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Xの開発,製造したゲーム機を順次XからY,YからAに販売する旨の契約が締結に至らなかった場合においてYがXに対して契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任を負うとされた事例

平成19年2月27日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
XがAの意向を受けて開発,製造したゲーム機を順次XからY,YからAに継続的に販売する旨の契約が,締結の直前にAが突然ゲーム機の改良要求をしたことによって締結に至らなかった場合において,Yが,開発等の続行に難色を示すXに対し,Aから具体的な発注を受けていないにもかかわらず,ゲーム機200台を発注する旨を口頭で約したり,具体的な発注内容を記載した発注書及び条件提示書を交付するなどし,ゲーム機の売買契約が確実に締結されるとの過大な期待を抱かせてゲーム機の開発,製造に至らせたなど判示の事情の下では,Yは,Xに対する契約準備段階における信義則上の注意義務に違反したものとして,これによりXに生じた損害を賠償する責任を負う。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/183/034183_hanrei.pdf

 1 本件は,上告人が,主位的請求として,被上告人との間で商品の継続的な製造,販売に係る契約が成立したにもかかわらず,被上告人が,商品の受領を拒み,代金の一部の支払をしなかったため,上告人において上記契約を解除したところ,これによって商品の開発費,製作費等相当額1億5937万3000円の損害を被ったと主張し,予備的請求として,被上告人には,上記契約の準備段階における信義則上の注意義務違反があり,これによって上記同額の損害を被ったと主張して,被上告人に対し,損害賠償を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要等は次のとおりである。

(1) ゲーム機等を販売する米国の会社であるA(「A」)は,平成8年ころから,米国等のカジノで普及している「パイゴウ(牌九)」と呼ばれるゲームに使用する牌を自動的に整列させる装置(「本件装置」)及びその専用牌(以下,本件装置と併せて「本件商品」という。)を開発することができる業者を探していたところ,平成9年4月23日,Bを通じて被上告人に対し,本件商品を開発する業者を手配し,Aに対して本件商品を供給することを委託した。これを受け,被上告人は,同年5月,上告人に対し,本件商品の開発が可能かどうかを打診した。

(2) 上告人は,本件商品の開発は可能であると判断し,本件商品の開発,製造等の発注があればこれを受けることとした。そして,上告人は,同年6月,Aの代表者であるC,被上告人の担当者であるD(国際・商品開発部担当付部長),Bの代表者らの訪問を受けて,開発費を最終的にA側が負担すること,少なくとも本件装置1000台の取引を目標とすること,本件装置は,カジノで使用されるため,長時間の連続稼働が可能な耐久性が必要であることなどを確認した上で,本件商品の開発に着手した。

(3) 上告人は,平成9年8月6日,本件装置の試作1号機を完成させ,これをC,Dらに示し,動作確認を経て,これらの者の間で開発の続行が合意された。
上告人は,C及びDから,それぞれ本件商品の開発費等に係る見積書の提出を要請されたが,本件商品の直接の取引相手は被上告人とすべきであると考え,同月18日,被上告人に対し,本件商品の開発費等を記載した見積書(「本件見積書」)を提出した。本件見積書には,開発費のうち被上告人負担分として960万円等が計上されていた。
これに対し,Dは,上告人に対し,被上告人が開発費を同年9月末日までに支払う旨を口頭で約したが,被上告人との間で本件商品の開発に係る契約書を交わしたいとする上告人の要望には応じなかった。このため,不安を感じた上告人代表者は,同月11日,開発作業を一時的に中止させたところ,Dは,同月24日,上告人に対し,「牌九開発費支払い確認書」と題する書面(「本件支払確認書」)を交付した。本件支払確認書には,被上告人が同年12月8日に開発費として960万円(消費税別)を支払う旨が記載されていた。

(4) 平成9年10月,Aの会長でCのスポンサーと名乗るEが,本件装置の試作機の視察のため上告人を訪問したが,開発を一時的に中止していた影響もあって試作2号機はうまく作動せず,専用牌の自動整列に要する処理速度にも問題があったため,Eは,上告人に対する不信感を抱き,上告人に対し,用意してきた開発費の支払をしなかった。その後,C,E,上告人代表者,D等による協議が行われ,A側から,上記処理速度の短縮等についての改良の要望が出され,同年12月までに改良が完成すれば,平成10年3月に米国で開催が予定されている展示会に出展すること,上記改良が完成しなければ,取引を白紙に戻すこと等の意向が示され,上告人側もこれを了承した。
その後,上告人は,試作2号機の処理速度の短縮等を行い,Dもこれを確認して承認したことから,本件装置の開発の続行が決まった。その後,Cも,試作2号機の動作確認をし,処理速度について了承した上で,上告人に対し,更に安定性と耐久性についての改良を要請した。

(5) 上告人は,平成9年11月,被上告人に対し,上告人が開発費を負担すること,専用牌の金型代金は,牌の販売利益によって償却すること及び本件装置1000台以上を受注することを前提として,本件装置の代金を1台20万円とすることなどを内容とする見積書を提出した。
Dは,上告人に対し,同年12月初めに契約の取りまとめを行う意向を示したが,契約書を取り交わすことを約束した日に上告人側に何らの連絡もせず,その後も,上告人との契約締結について明確な態度を取らなかった。このため,上告人代表者は,B代表者の仲介により,被上告人の専務取締役であるFと会談したところ,Fから,ここまできたら被上告人としても本件商品の取引を実現させるしかないとの意向を示されたことから,被上告人との間で契約が締結されることを信頼して開発を継続させることとした。

(6) しかしながら,その後も,Dは,上告人に対し,本件装置1000台の購入を確約することはできず,具体的な発注書を出すこともできないとの意向を示したため,上告人は,本件商品の開発,製造を継続するには銀行から融資を受ける必要があり,そのためにも被上告人からの正式な発注書が必要であるとして,被上告人に対して発注書の発行を要求した。これを受け,Dは,同月26日ころ,上告人に対し,被上告人が上告人に本件装置200台を発注することを提案し,本件装置を正式に発注することを口頭で約した。

(7) 上告人は,同月27日,本件装置に関する5つの発明について特許出願を行うとともに,特許権の帰属に関し,Cとの交渉を続けた。

(8) 被上告人は,平成10年1月21日,「発注書」と題する書面(「本件発注書」)を作成し,これを上告人に交付した。本件発注書には,上告人と被上告人との間の合意内容として,上告人において,本件装置1000台以上及びその専用牌を継続して販売することを目標とし,専用牌の金型代金は,牌の販売利益で償却すること,本件装置100台を1台26万円,専用牌7万組を1組1500円で発注すること,正式な売買契約書は後日作成すること等の記載がある。
また,Cも,Dとの交渉において本件発注書記載の取引条件を了承し,被上告人とAとの間においても,同日付けで同内容の覚書が交わされた。
もっとも,上告人と被上告人との間で,本件商品についての具体的な納期は定められず,その後も,被上告人は,上告人に対し,被上告人との間に取引口座を有していたBを経由して取引をしたいとの希望を伝え,被上告人との直接取引を求める上告人との間で折衝が続けられた。

(9) 上告人は,平成10年3月,本件装置の試作3号機2台をラスベガスで行われた展示会に出展した。同展示会において,同試作機は好評を博した。その後,上告人は,Cから要請された作動音の低減化と軽量化の改良を終え,Dの承認を得て,本件装置は,量産機として基本的に完成した。そして,上告人は,本件装置の部品のうち,納入に2か月を要するモーターを始め,本件装置100台分の部品等を外部発注し,本件商品の量産に備えた。

(10) しかし,その後も,被上告人は,Cからの具体的な発注がないことを理由に,上告人に対して納入スケジュール等を示さなかったため,上告人代表者は,被上告人の上記対応に憤慨し,同年6月4日,被上告人に対し,本件商品の契約締結の見込みが立たないのであれば,本件商品の開発にこれ以上時間と費用を費やすことはできない旨を伝え,しかるべき返答を求めたところ,被上告人は,同月16日,上告人に対し,「全自動牌九の取引について」と題する書面(「本件条件提示書」)を送付し,平成10年7月から平成11年4月までの10か月間本件装置を毎月30台発注すること,その単価を30万円とすることなどを内容とする提案をした。
上告人代表者は,被上告人の上記提案を本件商品の増加発注及び納入スケジュールの提示であると考え,平成10年6月17日,単価を40万円としたい旨を回答するなどし,以降,上告人と被上告人との間で,条件交渉が続けられた。

(11) 上告人は,平成10年6月末までに本件装置の量産機の開発を終えた。Cは,同年7月1日,量産機の動作確認を行い,作動音の低減化や軽量化についても承認した。
また,上告人は,同月上旬ころまでには,専用牌を製造するために必要な金型2台を完成させた。

(12) 上告人は,同月までに,本件装置の量産機30台及び専用牌3600組(「7月分商品」)を製造して,被上告人の指示した場所に搬入し,被上告人の意向に従い,Bあての納品書及び請求書を発行した。
さらに,上告人は,同年8月,量産機30台を製造した。

(13) 本件商品の販売に関しては,上告人,被上告人,A及びBの間で,上告人がBを経由して被上告人に本件商品を販売し,被上告人がこれをAに販売するという取引の流れが合意された。
その上で,上記4社は,同年7月1日,「牌九の条件合意書」と題する書面を作成し,本件装置の単価を30万円又は31万円とすること,専用牌の単価を1600円とすること,代金は,当該月に納入した分について当該月内に支払うこととすることなどを最終的に合意した。さらに,上告人と被上告人は,同月中に,上記合意を踏まえ,上記4社間での契約(以下「4社契約」という。)を締結することを合意した。
その後,上記4社は,4社契約の具体的な条項を検討し,同年8月17日までに,その案文が完成した。同案文には,上記4社について,上告人は,Aの発案の下で本件商品を開発,製造する位置を,Bは,上告人から被上告人に取次供給する位置を,被上告人は,Aに本件商品を販売する位置を,Aは,本件商品の発案委託者として総販売代理権者の地位をそれぞれ取得すること,4社契約締結の月から10か月間,毎月30台の取引を行うこと,本件商品の仕様,販売価格等が記載されていた。

(14) そして,平成10年8月17日,4社契約締結のため,上告人担当者,D,CがBの事務所に集まったが,Cが,突然,既に製造済みの60台を含めて本件装置のテーブルへの取付位置を約5㎝低くすること,牌の投入口を広くすることなどの仕様変更を要求したことから,同日は4社契約の締結に至らなかった。
上告人は,Cの要求に応じるためには,本件装置の内部の構造変更が必要であり,基本設計から修正する必要があると判断し,同月18日の再交渉において,上記要求を拒絶したが,Cは,仕様変更がされなければ商品として通用しないと主張し,Dも,上記要求に沿って検討することもやむを得ないとの態度を示した。上告人代表者は,Cの態度に憤慨し,強い調子でCを非難して席を立ち,Cもこれに憤慨して,Dらの取り成しにもかかわらず,滞在先に帰ってしまったため,上記交渉(「本件4社交渉」)は決裂した。

(15) 同月19日以降,上告人の担当者は,上記要求に応じる方向で検討を行うとともに,被上告人,Bとの間で,4社契約の締結に向けた交渉を続けた。
その後,上告人は,同年9月16日を支払期限とする手形の決済に7月分商品の代金1549万8000円を充てることを予定していたことから,被上告人に対し,納入済みの本件商品の現金化を懇請したところ,Dは,Cに対して7月分商品の購入代金の支払を了承させるとともに,被上告人がこれを取り次ぐのではなく,取引関係のあるGに,Cと上告人との間の取次を依頼し,その承諾を得て,上告人に対してGあての納品書及び請求書を発行するよう指示した。そして,Gは,同年9月14日,上告人に対し,上記の手形決済に必要であった1000万円を支払った。

(16) Gは,同月17日,上告人に対し,7月分商品に関し,Gが被上告人の業務を代行する形で取引の当事者となった旨を記載した覚書を送付し,これに上告人代表者の署名が得られた時点で7月分商品の残代金を支払う旨連絡したが,上告人は,Gが7月分商品の取引の当事者となることに納得せず,同月18日,被上告人に対し,本件発注書に記載された本件装置100台及びその専用牌の売買契約及び10か月間,本件装置を毎月30台ずつ発注する旨の基本契約(「本件基本契約」)が成立していたことを前提に,開発費や納入済みの本件商品の代金等として4619万6000円の支払を求めるとともに,不払の場合には,被上告人の債務不履行を理由として,本件装置100台のうち未製造の40台及びその専用牌についての売買契約及び本件基本契約を解除する旨通知し,その後,上告人と被上告人との間の4社契約を前提とする交渉は最終的に決裂した。

3 原審は,前記事実関係の下において,本件基本契約の成立を否定して上告人の主位的請求を棄却すべきものとするとともに,次のとおり判示して,上告人の予備的請求を棄却した。
本件4社交渉において4社契約が締結されるに至らなかったのは,A代表者のCが時機に後れて新たに本件装置の改良を要求したためであり,被上告人は,Cが本件商品の買受けを承諾しないのに,上告人との間で本件商品の売買契約を成立させるわけにはいかない立場にあったのであるから,被上告人が,上告人との間で,本件基本契約を締結するに至らなかったとしても,信義則に違反するとまでは認められないし,4社契約が締結に至らなかったことについて,Cの行為を被上告人の行為と同視することもできないから,被上告人に責任があるということはできない。
また,上告人,被上告人とも,Cからの上記改良の要求により本件4社交渉が決裂した後も4社契約の締結に向けて努力する意向を示していたにもかかわらず,4社契約が締結に至らなかった原因は,上告人が,7月分商品の買主がGとされることに不満を持ち,被上告人には4社契約又は本件基本契約を締結する意思がないものと考え,被上告人に対し,契約解除の通知をしたことによるものである。しかし,Gは,7月分商品の売買契約に限って買主となったものにすぎず,上告人も,Gから代金のうち1000万円の支払を受けていたのであって,被上告人の上記対応が,特に信義則に違反するものとはいえない。
したがって,上告人が,被上告人に対し,被上告人が契約の締結を拒否したことを理由として損害賠償を請求することはできない。

4 しかしながら,上記予備的請求に係る原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,上告人は,被上告人との間で本件商品の開発,製造に係る契約が締結されずに開発等を継続することに難色を示していたところ,被上告人は,上告人に本件商品の開発等を継続させるため,Aから本件商品の具体的な発注を受けていないにもかかわらず,被上告人が上告人との間の契約の当事者になることを前提として,平成9年12月26日ころ,上告人に対し,本件装置200台を発注することを提案し,これを正式に発注する旨を口頭で約し,平成10年1月21日に,本件装置100台を発注する旨等を記載した本件発注書を交付し,同年6月16日に,本件装置を10か月間,毎月30台を発注する旨等の提案をした本件条件提示書を送付するなどし,このため,上告人は,本件装置100台及び専用牌の製造に要する部品を発注し,専用牌を製造するために必要な金型2台を完成させるなど,相応の費用を投じて本件商品の開発,改良等の作業を進め,7月分商品を製造し,これを被上告人に対して納入したというのである。
これらの事実関係に照らすと,被上告人の上記各行為によって,上告人が,被上告人との間で,本件基本契約又はこれと同様の本件商品の継続的な製造,販売に係る契約が締結されることについて強い期待を抱いたことには相当の理由があるというべきであり,上告人は,被上告人の上記各行為を信頼して,相応の費用を投じて上記のような開発,製造をしたというべきである。
そうすると,被上告人は,一面で原審が指摘するような立場にあったとしても,Aから本件商品の具体的な発注を受けていない以上,最終的に被上告人とAとの間の契約が締結に至らない可能性が相当程度あるにもかかわらず,上記各行為により,上告人に対し,本件基本契約又は4社契約が締結されることについて過大な期待を抱かせ,本件商品の開発,製造をさせたことは否定できない。

上記事実関係の下においては,上告人も,被上告人も,最終的に契約の締結に至らない可能性があることは,当然に予測しておくべきことであったということはできるが,被上告人の上記各行為の内容によれば,これによって上告人が本件商品の開発,製造にまで至ったのは無理からぬことであったというべきであり,被上告人としては,それによって上告人が本件商品の開発,製造にまで至ることを十分認識しながら上記各行為に及んだというべきである。

したがって,被上告人には,上告人に対する関係で,契約準備段階における信義則上の注意義務違反があり,被上告人は,これにより上告人に生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。

本件4社交渉は,Cが新たな改良を要求したことに端を発して決裂し,その後の上告人と被上告人とのやりとりの中で4社契約の締結に向けた交渉が最終的に決裂したものであるが,上記交渉決裂の主たる原因は,被上告人に本件商品の開発業者の手配を委託し,終始被上告人に本件商品の開発に関する指示をしていたAの代表者であるCが時機に後れた改良要求をしたことにあるというべきであり,上告人にも上記交渉決裂の責任の一端があるとしても,上記交渉決裂の経緯は,被上告人の上記責任を免れさせることにはならない。
これと異なる見解に立って,被上告人には上記注意義務違反がないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人の予備的請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上記注意義務違反によって上告人に生じた損害及びその額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
なお,上告人の主位的請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。