がAらに対して求償すべき金額はなく,また,県がEらに対する求償権を取得したか否かについては判断をする必要がない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係等によれば,本件不正は,教育審議監その他の教員採用試験の事務に携わった県教委の職員らが,現職の教員を含む者から依頼を受けて受験者の得点を操作するなどして行われたものであったところ,その態様は幹部職員が組織的に関与し,一部は賄賂の授受を伴うなど悪質なものであり,その結果も本来合格していたはずの多数の受験者が不合格となるなど極めて重大であったものである。そうすると,Aに対する本件返納命令や本件不正に関与したその他の職員に対する退職手当の不支給は正当なものであったということができ,県が本件不正に関与した者に対して求償すべき金額から本件返納額を当然に控除することはできない。また,教員の選考に試験の総合点以外の要素を加味すべきであるとの考え方に対して県教委が確固とした方針を示してこなかったことや,本件返納命令に基づく返納の実現が必ずしも確実ではなかったこと等の原審が指摘する事情があったとしても,このような抽象的な事情のみから直ちに,過失相殺又は信義則により,県による求償権の行使が制限されるということはできない。

したがって,上記の事情があることをもって上記求償権のうち本件返納額に相当する部分を行使しないことが違法な怠る事実に当たるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

5 以上のとおりであるから,論旨は理由があり,原判決中,上告人らのAらに関する4号請求並びに上告人X1らのEらに関する3号請求及び4号請求に関する部分は破棄を免れない。そして,県の教員採用試験において不正が行われるに至った経緯や,本件不正に対する県教委の責任の有無及び程度,本件不正に関わった職員の職責,関与の態様,本件不正発覚後の状況等に照らし,県による求償権の行使が制限されるべきであるといえるか否か等について,更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。