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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 日本に居住する日本人のドイツに居住するドイツ人に対する離婚請求訴訟につき日本の国際裁判管轄が肯定された事例

平成8年6月24日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
日本に居住する日本国籍の夫がドイツに居住するドイツ国籍の妻に対する離婚請求訴訟を日本の裁判所に提起した場合において、妻が先にドイツの裁判所に提起した離婚請求訴訟につき妻の請求を認容する旨の判決が確定し、同国では右両名の婚姻は既に終了したとされているが、日本では、右判決は民訴法二〇〇条二号の要件を欠くため効力がなく、婚姻はいまだ終了しておらず、夫がドイツの裁判所に離婚請求訴訟を提起しても婚姻の終了を理由に訴えが不適法とされる可能性が高いときは、夫の提起した離婚請求訴訟につき日本の国際裁判管轄を肯定すべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/065/057065_hanrei.pdf

 一 所論は、日本国籍を有する被上告人からドイツ連邦共和国の国籍を有する上告人に対する本件離婚請求につき我が国の国際裁判管轄を肯定した原審の判断の遵法をいうものであるところ、記録によって認められる事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 被上告人と上告人とは、昭和五七年五月一五日、ドイツ民主共和国(当時)において、同国の方式により婚姻し、同五九年五月二三日には長女が生まれた。

 2 被上告人ら一家は、昭和六三年からドイツ連邦共和国ベルリン市に居住していたが、上告人は、平成元年一月以降、被上告人との同居を拒絶した。
 被上告人は、同年四月、旅行の名目で長女を連れて来日した後、上告人に対してドイツ連邦共和国に戻る意志のないことを告げ、以後、長女と共に日本に居住している。

 3 上告人は、平成元年七月八日、自己の住所地を管轄するベルリン市のシャルロッテンブルク家庭裁判所に離婚請求訴訟を提起した。右訴訟の訴状、呼出状等の被上告人に対する送達は、公示送達によって行われ、被上告人が応訴することなく訴訟手続が進められ、上告人の離婚請求を認容し、長女の親権者を上告人と定める旨の判決が同二年五月八日に確定した。

 4 被上告人は、平成元年七月二六日、本件訴訟を提起した(訴状が上告人に送達されたのは、同二年九月二〇日である。)。

 二 離婚請求訴訟においても、被告の住所は国際裁判管轄の有無を決定するに当たって考慮すべき重要な要素であり、被告が我が国に住所を有する場合に我が国の管轄が認められることは、当然というべきである。しかし、被告が我が国に住所を有しない場合であっても、原告の住所その他の要素から離婚請求と我が国との関連性が認められ、我が国の管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであり、どのような場合に我が国の管轄を肯定すべきかについては、国際裁判管轄に関する法律の定めがなく、国際的慣習法の成熟も十分とは言い難いため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。

そして、管轄の有無の判断に当たっては、応訴を余儀なくされることによる被告の不利益に配慮すべきことはもちろんであるが、他方、原告が被告の住所地国に離婚請求訴訟を提起することにつき法律上又は事実上の障害があるかどうか及びその程度をも考慮し、離婚を求める原告の権利の保護に欠けることのないよう留意しなければならない。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、ドイツ連邦共和国においては、前記一3記載の判決の確定により離婚の効力が生じ、被上告人と上告人との婚姻は既に終了したとされている(記録によれば、上告人は、離婚により旧姓に復している事実が認められる。)が、我が国においては、右判決は民訴法二〇〇条二号の要件を欠くためその効力を認めることができず、婚姻はいまだ終了していないといわざるを得ない。

このような状況の下では、仮に被上告人がドイツ連邦共和国に離婚請求訴訟を提起しても、既に婚姻が終了していることを理由として訴えが不適法とされる可能性が高く、被上告人にとっては、我が国に離婚請求訴訟を提起する以外に方法はないと考えられるのであり、右の事情を考慮すると、本件離婚請求訴訟につき我が国の国際裁判管轄を肯定することは条理にかなうというべきである。

この点に関する原審の判断は、結論において是認することができる。所論引用の判例最高裁昭和三九年三月二五日大法廷判決、最高裁昭和三九年四月九日第一小法廷判決)は、事案を異にし本件に適切ではない。論旨は、採用することができない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。