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厚生年金保険の被保険者であった叔父と内縁関係にあった姪が厚生年金保険法に基づき遺族厚生年金の支給を受けることのできる配偶者に当たるとされた事例

平成19年3月8日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
厚生年金保険の被保険者であった叔父と姪との内縁関係が,叔父と先妻との子の養育を主たる動機として形成され,当初から反倫理的,反社会的な側面を有していたものとはいい難く,親戚間では抵抗感なく承認され,地域社会等においても公然と受け容れられ,叔父の死亡まで約42年間にわたり円満かつ安定的に継続したなど判示の事情の下では,近親者間における婚姻を禁止すべき公益的要請よりも遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという厚生年金保険法の目的を優先させるべき特段の事情が認められ,上記姪は同法に基づき遺族厚生年金の支給を受けることのできる配偶者に当たる。
(反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/239/034239_hanrei.pdf

1 本件は,厚生年金保険の被保険者であったA(上告人の父の弟。以下「A」という。)との間で内縁関係にあった上告人が,Aの死亡後,上告人は厚生年金保険法(以下「法」という。)3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として法59条1項本文所定の被保険者であった者の配偶者に当たり,Aの死亡当時,同人によって生計を維持していたと主張して,被上告人に対し,Aの遺族としての遺族厚生年金の裁定を請求したところ,被上告人から,上記内縁関係は,民法734条1項により婚姻が禁止される近親者との間の内縁関係に当たり,上告人は法59条1項本文所定の配偶者とは認められないとして,遺族厚生年金を支給しない旨の裁定(以下「本件不支給処分」という。)を受けたことから,その取消しを求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) A(昭和▲年▲▲月▲▲日生)は,a県b郡のc町(現在のd市)において,父B(上告人にとっては祖父),母,弟及び妹と同居していた。Aは,昭和▲▲年▲▲月▲▲日,Cと婚姻し,両者の間に,同年▲▲月▲▲日,長女Dが生まれたが,Cは,Dの出産前後から統合失調症に罹患し,同▲▲年末には,Dを残して実家に帰ってしまった。Aは,Cとの婚姻関係の継続は困難であると考え,離婚を決意し,その協議を重ねたが,Cの精神状態が原因で協議自体が困難であった上,Cの両親が,Cとの離婚後にAがCの妹と結婚することを強く望み,AはCを気遣ってこれに応じなかったため,協議は4年間にわたり続いた。

(2) Aは,当時,Eに勤務しており,Cが実家に戻った後は,勤務の都合上,Dの世話はAの父母が行っていた。しかし,Aの父母らは,農業を営み年中多忙であったことから,Dに行き届いた世話をできる状況にはなかった。そのため,Dは,離乳食なども余り食べることができず,栄養失調気味であり,その衣類の洗濯も十分に行われていなかった。

(3) Aの兄の長女である上告人(昭和▲▲年▲月▲▲日生)は,春休み,夏休みなどの長期の休みには,祖父母の手伝いをするためAの住む父の実家を訪れ,その際にDのおしめを替えて洗濯するなど,Dの面倒を見た。Dも,親族の中で最も上告人になついていた。Bは,Dが上告人に一番なついていること,AがBの田畑を継ぐ可能性が高く,親族関係にある者をAの妻としたいと考えていたこと,親戚の中では上告人の年齢がAに一番近いこと,Aには既に子がおり,夜勤も多い上,その妻になれば同居している老父母の世話や農業の手伝いもしなければならないという事情があり,結婚相手を見つけることが困難であったこと等から,Aの姪に当たる上告人とAとの結婚を提案した。

(4) 上告人は,BからAとの縁談を聞き,余りにも身近な関係にあったため,当初は驚いたものの,Dがやせ細り,その衣類も汚れたままになっていたこと等に同情し,Dのために結婚を決意し,昭和▲▲年▲▲月末ころから,Aと夫婦としての共同生活を始めた。上告人とAは,共同生活を始めるに当たり,2泊3日で新婚旅行に出かけ,旅行から戻った後,親戚に集まってもらい,結婚を祝う会を開いてもらったが,その媒酌人は,AとCの結婚の際の媒酌人でもあったAの親族が務めた。

(5) AとCとの協議離婚は,昭和▲▲年▲月▲日に成立した。Aは,税金の控除や出産費用の支給等を受けるため,上告人とAが結婚したことについて,同月▲▲日付けで,証人2人の署名入りの証明願をc町長あてに提出し,同証明願に「右願出の通り相違ないことを証明する」との文言及びc町長の記名押印を得た。同証明願にはAの勤務先の上司である駅長の記名押印も認められる。上告人は,Aを世帯主とする健康保険証に氏名を記載され,源泉徴収票にも配偶者控除の対象として記載されていた。また,上告人の出産に際し,E共済組合から出産費用が支給された。

(6) 上告人とAは,Aが平成▲▲年に死亡するまで,約42年間にわたり夫婦としての生活を送り,両者の間には,昭和▲▲年にFが,同▲▲年にはGが出生し,Aは両名の認知をした。上告人,A,D,F及びGは,Aの収入から生活費を支出し,上告人が家事を担当し,5人で円満な家族生活を送った。上告人は,Aの葬式の際も,Aの妻として挨拶を行う等,共同生活を始めた当初から終始,事実上の妻としての役割を果たしてきた。Aは,上告人に対し,年金に関する手続の仕方を記した資料の所在を教えた上,自分が先に死亡した場合には,これをよく見て手続をするようにと常に言い聞かせていた。

(7) 上告人は,平成13年10月19日付けで,遺族厚生年金の裁定を請求したところ,被上告人から,同月31日付けで,「遺族の範囲に該当しないため。(近親婚にあたり,内縁の妻として認められないため。)」との理由により本件不支給処分を受けた。

(8) なお,上告人の周囲には,代々農業で生計を立てている者が多く,そのような地域的な特性から,親戚同士で結婚する例も多くあった。上告人の近い親戚の中には,いとこ同士で結婚した夫婦が2組あったほか,上告人の知っている範囲でも,おじと姪で事実上の夫婦として生活する者がAの勤務先で2組,親戚に1組あった。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 厚生年金保険制度は,労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とした,政府が管掌する公的年金制度であり,遺族厚生年金が公的財源によって賄われている社会保障的性格の強い給付であることを考慮すると,その受給権者としての「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」(法3条2項)に該当するか否かの判断に当たっては,民法上の婚姻の届出をした配偶者に準じて,公的保護の対象にふさわしい内縁関係にある者であるかどうかという観点からの判断が求められ,その意味での公益的要請を無視することはできないものというべきである。

(2) ところで,法は,婚姻関係について別段の定めを置いておらず,婚姻関係の一般法である民法が定める婚姻法秩序を当然の前提としていると解されるから,上記(1)の判断に当たっては,民法の規定及びその趣旨が尊重されるべきであり,法は,上記婚姻法秩序を前提とした婚姻関係と同様の事情にある者を遺族厚生年金の受給権者として保護する趣旨であって,上記婚姻法秩序に反する内縁関係にある者をも保護する趣旨ではないと解される。そして,民法734条1項は,三親等内の傍系血族間の近親婚を禁止しているが,その趣旨は,社会倫理的配慮及び優生学的配慮という公益的要請に基づくものであり,合理性があるというべきである。

(3) 三親等内の傍系血族間の婚姻関係は,我が国の婚姻法秩序において,反倫理的で公益を害するものとされている上,その反倫理性,反公益性は,時の経過によっても治癒されることのあり得ない性質のものであるから,法は,民法734条1項により婚姻が禁止される三親等内の傍系血族間で内縁関係にある者を遺族厚生年金という公的給付を受給し得る者として保護することを予定していないというべきである。したがって,上告人は,法3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」には当たらないと解される。

4 しかしながら,原審の上記3の判断のうち,同(1)及び(2)は是認することができるが,同(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 法は,遺族厚生年金の支給を受けることができる遺族の範囲について,被保険者又は被保険者であった者(以下,併せて「被保険者等」という。)の配偶者等であって,被保険者等の死亡の当時その者によって生計を維持していたものとし(59条1項本文),上記配偶者について,「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」を含むものと規定している(3条2項)。法が,このように,遺族厚生年金の支給を受けることができる地位を内縁の配偶者にも認めることとしたのは,労働者の死亡について保険給付を行い,その遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的にかんがみ,遺族厚生年金の受給権者である配偶者について,必ずしも民法上の配偶者の概念と同一のものとしなければならないものではなく,被保険者等との関係において,互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者にこれを支給することが,遺族厚生年金の社会保障的な性格や法の上記目的にも適合すると考えられたことによるものと解される。
他方,厚生年金保険制度が政府の管掌する公的年金制度であり(法1条,2条),被保険者及び事業主の意思にかかわりなく強制的に徴収される保険料に国庫負担を加えた財源によって賄われていること(法80条,82条)を考慮すると,民法の定める婚姻法秩序に反するような内縁関係にある者まで,一般的に遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者に当たると解することはできない。

(2) ところで,民法734条1項によって婚姻が禁止される近親者間の内縁関係は,時の経過ないし事情の変化によって婚姻障害事由が消滅ないし減退することがあり得ない性質のものである。しかも,上記近親者間で婚姻が禁止されるのは,社会倫理的配慮及び優生学的配慮という公益的要請を理由とするものであるから,上記近親者間における内縁関係は,一般的に反倫理性,反公益性の大きい関係というべきである。殊に,直系血族間,二親等の傍系血族間の内縁関係は,我が国の現在の婚姻法秩序又は社会通念を前提とする限り,反倫理性,反公益性が極めて大きいと考えられるのであって,いかにその当事者が社会通念上夫婦としての共同生活を営んでいたとしても,法3条2項によって保護される配偶者には当たらないものと解される。そして,三親等の傍系血族間の内縁関係も,このような反倫理性,反公益性という観点からみれば,基本的にはこれと変わりがないものというべきである。

(3) もっとも,我が国では,かつて,農業後継者の確保等の要請から親族間の結婚が少なからず行われていたことは公知の事実であり,前記事実関係によれば,上告人の周囲でも,前記のような地域的特性から親族間の結婚が比較的多く行われるとともに,おじと姪との間の内縁も散見されたというのであって,そのような関係が地域社会や親族内において抵抗感なく受け容れられている例も存在したことがうかがわれるのである。

このような社会的,時代的背景の下に形成された三親等の傍系血族間の内縁関係については,それが形成されるに至った経緯,周囲や地域社会の受け止め方,共同生活期間の長短,子の有無,夫婦生活の安定性等に照らし,反倫理性,反公益性が婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いと認められる場合には,上記近親者間における婚姻を禁止すべき公益的要請よりも遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的を優先させるべき特段の事情があるものというべきである。したがって,このような事情が認められる場合,その内縁関係が民法により婚姻が禁止される近親者間におけるものであるという一事をもって遺族厚生年金の受給権を否定することは許されず,上記内縁関係の当事者は法3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に該当すると解するのが相当である。
なお,被上告人の引用する判例最高裁昭和60年2月14日第一小法廷判決)は,事案を異にし本件に適切でない。

(4) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,上告人とAとの内縁関係は,Dの養育を主たる動機として形成され,媒酌人を立て,新婚旅行,親戚間の祝宴を経て,地元町長やAの職場の長もその成立を認証したというのであり,当初から反倫理的,反社会的な側面をもったものとはいい難く,親戚間では抵抗感なく承認され,地域社会やAの職場でも公然と受け容れられていたものである。

また,上告人とAは,その後2人の子にも恵まれ,Aの死亡まで約42年間にわたり円満な夫婦生活を安定的に継続したというのであり,その間,上告人は,共済組合の短期給付,国民健康保険及び源泉徴収の面でAの内縁の妻として扱われていたことがうかがわれるのである。これらの事情からすれば,上記内縁関係の反倫理性,反公益性は,婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いものであったと認められる。
そうすると,上告人とAとの内縁関係については,上記の特段の事情が認められ,上告人は,法3条2項にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に該当し,法59条1項本文により遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者に当たるものというべきである。

5 以上によれば,上告人の遺族厚生年金の受給権を否定し本件不支給処分に違法はないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。上告人の請求には理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官横尾和子の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。