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 健康保険組合が被保険者に対して行うその親族等が健康保険法の被扶養者に該当しない旨の通知は、健康保険法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当するか

令和4年12月13日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
健康保険組合が被保険者に対して行うその親族等が健康保険法(平成24年法律第62号による改正前のもの)3条7項各号所定の被扶養者に該当しない旨の通知は、健康保険法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当する。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91604

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/604/091604_hanrei.pdf

 

第1 事案の概要

1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
日本輸送機健康保険組合(「本件組合」)は、その組合員である上告人の健康保険を管掌していたところ、従前、上告人の妻を、健康保険法(平成26年法律第69号による改正前のもの。以下「法」という。)3条7項1号所定の被扶養者(「被扶養者」)に該当するものとしていた。
本件組合は、上告人の妻の収入が本件組合の定める基準を満たさなくなったことを理由として、平成27年9月10日付けで、上告人に対し、上告人の妻は同26年1月1日時点で被扶養者に該当しない旨の通知(「本件通知」)をした。

ア 法189条1項は、被保険者の資格、標準報酬又は保険給付に関する処分に不服がある者は社会保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服がある者は社会保険審査会に対して再審査請求をすることができる旨規定する。

イ 上告人は、平成28年7月28日付けで、法189条1項に基づくものとして、本件通知についての審査請求(以下「本件審査請求」という。)をしたが、近畿厚生局社会保険審査官は、本件通知は処分に該当しないことを理由に、同年8月5日付けで、本件審査請求を却下する決定(以下「本件決定」という。)をした。
上告人は、同年10月5日付けで、同項に基づくものとして、本件決定についての再審査請求(以下「本件再審査請求」という。)をしたが、社会保険審査会は、同29年3月31日付けで、本件決定と同様の理由により、本件再審査請求を却下する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

2 本件は、上告人が、本件組合の権利義務を承継した被上告人組合を相手に、上告人の妻は被扶養者に該当すると主張して、本件通知の取消しを求めるとともに、被上告人国を相手に、本件決定及び本件裁決は違法であるなどと主張して、本件裁決の取消し及び国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。

第2 上告代理人胡田敢、同島田和俊の上告受理申立て理由第3について

1 原審は、要旨次のとおり判断し、本件再審査請求を却下した本件裁決は適法であるなどとして、本件裁決の取消請求及び損害賠償請求をいずれも棄却すべきものとした。
法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分は、被保険者の資格の得喪の確認について規定した法39条1項に対応するものであるところ、同項所定の確認の対象ではない被扶養者の認定は、上記被保険者の資格に関する処分に当たらない。したがって、本件通知については法189条1項に基づく不服申立てをすることができない。

2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

ア 法において、被扶養者とは、被保険者と一定の親族等の関係がある者であって、主としてその被保険者により生計を維持するなどの要件を満たすものをいう(3条7項)。そして、被扶養者が保険医療機関等から療養を受けたときなどには、被保険者に対し、家族療養費の支給その他の保険給付(法52条6~8号。「被扶養者に係る保険給付」)が行われる(法第4章第4節)。
これに対し、被保険者の親族等であっても被扶養者に該当しないものについては、原則として、国民健康保険の被保険者に該当し(平成27年法律第31号による改正前の国民健康保険法5条、6条5号)、その資格の取得につき届出を要することとなる(同法9条1項)。そして、当該親族等については、国民健康保険の保険料等が徴収される(同法76条1項)とともに、同法第4章の規定に基づく保険給付が行われることとなる。

健康保険組合が管掌する健康保険について、健康保険法施行規則(平成27年厚生労働省令第150号による改正前のもの。以下「規則」という。)は、被保険者が被扶養者を有するとき、又は被扶養者を有するに至ったときは、健康保険組合に被扶養者届が提出されるべき旨を定めた(24条2項、38条1項)上で、法39条1項の規定により被保険者の資格の取得の確認が行われた場合には被保険者に様式第9号による被保険者証が交付されるべき旨規定する(47条2項)ところ、様式第9号 は、被扶養者に係る被保険者証の様式を定めている。また、規則50条1項は、健康保険組合は定期的に被扶養者に係る確認をすることができる旨を規定している。
そして、被扶養者が保険医療機関等からいわゆる保険診療(家族療養費の支給を受けるべき療養)を受けようとする場合には、被保険者が保険医療機関等から保険診療(療養の給付)を受けようとする場合と同様に、やむを得ない理由がない限り、被保険者証を当該保険医療機関等に提出しなければならないとされている(法63条3項、110条7項、規則53条、90条)。いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険等を利用しないで医療機関を受診する者はほとんどないため、健康保険組合から、被保険者の親族等が被扶養者には該当しないと判断され、被扶養者に係る被保険者証が交付されない場合には、当該親族等については、国民健康保険の被保険者の資格の取得につき届出をしない限り、適時に適切な診療を受けられないおそれがあることとなる。

ウ 被扶養者に係る保険給付に関する法律関係は、事柄の性質上、多数の者について生じ得るところ、上記のとおり、健康保険制度を含む医療保険制度全体の仕組みの下においては、被保険者の親族等が被扶養者に該当することは被扶養者に係る保険給付が行われるための資格としての性質を有し、その該当性の有無によって当該親族等に適用される医療保険の種類が決せられるものということができる。また、被扶養者に係る被保険者証が交付されない場合には、被保険者の親族等に生活上の相当の不利益が生ずることとなる。こうした点に照らすと、上記該当性についての健康保険組合の判断は、被保険者及びその判断の対象となった親族等の法律上の地位を規律するものであり、被保険者の資格の得喪について健康保険組合による確認という処分をもって早期に確定させるものとされている(法39条1項)のと同様に、上記判断を早期に確定させ、適正公平な保険給付の実現や実効的な権利救済等を図る必要性が高いものということができる。法は、以上のような点に鑑み、健康保険組合が管掌する健康保険の被保険者が被扶養者を有するかどうかについては、健康保険組合においてその認定判断をし、その結果を被保険者に通知することを当然に予定しているものと解される。規則が、被扶養者届や被扶養者に係る被保険者証の交付のほか、被扶養者に係る定期的な確認について規定しているのも、法の上記の趣旨を受けたものということができる。そうすると、上記の通知は処分に該当すると解するのが相当である。
法189条1項が被保険者の資格等に関する処分について、社会保険審査官に対する審査請求及び社会保険審査会に対する再審査請求という特別の不服申立ての制度を設けた趣旨は、これらの処分が多数の被保険者等の生活に影響するところが大きいこと等に鑑み、専門の不服審査機関による簡易迅速な手続によって被保険者等の権利利益の救済を図ることにあるものと解される。そして、上記 に説示したところによれば、その趣旨は、上記の健康保険組合による被扶養者に係る認定判断の結果の通知にも妥当するというべきである。

したがって、健康保険組合が被保険者に対して行うその親族等が被扶養者に該当しない旨の通知は、法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当すると解するのが相当である。

3 以上によれば、本件通知について法189条1項に基づく不服申立てをすることができないとした原審の前記判断には、同項の解釈適用を誤った違法がある。
しかしながら、前記事実関係等によれば、本件審査請求は、社会保険審査官及び社会保険審査会法(平成26年法律第69号による改正前のもの)4条1項所定の審査請求期間を徒過してされた不適法なものといわざるを得ないから、本件再審査請求を却下した本件裁決の取消請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。
そして、以上に説示したところによれば、本件決定及び本件裁決の違法を理由とする損害賠償請求は理由がない。
論旨は、結局、採用することができない。

第3 職権による検討
原審は、前記事実関係等の下において、本件通知の取消請求を棄却すべきものとした。しかしながら、前記第2のとおり、本件審査請求が不適法である以上、上記取消請求に係る訴えは、不服申立ての前置を規定する法192条の要件を満たさない不適法な訴えであることが明らかであり、これを却下すべきである。

第4 結論
以上のとおり、被上告人組合に対する本件通知の取消請求に係る訴えは不適法であり、同請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから、原判決中同請求に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消し、上記訴えを却下すべきである。また、上告人の被上告人国に対する上告は棄却すべきである。