最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

宿泊客がフロントに預けなかった物品の滅失毀損等につきホテル側に故意又は重大な過失がある場合とホテルの損害賠償義務の範囲を制限する宿泊約款の定めの適用

 平成15年2月28日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
ホテルの宿泊客がフロントに預けなかった物品等で事前に種類及び価額の明告のなかったものが滅失,毀損するなどしたときにホテルの損害賠償義務の範囲を15万円の限度に制限する宿泊約款の定めは,ホテル側に故意又は重大な過失がある場合には適用されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/491/062491_hanrei.pdf

 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,宝石,貴金属の販売を業とする会社である。被上告人は,ホテル経営を業とする会社であり,神戸市内においてDホテル(「本件ホテル」)を経営している。

 (2) 上告人の代表取締役であるE(以下「E」という。)は,上告人がF国際展示場で開催される宝飾展に商品展示をする予定であったことから,平成9年6月13日午後5時30分ころ,バッグ2個及び段ボール箱1個を持参して宿泊のため本件ホテルに赴いた。上記バッグ2個には,上告人所有のペンダント,イヤリング,ネックレス等の宝飾品が入っていたところ,これらの宝飾品の価額は2846万8181円を下らない。Eは,フロントにおいて宿泊手続を済ませた後,本件ホテルのベルボーイであるG(「G」)に対し,在中品の内容を告げることなく上記バッグ2個を客室まで運搬すること及び段ボール箱を宅配便で東京へ発送することなどを依頼した上,客室へ向かった。Gが,その後間もなく,Eから預かった段ボール箱を宅配便で発送する手続をしていたところ,上記バッグ2個が何者かにより盗まれた(以下,この盗難事故のことを「本件盗難」という。)。

 (3) 本件盗難当時の本件ホテルの宿泊約款には,「宿泊客が当ホテル内にお持込みになった物品又は現金並びに貴重品であって,フロントにお預けにならなかったものについて,当ホテルの故意又は過失により滅失,毀損等の損害が生じたときは,当ホテルは,その損害を賠償します。ただし,宿泊客からあらかじめ種類及び価額の明告のなかったものについては,15万円を限度として当ホテルはその損害を賠償します。」という規定があった(以下,このただし書のことを「本件特則」という。)。

 2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件盗難についてGには過失があるなどと主張して,民法715条1項に基づき,前記宝飾品の価額相当額及び出展費用の損害金の内金1456万2495円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
被上告人は,本件盗難については本件特則が適用されると主張し,上告人は,Gには本件盗難について重大な過失があり,本件特則により被上告人の損害賠償義務の範囲が制限されることは相当ではないと主張した。

 3 原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断して,被上告人に対し15万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で,上告人の請求を認容すべきものとした。
 ホテルでは,不特定多数の者の出入りがあり,荷物が盗まれるなどの危険性が高いことから,被上告人及び従業員ら(「ホテル側」)は,高価品について,あらかじめ宿泊客からその種類及び価額の明告を受けることによって,高価品の滅失,毀損の結果を招来しないように,その保管に一層の注意を払うことができる。これに対し,高価品であることの明告がない場合には,ホテル側にこのような注意を期待するのは酷であることから,本件特則は,被上告人の損害賠償義務の範囲を制限したものと解される。このような本件特則の趣旨に,本件特則にはホテル側に重大な過失がある場合の除外規定が設けられていないことを併せ考慮すると,宿泊客から明告がなかった高価品が滅失,毀損した場合には,ホテル側に重大な過失があるときにも本件特則が適用されるものといわなければならず,本件盗難に本件特則が適用されるものと解するのが相当である。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

本件特則は,宿泊客が,本件ホテルに持ち込みフロントに預けなかった物品,現金及び貴重品について,ホテル側にその種類及び価額の明告をしなかった場合には,ホテル側が物品等の種類及び価額に応じた注意を払うことを期待するのが酷であり,かつ,時として損害賠償額が巨額に上ることがあり得ることなどを考慮して設けられたものと解される。

このような本件特則の趣旨にかんがみても,ホテル側に故意又は重大な過失がある場合に,本件特則により,被上告人の損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の意思に合致しないというべきである。したがって,

【要旨】本件特則は,ホテル側に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。

そうすると,本件盗難についてGに重大な過失がある場合には,本件特則は適用されない。

 5 以上によれば,本件特則がホテル側に重大な過失がある場合にも適用されるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。
 そして,本件においてGに重大な過失があるか否かについて更に審理を尽くす必要があり,また,重大な過失が認められる場合には過失相殺についても審理をする必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。