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逮捕した被疑者を最寄りの警察署に連行した上でその装着品及び所持品について行われた差押え手続が刑訴法二二〇条一項二号による差押えとして適法とされた事例

平成8年1月29日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
 一 いわゆる内ゲバ事件が発生したとの無線情報を受けて逃走犯人を警戒、検索中の警察官らが、犯行終了の約一時間ないし一時間四〇分後に、犯行場所からいずれも約四キロメートル離れた各地点で、それぞれ被疑者らを発見し、その挙動や着衣の汚れ等を見て職務質問のため停止するよう求めたところ、いずれの被疑者も逃げ出した上、腕に籠手(こて)を装着していたり、顔面に新しい傷跡が認められたなど判示の事実関係の下においては、被疑者らに対して行われた本件各逮捕は、刑訴法二一二条二項二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものであって、適法である。

二 逮捕した被疑者の身体又は所持品の捜索、差押えについては、逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるなどの事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときは、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上でこれらの処分を実施することも、刑訴法二二〇条一項二号にいう「逮捕の現場」における捜索、差押えと同視することができる。

三 被疑者らを逮捕した後、各逮捕の場所から約五〇〇メートルないし三キロメートル離れた警察署に連行した上でその装着品、所持品について行われた本件各差押えは、逮捕の場所が、被疑者の抵抗を抑えて差押えを実施するのに適当でない店舗裏搬入口付近や車両が通る危険性等もある道幅の狭い道路上であり、各逮捕現場付近で差押えを実施しようとすると被疑者らの抵抗による混乱を生ずるおそれがあったなどの事情のため、逮捕の後できる限り速やかに被疑者らを差押えに適する最寄りの場所である右警察署に連行した上で実施されたものであるなど判示の事実関係の下においては、刑訴法二二〇条一項二号による差押えとして適法である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/143/050143_hanrei.pdf

被告人三名に対する逮捕並びに被告人Aの籠手(こて)及び被告人B、同Cの各所持品に対する差押えの適法性について、職権により判断する。

一 被告人三名に対する逮捕の適法性について

原判決の認定によれば、被告人Aについては、本件兇器準備集合、傷害の犯行現場から直線距離で約四キロメートル離れた派出所で勤務していた警察官が、いわゆる内ゲバ事件が発生し犯人が逃走中であるなど、本件に関する無線情報を受けて逃走犯人を警戒中、本件犯行終了後約一時間を経過したころ、被告人Aが通り掛かるのを見付け、その挙動や、小雨の中で傘もささずに着衣をぬらし靴も泥で汚れている様子を見て、職務質問のため停止するよう求めたところ、同被告人が逃げ出したので、約三〇〇メートル追跡して追い付き、その際、同被告人が腕に籠手を装着しているのを認めたなどの事情があったため、同被告人を本件犯行の準現行犯人として逮捕したというのである。

また、被告人B、同Cについては、本件の発生等に関する無線情報を受けて逃走犯人を検索中の警察官らが、本件犯行終了後約一時間四〇分を経過したころ、犯行現場から直線距離で約四キロメートル離れた路上で着衣等が泥で汚れた右両被告人を発見し、職務質問のため停止するよう求めたところ、同被告人らが小走りに逃げ出したので、数十メートル追跡して追い付き、その際、同被告人らの髪がべっとりぬれて靴は泥まみれであり、被告人Cは顔面に新しい傷跡があって、血の混じったつばを吐いているなどの事情があったため、同被告人らを本件犯行の準現行犯人として逮捕したというのである。

以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する本件各逮捕は、いずれも刑訴二一二条二項二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものということができるから、本件各逮捕を適法と認めた原判断は、是認することができる。

二 被告人Aの籠手及び被告人B、同Cの各所持品の差押えの適法性について

 1 刑訴二二〇条一項二号によれば、搜査官は被疑者を逮捕する場合において必要があるときは逮捕の現場で捜索、差押え等の処分をすることができるところ、右の処分が逮捕した被疑者の身体又は所持品に対する捜索、差押えである場合においては、逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときには、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、同号にいう「逮捕の現場」における捜索、差押えと同視することができ、適法な処分と解するのが相当である。

 2 これを本件の場合についてみると、原判決の認定によれば、被告人Aが腕に装着していた籠手及び被告人B、同Cがそれぞれ持っていた所持品(バッグ等)は、いずれも逮捕の時に警察官らがその存在を現認したものの、逮捕後直ちには差し押さえられず、被告人Aの逮捕場所からは約五〇〇メートル、被告人B、同Cの逮捕場所からは約三キロメートルの直線距離がある警視庁町田警察署に各被告人を連行した後に差し押さえられているが、被告人Aが本件により準現行犯逮捕された場所は店舗裏搬入口付近であって、逮捕直後の興奮さめやらぬ同被告人の抵抗を抑えて籠手を取り上げるのに適当な場所でなく、逃走を防止するためにも至急同被告人を警察車両に乗せる必要があった上、警察官らは、逮捕後直ちに右車両で同所を出発した後も、車内において実力で籠手を差し押さえようとすると、同被告人が抵抗して更に混乱を生ずるおそれがあったため、そのまま同被告人を右警察署に連行し、約五分を掛けて同署に到着した後間もなくその差押えを実施したというのである。

また、被告人B、同Cが本件により準現行犯逮捕された場所も、道幅の狭い道路上であり、車両が通る危険性等もあった上、警察官らは、右逮捕場所近くの駐在所でいったん同被告人らの前記所持品の差押えに着手し、これを取り上げようとしたが、同被告人らの抵抗を受け、更に実力で差押えを実施しようとすると不測の事態を来すなど、混乱を招くおそれがあるとして、やむなく中止し、その後手配によって来た警察車両に同被告人らを乗せて右警察署に連行し、その後間もなく、逮捕の時点からは約一時間後に、その差押えを実施したというのである。

以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する各差押えの手続は、いずれも、逮捕の場で直ちにその実施をすることが適当でなかったため、できる限り速やかに各被告人をその差押えを実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で行われたものということができ、刑訴法二二〇条一項二号にいう「逮捕の現場」における差押えと同視することができるから、右各差えの手続を適法と認めた原判断は、是認することができる。 

 

刑事訴訟法

第二百二十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。
一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。
二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。
② 前項後段の場合において逮捕状が得られなかつたときは、差押物は、直ちにこれを還付しなければならない。第百二十三条第三項の規定は、この場合についてこれを準用する。
③ 第一項の処分をするには、令状は、これを必要としない。
④ 第一項第二号及び前項の規定は、検察事務官又は司法警察職員が勾引状又は勾留状を執行する場合にこれを準用する。被疑者に対して発せられた勾引状又は勾留状を執行する場合には、第一項第一号の規定をも準用する。