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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

取締役の第三者に対する責任に関し代表取締役の任務懈怠と第三者の被つた損害との間に相当因果関係がないとされた事例

 昭和45年7月16日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
有限会社の代表取締役が、経営の一切を他の取締役に一任しみずから会社の経営に関与しなかつた場合において、会社の取引先が取引に関して損害を被つたとしても、その損害が経営を一任された取締役の悪意または重大な過失による任務懈怠によつて生じたものでないときは、右代表取締役の任務懈怠と右取引先の損害との間には相当因果関係を欠き、代表取締役は、右取引先に対し、有限会社法三〇条ノ三第一項に基づく損害賠償の義務を負うものではない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/116/054116_hanrei.pdf

 

 上告代理人の上告理由一ないし三について。

有限会社法三〇条ノ三は、株式会社の取締役の第三者に対する責任に関する商法二六六条ノ三の規定とその趣旨を同じくするものであるところ、後者の責任は、法が第三者保護の立場から、特に定めた責任であつて、取締役が悪意または重大な過失によつて会社に対する任務を懈怠し、これによつて第三者に損害を被らしめた場合において、右任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係があるかぎり、その損害の直接たると間接たるとを問わず、当該取締役は直接第三者に対しその損害の賠償の責に任ずべきものであること、および代表取締役は、その地位および権限の重要性に鑑み、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負い、少なくとも、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠行為を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解すべきことは、当裁判所の判例の示すところである(最高裁判所昭和四四年一一月二六日大法廷判決)。

しかしながら、右判例の示すように、右責任が生ずるためには、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係の存することが必要であつて、いかなる損害を被つた第三者も、右相当因果関係の存在を肯定しうべき事実を主張立証しないかぎり、その損害の賠償を求めえないことは明らかである。

ところで、本件についてこれをみるに、原審の確定するところによれば、訴外会社は、もと訴外Dの経営する個人企業を有限会社組織としたものであつて、Dは対外的信用をうるため被上告人を名目上の代表取締役に就任させ、自らは取締役に就任したが、被上告人は、右会社の成立の経過からして、経営の実権を包括的に右Dに授権し、自ら同社の経営に関与したことはなく、Dが業務を独断専行していたというのである。

されば、原判決の判示するとおり、被上告人は同会社の代表取締役としての任務を故意に懈怠していたものということができる。

けれども、さらに被上告人の右任務懈怠と上告人の本件損害との間にいかなる因果関係があるかの点については、上告人の主張自体が明らかでないのみならず、以下のようにこれを肯定すべき理由を見出しえない。

すなわち、右認定事実によれば、訴外会社の業務は、取締役Dの専行するところであつたというのであるから、上告人が同会社との取引によつて被つた損害も、直接的には右Dの行為から生じたものというべきところ、そのDがいかなる点において任務を懈怠していたかというに、この点については、上告人は、たんに同人が取引上の信用調査を怠り、経営が放漫、ずさんであつたと主張するにすぎない。

そればかりでなく、原審がDの経営上の不始末に関して認定した諸般の事情からしては、いまだ同人に故意または重大な過失による任務懈怠の行為があつたものとするに足りないのである。

そうであれば、D自身は訴外会社の取締役ではあるが、上告人が同会社との取引によつて被つた損害については、前記法条の責任を負わないものというほかはない。

このように、会社の取締役であり、かつ現実に業務を担当しているが故に、本来同条の責任を負うべき地位にある者が、同条の要件を欠く結果、その責任を負わないような場合に、その者が担当した取引から生じた損害を、なんら業務に関与しなかつた他の取締役に負わしめることは、条理上到底これを是認しうべきものではない。

それ故、かかる場合には、右損害と他の取締役の任務懈怠行為との間には、かりに事実上の因果関係を肯定しえたとしても、なおその責任を帰せしめるための相当性を欠くものというべきである。

されば、上告人の本件損害と被上告人の前示懈怠行為との間には、相当因果関係があるものとはいい難く、上告人は被上告人に対し、同人の前示任務懈怠行為を理由として、自己の被つた損害の賠償を求めることはできないものというべきである。したがつて、これと同旨の見解のもとに上告人の本訴請求を排斥した原判決は正当であり、原判決に所論法令の解釈適用の誤りはない。

また、記録に顕われた本件訴訟の経過に照らせば、原審が、所論の点について釈明権を行使しなかつたとしても、その手続になんら所論の違法があるとはいえない。
論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を攻撃するに帰し、採用することができない。 

 

 

In the event that the president of a limited liability company delegates all management responsibilities to another director and does not involve himself or herself in the company's management, even if the company's business partner suffers damage in relation to a transaction, unless such damage is due to malice or gross negligence constituting dereliction of duty on the part of the director to whom management has been delegated, there lacks a reasonable cause-and-effect relationship between the president's dereliction of duty and the damage suffered by the business partner. Therefore, the president does not bear the obligation to compensate for the damage to the business partner.