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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

株式会社の株式の相当数を保有する株主が当該株式会社の株式等の公開買付けを行い,その後に当該株式会社の株式を全部取得条項付種類株式とし,当該株式会社が同株式の全部を取得する取引において,上記公開買付けが一般に公正と認められる手続により行われた場合における会社法172条1項にいう「取得の価格」

平成28年7月1日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
株式会社の株式の相当数を保有する株主が当該株式会社の株式等の公開買付けを行い,その後に当該株式会社の株式を全部取得条項付種類株式とし,当該株式会社が同株式の全部を取得する取引において,独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど当該株主又は当該株式会社と少数株主との間の利益相反関係の存在により意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ,公開買付けに応募しなかった株主の保有する上記株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われ,その後に当該株式会社が上記買付け等の価格と同額で全部取得条項付種類株式を取得した場合には,上記取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り,裁判所は,上記株式の取得価格を上記公開買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85989

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/989/085989_hanrei.pdf

 

1 本件は,平成28年(許)第4号抗告人・同第5号ないし第20号相手方(「抗告人」)による全部取得条項付種類株式の取得に反対した抗告人の株主である同第4号相手方ら・同第5号ないし第20号抗告人(「相手方ら」)が,会社法172条1項(平成26年法律第90号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,全部取得条項付種類株式の取得の価格(「取得価格」)の決定の申立てをした事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 抗告人は,平成22年6月当時,その発行する普通株式(「本件株式」)を大阪証券取引所のJASDAQスタンダード市場に上場していたが,A及びBが合計して抗告人の総株主の議決権の70%以上を直接又は間接に有していた。

(2) A及びBは,両社で抗告人の株式を全部保有することなどを計画し,A,B外1社は,平成25年2月26日,買付予定数を180万1954株,買付期間を同月27日から同年4月10日まで(30営業日),買付価格を1株につき12万3000円(「本件買付価格」)として本件株式及び抗告人の新株予約権(「本件株式等」)の全部の公開買付け(「本件公開買付け」)を行う旨,本件株式等の全部を取得できなかったときは,抗告人において本件株式を全部取得条項付種類株式とすることを内容とする定款の変更を行うなどして同株式の全部を本件買付価格と同額で取得する旨を公表した。
抗告人は,上記の公表に先立ち,本件公開買付けに関する意思決定過程からA及びBと関係の深い取締役を排除し,両社との関係がないか,関係の薄い取締役3人の全員一致の決議に基づき意思決定をした。また,抗告人は,法務アドバイザーに選任したC法律事務所から助言を受け,財務アドバイザーに選任したD証券株式会社から,本件株式の価値が1株につき12万3000円を下回る旨の記載のある株式価値算定書を受領するとともに,本件買付価格は妥当である旨の意見を得ていた。さらに,抗告人は,有識者により構成される第三者委員会から,本件買付価格は妥当であると認められる上,株主等に対する情報開示の観点から特段不合理な点は認められないなどの理由により,本件公開買付けに対する応募を株主等に対して推奨する旨の意見を表明することは相当である旨の答申を受けて,同年2月26日,同答申のとおり本件公開買付けに対する意見を表明した。

(3) 平成25年6月28日に開催された抗告人の株主総会において次のアからウまでの決議がされ,併せて,同日開催された普通株式の株主による種類株主総会においてイの決議がされた(「本件総会」)。

ア 残余財産の分配についての優先株式であるA種種類株式を発行することができる旨定款を変更する。

イ 抗告人の普通株式を全部取得条項付種類株式とし,抗告人がこれを取得する場合,その対価として全部取得条項付種類株式1株につきA種種類株式69万4478分の1株の割合をもって交付する旨定款を変更し,この変更の効力発生日を平成25年8月2日とする。

ウ 抗告人は,取得日を平成25年8月2日と定めて,全部取得条項付種類株式の全部を取得する。

(4) 平成25年8月2日,前記(3)イの定款変更の効力が生じ,抗告人は,同日,全部取得条項付種類株式の全部を取得した。

(5) 相手方らは,本件総会に先立ち,前記(3)の各決議に係る議案に反対する旨を抗告人に通知し,かつ,本件総会において,同議案に反対した。そして,相手方らは,会社法172条1項所定の期間内に,取得価格の決定の申立てをした。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,相手方らが有していた別紙保有株式数一覧表記載の全部取得条項付種類株式の取得価格をいずれも1株につき13万0206円とすべきものとした。
本件買付価格は,基本的に株主の受ける利益が損なわれることのないように公正な手続により決定されたものであり,本件公開買付け公表時においては公正な価格であったと認められるものの,その後の各種の株価指数が上昇傾向にあったことなどからすると,取得日までの市場全体の株価の動向を考慮した補正をするなどして本件株式の取得価格を算定すべきであり,本件買付価格を本件株式の取得価格として採用することはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 株式会社の株式の相当数を保有する株主(「多数株主」)が当該株式会社の株式等の公開買付けを行い,その後に当該株式会社の株式を全部取得条項付種類株式とし,当該株式会社が同株式の全部を取得する取引においては,多数株主又は上記株式会社(「多数株主等」)と少数株主との間に利益相反関係が存在する。

しかしながら,独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ,公開買付けに応募しなかった株主の保有する上記株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われた場合には,上記公開買付けに係る買付け等の価格は,上記取引を前提として多数株主等と少数株主との利害が適切に調整された結果が反映されたものであるというべきである。

そうすると,上記買付け等の価格は,全部取得条項付種類株式の取得日までの期間はある程度予測可能であることを踏まえて,上記取得日までに生ずべき市場の一般的な価格変動についても織り込んだ上で定められているということができる。

上記の場合において,裁判所が,上記買付け等の価格を上記株式の取得価格として採用せず,公開買付け公表後の事情を考慮した補正をするなどして改めて上記株式の取得価格を算定することは,当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず,本来考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定するものであり(最高裁平成27年3月26日第一小法廷決定),原則として,裁判所の合理的な裁量を超えたものといわざるを得ない。

(2) したがって,多数株主が株式会社の株式等の公開買付けを行い,その後に当該株式会社の株式を全部取得条項付種類株式とし,当該株式会社が同株式の全部を取得する取引において,独立した第三者委員会や専門家の意見を聴くなど多数株主等と少数株主との間の利益相反関係の存在により意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ,公開買付けに応募しなかった株主の保有する上記株式も公開買付けに係る買付け等の価格と同額で取得する旨が明示されているなど一般に公正と認められる手続により上記公開買付けが行われ,その後に当該株式会社が上記買付け等の価格と同額で全部取得条項付種類株式を取得した場合には,上記取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り,裁判所は,上記株式の取得価格を上記公開買付けにおける買付け等の価格と同額とするのが相当である。

5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。抗告人の論旨は理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。
そして,以上に説示したところによれば,本件株式の取得価格は,抗告人の主張するとおり,原則として本件買付価格と同額となるものというべきであり,本件の一連の取引においてその基礎となった事情に予期しない変動が生じたとは認められない。したがって,原々決定を取り消し,相手方らが有していた別紙保有株式数一覧表記載の抗告人の全部取得条項付種類株式の取得価格をいずれも1株につき12万3000円とすることとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官小池裕の補足意見がある。