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被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合における被用者の使用者に対する求償の可否

令和2年2月28日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,使用者の事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができる
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/270/089270_hanrei.pdf

1 本件本訴請求は,被上告人の被用者であった上告人が,被上告人の事業の執行としてトラックを運転中に起こした交通事故に関し,第三者に加えた損害を賠償したことにより被上告人に対する求償権を取得したなどと主張して,被上告人に対し,求償金等の支払を求めるものである。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり,全国に多数の営業所を有している。被上告人は,その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。

(2) 上告人は,平成17年5月,被上告人に雇用され,トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた。

(3) 上告人は,平成22年7月26日,上記業務としてトラックを運転中,信号機のない交差点を右折する際,同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ,Aを転倒させる事故(「本件事故」)を起こした。Aは,同日,本件事故により死亡した。
被上告人は,Aの治療費として合計47万円余りを支払った。

(4) Aの相続人は,その長男及び二男(「長男」,「二男」)であった。

(5) 二男は,平成24年10月,被上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。平成25年9月,二男と被上告人との間で訴訟上の和解が成立し,被上告人は,二男に対して和解金1300万円を支払った。

(6) 長男は,平成24年12月,上告人に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。第1審裁判所は,平成26年2月,46万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡した。上告人は,同年3月,上記判決に従い,長男に対して52万円余りを支払った。
長男が上記判決を不服として控訴したところ,控訴審裁判所は,平成27年9月,上記判決を変更し,1383万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡し,その後,同判決は確定した。

(7) 上告人は,平成28年6月,上記判決に従い,長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。

3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の本訴請求を棄却した。
被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。
したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和32年4月30日第三小法廷判決,最高裁昭和63年7月1日第二小法廷判決)。

このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。

また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上告人が被上告人に対して求償することができる額について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。