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信用金庫の職員に預金の名目で小切手を詐取された者が信用金庫に損害賠償を請求した場合につき右の者に重大な過失があるとした判断に違法があるとされた事例

平成6年11月22日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
甲が信用金庫の支店長代理乙に預金の名目で小切手を詐取されたとして信用金庫に損害賠償を請求した場合において、甲は信用金庫の店舗内で乙に預金の趣旨で小切手を交付したが、もともと正規の預金を勧誘されたものではないなど判示の事情があるときは、甲が勧誘を受けた預金の条件など勧誘から小切手の交付に至るまでの一連の過程に正常な普通預金取引としては不自然な点があったとしても、そのことのみから乙の職務権限の逸脱を知らなかったことにつき甲に重大な過失があるとした原審の判断には、民法715条の解釈適用を誤った違法がある。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/692/062692_hanrei.pdf

1 原審の認定した事実関係の大要は、次のとおりである。

  (一) Eは、金融業を営むFの融資金の取次、紹介、取立て等を行っていたが、その知人ないしは仲間であるG、Hらと共に、被上告人のI支店において支店長代理として預金契約締結の権限を有していたDを引き込み、昭和五九年九月から同年一一月の間に合計一一回にわたる詐欺事件を起こした。本件はその一部である。

  (二) Fは、昭和五九年八月ころ、知人であるJを介して金融業者である上告人A1に対し、被上告人への預金を勧誘した。その際上告人A1に示された預金の条件は、(1) 銀行振出しの自己宛て小切手で普通預金として三か月間預金すること、(2) 謝礼金として預金額に対する月二分の割合による金員を支払うこと、(3) 三か月間は、被上告人に対して払戻請求、問合わせ等一切の接触をしてはならないこと等であった。

  (三) 上告人A1及び同人と共同して金融業を営む上告人A2は、Fの勧誘に応じ、被上告人のI支店に各五〇〇〇万円を三か月間普通預金として預け入れることとした。そして、上告人A1は、Fから、謝礼金の内金二〇〇万円の支払を受け、この預金すべき一億円をも含めて二億円をFが上告人A1から借用している旨の借用書を徴した。

  (四) 上告人A1は、昭和五九年九月一三日、上告人A2の代理人も兼ねて、自宅のある大阪府から、額面五〇〇〇万円の銀行振出しの自己宛て小切手二通を持参して、福岡市内の被上告人のI支店にHの案内で赴いた。

  (五) I支店の応接室において、D支店長代理は、上告人A1に対し名刺を渡して自己紹介をしたが、上告人A1は、名刺を出すことも自己紹介もせず、預金の種別、条件等について話をすることもないまま、預金の手続を行った。上告人A1から本件小切手の交付を受けたDは、応接室内の上告人A1の面前で、あらかじめ自分が立て替えて各二〇〇円を預け入れ、正規に発行された上告人ら名義の各預金通帳の「お預り金額」欄に五〇〇〇万円と手書きし、その金額の頭部に「D」という小印を押し、「お届印」欄に上告人A1の持参した上告人両名の実印をそれぞれ押した上、右各通帳を上告人A1に交付した。上告人A1は、右通帳の入金の記載を確認した後、Dに対し、右小切手金の受取書の交付を求めたところ、同人はためらう態度を示したが、Hの口添えもあって、同支店備付けの振込金受取書用紙を使用して、上告人らが同支店に自己宛てにそれぞれ五〇〇〇万円の振込みを依頼し、同支店がこれを受領した旨の振込金受取書各一通を作成して、上告人A1に交付した。

  (六) D支店長代理は右各小切手を被上告人に入金しなかった。

 2 上告人らの本件の予備的請求は、被上告人の被用者であるD支店長代理が右のように本件小切手を詐取したことにより上告人らが被った損害の賠償を使用者である被上告人に対して請求するものである。

原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判断して、上告人らの右請求を棄却した。
 上告人A1は、金融業者でありながら、誠に奇怪かつ不可思議な預金条件を受け入れた上、関西から遠路はるばる博多に至り、地方の信用金庫の一支店に計一億円の普通預金をしたのに、Dに対し自己紹介をすることもなく、支店の責任者への紹介を求めることもしないばかりか、Dが預金通帳に各五〇〇〇万円の入金を手書したことを知りながら記帳方法の不当性を指摘することもなく、被上告人が預金を求める理由、意味、必要性、預金条件等を一切質していないこと、Dの態度も、本件預金に関する質問、話題を全く提供しないまま、黙々として預金通帳の交付等事務手続に専念するという大口預金を受け入れる地方金融機関の一担当者の態度としては不自然、不可解なものであることなど本件預金の勧誘から預金契約の締結に至るまでの一連の過程においてもろもろの異常性があったことからすると、上告人A1には、Dがその職務権限を逸脱して預金名下に本件小切手の交付を受けることを知らなかったことにつき重大な過失があるから、上告人A1及び同人を代理人とした上告人A2は、Dの使用者である被上告人に対し、これに基づく損害賠償を請求することはできない。

 3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 (一) 被用者の取引行為がその外形から見て使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り又は重大な過失によってこれを知らなかったときは、相手方である被害者は、使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできないが(最高裁昭和四二年一一月二日第一小法廷判決)、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでない事情を知ることができたのに、漫然これを職務権限内の行為と信じたことにより、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうのである(最高裁昭和四四年一一月二一日第二小法廷判決)。

 (二) 原審の確定事実によると、上告人A1は、被上告人のI支店内の応接室において、預金契約を締結する権限を有するD支店長代理に預金の趣旨で本件小切手を交付し、右入金が記帳された正規の預金通帳を交付されており、その限度で正規の預金手続と異なるところはない。

そして、上告人A1は、もともと正規の預金を勧誘されたものではないのであるから、原判示のように、預金の条件や上告人A1及びDの預金手続時の態度、行動が通常の預金の場合とは異なっていたなど、本件預金の勧誘から小切手の交付に至るまでの一連の過程に正常な普通預金取引としては不自然な事情があったとしても、これらの事情だけから、上告人A1に、Dがその職務権限を逸脱して小切手の交付を受けるものであることを知らないことにつき故意に準ずる程度の注意の欠缺があって、公平の見地から、上告人らに全く保護を与えないことが相当と認められる状態にあったとまでいうことはできず、過失相殺としてこれを斟酌すべきか否かは別として、いまだ前記の重大な過失があると認めるには足りないものというべきである。

したがって、右事実関係の下において、上告人A1の重大な過失を認めて、上告人らの予備的請求をすべて棄却すべきものとした原審の判断には、民法715条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるものというほかなく、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

三 以上の次第であるから、原判決中、上告人らの予備的請求を棄却した部分を破棄し、名部分について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、その余の上告は理由がないので棄却することとする。