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 差止めの訴えの訴訟要件である「行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があること」を満たさない場合における,将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟の適否

令和元年7月22日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は,差止めの訴えの訴訟要件である「行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があること」を満たさない場合には,不適法である。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=88816

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/816/088816_hanrei.pdf

 

1(1) 本件は,陸上自衛官である被上告人が,我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態に際して内閣総理大臣自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる旨を規定する自衛隊法76条1項2号の規定は憲法に違反すると主張して,上告人を相手に,被上告人が同号の規定による防衛出動命令(「本件防衛出動命令」)に服従する義務がないことの確認を求める事案である。

(2) 本件防衛出動命令は,組織としての自衛隊に対する命令であって,個々の自衛官に対して発せられるものではなく,これにより防衛出動をすることとなった部隊又は機関における職務上の監督責任者が,当該部隊等に所属する個々の自衛官に対して当該防衛出動に係る具体的な職務上の命令(「本件職務命令」)をすることとなる。したがって,本件訴えは,被上告人が本件職務命令に服従する義務がないことの確認を求めるものと解される。

2 原審は,本件訴えは,本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令ひいては本件防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えの形式に引き直した無名抗告訴訟抗告訴訟のうち行政事件訴訟法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないものをいう。以下同じ。)であるとした上で,要旨次のとおり判断し,本件訴えを不適法として却下した第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻した。
本件訴えは,差止めの訴えの訴訟要件である,一定の処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること(同法37条の4第1項)及びその損害を避けるため他に適当な方法があるときではないこと(同項ただし書)の各要件をいずれも満たすから,適法である。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

本件訴えは,本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の予防を目的として,本件職務命令に基づく公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟であると解されるところ,このような将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は,当該処分に係る差止めの訴えと目的が同じであり,請求が認容されたときには行政庁が当該処分をすることが許されなくなるという点でも,差止めの訴えと異ならない。また,差止めの訴えについては,行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められること等が本案要件(本案の判断において請求が認容されるための要件をいう。以下同じ。)とされており(行政事件訴訟法37条の4第5項),差止めの訴えに係る請求においては,当該処分の前提として公的義務の存否が問題となる場合には,その点も審理の対象となることからすれば,上記無名抗告訴訟は,確認の訴えの形式で,差止めの訴えに係る本案要件の該当性を審理の対象とするものということができる。そうすると,同法の下において,上記無名抗告訴訟につき,差止めの訴えよりも緩やかな訴訟要件により,これが許容されているものとは解されない。そして,差止めの訴えの訴訟要件については,救済の必要性を基礎付ける前提として,一定の処分がされようとしていること(同法3条7項),すなわち,行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることとの要件(以下「蓋然性の要件」という。)を満たすことが必要とされている。

したがって,将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は,蓋然性の要件を満たさない場合には不適法というべきである。

原審は蓋然性の要件を満たすものか否かの点を検討することなく本件訴えを適法としたものといわざるを得ない。

4 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。論旨は理由があり,その余の判断の当否を検討するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,上記の点等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。