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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

市が公共の用に供するために借り受けた土地につき固定資産税を非課税とすることができないのに非課税措置を採ったことによる損害と右措置を採らなかったならば必要とされる右土地の使用の対価の支払を免れたという利益とは損益相殺の対象となるとされた事例

 平成6年12月20日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
一 通常の取引上固定資産の貸借の対価に相当する額に至らないとしても、その固定資産の使用に対する代償として金員が支払われている場合は、地方税法三四八条二項ただし書にいう「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たる。
二 市が公共の用に供するために借り受けた土地につき、固定資産税を非課税とすることができないのに非課税措置を採ったことにより、通常の賃貸借における賃料額よりかなり低額の使用料を支払うにとどめる旨の合意に至った場合においては、右措置を採ったことにより被った固定資産税相当額の損害と右措置を採らなかったならば必要とされる土地使用の対価の支払を免れたという利益とは、損益相殺の対象となる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/524/052524_hanrei.pdf

 

一 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 東村山市は、市民の利用に供するテニスコート、少年野球場及びゲートボール場を設けるため、第一審判決別表第一の借用地欄記載の各土地(「本件各土地」)をその所有者らから提供を受けて確保することを企図し、そのため、右所有者らに対し、本件各土地の提供を受けた場合にはその固定資産税は非課税とする旨の見解を示し、また、本件各土地につき三・三平方メートル当たり一箇月五〇円の割合の金員を報償費として支払う旨を提案して協力を求め、その結果、右所有者らから右提案内容についての了解を得て本件各土地を借り受けた。
 同市の市長であった上告人は、右の合意に従い、本件各土地につき、昭和六〇年度の固定資産税を賦課しない措置(「本件非課税措置」)を採り、その後、その徴収権が時効により消滅するに至った。
 なお、通常の取引上本件各土地を建物所有以外の目的で賃借する場合の賃料額は、三・三平方メートル当たり一箇月五〇〇円ないし一三七三円であり、また、本件各土地に課される固定資産税額は、三・三平方メートル当たりに換算すると一箇月一〇〇円ないし二〇〇円であって、本件各土地についての右賃料額は、右各固定資産税額及び右各報償費の合計額よりもはるかに高額なものとなる。

二 原審は、右の事実を前提として、次のとおり判示した。

 1 本件において、同市は、本件各土地の所有者らに対し、土地の借受けの見返りとして右報償費を支払っているので、地方税法(以下「法」という。)三四八条二項ただし書及び東村山市税条例(昭和二五年条例第四号。以下「市税条例」という。)四〇条の六にいう「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たり、上告人は、右各規定により、本件各土地に対し固定資産税を課すべき義務を負っているというべきである。

 2 上告人は、法律上、固定資産税を課すべき義務を負っているのであるから、同市が、本件各土地所有者らに対し、固定資産税を課さない旨の見解を示して土地を借り受けたとしても、そのことにより本件非課税措置の違法性が阻却されるものではない。

 3 地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟における損害額の算定に当たっては、普通地方公共団体の得た利益をもしんしゃくすべきであるが、右利益は、問題とされた財務会計上の行為と法律上対価関係にあり、かつ、相当因果関係にあることが必要であり、そのような関係にない事実上の利益はしんしゃくすべきではないところ、同市は、本件各土地の借受けによって、通常の賃貸借における賃料額から右報償費を差し引いた額相当の利益(差引利益)を得ていることは明らかであるが、右利益は事実上のものにすぎず、本件非課税措置とは法律上対価関係にはなく、また、相当因果関係もないので、これをしんしゃくすべきではない。したがって、同市は、本件各土地に対する固定資産税の合計額に相当する額の損害を被ったことになる。

三 原審の右判断のうち、1及び2は是認することができるが、3は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 法三四八条二項は、そのただし書において、固定資産を有料で借り受けた者がこれを同項各号所定の固定資産として使用する場合には、本文の規定にかかわらず、固定資産税を右固定資産の所有者に課することができるとしているところ、ここでいう「固定資産を有料で借り受けた」とは、通常の取引上固定資産の貸借の対価に相当する額に至らないとしても、その固定資産の使用に対する代償として金員が支払われているときには、これに当たるものというべきである。
 また、市税条例四〇条の六にいう「固定資産を有料で借り受けた」も、これと同趣旨であると解すべきである。
 ところで、同市が本件各土地の所有者らに対し、土地の借入れの見返りとして支払っている報償費の金額は、一律に三・三平方メートル当たり月額五〇円であり、これは、本件各土地を賃借した場合の賃料の一〇分の一以下であるけれども、面積に応じて報償費が支払われていること、前記の使用目的からみて本件各土地の所在場所等によってその利用価値に大きな差があるとは考えられないことからすると、報償費は土地使用の代償であって、同市が本件各土地を報償費を支払って借り受けたことは、「固定資産を有料で借り受けた」場合に当たると解すべきである。前記二の1のとおり原審の判断はこれと同旨であり、正当として是認することができ、この点につき原判決に所論の違法はない。上告理由一は採用することができない。

 2 上告人が、法律上、固定資産税を課すべき義務を負っている以上、同市が、本件各土地所有者らに対し、固定資産税を課さない旨の見解を示して土地を借り受けたとしても、そのことにより本件非課税措置の違法性が阻却されるものではない。
前記二の2のとおり原審の判断はこれと同旨であり、正当として是認することができ、この点につき原判決に所論の違法はない。上告理由二は採用することができない。

 3 次に、本件非課税措置による損害の発生について検討する。

  (一) 地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟において住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他の私法上の損害賠償請求権と異なるところはないというべきであるから、損害の有無、その額については、損益相殺が問題になる場合はこれを行った上で確定すべきものである。したがって、財務会計上の行為により普通地方公共団体に損害が生じたとしても、他方、右行為の結果、その地方公共団体が利益を得、あるいは支出を免れることによって利得をしている場合、損益相殺の可否については、両者の間に相当因果関係があると認められる限りは、これを行うことができる。

  (二) 本件においては、同市は、本件各土地を借り受けるに際し、土地所有者らに対し、各土地の固定資産税は非課税とする旨の見解を示し、通常の賃貸借における賃料額よりかなり低額の右報償費を支払うことを約束して貸借の合意に至っており、上告人は、これに従って本件非課税措置を採ったものである。

しかし、前示のとおり、本件は固定資産税を非課税とすることができる場合ではないので、本件非課税措置は違法というべきであり、同市は、これにより右税額相当の損害を受けたものというべきである。

しかしながら、同市は、同時に、本来なら支払わなければならない土地使用の対価の支払を免れたものであり、右対価の額から右報償費を差し引いた額相当の利益を得ていることも明らかである。

そして、上告人が本件非課税措置を採らずに固定資産税を賦課した場合には、それでもなお本件各土地の所有者らが本件のような低額の金員を代償として土地の使用を許諾したはずであるという事情は認定されていないので、前記の原審認定事実によれば、同市があくまでも本件各土地の借受けを希望するときは、土地使用の対価として、近隣の相場に従った額又はそれに近い額の賃料を支払う必要が生じたことは、見やすいところであり、その額が固定資産税相当額に右報償費相当額を加えた額以上の金額になることは、前記の原審の認定する各金額の差から明らかである。

したがって、上告人が本件非課税措置を採ったことによる同市の損害と、右措置を採らなかった場合に必要とされる本件各土地の使用の対価の支払をすることを免れたという同市が得た前記の差引利益とは、対価関係があり、また、相当因果関係があるというべきであるから、両者は損益相殺の対象となるものというべきである。

そうであれば、後者の額は前者の額を下回るものではないから、同市においては、結局、上告人が本件非課税措置を採ったことによる損害はなかったということになる。

  (三) 以上によれば、上告人が本件非課税措置を採ったことにより同市が固定資産税相当額の損害を被ったとする原判決及び第一審判決は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点の論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、第一審判決は取り消されるべきであり、右判示するところによれば、被上告人らの本訴請求は、理由がなく、棄却されるべきものである。