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借地上の建物の譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用収益をする場合と民法612条にいう賃借権の譲渡又は転貸

平成9年7月17日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
借地上の建物につき借地人から譲渡担保権の設定を受けた者が、建物の引渡しを受けて使用又は収益をする場合には、いまだ譲渡担保権が実行されておらず、譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても、建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/787/054787_hanrei.pdf

 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 上告人は、その所有する原判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)をDに賃貸し、Dは、同土地上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して、これに居住していた。なお、本件建物の登記簿上の所有名義人は、Dの父であるEとなっていた。

 2 Dは、平成元年二月、本件建物を譲渡担保に供してFから一三〇〇万円を借り受けたが、同月二一日、Eをして、同建物を譲渡担保としてFに譲渡する旨の譲渡担保権設定契約書及び登記申請書類に署名押印させ、これらをFに交付した。Fは、同日、Dから交付を受けた右登記申請書類を利用して、本件建物につき、代物弁済予約を原因としてFを権利者とする所有権移転請求権仮登記を経由するとともに、売買を原因として所有名義人をFの妻であるGとする所有権移転登記を経由した。

 3 Dは、同月、本件建物から退去して転居したが、その後は、上告人に対して何の連絡もせず、Fとの間の連絡もなく、行方不明となっている。

 4 被上告人は、同年六月一〇日、有限会社H商事の仲介で本件建物を賃借する契約を締結して、それ以後、同建物に居住している。右の賃貸借契約書には、契約書前文に賃貸人としてDとFの両名が併記され、末尾に「賃貸人D」「権利者F」と記載されているが、賃料の振込先としてFの銀行預金口座が記載されており、また、右契約書に添付された重要事項説明書には、本件建物の貸主及び所有者はFと記載され、H商事はFの代理人と記載されている。

 5 本件土地の地代は、従前はDが上告人方に持参して支払っていたところ、Dが本件建物から退去した後は、同年三月にFから上告人の銀行預金口座に振り込まれ.これを不審に思った上告人がFの口座に右振込金を返還すると、同年四月から一二月までFからD名義で振り込まれた。

 6 上告人は、本件建物につきG名義への所有権移転登記がされていることを知り、Gに対し、平成二年四月一三日到達の内容証明郵便により、同建物を収去して本件土地を明け渡すよう求めたところ、Fは、同年五月一四日、G名義への右所有権移転登記を錯誤を原因として抹消した。

 7 上告人は、Dに対して、平成四年七月一六日に到達したとみなされる公示による意思表示により、賃借権の無断譲渡を理由として本件土地の賃貸借契約を解除した。

 二 本件請求は、上告人が、本件土地の所有権に基づき、同土地上の本件建物を占有する被上告人に対して、同建物から退去して同土地を明け渡すことを求めるものである。

被上告人は、抗弁として、本件土地の賃借人であるDから本件建物を賃借している旨を主張しているところ、上告人は、再抗弁として、民法六一二条に基づきDとの間の同土地の賃貸借契約を解除した旨を主張している。

 原審は、被上告人の抗弁について明示の判断を示さないまま、上告人の本件土地の賃貸借契約の解除の主張につき次のとおり判断し、上告人の請求を棄却した。

 1 前記事実関係の下においては、Fは、Dに一三〇〇万円を貸し付け、右貸金債権を担保するために本件建物に譲渡担保権の設定を受け、貸金の利息として被上告人から同建物の賃料を受領している可能性が大きいということができるから、Fが本件建物の所有権を終局的、確定的に取得したものと認めることはできない。

 2 DのFに対する右貸金債務は、弁済期が既に経過しているにもかかわらず弁済されていないが、Fが譲渡担保権を実行したと認めるに足りる証拠はないから、本件建物の所有権の確定的譲渡はいまだされていない。

 3 そうすると、本件土地の賃借権も、Fに終局的、確定的に譲渡されていないから、同土地について、民法六一二条所定の解除の原因である賃借権の譲渡がされたものとはいえず、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生じない。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 借地人が借地上に所有する建物につき譲渡担保権を設定した場合には、建物所有権の移転は債権担保の趣旨でされたものであって、譲渡担保権者によって担保権が実行されるまでの間は、譲渡担保権設定者は受戻権を行使して建物所有権を回復することができるのであり、譲渡担保権設定者が引き続き建物を使用している限り、右建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたと解することはできない(最高裁昭和四〇年一二月一七日第二小法廷判決)。

しかし、地上建物につき譲渡担保権が設定された場合であっても、譲渡担保権者が建物の引渡しを受けて使用又は収益をするときは、いまだ譲渡担保権が実行されておらず、譲渡担保権設定者による受戻権の行使が可能であるとしても、建物の敷地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと解するのが相当であり、他に賃貸人に対する信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のない限り、賃貸人は同条二項により土地賃貸借契約を解除することができるものというべきである。けだし、

(1) 民法六一二条は、賃貸借契約における当事者間の信頼関係を重視して、賃借人が第三者に賃借物の使用又は収益をさせるためには賃貸人の承諾を要するものとしているのであって、賃借人が賃借物を無断で第三者に現実に使用又は収益させることが、正に契約当事者間の信頼関係を破壊する行為となるものと解するのが相当であり、

(2) 譲渡担保権設定者が従前どおり建物を使用している場合には、賃借物たる敷地の現実の使用方法、占有状態に変更はないから、当事者間の信頼関係が破壊されるということはできないが、

(3) 譲渡担保権者が建物の使用収益をする場合には、敷地の使用主体が替わることによって、その使用方法、占有状態に変更を来し、当事者間の信頼関係が破壊されるものといわざるを得ないからである。

 2 これを本件についてみるに、原審の前記認定事実によれば、Fは、Dから譲渡担保として譲渡を受けた本件建物を被上告人に賃貸することによりこれの使用収益をしているものと解されるから、DのFに対する同建物の譲渡に伴い、その敷地である本件土地について民法六一二条にいう賃借権の譲渡又は転貸がされたものと認めるのが相当である。本件において、仮に、Fがいまだ譲渡担保権を実行しておらず、Dが本件建物につき受戻権を行使することが可能であるとしても、右の判断は左右されない。

 3 そうすると、特段の事情の認められない本件においては、上告人の本件賃貸借契約解除の意思表示は効力を生じたものというべきであり、これと異なる見解に立って、本件土地の賃貸借について民法六一二条所定の解除原因があるとはいえないとして、上告人による契約解除の効力を否定した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、上告人の再抗弁は理由があるから、上告人の本件請求は、これを認容すべきである。右と結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきものである。