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 公判前整理手続を終了するに当たり確認された争点に明示的に掲げられなかった点につき,公判手続で争点として提示する措置をとることなく認定した第1審判決に違法はないとされた事例

平成26年4月22日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
殺害行為に先立つけん銃の引き金を引いたという行為につき,公判前整理手続を終了するに当たり確認された争点に明示的に掲げられなかったとしても,同手続で議論され,公判手続で実質的な攻撃防御を経ていたなどの本件事実関係(判文参照)の下においては,公判手続で争点として提示する措置をとることなく殺害に至る経過として上記行為を認定した第1審判決に違法はない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/139/084139_hanrei.pdf

所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

 1 所論は,第1審判決が,「罪となるべき事実」において,本件公訴事実に記載されていなかった「被告人は,被害者の拉致を断念し,被害者を殺害しようと向けていたけん銃の引き金を2回引いた。ところが事前の操作を誤っていたため弾が発射されず」の部分(以下「本件判示部分」という。また,本件判示部分に係る事実を「本件未発射事実」という。)を刺殺行為に至る経過として認定したものであり,訴因変更手続も争点として提示する措置もとる必要はなかったにもかかわらず,いずれの措置もとらなかったことを理由に訴訟手続の法令違反があると認めて第1審判決を破棄し,事件を第1審に差し戻した原判決には違法があるから,その破棄を求めるというものである。

 2 原判決の認定及び記録によれば,本件訴訟の経過等は,次のとおりである。 

 (1) 本件公訴事実は,要旨,「被告人は, 第1 弁護士Aを殺害する目的で,平成22年11月4日午前4時頃,秋田市内の同人方に応接室掃き出し窓の施錠を解いて侵入した上,その頃,同人方内において,同人(当時55歳)に対し,殺意をもって,その胸部等を刈込ばさみを分解して片刃にした刃物(刃体の長さ約22センチメートル。以下「本件刃物」という。)で突き刺し,よって,同日午前5時32分頃,秋田市内の病院において,同人を前胸左側部刺創による心損傷に基づく左胸腔内出血により死亡させて殺害し, 第2 同日午前4時頃,前記A方において,法定の除外事由がないのに,自動装てん式けん銃1丁(以下,単に「けん銃」という。)を,これに適合する実包13発と共に携帯して所持し,さらに,業務その他正当な理由による場合でないのに,本件刃物1丁を携帯した。」というものであり,裁判員の参加する合議体で審理された。

 (2) 公判前整理手続において確認された争点整理の結果は,「住居侵入の目的」,「死亡の原因となった2か所の傷が生じた経緯」(以下「受傷の経緯」ともいう。),「被告人の行為と死亡との間の因果関係の有無」,「量刑」が争点であり,「住居侵入罪及び銃砲刀剣類所持等取締法違反罪が成立すること」は当事者間に争いがないというものであった。
 公判前整理手続の過程において,受傷の経緯に関し,検察官は,証明予定事実の中で本件未発射事実を主張し,これに対し,弁護人は,本件未発射事実につき,けん銃の引き金を引いた際,被告人に,確定的殺意がなく,被害者が死亡するなら,それはそれで構わないとの意思があったに止まる旨を主張した。そこで,検察官が,被告人がけん銃の引き金を引いた時点における確定的殺意の有無を争点の細目として加えるよう意見を述べたところ,弁護人は,「事実ごとに分解して争点を裁判員に示すことはかえって全体像が理解しづらいのではないかと懸念している。」との意見を述べ,結局,この細目は加えられなかった。

 (3) 公判手続では,被告人は,公訴事実に対する陳述の機会に本件未発射事実に関して何も陳述せず,冒頭陳述で検察官が,「犯行の状況」の項目下で,本件未発射事実の存在を主張したところ,特段これに対する異議を出さなかった。
 証拠調べにおいては,被告人質問で,本件未発射事実に関し,けん銃の引き金を引いた際,確定的殺意まではなかった旨を供述した。その後,検察官が,刑訴法322条1項に基づき,「けん銃の引き金を引いたときの心境等」を立証趣旨として,確定的殺意を認める供述が録取されたものを含む被告人の供述調書抄本5通の証拠調べ請求を行い,弁護人が,全部につき「必要性なし,異議あり,不同意」との意見を述べたが,上記5通は全て採用され取り調べられた。
 論告においても,本件未発射事実に関し,情状の中の「強固な殺意に基づく執拗な態様」の項目下で,「けん銃や実包を所持した上,被害者を殺害する目的で,被害者に向けたけん銃の引き金を2回引く」,「危険性が極めて高い」との主張がなされ,特段これに対する異議は出されなかった。

 (4) 第1審判決は,「罪となるべき事実」の第1として,要旨,「被告人は,平成22年11月4日午前4時頃,これまでの恨みを晴らすため,被害者を殺害し,可能ならその前に被害者を拉致する目的で,秋田市内の被害者方に侵入した。
被告人は,被害者の寝室で同人を発見し,実包が装てんされたけん銃を突きつけて予め準備した火薬入りのベストを着るように迫るも被害者に拒否され,さらに被害者の妻が110番通報したため,被告人は,被害者の拉致を断念し,被害者を殺害しようと向けていたけん銃の引き金を2回引いた。

ところが事前の操作を誤っていたため弾が発射されず,けん銃を奪おうとした被害者と被告人は廊下の台所入り口付近でもみ合いとなった。

その後,警察官2名が被害者方に駆けつけたものの,警察官らは,けん銃を被告人から取り上げて手にしていた被害者を犯人と取り違えて取り押さえた。ほどなく警察官らが被害者を離した隙に,被告人は,応接室に置いていた本件刃物を手にし,両手で槍のように構えて,廊下にいた被害者に向けて駆け寄った。被告人は,被害者に対し,殺意をもって,本件刃物を複数回突き出して心損傷を伴う傷を生じさせ,よって,同日午前5時32分頃,秋田市内の病院において,被害者を心損傷に基づく左胸腔内出血により死亡させて殺害した。」との事実を認定した(なお,公訴事実第2と同じけん銃及び適合実包の携帯所持並びに刃物の不法携帯の事実も認定された。)。

 (5) 第1審判決に対し,検察官は,量刑不当を理由に,被告人は,理由齟齬,事実誤認,量刑不当を理由に,それぞれ控訴した。被告人は,第1審判決が本件判示部分を認定した点について,不服を主張しなかった。原判決は,被告人の理由齟齬の主張を退けたほかは,他の控訴趣意に対する判断に先立ち,職権で,第1審の訴訟手続に法令違反があると認め,第1審判決を破棄し,事件を秋田地方裁判所に差し戻した。

 3 原判決が第1審の訴訟手続に法令違反があると認めた理由の概略は,次のとおりである。

 (1) 本件未発射事実は,それ自体殺人未遂罪の構成要件に該当する行為である。第1審判決は,「量刑の理由」において,本件未発射事実につき,「犯行に際し,何ら躊躇することなく極めて危険性の高い行為に及んだ」旨説示し,これを殺害行為の一部と捉えた上,殺人未遂の実行行為あるいはこれと同等の訴因類似の重要事実として評価している。そうすると,本件判示部分について,第1審判決が犯行に至る過程として記載したものとは解し得ない。

 (2) 本件未発射事実は,検察官が訴因として提示していないから,これを訴因として認定するためには,訴因変更手続を要する。また,本件未発射事実は,第1審の公判前整理手続及び公判手続を通じて争点とされておらず,訴因類似の重要事実として提示されてなく,弁護人にもその認識がなく,被告人は確定的殺意を否定しているのであるから,これを訴因類似の重要事実として認定するためには,裁判所において,争点として提示する措置をとる必要がある。

 (3) したがって,本件判示部分は,訴因変更手続を経ることなく訴因を認定し,あるいは,争点として提示する措置をとることなく,訴因類似の重要事実を認定したものであり,結局,第1審判決には訴訟手続の法令違反があったというべきである。

 4 しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

 (1) 第1審判決は,本件未発射事実を住居侵入に及んだ後から被害者に本件刃物で心損傷を負わせるまでの間の一連の事実の中に記載しているなどの判文全体を通覧すると,「量刑の理由」に本件判示部分が訴因外の犯罪事実として認定されたものであるかのような疑念を抱かせかねない表現があるとはいえ,そのような認定をしたものではなく,本件判示部分を住居侵入後の殺害行為に至る経過として認定したものと解される。したがって,第1審判決が,本件公訴事実に記載されていない本件判示部分を,訴因変更手続を経ずに認定した点に違法があったとは認められない。 

 (2) 第1審の公判前整理手続において,本件未発射事実については,その客観的事実について争いはなく,けん銃の引き金を引いた時点の確定的殺意の有無に関する主張が対立点として議論されたのであるから,その手続を終了するに当たり確認した争点の項目に,上記経過に関するものに止まるこの主張上の対立点が明示的に掲げられなかったからといって,公判前整理手続において争点とされなかったと解すべき理由はない。

加えて,第1審の公判手続の経過は,検察官が本件未発射事実の存在を主張したのに対し,特段これに対する異議が出されず,証拠調べでは,被告人質問において上記確定的殺意を否認する供述がなされ,被告人の供述調書抄本の取調べ請求に対し「不同意」等の意見が述べられ,第1審判決中に検察官の主張に沿って本件判示部分が認定されたというものであるから,この主張上の対立点について,主張立証のいずれの面からも実質的な攻撃防御を経ており,公判において争点とされなかったと解すべき理由もない。

そうすると,第1審判決が本件判示部分を認定するに当たり,この主張上の対立点を争点として提示する措置をとらなかったことに違法があったとは認められない。

原審の訴訟手続を見ても,検察官はもとより被告人も,訴訟手続の法令違反を理由には控訴を申し立てておらず,控訴理由中においても本件判示部分を問題視するような主張をしていないところである。

 (3) そうすると,本件判示部分につき,第1審裁判所に訴因変更手続又は争点として提示する措置をとるべき義務があったと認め,いずれも行わなかったことが訴訟手続の法令違反であるとして第1審判決を破棄し,本件を第1審裁判所に差し戻した原判決は,訴因変更手続又は争点として提示する措置について,前記違法を認めた点において,刑訴法294条,312条,379条,刑訴規則208条の解釈適用を誤った違法がある。この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を原裁判所である仙台高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。