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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 民法391条にもとづく優先償還をすることなく抵当権者に対してされた競売代金の交付と不当利得の成否

 昭和48年7月12日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
抵当不動産の第三取得者が、民法三九一条にもとづく優先償還請求権を有しているにもかかわらず、抵当不動産の競売代金が抵当権者に交付されたため優先償還を受けられなかつたときは、右第三取得者は、抵当権者に対し不当利得返還請求権を有する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/091/052091_hanrei.pdf

 所論は、上告人の予備的請求に関し不当利得の成立を否定した原審判断に法令違背があるというのである。
 所論の点に関し原審が確定した事実関係は、

(1)上告人は、昭和三九年九月訴外D工業株式会社から当時農地であつた第一審判決添付別紙目録記載の土地(「本件土地」)を買い受けてその所有権を取得した後、これを宅地に造成することとし、訴外有限会社E建設に請負わせて同年一二月から昭和四〇年一月ごろまでの間埋立工事をして宅地とし、その請負代金として合計一二〇〇万円を支払つた、

(2)本件土地には上告人がその所有権を取得する以前に訴外D工業株式会社を債務者とし、被上告人を債権者とする根抵当権(仙台法務局昭和三九年一月一八日受付第一五四〇号)等が設定されていたため、昭和四〇年六月二一日本件土地に対して抵当権の実行による競売手続が開始され(仙台地方裁判所昭和四〇年(ケ)第七一号事件)、昭和四三年九月九日訴外株式会社F商会外一名に対し代金六四八〇万円で競落許可決定がされた、

(3)一方上告人は、本件土地につき前記の宅地造成のため一二〇〇万円の有益費を支出しているとして右競売代金六四八〇万円から右の有益費の償還を受けるため競売裁判所にその配当要求をしたが、それが競落期日の後になされたものであつたため、結局昭和四四年一月二一日同裁判所において右配当要求金額が計上されない第一審判決添付別表第一のごとき交付表が作成され、右競売手続上は右有益費が上告人に交付されず、右有益費に相当する金員が被上告人らに配当されることになつている、というのである。 

 上告人は、右事実関係のもとにおいて、被上告人が右別表第一の交付表どおりの交付金を受領するときは、被上告人は、上告人が右競売代金から優先償還を受けうべき金員のうち被上告人に対する配当分に相当する金額を上告人の損失において不当利得することになると主張して、被上告人が右交付金を受領することの条件のもとに右不当利得の返還を求めたところ、原審は、これに対し、右の場合に利得をうけるのは、そのため余分の債務消滅の利益を受ける債務者(訴外D工業株式会社)であり、また、被上告人の利得には法律上の原因がないものとはいえないとして、上告人の右請求を排斥したのである。
しかし、抵当不動産の第三取得者が、抵当不動産につき必要費または有益費を支出して民法三九一条にもとづく優先償還請求権を有しているにもかかわらず、抵当不動産の競売代金が抵当権者に交付されたため、第三取得者が優先償還を受けられなかつたときは、第三取得者は右抵当権者に対し民法七〇三条にもとづく不当利得返還請求権を有するものと解するのが相当である。

けだし、抵当不動産の第三取得者が抵当不動産につき支出した必要費または有益費の優先償還を受けうるのは、その必要費または有益費が不動産の価値の維持・増加のために支出された一種の共益費であることによるものであつて、右償還請求権は当然に最先順位の抵当権にも優先するものであり、したがつて、抵当権者は、右第三取得者に対する関係においては、その第三取得者が受けるべき優先償還金に相当する金員の交付を受けてこれを保有する実質的理由を有しないというべきであり、また、誤つて競売法三三条により抵当権者に右金員の交付がなされたとしても、その交付行為は抵当権者がその交付を受けうる実体上の権利を確定するものではないからである。

もつとも、抵当権者に右の交付がなされた場合、一見抵当権者の債権が消滅し債務者が債務消滅の利得を得たかのような外形を呈するが、そうであるからといつて、交付を受けた抵当権者に利得がないとはいえないから、これを理由に抵当権者の不当利得を否定することはできない。 

 してみれば、これと異なる見解のもとに上告人の被上告人に対する不当利得返還請求権を排斥した原審の判断には、法令違背があり、その違法は原判決の結論に影響を与えることが明らかである。よつて、民訴法四〇七条一項により、原判決を破棄し、本件は上告人に認容さるべき金額等につきなお審理を必要とするからこれを原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。