最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

普通地方公共団体が,土地開発公社との間で締結した土地の先行取得の委託契約に基づく義務の履行として,当該土地開発公社が取得した当該土地を買い取る売買契約を締結することが違法となる場合

平成20年1月18日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
普通地方公共団体が,土地開発公社との間で締結した土地の先行取得の委託契約に基づく義務の履行として,当該土地開発公社が取得した当該土地を買い取る売買契約を締結する場合であっても,次の(1)又は(2)のときには,当該売買契約の締結は違法となる。

(1) 上記委託契約を締結した普通地方公共団体の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があり,当該委託契約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるなど,上記委託契約が私法上無効であるとき。

(2) 上記委託契約が私法上無効ではないものの,これが違法に締結されたものであって,当該普通地方公共団体がその取消権又は解除権を有している場合や,当該委託契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,客観的にみて当該普通地方公共団体が当該委託契約を解消することができる特殊な事情がある場合であるにもかかわらず,当該普通地方公共団体の契約締結権者がこれらの事情を考慮することなく漫然と上記売買契約を締結したとき。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=35609

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/609/035609_hanrei.pdf

上告代理人の上告受理申立て理由について
1 本件は,宮津市(「市」)が,丹後地区土地開発公社(「本件公社」)との間で,土地の先行取得の委託契約を締結し,これに基づいて本件公社が取得した同土地の買取りのための売買契約を締結したところ,市の住民である上告人が,同土地は取得する必要のない土地であり,その取得価格も著しく高額であるから,上記委託契約は地方財政法等に違反して締結されたものであって,これに基づいてされた上記売買契約の締結も違法であると主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)242条の2第1項4号に基づき,市に代位して,上記売買契約の締結時に市長の職にあった被上告人に対し,上記売買契約の代金に相当する額の損害賠償を求めた事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 本件公社は,市がその周辺の町と共同して公有地の拡大の推進に関する法律に基づき設立した土地開発公社であり,設立団体である市又は町の委託を受けて公有地となるべき土地の先行取得を行うこと等をその業務としている。

(2) 市は,平成8年12月19日,本件公社との間において,第1審判決別紙物件目録記載の土地(「本件土地」)につき代金3858万9646円で先行取得を行うことを本件公社に委託する旨の契約(「本件委託契約」)を締結した。本件委託契約において,市は,本件土地を本件公社から上記先行取得の代金の額にその調達のための借入れの利息等の額を加えた金額で同14年3月31日までに買い取るべきこととされていた。

(3) 本件公社は,平成8年12月24日,本件委託契約に基づき,本件土地を代金3858万9646円で取得した。

(4) 市は,平成14年3月18日,本件委託契約に基づき,本件公社との間において,本件土地を代金4214万7762円で買い受ける旨の契約(「本件売買契約」)を締結し,同月29日,本件公社に対し,上記代金をすべて支払った。上記代金の額は,前記先行取得の代金の額に借入れの利息の額を加えた金額であった。

3 原審は,前記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 市は,本件委託契約に基づいて,本件公社に対し,本件土地を先行取得の代金の額に借入れの利息の額を加えた金額で平成14年3月31日までに買い取るべき義務を負っていた。仮に本件委託契約の締結が違法なものであったとしても,そのことによって本件委託契約が私法上当然に無効になるわけではない。市としては,本件土地を取得する必要があろうとなかろうと,取得価格が不当に高額であろうとなかろうと,本件委託契約に基づく義務の履行として,本件土地を上記金額で上記期日までに買い取るほかなかったのであるから,本件売買契約の締結を財務会計法規上の義務に違反する違法なものと評価することはできない。

(2) また,本件売買契約の代金の額は,本件公社が本件委託契約に基づく事務を処理するために要した費用の額と一致するものであるから,本件売買契約により市が新たに損害を被る余地もない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づく代位請求に係る当該職員に対する損害賠償請求訴訟は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し,職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものであるから,当該職員の財務会計上の行為がこれに先行する原因行為を前提として行われた場合であっても,当該職員の行為が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときは,上記の規定に基づく損害賠償責任を当該職員に問うことができると解するのが相当である(最高裁平成4年12月15日第三小法廷判決)。

土地開発公社普通地方公共団体との間の委託契約に基づいて先行取得を行った土地について,当該普通地方公共団体が当該土地開発公社とその買取りのための売買契約を締結する場合において,当該委託契約が私法上無効であるときには,当該普通地方公共団体の契約締結権者は,無効な委託契約に基づく義務の履行として買取りのための売買契約を締結してはならないという財務会計法規上の義務を負っていると解すべきであり,契約締結権者がその義務に違反して買取りのための売買契約を締結すれば,その締結は違法なものになるというべきである。
本件において,仮に,本件土地につき代金3858万9646円で先行取得を行うことを本件公社に委託した市の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用があり,本件委託契約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるという場合には,本件委託契約は私法上無効になるのであって,前記3(1)のように,本件土地を取得する必要性及びその取得価格の相当性の有無にかかわらず本件委託契約が私法上無効になるものではないとして本件売買契約の締結が違法となることはないとすることはできない。

イ また,先行取得の委託契約が私法上無効ではないものの,これが違法に締結されたものであって,当該普通地方公共団体がその取消権又は解除権を有しているときや,当該委託契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,客観的にみて当該普通地方公共団体が当該委託契約を解消することができる特殊な事情があるときにも,当該普通地方公共団体の契約締結権者は,これらの事情を考慮することなく,漫然と違法な委託契約に基づく義務の履行として買取りのための売買契約を締結してはならないという財務会計法規上の義務を負っていると解すべきであり,契約締結権者がその義務に違反して買取りのための売買契約を締結すれば,その締結は違法なものになるというべきである。
本件において,仮に本件委託契約が私法上無効ではなかったとしても,上記のような場合には,本件売買契約の締結は財務会計法規上の義務に違反する違法なものになり得るのであって,前記3(1)のように,市が本件委託契約上本件土地を買い取るべき義務を負っていたことから直ちに本件売買契約の締結が違法となることはないとすることもできない。

ウ そうすると,本件委託契約が私法上無効であるかどうか等について審理判断することなく,本件売買契約の締結が本件委託契約に基づく義務の履行であることのみを理由として,市の契約締結権者が本件売買契約を締結してはならないという財務会計法規上の義務を負うことはないとすることはできないものというべきである。

(2) また,本件売買契約の締結が財務会計法規上の義務に違反する違法なものである場合において,本件委託契約が私法上無効であるときには,市は本件公社に対し本件委託契約に基づく事務を処理するために要した費用を支払うべき義務を負わないことになるし,本件委託契約が私法上無効ではないときであっても,上記財務会計法規上の義務が尽くされ,本件委託契約が解消されていれば,市は上記費用を支払うべき義務を負わないことになるのであって,前記3(2)のように,本件売買契約により市が新たに損害を被る余地がないとすることはできない。

5 以上によれば,本件委託契約が私法上無効であるかどうか等について十分に審理することなく,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記各点のほか本訴請求に係る財務会計上の行為がどのようなものであるか(本件売買契約の締結か,それともその代金の支出命令か)及びこれに関する被上告人の権限があるか等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。