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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 損害保険代理店が保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で開設した普通預金口座の預金債権が損害保険会社にではなく損害保険代理店に帰属するとされた事例

平成15年2月21日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
損害保険会社甲の損害保険代理店である乙が,保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で金融機関に「甲代理店乙」名義の普通預金口座を開設したが,甲が乙に金融機関との間での普通預金契約締結の代理権を授与しておらず,同預金口座の通帳及び届出印を乙が保管し,乙のみが同預金口座への入金及び同預金口座からの払戻し事務を行っていたという判示の事実関係の下においては,同預金口座の預金債権は,甲にではなく,乙に帰属する。
(反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/261/052261_hanrei.pdf

 上告代理人の上告受理申立て理由について
 1 本件は,被上告人が金融機関である上告人に対し,普通預金の払戻しを請求する訴訟であり,請求に係る普通預金債権が被上告人に帰属するかどうかが争われている。原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 上告人は信用組合,被上告人は損害保険会社である。

 (2) D建設工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は,昭和52年12月9日,被上告人との間で損害保険代理店委託契約(「本件代理店契約」)を締結し,被上告人の損害保険代理店となった。

 本件代理店契約には,次のような定めがある。

 ア 訴外会社は,被上告人を代理して,保険契約の締結,保険料の収受,保険料領収証の発行等の業務を行う。

 イ 訴外会社は,収受した保険料を,被上告人に納付するまで,自己の財産と明確に区分して保管し,これを他に流用してはならない。

 ウ 訴外会社は,被上告人のために収受した保険料から代理店手数料を控除した残額を,遅滞なく被上告人に納付しなければならない。ただし,訴外会社は,あらかじめ被上告人の承認を得て,被上告人が毎月一定の日をもって作成する代理店勘定請求書に従い,上記保険料から代理店手数料を控除した残額を翌月末日までに被上告人に納付する方法により保険料の精算をすることができる。

 (3) 訴外会社は,昭和61年6月19日,上告人E支店に「B火災海上保険㈱代理店D建設工業㈱F」名義の普通預金口座(以下「本件預金口座」という。)を開設した。本件預金口座は,訴外会社が被上告人のために保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で開設されたものである。本件預金口座の通帳及び届出印は,訴外会社が保管していた。

 (4) 訴外会社の損害保険代理店業務は,次のとおりの手順で行われた。

 ア 訴外会社は,被上告人を代理して,保険契約者と保険契約を締結し,保険契約者から保険料を収受し,被上告人名義の領収証を作成し,これを保険契約者に交付する。訴外会社は,保険料として収受した金銭を本件預金口座に入金するまで,これを他の金銭と混同しないよう,専用の金庫ないし集金袋で保管する。

 イ 訴外会社は,保険料として収受した金銭をすべて本件預金口座に入金する。
訴外会社が本件預金口座に保険料以外の金銭を入金したことはない。

 ウ 被上告人は,毎月15日ころ,前月分の保険料請求書を訴外会社に送付する。
同請求書には訴外会社の前月分の代理店手数料の額が記載されており,訴外会社は,この時点で,前月分の代理店手数料の正確な額を知る。

 エ 訴外会社は,毎月20日ころ,本件預金口座から前月分の保険料相当額の払戻しを受け,そこから上記請求書に記載された代理店手数料額を控除した額の金銭を被上告人に送金する。

 オ 本件預金口座に生じた預金利息は,訴外会社が取得する。

 (5) 訴外会社が被上告人のために収受した保険料に関する上記取扱いは,平成7年法律第105号により廃止された保険募集の取締に関する法律,平成8年大蔵省令第5号により廃止された同法施行規則,「損害保険会社の業務運営について」と題する大蔵省通達(平成8年4月1日蔵銀第525号)及び社団法人日本損害保険協会の損害保険募集関係規定に沿うものであった。

 (6) 平成9年5月6日当時,本件預金口座には,訴外会社が被上告人のために収受した保険料及びこれに対する預金利息の合計342万2903円が預け入れられていた(以下,この預金を「本件預金」,本件預金の返還請求権を「本件預金債権」という。)。訴外会社は,同日,2度目の不渡り手形を出すことが確実となったため,被上告人の小樽支社長に本件預金口座の通帳及び届出印を交付した。

 (7) 被上告人は,同月7日ころ,上告人に対し,本件預金債権は被上告人に帰属するとして,本件預金全額の払戻しを請求した。

 2 原審は,次のとおり判断し,本件預金債権は被上告人に帰属するとして,被上告人の請求を全部認容すべきものとした。
 金融機関にとっては預金者が何人であっても格別の不利益はないから,預金の原資を出えんした者の利益を保護する観点から,その出えん者が預金者として預金債権の帰属主体になると解するのが相当である。
 そこで本件預金の出えん者はだれであるかについて検討すると,① 訴外会社は,被上告人を代理して保険契約者から収受した保険料を専用の金庫ないし集金袋で保管し,他の金銭と混同していなかったこと,② 本件預金の原資は,上記保険料及びその預金利息であること,③ 訴外会社は,上記保険料自体の帰属については,独自の実質的又は経済的な利益を有していないこと,④ 被上告人は,訴外会社が保険料を収受することにより保険金支払の危険を負担することになるので,保険料の帰属について実質的又は経済的な利益を有していることを考慮すると,訴外会社が収受した保険料の所有権は占有者ではない被上告人に帰属すると認めるべき特段の事情が存するものと解する余地が十分にある。仮にそうでないとしても,上記諸点を考慮すると,本件預金の出えん者は,被上告人と認めるのが相当である。
 また,訴外会社は,本件預金口座の通帳及び届出印の所持者として,本件預金口座を管理し得る立場にあったが,本件預金口座の目的やその払戻しについて被上告人との間の契約による制約を受けていたから,被上告人から本件預金口座の管理をゆだねられていたにすぎず,本件預金口座を実質的に管理し得る地位を有していたのは被上告人にほかならない。
 上記のように,被上告人が本件預金の原資の出えん者であり,かつ,本件預金口座を実質的に管理していた者であることにかんがみると,本件預金債権は被上告人に帰属するというべきである。

 3 しかしながら,原審の上記判断はこれを是認することができない。その理由は,次のとおりである。

前記事実関係によれば,金融機関である上告人との間で普通預金契約を締結して本件預金口座を開設したのは,訴外会社である。また,本件預金口座の名義である「B火災海上保険㈱代理店D建設工業㈱F」が預金者として訴外会社ではなく被上告人を表示しているものとは認められないし,被上告人が訴外会社に上告人との間での普通預金契約締結の代理権を授与していた事情は,記録上全くうかがわれない。

そして,本件預金口座の通帳及び届出印は,訴外会社が保管しており,本件預金口座への入金及び本件預金口座からの払戻し事務を行っていたのは,訴外会社のみであるから,本件預金口座の管理者は,名実ともに訴外会社であるというべきである。

さらに,受任者が委任契約によって委任者から代理権を授与されている場合,受任者が受け取った物の所有権は当然に委任者に移転するが,金銭については,占有と所有とが結合しているため,金銭の所有権は常に金銭の受領者(占有者)である受任者に帰属し,受任者は同額の金銭を委任者に支払うべき義務を負うことになるにすぎない。

そうすると,被上告人の代理人である訴外会社が保険契約者から収受した保険料の所有権はいったん訴外会社に帰属し,訴外会社は,同額の金銭を被上告人に送金する義務を負担することになるのであって,被上告人は,訴外会社が上告人から払戻しを受けた金銭の送金を受けることによって,初めて保険料に相当する金銭の所有権を取得するに至るというべきである。したがって,本件預金の原資は,訴外会社が所有していた金銭にほかならない。

したがって,【要旨】本件事実関係の下においては,本件預金債権は,被上告人にではなく,訴外会社に帰属するというべきである。訴外会社が本件預金債権を訴外会社の他の財産と明確に区分して管理していたり,あるいは,本件預金の目的や使途について訴外会社と被上告人との間の契約によって制限が設けられ,本件預金口座が被上告人に交付されるべき金銭を一時入金しておくための専用口座であるという事情があるからといって,これらが金融機関である上告人に対する関係で本件預金債権の帰属者の認定を左右する事情になるわけではない。

 4 以上によれば,本件預金債権は被上告人に帰属するとは認められないというべきである。論旨は理由がある。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消した上,被上告人の請求を棄却することとする。

民訴法260条2項の申立てについて

上告人は,原審において民訴法260条2項の申立てをし,当審においてもその裁判を求めているが,その理由として主張する事実関係は,被上告人の争わないところである。そして,原判決を破棄し,第1審判決を取り消すべきことは前記説示のとおりであり,第1審判決に付された仮執行宣言は,その効力を失う。したがって,同仮執行宣言に基づいて給付した金員及びその執行費用の合計額である374万2894円並びにこれに対する給付の日の翌日である平成10年12月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による損害金の支払を求める上告人の申立ては,正当として認容すべきである。
 よって,裁判官福田博の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。