心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による医療の終了の申立て及び退院の許可の申立て各棄却決定に対する各抗告棄却決定に対する再抗告事件
平成29年12月25日最高裁判所第一小法廷決定
裁判要旨
1 最高裁判所は,心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律の再抗告事件において,同法70条1項所定の理由が認められない場合であっても,原決定に同法64条所定の抗告理由が認められ,これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められるときは,職権により原決定を取り消すことができる。
2 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律による入院決定を受けた対象者からの同法による医療の終了の申立て及び指定入院医療機関の管理者からの退院の許可の申立ての審判において,治療可能性が認められないという前記管理者の意見を,必要に応じた適宜の調査を行うことなく,また,入院決定時の判断を前記意見に優先させるべき理由を十分に説明することもなく,直ちに排斥したなどの事情(判文参照)の下では,各申立てを棄却した各原々決定及びこれを維持した各原決定には,同法51条1項の解釈適用を誤り,前記意見の合理性・妥当性の審査を尽くすことなくこれを排斥した点において,審理不尽の違法がある。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87355
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/355/087355_hanrei.pdf
所論に鑑み,職権により調査すると,各原決定及び各原々決定は,以下の理由により,取消しを免れない。
1 事実関係
各原決定が是認する各原々決定及び記録によれば,本件の事実関係は以下のとおりである。
(1) 検察官は,対象者が夫と共に居住していた自宅を焼損したが,その際心神耗弱の状態にあったと認めて公訴を提起しない処分をし,福岡地方裁判所に対して,前記行為を対象行為として対象者について医療観察法33条1項の申立てをした。同法37条に基づく鑑定において,対象者の精神医学的主診断は,アルコール乱用による残遺性及び遅発性の精神病性障害,人格あるいは行動の障害であり,対象者は,元来あった情緒不安定性パーソナリティ障害に,脳器質的な人格水準低下,知的機能低下が加わった状態にあって,知能検査結果は中度知的障害の領域にあるとされた。また,同鑑定において,薬物療法は情動の易変性,易刺激性に対して部分的に効果があるが,短絡的な思考や衝動性の改善は不十分であり,対象者に対しては,服薬の継続と合わせて,心理社会的な治療を並行して試みることが必要であるなどと述べられ,通院による処遇を行うことが相当とされた。福岡地方裁判所は,平成29年1月6日,同鑑定と同旨の精神障害を認定した上で,今後服薬を継続するとともに心理社会的な治療を受けることによりその改善の見込みがあり,対象者に対しては手厚い医療が必要であるなどとし,通院による医療の確保は困難であるとして,対象者に対し,入院による医療を受けさせる旨決定した。
(2) 原々審に対して,同年6月20日,対象者から医療観察法による医療の終了の申立てがされ,同月21日には指定入院医療機関の管理者から退院の許可の申立てがされた。退院の許可の申立ての理由は,対象者については,薬物療法に部分的に効果が認められるものの,前頭葉側頭葉を中心にした高度の萎縮や中度知的障害が認められ,記憶障害及び認知機能の低下等があり,指導や教育が困難で,心理社会的な治療による状態改善はこれ以上見込めないことなどから,治療可能性が認められず,医療観察法による医療の必要性が認められない,というものであった(以下,この指定入院医療機関の管理者の意見を「本件意見」という。)。また,保護観察所長の意見は,医療観察法による処遇が終了した場合でも本人の病状等に応じた適切かつ継続的な医療及び生活支援の確保が可能であり,医療終了が相当である,というものであった。
(3) 原々審は,各申立てを棄却したが(各原々決定),審判期日を開くことはなく,新たに医療観察法52条に基づく鑑定を行うこともなかった。記録上,原々審において,事実の取調べとして指定入院医療機関の管理者等の関係者から意見を聴いた形跡や,関係者と一堂に会しての打合せ(「カンファレンス」)が行われた形跡もうかがわれない。各原々決定の理由は,元々対象者に対する心理社会的な治療が容易でないことは想定されていたが,それでも入院決定は医療観察法による入院医療を受けさせることにより対象者の精神障害につき改善の見込みがあると判断したものであること,対象者の精神障害やその程度は入院決定当時に考えられたものと変わらず,その症状もおおむね入院決定当時に想定されていたとおりの状況が続いていたことからすると,わずか半年ほどの入院治療を踏まえて,もはや対象者には治療可能性がないと判断することにはちゅうちょを感じざるを得ず,特段の事情変更がない限り,時間をかけて治療可能性を見極めるために入院治療を継続する必要がある,などというものであった。
(4) 対象者及び指定入院医療機関の管理者がそれぞれ抗告を申し立てたが,原審は,各原々決定と同旨の判断を示して各抗告を棄却した(各原決定)。対象者及び指定入院医療機関の管理者がそれぞれ再抗告を申し立てた。
2 当裁判所の判断
(1) 最高裁判所は,医療観察法の再抗告事件において,同法70条1項所定の理由が認められない場合であっても,原決定に同法64条所定の抗告理由が認められ,これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められるときは,職権により原決定を取り消すことができると解すべきである。
(2) 原々審は,入院決定が治療可能性を認めたにもかかわらず,本件意見が,半年ほどの入院治療により,対象者の精神障害やその程度,症状に特段の変化がないのに治療可能性が認められないとしたことから,入院決定時に念頭に置かれていた治療が十分に行われたとはいえない,と判断したものと解される。しかし,仮にそのような場合であっても,原々審は,裁判所が退院の許可の申立て等に対する判断を行う際に指定入院医療機関の管理者の意見等を基礎としなければならないとする医療観察法51条1項の趣旨を踏まえて,本件意見が現在の対象者の状態や治療可能性について述べるところの合理性・妥当性を審査すべきであった。この審査に当たり,原々審は,必要に応じてカンファレンス等を通じて指定入院医療機関の管理者等から本件意見の趣旨や根拠を聴取するなど,関係者との十分な意見交換を行い,更に必要性が認められれば,新たに鑑定を命じる,審判期日を開くなどの適宜の調査を行うべきであった。しかるに,原々審は,このような調査を行うことなく,また,入院決定時の判断を本件意見に優先させるべき理由を十分に説明することもなく,直ちに本件意見を排斥したものである。
これらの事情に照らすと,各原々決定には,医療観察法51条1項の解釈適用を誤り,本件意見の合理性・妥当性の審査を尽くすことなくこれを排斥した点において,審理不尽の違法があり,これを維持した各原決定にも同様の違法があるというべきであって,この違法は各原決定に影響を及ぼし,各原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,医療観察法71条2項により,各原決定及び各原々決定を取り消し,現在の対象者の状態や治療可能性等に関する審理を尽くした上で同法による医療の終了等の可否を判断させるため,各事件を原々審である熊本地方裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。