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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

固定資産の価格を過大に決定されたことによって損害を被った納税者が地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経ていない場合における国家賠償請求の許否(積極)

平成22年6月3日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して固定資産の価格を過大に決定したときは,これによって損害を被った当該納税者は,地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく,国家賠償請求を行い得る。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/271/080271_hanrei.pdf

以下に摘示する地方税法及び固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。以下「評価基準」という。)の規定ないし定めは,特に断りのない限り現行のものをいう。なお,昭和62年1月1日から平成18年12月31日までの間に施行された地方税法及び評価基準の改正の経緯については,説示に影響しないことから,その記述を省略する。

1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載の倉庫(「本件倉庫」)を所有し,その固定資産税等を納付してきた上告人が,昭和62年度から平成13年度までの各賦課決定の前提となる価格の決定には本件倉庫の評価を誤った違法があり,上記のような評価の誤りについて過失が認められると主張して,所定の不服申立手続を経ることなく,被上告人を相手に,国家賠償法1条1項に基づき,上記各年度に係る固定資産税等の過納金及び弁護士費用相当額の損害賠償等を求めている事案である。

2(1) 地方税法によれば,固定資産税の納税者は,その納付すべき当該年度の固定資産税に係る固定資産について固定資産課税台帳に登録された価格について不服がある場合においては,原則として価格の公示の日から納税通知書の交付を受けた日後60日までの間(ただし,平成11年法律第15号による改正前においては原則として毎年3月1日から同月30日までの間,平成14年法律第17号による改正前においては原則として毎年3月1日から納税通知書の交付を受けた日後30日までの間)において,固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(432条1項本文),同委員会の決定に不服があるときは,その取消しの訴えを提起することができる(434条1項)。同委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる(同条2項)。なお,都市計画税(平成19年法律第4号による改正前の702条2項によれば,その課税標準である土地又は家屋の価格は,当該土地又は家屋に係る固定資産税の課税標準となるべき価格である。)の賦課徴収に関する不服申立て及び出訴についても,固定資産税の例による(702条の8(平成5年法律第4号による改正前は702条の7)第2項)。

(2) 市町村長は,原則として,評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならないところ(地方税法403条1項,388条1項),評価基準は,木造家屋以外の家屋の損耗の状況による減点補正率を,原則として,非木造家屋経年減点補正率基準表(評価基準別表第13)によって求めるものとしている(第2章第3節五(ただし,平成12年自治省告示第12号による改正前においては同節三))。そして,平成20年総務省告示第680号による改正前の同表の7は,工場,倉庫,発電所,変電所,停車場及び車庫用建物について用途別に区分して経年減点補正率(家屋の構造区分に従い,通常の維持管理を行うものとした場合にその年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎とする減点補正率をいう。)を定めているところ,これを適用すると,一般用の倉庫等は,冷凍倉庫用の建物や塩素その他の著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受ける建物等(「冷凍倉庫等」)よりも高く評価されることになっている。

3 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 平成18年度に至るまで,本件倉庫は,一般用の倉庫に該当することを前提にして評価され,昭和62年度から平成13年度までのその価格並びに固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」と総称する。)の税額は,第1審判決別表2の「実際の評価額及び税額」欄記載のとおり決定された(以下,これらの決定を併せて「本件各決定」という。)。上告人は,本件各決定に従って固定資産税等を納付してきた。

(2) 名古屋市長から固定資産税等の賦課徴収に関し権限の委任を受けていた名古屋市港区長は,平成18年5月26日付けで,上告人に対し,本件倉庫が冷凍倉庫等に該当するとして,平成14年度から同18年度までの登録価格を修正した旨を通知した上,上記各年度に係る本件倉庫の固定資産税等の減額更正をした。その後,上告人は,同14年度から同17年度までの固定資産税等につき,納付済み税額と上記更正後税額との差額として389万9000円を還付された。

(3) 上告人は,本件訴えの提起に至るまで,本件倉庫の登録価格に関し,固定資産評価審査委員会に対する審査の申出を行ったことはない。

4 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額を損害とする損害賠償請求を許容することは,当該固定資産に係る価格の決定又はこれを前提とする当該固定資産税等の賦課決定に無効事由がある場合は別として,実質的に,課税処分を取り消すことなく過納金の還付を請求することを認めたのと同一の効果を生じ,課税処分や登録価格の不服申立方法及び期間を制限してその早期確定を図った地方税法の趣旨を潜脱するばかりか,課税処分の公定力をも実質的に否定することになって妥当ではない。そして,評価基準別表第13の7の冷凍倉庫等に係る定めが一義的なものではないことなどに照らすと,本件各決定に無効とすべき程度の瑕疵はない。

(2) なお,評価事務上の物理的,時間的な制約等を考慮すれば,地方税法408条所定の実地調査は,特段の事情のない限り,外観上固定資産の利用状況等を確認し,変化があった場合にこれを認識する程度のもので足りるところ,本件においてそのような特段の事情があったといえるような事実がうかがわれないことなどからすれば,本件各決定が過失に基づいてされたということもできない。

5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる。」と定めており,地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは,当該地方公共団体がこれを賠償する責任を負う。

前記のとおり,地方税法は,固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は,同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる旨を規定するが,同規定は,固定資産課税台帳に登録された価格自体の修正を求める手続に関するものであって(435条1項参照),当該価格の決定が公務員の職務上の法的義務に違背してされた場合における国家賠償責任を否定する根拠となるものではない。

原審は,国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額に係る損害賠償請求を許容することは課税処分の公定力を実質的に否定することになり妥当ではないともいうが,行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについては,あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではない(最高裁昭和36年4月21日第二小法廷判決)。

このことは,当該行政処分が金銭を納付させることを直接の目的としており,その違法を理由とする国家賠償請求を認容したとすれば,結果的に当該行政処分を取り消した場合と同様の経済的効果が得られるという場合であっても異ならないというべきである。

そして,他に,違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国家賠償請求を行うことを否定する根拠となる規定等は見いだし難い。
したがって,たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても,公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは,これによって損害を被った当該納税者は,地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく,国家賠償請求を行い得るものと解すべきである。

(2) また,記録によれば,本件倉庫の設計図に「冷蔵室(-30℃)」との記載があることや本件倉庫の外観からもクーリングタワー等の特徴的な設備の存在が容易に確認し得ることがうかがわれ,これらの事情に照らすと,原判決が説示するような理由だけでは,本件倉庫を一般用の倉庫等として評価してその価格を決定したことについて名古屋市長に過失が認められないということもできない。

6 以上と異なる見解の下に,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件各決定に際し本件倉庫を一般用の倉庫として評価したことは名古屋市長が上告人に対する職務上の法的義務に違背した結果といえるか否か,仮に違背していたとする場合における上告人の損害額等の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮川光治,同金築誠志の各補足意見がある。