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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 市の住民が市長に対し損失補償契約に基づく金融機関等への公金の支出の差止めを求める訴えが不適法とされた事例

平成23年10月27日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
市が法人の債権者である金融機関等との間で損失補償契約を締結した場合において,市の住民が市長に対し上記契約に基づく上記金融機関等への公金の支出の差止めを求める訴えは,当該法人が清算手続に移行しており,市が損失補償を約した当該法人の債務が全額弁済されたという事実関係の下においては,不適法である。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81729

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/729/081729_hanrei.pdf

 1 本件は,長野県南安曇郡三郷村及び合併により同村を承継した同県安曇野市(「市」)が,同村が過半を出資して設立された株式会社に融資した複数の金融機関等との間で,上記融資によって上記金融機関等に生ずべき損失を補償する旨の契約(「本件各契約」)を締結したことにつき,市の住民である被上告人が,本件各契約は「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(「財政援助制限法」)3条に違反して無効であると主張して,上告人に対し,地方自治法242条の2第1項1号等に基づき,本件各契約に基づく上記金融機関等への公金の支出の差止め等を求める事案である。なお,上記金融機関等のうちA農業協同組合は,当審において上告人を補助するため訴訟に参加する旨の申出をするとともに上告をしたが,後に上記申出を取り下げた。

 2 上告補助参加代理人の上告理由について
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由に該当しない。

 3 職権による検討
記録によれば,上記株式会社は原判決言渡し後に清算手続に移行しており,当該手続において,同社の債務のうち市が本件各契約によって損失の補償を約していた部分については,既に上記金融機関等に全額弁済されたことが認められるから,市が将来において本件各契約に基づき上記金融機関等に対し公金を支出することとなる蓋然性は存しない。そうすると,本件においては,地方自治法242条の2第1項1号に基づく差止めの対象となる行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるとはいえないことが明らかである。
 したがって,被上告人が上告人に対し本件各契約に基づく上記金融機関等への公金の支出の差止めを求める訴えは,不適法というべきである。上記訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であることに帰するから,原判決中同請求に係る部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消し,上記訴えを却下すべきである。そして,上記訴えは,不適法でその不備を補正することができないものであるから,当裁判所は,口頭弁論を経ないで上記の判決をすることとする。他方,その余の本件上告は上記2の理由により棄却すべきである。

 4 なお,付言するに,地方公共団体が法人の事業に関して当該法人の債権者との間で締結した損失補償契約について,財政援助制限法3条の規定の類推適用によって直ちに違法,無効となる場合があると解することは,公法上の規制法規としての当該規定の性質,地方自治法等における保証と損失補償の法文上の区別を踏まえた当該規定の文言の文理,保証と損失補償を各別に規律の対象とする財政援助制限法及び地方財政法など関係法律の立法又は改正の経緯,地方自治の本旨に沿った議会による公益性の審査の意義及び性格,同条ただし書所定の総務大臣の指定の要否を含む当該規定の適用範囲の明確性の要請等に照らすと,相当ではないというべきである。上記損失補償契約の適法性及び有効性は,地方自治法232条の2の規定の趣旨等に鑑み,当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する当該地方公共団体の執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かによって決せられるべきものと解するのが相当である。