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労働契約上の安全配慮義務違反による損害と弁護士費用

平成24年2月24日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/024/082024_hanrei.pdf

 1 本件は,就労中に事故に遭って負傷した労働者である上告人が,使用者である被上告人の安全配慮義務違反によって上記事故が発生したと主張して,被上告人に対し,債務不履行等に基づく損害賠償を求める事案である。労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため,訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合に,その弁護士費用が上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害といえるか否かが争点となっている。なお,上告人は,上告人の請求を一部棄却した原判決に対し,弁護士費用として190万円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で不服申立てをするものである。

 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,屑類製鋼原料の売買等を目的とする株式会社である。上告人は,平成13年3月に被上告人に雇用され,平成18年4月24日頃から,チタン事業部に所属していた

 (2) 上告人は,平成18年11月22日,チタン事業部の工場に設置されていた400tプレス機械(以下「本件プレス機」という。)を操作し,チタン材のプレス作業に従事していたところ,本件プレス機に両手を挟まれ,両手指挫滅創の傷害を負い,両手の親指を除く各4指を失うという事故に遭った。

 (3) 被上告人は,上告人の使用者として,労働契約上,本件プレス機に安全装置を設けて作業者の手がプレス板に挟まれる事故を確実に回避する措置を採るべき義務及び本件プレス機を使用する際の具体的な注意を上告人に与えるべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,その結果,(2)の事故が生じた(「本件安全配慮義務違反」)。

 (4) 上告人は,訴訟追行を弁護士に委任した上,平成21年1月27日,本件訴えを提起した。上告人は,原審において,本件安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害の賠償として,5913万1878円(うち弁護士費用530万円)及び遅延損害金を請求していた。

 3 原審は,1876万5436円及び遅延損害金の限度で債務不履行に基づく損害賠償請求を認容したものの,弁護士費用の請求については,失当であると判断して,これを棄却した。

 4 しかしながら,弁護士費用の請求を棄却した原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

労働者が,就労中の事故等につき,使用者に対し,その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様,その労働者において,具体的事案に応じ,損害の発生及びその額のみならず,使用者の安全配慮義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和56年2月16日第二小法廷判決),労働者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。

そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。

したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和44年2月27日第一小法廷判決)。

 5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,債務不履行に基づく損害賠償請求のうち弁護士費用に関する部分につき,190万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を棄却した部分は,破棄を免れない。そして,弁護士費用の額について審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。