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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

日本法人がドイツに居住する日本人に対して契約上の金銭債務の履行を求める訴訟につき日本の国際裁判管轄が否定された事例

平成9年11月11日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
ドイツから自動車等を輸入している日本法人甲がドイツに居住する日本人乙に対して契約上の金銭債務の履行を求める訴訟について、右契約が、ドイツ国内で締結され、甲が乙に同国内における種々の業務を委託することを目的とするものであり、右契約において日本国内の地を債務の履行場所とすること又は準拠法を日本法とすることが明示的に合意されていたわけではなく、乙が二〇年以上にわたりドイツ国内に生活上及び営業上の本拠を置いており、乙の防御のための証拠方法も同国内に集中しているなど判示の事実関係の下においては、日本の国際裁判管轄を否定すべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/787/052787_hanrei.pdf

 

 上告代理人の上告理由について

 一 所論は、自動車及びその部品の輸入等を目的とする日本法人である上告会社からドイツ連邦共和国在住の日本人である被上告人に対する本件預託金請求につき、我が国の国際裁判管轄を否定した原審の判断の違法をいうものであるところ、記録によって認められる事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 被上告人は、昭和四〇年ころからドイツ連邦共和国内に居住し、フランクフルト市を本拠として営業活動を行ってきた。

 2 上告会社と被上告人は、昭和六二年一二月一日、フランクフルト市において、上告会社が被上告人に欧州各地からの自動車の買い付け、預託金の管理、代金の支払、車両の引取り及び船積み、市場情報の収集等の業務を委託することを内容とする契約(「本件契約」)を締結した。

 3 上告会社は、被上告人の求めにより、本件契約に基づく自動車の買い付けのための資金として、昭和六二年一一月二六日及び同年一二月七日に、被上告人の指定したドイツ連邦共和国内の銀行の預金口座に合計九一七四万七一三八円を送金した。本件契約には、被上告人が上告会社から預託された金員の支出内容を毎月上告会社に報告すべき旨が定められていた。

 4 その後、上告会社は、次第に被上告人による預託金の管理に不信感を募らせ、信用状によって自動車代金の決済を行うことを被上告人に提案し、被上告人に対して預託金の返還を求めた。ところが、被上告人がこれに応じなかったため、上告会社は、その本店所在地が右預託金返還債務の義務履行地であるとして、右預託金の残金二四九六万〇〇八一円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本件訴訟を千葉地方裁判所に提起した。

 5 これに対し、被上告人は、本件訴訟において、我が国の国際裁判管轄を否定すべき旨を主張するとともに、本件契約に基づいて被上告人が買い付けた自動車代金の支払のための信用状の到着が遅れたことから、右自動車の買付先であるドイツ連邦共和国内の業者に対する違約金の支払を免れるため、上告会社の了解を得ずに右預託金の一部を右業者に払い渡したことがあったが、その後これを回収して所定の預金口座に入金した旨などを記載した書面等を書証として提出している。

 6 本件契約において、我が国内の地を債務の履行場所とし、又は準拠法を日本法とする旨の明示の合意はされていない。

 二 被告が我が国に住所を有しない場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である(最高裁昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決、最高裁平成八年六月二四日第二小法廷判決)。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。

これを本件についてみると、上告会社は、本件契約の効力についての準拠法は日本法であり、本訴請求に係る預託金返還債務の履行地は債権者が住所を有する我が国内にあるとして、義務履行地としての我が国の国際裁判管轄を肯定すべき旨を主張するが、前記事実関係によれば、本件契約は、ドイツ連邦共和国内で締結され、被上告人に同国内における種々の業務を委託することを目的とするものであり、本件契約において我が国内の地を債務の履行場所とすること又は準拠法を日本法とすることが明示的に合意されていたわけではないから、本件契約上の債務の履行を求める訴えが我が国の裁判所に提起されることは、被上告人の予測の範囲を超えるものといわざるを得ない。

また、被上告人は、二〇年以上にわたり、ドイツ連邦共和国内に生活上及び営業上の本拠を置いており被上告人が同国内の業者から自動車を買い付け、その代金を支払った経緯に関する書類など被上告人の防御のための証拠方法も、同国内に集中している。

他方、上告会社は同国から自動車等を輸入していた業者であるから、同国の裁判所に訴訟を提起させることが上告会社に過大な負担を課することになるともいえない。

右の事情を考慮すれば、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを被上告人に強いることは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものというべきであり、本件契約の効力についての準拠法が日本法であるか否かにかかわらず、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるということができる。

したがって、本件預託金請求につき、我が国の国際裁判管轄を否定した原審の判断は、結論において是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

 

 

Japanese corporation A, which imports automobiles and the like from Germany, is suing Japanese resident B, who resides in Germany, for the performance of a monetary obligation under a contract. The contract was concluded within Germany, and it aimed at A entrusting various tasks within the country to B. It was not explicitly agreed in the contract that the place for the performance of the obligation should be within Japan or that Japanese law should be the governing law. Given that B has had his living and business base in Germany for over 20 years and that the methods of providing evidence for B's defense are concentrated in Germany, under the facts as identified, it should be concluded that international jurisdiction in Japan should be denied.