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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

登記の欠缺を主張することができないいわゆる背信的悪意者にあたるとされた事例

昭和44年1月16日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
 一、抵当権の放棄は、その当時の目的物の所有者に対する意思表示によつて、その効力を生ずる。

二、根抵当権設定者である会社の代表者甲が、目的物の譲受人乙を代理して根抵当権者丙の根抵当権放棄の意思表示を受領した場合において、その被担保債権の債務者である協同組合の代表者丁が、甲とともに丙との交渉にあたり、その際右意思表示がされた事実を知りながら、その後に右根抵当権を被担保債権とともに譲り受けたときは、丁は、特段の事情がないかぎり、いわゆる背信的悪意者として、根抵当権の放棄による消滅についての登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたらないものと解するのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/078/055078_hanrei.pdf

 上告代理人の上告理由一について。
原判決(およびその引用する第一審判決。以下同じ。)は、根抵当権者たる訴外D株式会社が根抵当権設定者訴外E工業株式会社の代表取締役Fおよび債務者訴外G販売協同組合の代表理事たる被上告人に対して根抵当権を放棄する意思表示をしたが、当時すでに本件建物は訴外E工業株式会社から上告人に売り渡されその旨の登記がされていたという事実を認定したうえ、抵当権の放棄は目的物の所有者に対する意思表示によつてされることを要し、右の根抵当権の放棄は、本件建物については、当時所有者でなかつた者に対してされたものであるから、その効力を生じなかつたものであると判断した。

しかし、記録に徴するに、上告人は、原審の最終口頭弁論期日において、上告人が訴外D株式会社との間で根抵当権設定契約解除の交渉をすることを訴外Fに依頼し、同人は上告人を代理して訴外D株式会社から右放棄の意思表示を受領したものであるとの事実を主張したことが認められる。

そして、右上告人主張事実が認められるときには、右放棄の意思表示は当時の目的物所有者に対してされたものということができ、したがつて本件根抵当権は有効に放棄されたものと解されるのにかかわらず、原判決は右の主張について何ら判断を示していない。
 したがつて、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断を遺脱した違法があるものといわなければならず、論旨は理由がある。

 同二について。
 原判決は、仮りに根抵当権が有効に放棄されたとしても、その消滅についての登記がされない間に被上告人が根抵当権をその被担保債権とともに譲り受けたものであるから、上告人は右根抵当権の消滅を第三者たる被上告人に対抗することができないものと判断している。

しかし、実体上物権変動があつた事実を知りながら当該不動産について利害関係を持つに至つた者において、右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであつて、民法一七七条にいう「第三者」にあたらないものと解すべきところ、原審の認定したところによれば、被上告人は、本件根抵当権の被担保債権の債務者の代表者であり、訴外Fとともに訴外D株式会社と交渉して根抵当権放棄の意思表示を事実上受けたものであるというのであるから、もし上告人の前示主張のとおり、訴外Fが上告人を代理していたものであつて、上告人に対して有効に放棄がされたものと認められるに至つた場合には、被上告人は根抵当権が右放棄により消滅した事実を知りながらこれを譲り受けたものと推測されるのであり、そして、被上告人に右のような悪意が認められたならば、譲受けの動機、経緯等において特段の事情がないかぎり、右認定のような立場にある被上告人が登記のないことを理由に根抵当権の消滅を否定し、譲受けにかかる根抵当権の存在を主張することは信義に反するところというべきであつて、被上告人は、根抵当権の消滅についての登記の欠缺を主張する正当の利益を有せず、前記「第三者」にあたらないものと解するのが相当である。

そして、上告人の原審における主張もこのような見地からし根抵当権の消滅を被上告人に対抗しようとする趣旨に解されないものでもないのにかかわらず、原判決は、その認定した事実関係のもとにおいて、被上告人の悪意の有無を確定せず、かつ前記特段の事情の存否を審理判断することなしに、漫然被上告人が「第三者」にあたると解したのであつて、この判断には、民法一七七条の解釈適用を誤り、審理を尽さなかつた違法があるものといわなければならず、論旨は理由がある。 

 よつて、原判決を破棄し、前示の各点についてさらに審理を尽させるため本件を原審に差し戻すのが相当であるから、その余の論旨についての判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。