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白紙委任状および売渡証書などが濫用された場合に民法109条、110条の適用があるとされた事例

昭和45年7月28日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    

甲が、その所有の不動産を乙に売り渡し、乙の代理人丙を介して白紙委任状、名宛人白地の売渡証書など登記関係書類を交付したところ、右不動産の所有権を取得した乙から、これを丁所有の不動産と交換することを委任されて右各書類の交付を受けた丙が、これを濫用し、甲の代理人名義で丁との間で交換契約を締結したときは、丁において丙に代理権があると信じたことに正当の理由があるかぎり、甲は、丁に対し民法109条、110条によつて右契約につき責に任ずべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/156/054156_hanrei.pdf

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に確定した事実関係によれば、被上告人は、昭和三六年一二月二三日訴外Dの代理人である訴外Eを介し右Dに対し、被上告人所有の本件山林ほか山林一筆を代金二〇五万円で売り渡し、同月二五日までに手附金二〇万円を受け取つたうえ、Dに対する本件山林の所有権移転登記手続に必要な書類として権利証、被上告人の印鑑証明書のほか、被上告人の記名押印および売渡物件の記載があり、金額、名宛人、年月日の各欄を白地とした売渡証書、被上告人の記名押印、目的物件および登記一切の権限を与える趣旨の委任事項の記載があり、受任者、年月日の各欄を白地としたいわゆる白紙委任状をEを介してDに交付し、本件山林の所有権を取得したDは、Eを代理人とし、同人をして同月二八日上告人両名の代理人である訴外Fとの間に本件山林と上告人両名共有の山林の交換に当らせたが、Eは、国義に対しDの代理人であることを告げなかつたばかりか、被上告人からなんら代理権を授与されていないにもかかわらず、Dからあらためて交付を受けていた右各書類を示して被上告人の代理人のごとく装つたので、Fは、契約の相手方を被上告人と誤信し、即日Eと上告人両名共有の山林七筆を被上告人に譲渡するのと引換えに被上告人から本件山林の譲渡を受け、合わせて追銭一五万円の交付を受ける趣旨の交換契約を締結するに至り、Eから成約と同時に追銭の一部一〇万円、翌二九日その残額五万円および白地の部分につきなんら補充されていない右各書類の交付を受けたというのである。

そして、原審は、右事実関係に基づき、右Eが被上告人の代理人として上告人両名との間に締結した右交換契約は、無権代理行為であるから、その効果は当然に被上告人に及ぶものではないとし、さらに上告人ら主張の民法一〇九条所定の表見代理の成否についても、本人が不動産登記手続に必要な白紙委任状、処分証書、権利証等を何人において行使しても差支えない趣旨で交付したのではないのに、本人からこれが交付を受けた特定他人においてこれをさらに他の者に交付し、その者がこれを濫用して第三者に対し本人の代理人と称して不動産処分行為に及んだ場合にまで、本人はその第三者に対し同条にいう表示をしたものとしてその責を負うべきものと解さなければならないものではないところ、本件の場合、被上告人からみてEは右にいう特定他人ではなく、特定他人であるDから前記各書類の交付を受けた立場にある者であつて、被上告人がDに右各書類を交付した趣旨は、Dに対する本件山林の所有権移転登記手続の目的に尽きるものであり、被上告人において、これら書類が転々流通のうえD以外の者によつて使用されることを認容して交付したものでないことが認められるから、民法109条によつて被上告人をして本件交換契約の効果を受忍せしめることはできない旨判断している。

しかし、右事実によれば、被上告人は、本件山林の所有権移転登記手続のため右各書類をDの代理人Eに交付し、Eは、これをDに交付したが、Dは、ふたたびEを代理人とし、同人に右各書類を交付して同人をして上告人両名との間に本件山林と上告人両名共有の山林の交換に当らせ、Eは、上告人両名の代理人Fに対し、被上告人から何ら代理権を授与されていないにもかかわらず、右各書類を示して被上告人の代理人のごとく装い、契約の相手方を被上告人と誤信したFとの間に本件交換契約を締結するに至つたというのであつて、なるほど、右各書類は被上告人からEに、EからDに、そしてさらに、DからEに順次交付されてはいるが、Eは、被上告人から右各書類を直接交付され、また、Dは、Eから右各書類の交付を受けることを予定されていたもので、いずれも被上告人から信頼を受けた特定他人であつ て、たとい右各書類がDからさらにEに交付されても、右書類の授受は、被上告人にとつて特定他人である同人ら間で前記のような経緯のもとになされたものにすぎないのであるから、Eにおいて、右各書類をFに示して被上告人の代理人として本件交換契約を締結した以上、被上告人は、Fに対しEに本件山林売渡の代理権を与えた旨を表示したものというべきであつて、上告人側においてEに本件交換契約につき代理権があると信じ、かく信ずべき正当の事由があるならば、民法109条、110条によつて本件交換契約につきその責に任ずべきものである。

原判決引用の判例の事案は、本件事案と場合を異にする。

そうだとすると、原判決は、右表見代理の規定の解釈を誤つた結果、本件交換契約につきその適用はないとするに至つたものというべく、右違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。