公立小中学校等の教職員の職員団体が教育研究集会の会場として市立中学校の学校施設を使用することを不許可とした市教育委員会の処分が裁量権を逸脱したものであるとされた事例
平成18年2月7日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
1 公立学校の学校施設の目的外使用を許可するか否かは,原則として,管理者の裁量にゆだねられており,学校教育上支障がない場合であっても,行政財産である学校施設の目的及び用途と当該使用の目的,態様等との関係に配慮した合理的な裁量判断により許可をしないこともできる。
2 学校教育法85条に定める学校教育上の支障がある場合とは,物理的支障がある場合に限られるものではなく,教育的配慮の観点から,児童,生徒に対し精神的悪影響を与え,学校の教育方針にもとることとなる場合も含まれ,現在の具体的な支障がある場合だけでなく,将来における教育上の支障が生ずるおそれが明白に認められる場合も含まれる。
3 公立学校の学校施設の目的外使用を許可するか否かの管理者の判断の適否に関する司法審査は,その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で,その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し,その判断が,重要な事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って,裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものである。
4 公立小中学校等の教職員によって組織された職員団体がその主催する教育研究集会の会場として市立中学校の学校施設を使用することの許可を申請したのに対し,市教育委員会が同中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想されるとの理由でこれを不許可とする処分をした場合につき,(1)教育研究集会は,上記職員団体の労働運動としての側面も強く有するものの,教員らによる自主的研修としての側面をも有していること,(2)前年の第48次教育研究集会まで1回を除いてすべて学校施設が会場として使用されてきていたこと,(3)上記申請に係る集会について右翼団体等による具体的な妨害の動きがあったことは認められず,上記集会の予定された日は休校日である土曜日と日曜日であったこと,(4)教育研究集会の要綱などの刊行物に学習指導要領等に対して批判的な内容の記載は存在するが,いずれも抽象的な表現にとどまり,それらが自主的研修の側面を大きくしのぐほどに中心的な討議対象となるものとまでは認められないこと,(5)当該集会の中でも学校教科項目の研究討議を行う分科会の場として学校施設を利用する場合と他の公共施設を利用する場合とで利便性に大きな差違があることは否定できないこと,(6)当該中学校の校長が職員会議を開いた上で支障がないとし,いったんは口頭で使用を許可する意思を表示した後に,市教育委員会が過去の右翼団体の妨害行動を例に挙げて使用させない方向に指導し,不許可処分をするに至ったことなど判示の事情の下においては,上記不許可処分は裁量権を逸脱したものである。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/387/052387_hanrei.pdf
1 本件は,広島県の公立小中学校等に勤務する教職員によって組織された職員団体である被上告人が,その主催する第49次広島県教育研究集会(「本件集会」)の会場として,呉市立E中学校(「本件中学校」)の体育館等の学校施設の使用を申し出たところ,いったんは口頭でこれを了承する返事を本件中学校の校長(「校長」)から得たのに,その後,呉市教育委員会(「市教委」)から不当にその使用を拒否されたとして,上告人に対し,国家賠償法に基づく損害賠償を求めた事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,以下のとおりである。
(1) 呉市立学校施設使用規則(昭和40年呉市教育委員会規則第4号。以下「本件使用規則」という。)2条は,学校施設を使用しようとする者は,使用日の5日前までに学校施設使用許可申請書を当該校長に提出し,市教委の許可を受けなければならないとしている。本件使用規則は,4条で,学校施設は,市教委が必要やむを得ないと認めるときその他所定の場合に限り,その用途又は目的を妨げない限度において使用を許可することができるとしているが,5条において,施設管理上支障があるとき(1号),営利を目的とするとき(2号),その他市教委が,学校教育に支障があると認めるとき(3号)のいずれかに該当するときは,施設の使用を許可しない旨定めている。
(2) 被上告人は,本件集会を,本件中学校において,平成11年11月13日(土)と翌14日(日)の2日間開催することとし,同年9月10日,校長に学校施設の使用許可を口頭で申し込んだところ,校長は,同月16日,職員会議においても使用について特に異議がなかったので,使用は差し支えないとの回答をした。
市教委の教育長は,同月17日,被上告人からの使用申込みの事実を知り,校長を呼び出して,市教委事務局学校教育部長と3人で本件中学校の学校施設の使用の許否について協議をし,従前,同様の教育研究集会の会場として学校施設の使用を認めたところ,右翼団体の街宣車が押し掛けてきて周辺地域が騒然となり,周辺住民から苦情が寄せられたことがあったため,本件集会に本件中学校の学校施設を使用させることは差し控えてもらいたい旨切り出した。しばらくのやりとりの後,校長も使用を認めないとの考えに達し,同日,校長から被上告人に対して使用を認めることができなくなった旨の連絡をした。
被上告人側と市教委側とのやりとりを経た後,被上告人から同月10日付けの使用許可申請書が同年10月27日に提出されたのを受けて,同月31日,市教委において,この使用許可申請に対し,本件使用規則5条1号,3号の規定に該当するため不許可にするとの結論に達し,同年11月1日,市教委から被上告人に対し,同年10月31日付けの学校施設使用不許可決定通知書が交付された(「本件不許可処分」)。同通知書には,不許可理由として,本件中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想されるとの記載があった。
(3) 本件集会は,結局,呉市福祉会館ほかの呉市及び東広島市の七つの公共施設を会場として開催された。
(4) 被上告人は,昭和26年から毎年継続して教育研究集会を開催してきており,毎回1000人程度の参加者があった。第16次を除いて,第1次から第48次まで,学校施設を会場として使用してきており,広島県においては本件集会を除いて学校施設の使用が許可されなかったことはなかった。呉市内の学校施設が会場となったことも,過去10回前後あった。
(5) 被上告人の教育研究集会では,全体での基調提案ないし報告及び記念公演のほか,約30程度の数の分科会に分かれての研究討議が行われる。各分科会では,学校教科その他の項目につき,新たな学習題材の報告,授業展開に当たっての具体的な方法論の紹介,各項目における問題点の指摘がされ,これらの報告発表に基づいて討議がされる。このように,教育研究集会は,教育現場において日々生起する教育実践上の問題点について,各教師ないし学校単位の研究や取組みの成果が発表,討議の上,集約され,その結果が教育現場に還元される場ともなっている一方,広島県教育委員会(「県教委」)等による研修に反対する立場から,職員団体である被上告人の基本方針に基づいて運営され,分科会のテーマ自体にも,教職員の人事や勤務条件,研修制度を取り上げるものがあり,教科をテーマとするものについても,学習指導要領に反対したり,これを批判する内容のものが含まれるなど,被上告人の労働運動という側面も強く有するものであった。
(6) 平成4年に呉市で行われた第42次教育研究集会を始め,過去,被上告人の開催した教育研究集会の会場である学校に,集会当日,右翼団体の街宣車が来て,スピーカーから大音量の音を流すなどの街宣活動を行って集会開催を妨害し,周辺住民から学校関係者等に苦情が寄せられたことがあった。
しかし,本件不許可処分の時点で,本件集会について右翼団体等による具体的な妨害の動きがあったという主張立証はない。
(7) 被上告人の教育研究集会の要綱などの刊行物には,学習指導要領の問題点を指摘しこれを批判する内容の記載や,文部省から県教委等に対する是正指導にもあった卒業式及び入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導に反対する内容の記載が多数見受けられ,過去の教育研究集会では,そのような内容の討議がされ,本件集会においても,同様の内容の討議がされることが予想された。もっとも,上記記載の文言は,いずれも抽象的な表現にとどまっていた。
(8) 県教委と被上告人とは,以前から,国旗掲揚,国歌斉唱問題や研修制度の問題等で緊張関係にあり,平成10年7月に新たな教育長が県教委に着任したころから,対立が激化していた。
3 原審は,上記事実関係を前提として,本件不許可処分は裁量権を逸脱した違法な処分であると判断した。所論は,原審の上記判断に,地方自治法244条2項,238条の4第4項,学校教育法85条,教育公務員特例法(平成15年法律第117号による改正前のもの。以下同じ。)19条,20条の解釈の誤り,裁量権濫用の判断の誤り等があると主張するので,以下この点について判断する。
(1) 地方公共団体の設置する公立学校は,地方自治法244条にいう「公の施設」として設けられるものであるが,これを構成する物的要素としての学校施設は同法238条4項にいう行政財産である。したがって,公立学校施設をその設置目的である学校教育の目的に使用する場合には,同法244条の規律に服することになるが,これを設置目的外に使用するためには,同法238条の4第4項に基づく許可が必要である。教育財産は教育委員会が管理するとされているため(地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条2号),上記の許可は本来教育委員会が行うこととなる。
学校施設の確保に関する政令(昭和24年政令第34号。以下「学校施設令」という。)3条は,法律又は法律に基づく命令の規定に基づいて使用する場合及び管理者又は学校の長の同意を得て使用する場合を例外として,学校施設は,学校が学校教育の目的に使用する場合を除き,使用してはならないとし(1項),上記の同意を与えるには,他の法令の規定に従わなければならないとしている(2項)。同意を与えるための「他の法令の規定」として,上記の地方自治法238条の4第4項は,その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができると定めており,その趣旨を学校施設の場合に敷えんした学校教育法85条は,学校教育上支障のない限り,学校の施設を社会教育その他公共のために,利用させることができると規定している。本件使用規則も,これらの法令の規定を受けて,市教委において使用許可の方法,基準等を定めたものである。
(2) 【要旨1】地方自治法238条の4第4項,学校教育法85条の上記文言に加えて,学校施設は,一般公衆の共同使用に供することを主たる目的とする道路や公民館等の施設とは異なり,本来学校教育の目的に使用すべきものとして設置され,それ以外の目的に使用することを基本的に制限されている(学校施設令1条,3条)ことからすれば,学校施設の目的外使用を許可するか否かは,原則として,管理者の裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。
すなわち,学校教育上支障があれば使用を許可することができないことは明らかであるが,そのような支障がないからといって当然に許可しなくてはならないものではなく,行政財産である学校施設の目的及び用途と目的外使用の目的,態様等との関係に配慮した合理的な裁量判断により使用許可をしないこともできるものである。
【要旨2】学校教育上の支障とは,物理的支障に限らず,教育的配慮の観点から,児童,生徒に対し精神的悪影響を与え,学校の教育方針にもとることとなる場合も含まれ,現在の具体的な支障だけでなく,将来における教育上の支障が生ずるおそれが明白に認められる場合も含まれる。また,
【要旨3】管理者の裁量判断は,許可申請に係る使用の日時,場所,目的及び態様,使用者の範囲,使用の必要性の程度,許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度,代替施設確保の困難性など許可をしないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるものであり,その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては,その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で,その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し,その判断が,重要な事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って,裁量権の逸脱又は濫用として違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3) 教職員の職員団体は,教職員を構成員とするとはいえ,その勤務条件の維持改善を図ることを目的とするものであって,学校における教育活動を直接目的とするものではないから,職員団体にとって使用の必要性が大きいからといって,管理者において職員団体の活動のためにする学校施設の使用を受忍し,許容しなければならない義務を負うものではないし,使用を許さないことが学校施設につき管理者が有する裁量権の逸脱又は濫用であると認められるような場合を除いては,その使用不許可が違法となるものでもない。また,従前,同一目的での使用許可申請を物理的支障のない限り許可してきたという運用があったとしても,そのことから直ちに,従前と異なる取扱いをすることが裁量権の濫用となるものではない。もっとも,従前の許可の運用は,使用目的の相当性やこれと異なる取扱いの動機の不当性を推認させることがあったり,比例原則ないし平等原則の観点から,裁量権濫用に当たるか否かの判断において考慮すべき要素となったりすることは否定できない。
(4) 以上の見地に立って本件を検討するに,原審の適法に確定した前記事実関係等の下において,以下の点を指摘することができる。
ア 教育研究集会は,被上告人の労働運動としての側面も強く有するものの,その教育研究活動の一環として,教育現場において日々生起する教育実践上の問題点について,各教師ないし学校単位の研究や取組みの成果が発表,討議の上,集約される一方で,その結果が,教育現場に還元される場ともなっているというのであって,教員らによる自主的研修としての側面をも有しているところ,その側面に関する限りは,自主的で自律的な研修を奨励する教育公務員特例法19条,20条の趣旨にかなうものというべきである。被上告人が本件集会前の第48次教育研究集会まで1回を除いてすべて学校施設を会場として使用してきており,広島県においては本件集会を除いて学校施設の使用が許可されなかったことがなかったのも,教育研究集会の上記のような側面に着目した結果とみることができる。このことを理由として,本件集会を使用目的とする申請を拒否するには正当な理由の存在を上告人において立証しなければならないとする原審の説示部分は法令の解釈を誤ったものであり是認することができないものの,使用目的が相当なものであることが認められるなど,被上告人の教育研究集会のための学校施設使用許可に関する上記経緯が前記(3)で述べたような趣旨で大きな考慮要素となることは否定できない。
イ 過去,教育研究集会の会場とされた学校に右翼団体の街宣車が来て街宣活動を行ったことがあったというのであるから,抽象的には街宣活動のおそれはあったといわざるを得ず,学校施設の使用を許可した場合,その学校施設周辺で騒じょう状態が生じたり,学校教育施設としてふさわしくない混乱が生じたりする具体的なおそれが認められるときには,それを考慮して不許可とすることも学校施設管理者の裁量判断としてあり得るところである。しかしながら,本件不許可処分の時点で,本件集会について具体的な妨害の動きがあったことは認められず(なお,記録によれば,本件集会については,実際には右翼団体等による妨害行動は行われなかったことがうかがわれる。),本件集会の予定された日は,休校日である土曜日と日曜日であり,生徒の登校は予定されていなかったことからすると,仮に妨害行動がされても,生徒に対する影響は間接的なものにとどまる可能性が高かったということができる。
ウ 被上告人の教育研究集会の要綱などの刊行物に学習指導要領や文部省の是正指導に対して批判的な内容の記載が存在することは認められるが,いずれも抽象的な表現にとどまり,本件集会において具体的にどのような討議がされるかは不明であるし,また,それらが本件集会において自主的研修の側面を排除し,又はこれを大きくしのぐほどに中心的な討議対象となるものとまでは認められないのであって,本件集会をもって人事院規則14-7所定の政治的行為に当たるものということはできず,また,これまでの教育研究集会の経緯からしても,上記の点から,本件集会を学校施設で開催することにより教育上の悪影響が生ずるとする評価を合理的なものということはできない。
エ 教育研究集会の中でも学校教科項目の研究討議を行う分科会の場として,実験台,作業台等の教育設備や実験器具,体育用具等,多くの教科に関する教育用具及び備品が備わっている学校施設を利用することの必要性が高いことは明らかであり,学校施設を利用する場合と他の公共施設を利用する場合とで,本件集会の分科会活動にとっての利便性に大きな差違があることは否定できない。
オ 本件不許可処分は,校長が,職員会議を開いた上,支障がないとして,いったんは口頭で使用を許可する意思を表示した後に,上記のとおり,右翼団体による妨害行動のおそれが具体的なものではなかったにもかかわらず,市教委が,過去の右翼団体の妨害行動を例に挙げて使用させない方向に指導し,自らも不許可処分をするに至ったというものであり,しかも,その処分は,県教委等の教育委員会と被上告人との緊張関係と対立の激化を背景として行われたものであった。
(5) 【要旨4】上記の諸点その他の前記事実関係等を考慮すると,本件中学校及びその周辺の学校や地域に混乱を招き,児童生徒に教育上悪影響を与え,学校教育に支障を来すことが予想されるとの理由で行われた本件不許可処分は,重視すべきでない考慮要素を重視するなど,考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠いており,他方,当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず,その結果,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたものということができる。そうすると,原審の採る立証責任論等は是認することができないものの,本件不許可処分が裁量権を逸脱したものであるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。
4 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。