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 在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件

 平成17年9月14日最高裁判所大法廷判決

裁判要旨    

 1 平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙当時,公職選挙法(平成10年法律第47号による改正前のもの)が,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が国政選挙において投票をするのを全く認めていなかったことは,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する。

2 公職選挙法附則8項の規定のうち,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員通常選挙の時点においては,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する。

3 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えは,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法である。

4 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民は,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録され ていることに基づいて投票をすることができる地位にある。

5 国会議員の立法行為又は立法不作為は,その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受ける。

6 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権行使の機会を確保するためには,上記国民に上記選挙権の行使を認める制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,上記国民の国政選挙における投票を可能にするための法律案が廃案となった後,平成8年10月20日の衆議院議員総選挙の施行に至るまで10年以上の長きにわたって国会が上記投票を可能にするための立法措置を執らなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきであり,国は,上記選挙において投票をすることができなかったことにより精神的苦痛を被った上記国民に対し,慰謝料各5000円の支払義務を負う。
(1,2,4〜6につき,補足意見,反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/338/052338_hanrei.pdf

 

 第1 事案の概要等

 1 本件は,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民(「在外国民」)に国政選挙における選挙権行使の全部又は一部を認めないことの適否等が争われている事案である(以下,在外国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度を「在外選挙制度」という。)。

 2 在外国民の選挙権の行使に関する制度の概要

 (1) 在外国民の選挙権の行使については,平成10年法律第47号によって公職選挙法が一部改正され(「本件改正」),在外選挙制度が創設された。

しかし,その対象となる選挙について,当分の間は,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙に限ることとされた(本件改正後の公職選挙法附則8項)。本件改正前及び本件改正後の在外国民の選挙権の行使に関する制度の概要は,それぞれ以下のとおりである。

 (2) 本件改正前の制度の概要
 本件改正前の公職選挙法42条1項,2項は,選挙人名簿に登録されていない者及び選挙人名簿に登録されることができない者は投票をすることができないものと定めていた。そして,選挙人名簿への登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うこととされているところ(同法21条1項,住民基本台帳法15条1項),在外国民は,我が国のいずれの市町村においても住民基本台帳に記録されないため,選挙人名簿には登録されなかった。その結果,在外国民は,衆議院議員の選挙又は参議院議員の選挙において投票をすることができなかった。

 (3) 本件改正後の制度の概要
 本件改正により,新たに在外選挙人名簿が調製されることとなり(公職選挙法第4章の2参照),「選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない。」と定めていた本件改正前の公職選挙法42条1項本文は,「選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない。」と改められた。本件改正によって在外選挙制度の対象となる選挙は,衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙であるが,当分の間は,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙に限ることとされたため,その間は,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙はその対象とならない(本件改正後の公職選挙法附則8項)。

 3 本件において,在外国民である別紙当事者目録1記載の上告人らは,被上告人に対し,在外国民であることを理由として選挙権の行使の機会を保障しないことは,憲法14条1項,15条1項及び3項,43条並びに44条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号)25条に違反すると主張して,主位的に,

①本件改正前の公職選挙法は,同上告人らに衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において,違法(上記の憲法の規定及び条約違反)であることの確認,並びに

②本件改正後の公職選挙法は,同上告人らに衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において,違法(上記の憲法の規定及び条約違反)であることの確認を求めるとともに,予備的に,

③同上告人らが衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認を請求している。

また,別紙当事者目録1記載の上告人ら及び平成8年10月20日当時は在外国民であったがその後帰国した同目録2記載の上告人らは,被上告人に対し,立法府である国会が在外国民が国政選挙において選挙権を行使することができるように公職選挙法を改正することを怠ったために,上告人らは同日に実施された衆議院議員の総選挙(「本件選挙」)において投票をすることができず損害を被ったと主張して,1人当たり5万円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を請求している。

 4 原判決は,本件の各確認請求に係る訴えはいずれも法律上の争訟に当たらず不適法であるとして却下すべきものとし,また,本件の国家賠償請求はいずれも棄却すべきものとした。所論は,要するに,在外国民の国政選挙における選挙権の行使を制限する公職選挙法の規定は,憲法14条,15条1項及び3項,22条2項,43条,44条等に違反すると主張するとともに,確認の訴えをいずれも不適法とし,国家賠償請求を認めなかった原判決の違法をいうものである。

 第2 在外国民の選挙権の行使を制限することの憲法適合性について

 1 国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は,国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹を成すものであり,民主国家においては,一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。

憲法は,前文及び1条において,主権が国民に存することを宣言し,国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに,43条1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め,15条1項において,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めて,国民に対し,主権者として,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。

そして,憲法は,同条3項において,公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障すると定め,さらに,44条ただし書において,両議院の議員の選挙人の資格については,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないと定めている。

以上によれば,憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。

憲法の以上の趣旨にかんがみれば,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。

そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。

また,このことは,国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても,同様である。

在外国民は,選挙人名簿の登録について国内に居住する国民と同様の被登録資格を有しないために,そのままでは選挙権を行使することができないが,憲法によって選挙権を保障されていることに変わりはなく,国には,選挙の公正の確保に留意しつつ,その行使を現実的に可能にするために所要の措置を執るべき責務があるのであって,選挙の公正を確保しつつそのような措置を執ることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合に限り,当該措置を執らないことについて上記のやむを得ない事由があるというべきである。

 2 本件改正前の公職選挙法憲法適合性について

前記第1の2(2)のとおり,本件改正前の公職選挙法の下においては,在外国民は,選挙人名簿に登録されず,その結果,投票をすることができないものとされていた。これは,在外国民が実際に投票をすることを可能にするためには,我が国の在外公館の人的,物的態勢を整えるなどの所要の措置を執る必要があったが,その実現には克服しなければならない障害が少なくなかったためであると考えられる。

記録によれば,内閣は,昭和59年4月27日,「我が国の国際関係の緊密化に伴い,国外に居住する国民が増加しつつあることにかんがみ,これらの者について選挙権行使の機会を保障する必要がある」として,衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙全般についての在外選挙制度の創設を内容とする「公職選挙法の一部を改正する法律案」を第101回国会に提出したが,同法律案は,その後第105回国会まで継続審査とされていたものの実質的な審議は行われず,同61年6月2日に衆議院が解散されたことにより廃案となったこと,その後,本件選挙が実施された平成8年10月20日までに,在外国民の選挙権の行使を可能にするための法律改正はされなかったことが明らかである。

世界各地に散在する多数の在外国民に選挙権の行使を認めるに当たり,公正な選挙の実施や候補者に関する情報の適正な伝達等に関して解決されるべき問題があったとしても,既に昭和59年の時点で,選挙の執行について責任を負う内閣がその解決が可能であることを前提に上記の法律案を国会に提出していることを考慮すると,同法律案が廃案となった後,国会が,10年以上の長きにわたって在外選挙制度を何ら創設しないまま放置し,本件選挙において在外国民が投票をすることを認めなかったことについては,やむを得ない事由があったとは到底いうことができない。そうすると,

【要旨1】本件改正前の公職選挙法が,本件選挙当時,在外国民であった上告人らの投票を全く認めていなかったことは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものであったというべきである。

 3 本件改正後の公職選挙法憲法適合性について

本件改正は,在外国民に国政選挙で投票をすることを認める在外選挙制度を設けたものの,当分の間,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙についてだけ投票をすることを認め,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙については投票をすることを認めないというものである。

この点に関しては,投票日前に選挙公報を在外国民に届けるのは実際上困難であり,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達するのが困難であるという状況の下で,候補者の氏名を自書させて投票をさせる必要のある衆議院小選挙区選出議員の選挙又は参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めることには検討を要する問題があるという見解もないではなかったことなどを考慮すると,初めて在外選挙制度を設けるに当たり,まず問題の比較的少ない比例代表選出議員の選挙についてだけ在外国民の投票を認めることとしたことが,全く理由のないものであったとまでいうことはできない。

しかしながら,本件改正後に在外選挙が繰り返し実施されてきていること,通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていることなどによれば,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達することが著しく困難であるとはいえなくなったものというべきである。

また,参議院比例代表選出議員の選挙制度を非拘束名簿式に改めることなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第118号)が平成12年11月1日に公布され,同月21日に施行されているが,この改正後は,参議院比例代表選出議員の選挙の投票については,公職選挙法86条の3第1項の参議院名簿登載者の氏名を自書することが原則とされ,既に平成13年及び同16年に,在外国民についてもこの制度に基づく選挙権の行使がされていることなども併せて考えると,

【要旨2】遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員通常選挙の時点においては,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めないことについて,やむを得ない事由があるということはできず,公職選挙法附則8項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものといわざるを得ない。

 第3 確認の訴えについて

 1 本件の主位的確認請求に係る訴えのうち,本件改正前の公職選挙法が別紙当事者目録1記載の上告人らに衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求める訴えは,過去の法律関係の確認を求めるものであり,この確認を求めることが現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要な場合であるとはいえないから,確認の利益が認められず,不適法である。

 2 また,本件の主位的確認請求に係る訴えのうち,本件改正後の公職選挙法が別紙当事者目録1記載の上告人らに衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求める訴えについては,他により適切な訴えによってその目的を達成することができる場合には,確認の利益を欠き不適法であるというべきところ,本件においては,後記3のとおり,予備的確認請求に係る訴えの方がより適切な訴えであるということができるから,上記の主位的確認請求に係る訴えは不適法であるといわざるを得ない。

 3 本件の予備的確認請求に係る訴えは,公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解することができるところ,その内容をみると,公職選挙法附則8項につき所要の改正がされないと,在外国民である別紙当事者目録1記載の上告人らが,今後直近に実施されることになる衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員通常選挙における選挙区選出議員の選挙において投票をすることができず,選挙権を行使する権利を侵害されることになるので,そのような事態になることを防止するために,同上告人らが,同項が違憲無効であるとして,当該各選挙につき選挙権を行使する権利を有することの確認をあらかじめ求める訴えであると解することができる。

選挙権は,これを行使することができなければ意味がないものといわざるを得ず,侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものであるから,その権利の重要性にかんがみると,具体的な選挙につき選挙権を行使する権利の有無につき争いがある場合にこれを有することの確認を求める訴えについては,それが有効適切な手段であると認められる限り,確認の利益を肯定すべきものである。

そして,本件の予備的確認請求に係る訴えは,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,上記の内容に照らし,確認の利益を肯定することができるものに当たるというべきである。なお,この訴えが法律上の争訟に当たることは論をまたない。
 そうすると,

【要旨3】本件の予備的確認請求に係る訴えについては,引き続き在外国民である同上告人らが,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を請求する趣旨のものとして適法な訴えということができる。

 4 そこで,本件の予備的確認請求の当否について検討するに,前記のとおり,公職選挙法附則8項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するもので無効であって,

【要旨4】別紙当事者目録1記載の上告人らは,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあるというべきであるから,本件の予備的確認請求は理由があり,更に弁論をするまでもなく,これを認容すべきものである。

 第4 国家賠償請求について

国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。

したがって,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら,

【要旨5】立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである。

最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決は,以上と異なる趣旨をいうものではない。

在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり,この権利行使の機会を確保するためには,在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,前記事実関係によれば,昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから,このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり,このような場合においては,過失の存在を否定することはできない。

このような立法不作為の結果,上告人らは本件選挙において投票をすることができず,これによる精神的苦痛を被ったものというべきである。

したがって,本件においては,上記の違法な立法不作為を理由とする国家賠償請求はこれを認容すべきである。 

そこで,上告人らの被った精神的損害の程度について検討すると,本件訴訟において在外国民の選挙権の行使を制限することが違憲であると判断され,それによって,本件選挙において投票をすることができなかったことによって上告人らが被った精神的損害は相当程度回復されるものと考えられることなどの事情を総合勘案すると,損害賠償として各人に対し慰謝料5000円の支払を命ずるのが相当である。

そうであるとすれば,本件を原審に差し戻して改めて個々の上告人の損害額について審理させる必要はなく,当審において上記金額の賠償を命ずることができるものというべきである。

【要旨6】そこで,上告人らの本件請求中,損害賠償を求める部分は,上告人らに対し各5000円及びこれに対する平成8年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却することとする。

 第5 結論
 以上のとおりであるから,本件の主位的確認請求に係る各訴えをいずれも却下すべきものとした原審の判断は正当として是認することができるが,予備的確認請求に係る訴えを却下すべきものとし,国家賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

そして,以上に説示したところによれば,本件につき更に弁論をするまでもなく,上告人らの予備的確認請求は理由があるから認容すべきであり,国家賠償請求は上告人らに対し各5000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は棄却すべきである。論旨は上記の限度で理由があり,条約違反の論旨について判断するまでもなく,原判決を主文第1項のとおり変更すべきである。