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長期にわたり非違行為等を繰り返した郵政事務官が国家公務員法78条3号に該当するとしてされた分限免職処分に裁量権の逸脱,濫用の違法があるとはいえないとされた事例

 平成16年3月25日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
郵便外務事務に従事していた郵政事務官が,約7年間にわたり胸章不着用,始業時刻後の出勤簿押印,標準作業方法違反,研修拒否,超過勤務拒否等を繰り返し,合計937回の指導及び職務命令,13回の注意,118回の訓告,5回の懲戒処分を受けたが,懲戒処分に対する人事院の判定が下されるまでは,懲戒処分の理由とされた非違行為を一向に改めようとせず,上記判定の後は,新たな類型の非違行為を始め,懲戒処分の対象とされなかった非違行為については頑として改めなかったなど判示の事実関係の下においては,上記郵政事務官が国家公務員法78条3号に該当するとしてされた分限免職処分裁量権の逸脱,濫用の違法があるということはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/548/062548_hanrei.pdf

 1 本件は,郵政事務官としてD郵便局において郵便外務事務に従事していた被上告人が,D郵便局長から,国家公務員法78条3号の規定に該当するとして分限免職処分(「本件処分」)を受けたのを不服として,D郵便局長の訴訟承継人である上告人に対し,本件処分の取消しを求めている事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,昭和42年7月1日,E郵便局臨時雇に採用された後,同44年10月1日,郵政事務官に任命され,同月20日から本件処分を受けるまでの間,D郵便局において郵便外務事務に従事していた。

 (2) 被上告人は,原判決別紙1ないし4のとおり,超過勤務命令拒否,研修拒否,始業時刻後の出勤簿押印,始業時刻後の更衣,標準作業方法違反,バイク乗車拒否,胸章不着用,制服不着用,管理者に対する暴言,構内無許可駐車,組合掲示物の無断掲示,指サック不使用,私物の放置,書留鞄の放置及び局長室への召還拒否の非違行為を行い,平成2年6月7日から同9年6月19日までの間に,合計937回の指導及び職務命令,合計13回の注意,合計118回の訓告及び合計5回の懲戒処分を受けた。 

 (3) 上記5回の懲戒処分は,具体的には,① 始業時刻後の出勤簿押印,標準作業方法違反及び構内無許可駐車を理由とする平成6年7月14日付けの戒告処分(「懲戒処分①」),② 始業時刻後の出勤簿押印,標準作業方法違反及び管理者に対する暴言を理由とする同7年2月10日付けの1か月間の減給処分(「懲戒処分②」),③ 始業時刻後の出勤簿押印,標準作業方法違反及び出張を伴う研修の拒否を理由とする同年6月6日付けの2か月間の減給処分(「懲戒処分③」),④ 始業時刻後の出勤簿押印及び標準作業方法違反を理由とする同8年1月20日付けの1か月間の減給処分(「懲戒処分④」),⑤ 超過勤務命令拒否及びバイク乗車拒否を理由とする同9年3月28日付けの1か月間の減給処分(「懲戒処分⑤」)であった。被上告人は,上記各懲戒処分を不服として,審査請求をしたが,人事院は,懲戒処分①については同7年12月21日付けで,懲戒処分②ないし④については同8年10月28日付けで,懲戒処分⑤については,本件処分後の同10年1月30日付けで,いずれもこれを承認する旨の判定をした。

 (4) 被上告人の主な非違行為の具体的態様は,次のようなものであった。

 ア 被上告人は,郵政省就業規則により胸章着用を義務付けられているにもかかわらず,本件処分まで胸章を着用せず,管理者の指導,職務命令にも終始無言で応じなかった。

 イ 被上告人は,始業時刻の後に制服に更衣し,就労命令にも終始無言で応じなかったが,就労命令が発せられて欠務処理がされると給与が減額されるため,平成5年12月にこれを改めた。また,被上告人は,就労命令が発せられた場合に更衣を中断して私服のまま就労することもあったが,これについては,同年8月中に改めた。

 ウ 被上告人は,郵政省就業規則及びその運用通達により始業時刻までに出勤簿に押印すべきものとされていたにもかかわらず,始業時刻のチャイムが鳴るのを待って出勤簿に押印し,始業時刻前に押印するよう指導,命令されても終始無言で応じなかった。その後,被上告人は,始業時刻後の出勤簿押印を理由に懲戒処分①ないし④に付され,人事院が平成8年10月28日付けで懲戒処分②ないし④を承認する旨の判定をしたのを受けて,同月末からこれを改めた。

 エ 郵政省が定めた標準作業方法によると,郵便物の区分は立って行うこととされていたが,被上告人は,座ったまま区分を行い,職務命令を受けても終始無言で応じなかった。その後,被上告人は,標準作業方法違反を理由に懲戒処分①ないし④に付され,人事院が平成7年12月21日付けで懲戒処分①を承認する旨の判定をしたのを受けて,同月末からこれを改めた。

 オ 被上告人は,労働基準法36条所定の協定に基づき発せられた超過勤務命令の8割方を拒否したが,超過勤務命令の拒否を理由に懲戒処分⑤に付された後は,超過勤務命令の5割程度には従うようになった。

 カ 被上告人は,自家用車の構内駐車規制に反対して構内に無許可で駐車をし,指導,命令を受けても終始無言で応じなかった。その後,被上告人は,構内無許可駐車を理由に懲戒処分①に付された後は,これを改めた。

 キ 被上告人は,平成3年7月6日と同月8日,郵便外務休憩コーナーの掲示物が撤去された際に,総務課長に対し「どろぼう」等と発言し,訓告に付された。また,被上告人は,同4年7月14日,東北郵政局人事部管理課課長補佐が郵便外務ロッカー室に入室したのをとがめて,「ここはロッカー室だ。うろうろするな。出ていけ。」と発言し,訓告に付された。さらに,被上告人は,同5年8月4日,新築中の自宅の照明器具を選定しなければならないとして超過勤務を拒否し,超過勤務を命ずるなら郵便課長が電気屋に電話連絡するよう求め,これを拒否した郵便課長に対し,「超勤しろというのなら,電話するのが当たり前だべ。ばかたれ。」と発言し,訓告に付された。また,被上告人は,同6年12月25日,郵便課長に対し,「年休請求も処理でぎねで,管理者失格だ。」と発言し,懲戒処分②に付された。

 ク 被上告人は,平成5年6月11日及び12日,標準作業方法の指導訓練受講の職務命令を受けたが,無言のままこれに応じず,訓告に付された。また,被上告人は,同7年3月24日及び25日,集配作業方法等の研修のため出張を命ぜられたが,これに応じず,懲戒処分③に付された。

 ケ 被上告人は,バイク配達を命ずる職務命令に対し終始無言で応じなかったが,バイク乗車拒否を理由に懲戒処分⑤に付された後は,自転車で配達する準備をするものの,バイク配達の職務命令が発せられると,これに応じるようになった。

 コ 被上告人は,懲戒処分①について人事院の判定が下された平成7年12月以降は,超過勤務やバイク乗車を拒否し,新しい制服を着用しないで古い制服を着用するといった新たな態様の非違行為を行うようになった。

 (5) D郵便局長は,被上告人に対し,平成9年6月23日付けで,同2年6月以降,多数回にわたり懲戒処分等に付され,また,上司から再三にわたり指導訓戒されているにもかかわらず,長期間にわたり,あえて上司の職務上の命令に従わず,胸章不着用,始業時刻後の出勤簿押印,標準作業方法違反,研修の拒否,超過勤務拒否等の非違行為その他類似の行為を反復継続し,著しく職場秩序をびん乱したとして,国家公務員法78条3号,人事院規則11-4に基づき,本件処分をした。
これに対し,被上告人は,同9年7月9日,国家公務員法90条に基づき,不服申立てをしたが,人事院は,同10年6月23日付けで本件処分を承認する旨の判定をした。

 3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,被上告人の請求を認容すべきものとした。 

 被上告人は,その非違行為のうち,始業時刻後の更衣,制服不着用,構内無許可駐車,暴言及び研修拒否については是正し,始業時刻後の出勤簿押印及び標準作業方法違反についても,人事院の判断が示された後は,これを改めた。また,懲戒処分⑤に付された後は,超過勤務命令の受命率が上昇し,バイク乗車拒否についても一応の改善がみられた上,審査請求中の懲戒処分⑤が人事院で承認された場合には,被上告人がこれを改めることが予想されたのであるから,上記各非違行為が被上告人の矯正することのできない持続性を有する素質等に基因するものということはできない。胸章不着用については,本件処分がされるまで是正改善されていないが,郵便外務業務への影響は小さい上,人事院が懲戒処分を承認すれば非違行為を是正改善することにしていた被上告人としては,懲戒処分の対象とされていない胸章不着用を是正改善しようがなかったものと認められる。その余の非違行為は,注意や訓告にも付されていない軽微なものである。これらの事情を考慮すれば,本件処分は,郵便外務事務に従事する被上告人の郵政事務官としての適格性の有無の判断につき,慎重さを欠いており,考慮すべきでない事項を考慮するなど,裁量権の行使を誤った違法があるというべきである。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 国家公務員法78条3号の「その官職に必要な適格性を欠く場合」とは,当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質,能力,性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり,又は支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解される。

この意味における適格性の有無は,当該職員の外部に表れた行動,態度に徴してこれを判断すべきであり,その場合,個々の行為,態度につき,その性質,態様,背景,状況等の諸般の事情に照らして評価すべきであることはもちろん,それら一連の行動,態度については相互に有機的に関連付けて評価すべきであり,さらに,当該職員の経歴や性格,社会環境等の一般的要素をも考慮する必要があり,これら諸般の要素を総合的に検討した上,当該職に要求される一般的な適格性の要件との関連において同号該当性を判断しなければならない(最高裁昭和48年9月14日第二小法廷判決)。

 (2) これを本件についてみると,上記事実関係等によれば,

① 被上告人は,約7年間の長期にわたって,胸章不着用,始業時刻後の出勤簿押印,標準作業方法違反,研修拒否,超過勤務拒否等の非違行為その他類似の行為を繰り返し,合計937回の指導及び職務命令を受け,13回の注意,118回の訓告,5回の懲戒処分に付されたものであり,

② その態様も,上司から再三にわたり指導訓戒されているにもかかわらず,あえて上司の職務上の命令に従わず,終始無言の態度を採るというものであって,

③ 懲戒処分を受けても,人事院の判定が下されるまでは,当該懲戒処分の理由とされた非違行為を一向に改めようとしないばかりか,

④ 人事院の判定が下された後は,それまでとは異なる類型の新たな非違行為を始め,懲戒処分の対象とされなかった非違行為については頑として改めなかったというのであるから,上司の指導,職務命令に従わず,服務規律を遵守しない被上告人の行為,態度等は,容易に矯正することのできない被上告人の素質,性格等によるものであり,職務の円滑な遂行に支障を生ずる高度の蓋然性が認められるものというべきである。

そうすると,本件処分が裁量権の範囲を超え,これを濫用してされた違法なものであるということはできず,これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由がある。

 5 以上によれば,原判決は破棄を免れず,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消した上,被上告人の請求を棄却すべきである。