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医療法(平成12年法律第141号による改正前のもの)30条の7の規定に基づき都道府県知事が病院を開設しようとする者に対して行う病床数削減の勧告と抗告訴訟の対象

平成17年10月25日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
医療法(平成12年法律第141号による改正前のもの)30条の7の規定に基づき都道府県知事が病院を開設しようとする者に対して行う勧告で,開設申請に係る病床数の病院が開設されると医療計画によって定まっている当該区域における必要病床数を超えることを理由として当該病院の病床数を削減することを求めるものは,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる。(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62587

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/587/062587_hanrei.pdf

 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,茨城県土浦市内において病院の開設を計画し,被上告人に対し,平成11年10月4日付けで,病床数を308床とする病院の開設に係る医療法(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)7条1項の許可の申請(「本件申請」)をした。
 (2) 被上告人は,上告人に対し,同年12月9日付けで,医療法30条の7の規定に基づき,本件申請に係る病院の開設に関し,病床数を308床から60床に削減するよう勧告した(「本件勧告」)。本件勧告は,本件申請に係る病床数によって病院が開設された場合,茨城県保健医療計画が設定している土浦保健医療圏の区域における病床数が,同計画が定める同区域における必要病床数を超えることになるという理由によるものであった。しかしながら,上告人は,本件勧告に従わなかった。
 (3) 被上告人は,上告人に対し,同12年1月28日付けで,本件申請について許可する旨の処分をした。

 2 本件は,上告人が,本件勧告は違法であり,本件勧告に従わない場合は病床数を308床として保険医療機関の指定を受けることができなくなると主張して,被上告人に対し,本件勧告の取消しを請求する事案である。

 3 原審は,次のとおり判断し,本件訴えを却下すべきものとした。 医療法30条の7に基づく勧告は,医療計画の達成を推進するため,病院の開設等についてされる行政指導にすぎない。健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)43条ノ3第4項は,上記の勧告を受けたにもかかわらずこれに従わない場合,保険医療機関指定の申請に係る病床の全部又は一部を除いて指定を行うことができる旨規定しているが,行政庁には,同項に基づき病床数を制限して指定をするか否かの裁量があり,上記の勧告に従わなかった場合,法律上当然に病床数を制限して指定を行うという仕組みにはなっていない。したがって,本件勧告は,行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらない。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 医療法は,病院を開設しようとするときは,開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨定めているところ(7条1項),都道府県知事は,一定の要件に適合する限り,病院開設の許可を与えなければならないが(同条4項),医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には,都道府県医療審議会の意見を聴いて,病院開設申請者等に対し,病院の開設,病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして,医療法上は,上記勧告に従わない場合にも,そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。
 他方,健康保険法43条ノ3第1項は,保険医療機関の指定は,病院等の開設者の申請があるものについて都道府県知事が行う旨を規定し,同条4項2号は,申請に係る病床の種別に応じ,医療法7条の2第1項に規定する地域における保険医療機関の病床の数が,その指定により同法30条の3第1項に規定する医療計画において定める必要病床数を勘案して厚生大臣の定めるところにより算定した数を超えることになると認める場合(その数を既に超えている場合を含む。)であって,当該病院の開設者等が同法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わないときには,申請に係る病床の全部又は一部を除いて指定を行うことができる旨を規定している。平成10年法律第109号による改正前の健康保険法43条ノ3には,上記の規定はなく,同条2項が,都道府県知事は「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」には保険医療機関等の指定を拒むことができる旨を規定しており,医療法30条の7の規定に基づき都道府県知事が勧告を行ったにもかかわらず,これに従わずに病院開設がされ,保険医療機関の指定申請がされた場合には,前記の「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するものとして,保険医療機関の指定を拒否することができるという取扱いがされていた。これを踏まえて,健康保険法43条ノ3第4項2号は,医療法30条の7の規定に基づく病院の開設に関する勧告を受けた者がそれに従わないときには,必ずしも申請どおりには保険医療機関の指定が得られないことを明らかにする趣旨で設けられたものと解される。
 (2) 上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと,医療法30条の7の規定に基づく勧告で開設申請に係る病院の病床数の削減を内容とするものは,医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められてはいるけれども,当該勧告を受けた者に対し,これに従わない場合には,相当程度の確実さをもって,病院を開設しても削減を勧告された病床を除いてしか保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものというべきである。そして,いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては,健康保険,国民健康保険等を利用しないで病院を受診する者はほとんどなく,保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから,削減を勧告された病床を除いてしか保険医療機関の指定を受けることができない場合には,実際上当該病床を設けることができない不利益を受けることになる。このような医療法30条の7の規定に基づく上記勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると,この勧告は,行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。
後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても,そのことは上記の結論を左右するものではない。
 したがって,本件勧告は,行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。

 5 以上と異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,第1審判決を取り消し,本件を第1審に差し戻すべきである。