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 米国法人がウェブサイトに掲載した記事による名誉等の毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟について,民訴法3条の9にいう「特別の事情」があるとされた事例

平成28年3月10日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
日本法人とその取締役であるXらが米国法人Yに対してYがインターネット上のウェブサイトに掲載した記事による名誉等の毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟について,当該訴訟がその提起当時に既に米国の裁判所に訴訟が係属していたYの株式の強制的な償還等に関するXらとYとの間の紛争から派生したものであり,本案の審理において想定される主な争点についての証拠方法が主に米国に所在するなど判示の事情の下においては,民訴法3条の9にいう「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるというべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/737/085737_hanrei.pdf

1 本件は,上告人らが,被上告人がインターネット上のウェブサイトに掲載した記事によって名誉及び信用を毀損されたなどと主張して,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求する事案である。米国ネバダ州法人である被上告人が上記記事をウェブサイトに掲載することによって,日本法人とその取締役である上告人らの名誉及び信用の毀損という結果が日本国内で発生したといえることから,本件訴えについては日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合に当たる(民訴法3条の3第8号)。その上で,「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」(民訴法3条の9)があり,本件訴えを却下することができるか否かが争われている。

2 記録によって認められる本件の事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人X1(以下「上告人会社」という。)は,パチンコ遊技機の開発,製造,販売等を主たる業務とする日本法人であり,上告人X2は,上告人会社の取締役会長である。上告人会社の子会社であるA(「A」)は,ネバダ州法人であり,被上告人の発行済株式の総数の約20%を保有していた。

被上告人は,カジノの運営を主たる業務とするネバダ州法人であり,ネバダ州でゲーミング(賭博営業)免許を受けている。上告人X2は被上告人の取締役でもあった。

(2) ネバダ州の法令上,ゲーミング免許の取得者は,関係者が犯罪に関与しているなど不適格であると規制当局に認定されると,当該免許を剥奪されることがある。また,被上告人の定款には,取締役会が,ゲーミング免許の維持を脅かす可能性のある者として不適格であると自ら判断した株主の株式を強制的に償還する旨の定めがある。

(3) A及び上告人らは,被上告人や他の出資者との間で,被上告人への出資等に関連する複数の合意をしている。これらの合意中には,同合意に関して提起される訴訟をネバダ州裁判所の専属管轄とし,ネバダ州法を準拠法とする定めがあり,また,同合意に係る契約書面はいずれも英語で作成されている。

(4) 被上告人のコンプライアンス委員会は,平成23年,米国の法律事務所に,上告人X2が被上告人のゲーミング免許の維持を脅かすこととなり得る行為に関与した可能性を示す証拠が存在するかどうかなどの調査をさせた。
上記法律事務所は,平成24年2月18日,上告人X2及びその関係者が,フィリピンや韓国においてゲーミング事業の監督等を行う立場にあった政府職員等に対し賄賂を供与するなど米国の連邦法である海外腐敗行為防止法に違反する行為を繰り返してきたようにみられること等を記載した報告書(「本件報告書」)を上記委員会に提出した。本件報告書の調査資料となった多数の文書,本件報告書の作成に関与した者,上記調査において事情聴取を受けた者等は,主として米国に所在する。

(5) 被上告人の取締役会は,平成24年2月18日,上告人X2を除く取締役の全員一致で,本件報告書に基づき,A及び上告人らは被上告人の定款にいう不適格である者と判断し,Aが保有する被上告人の株式を強制的に償還することを決議した。

(6) 被上告人は,平成24年2月19日,そのウェブサイトに英語で作成された要旨次のような内容の記事(「本件記事」)を掲載した。

ア 上告人X2及びその関係者が,自らの利益を図るために,海外腐敗行為防止法に明白に違反し被上告人の行動準則を著しく無視するやり方で,3年余りの期間に36回以上にわたって不適切な活動に従事してきたことが,本件報告書によって立証されたこと

イ 被上告人の取締役会は,平成24年2月18日,上告人X2を除く取締役の全員一致で,A及び上告人らは被上告人の定款にいう不適格である者と判断し,Aが保有する被上告人の株式を強制的に償還する決議をしたこと

(7) 被上告人は,平成24年2月19日,ネバダ州裁判所に対し,A及び上告人らを被告として,被上告人が合法的にかつ定款等に忠実に行動したことの確認請求及び上告人X2の信認義務違反に関する損害賠償請求に係る訴訟を提起した。

これに対し,A及び上告人会社は,同年3月12日,被上告人及びその取締役らを被告として,被上告人の上記取締役会決議は無効であるとして,その履行の差止めと損害賠償等を求める反訴を提起した(「別件米国訴訟」)。
別件米国訴訟における開示の手続では,当事者双方から,合計約100名の証人及び合計約9500点の文書が開示されている。開示された文書の大部分は英語で作成され,また,証人の大半は米国等に在住し日本語に通じない。

(8) 上告人らは,平成24年8月,東京地方裁判所に本件訴訟を提起した。
本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点は,本件記事の摘示する事実が真実であるか否か及び被上告人がその摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由があるか否かである。本件訴訟と別件米国訴訟とは,事実関係や法律上の争点について,共通し又は関連する点が多いものとみられる。

3 そこで,本件について,民訴法3条の9にいう「事案の性質,応訴による被告の負担の程度,証拠の所在地その他の事情を考慮して,日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるか否かを検討する。

上記事実関係等によれば,本件訴訟の提起当時に既に係属していた別件米国訴訟は,米国法人である被上告人が,上告人X2及びその関係者が海外腐敗行為防止法に違反する行為を繰り返すなどしていたとして,上告人X2が取締役会長を務める上告人会社の子会社であるAが保有する被上告人の株式を強制的に償還したこと等に関して,被上告人とA及び上告人らとの間で争われている訴訟であるところ,本件訴訟は,上告人らが,上記の強制的な償還の経緯等について記載する本件記事によって名誉及び信用を毀損されたなどと主張して,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めるものであるから,別件米国訴訟に係る紛争から派生した紛争に係るものといえる。

そして,事実関係や法律上の争点について,本件訴訟と共通し又は関連する点が多い別件米国訴訟の状況に照らし,本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点についての証拠方法は,主に米国に所在するものといえる。

さらに,上告人らも被上告人も,被上告人の経営に関して生ずる紛争については米国で交渉,提訴等がされることを想定していたといえる。実際に,上告人らは,別件米国訴訟において応訴するのみならず反訴も提起しているのであって,本件訴えに係る請求のために改めて米国において訴訟を提起するとしても,上告人らにとって過大な負担を課することになるとはいえない。

加えて,上記の証拠の所在等に照らせば,これを日本の裁判所において取り調べることは被上告人に過大な負担を課することになるといえる。これらの事情を考慮すると,本件については,民訴法3条の9にいう「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるというべきである。
以上と同旨の見解に立って,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断は,正当として是認することができる。

 

民事訴訟

(特別の事情による訴えの却下)
第三条の九 裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。